【Side:太老】
「太老様、御茶が入りました。ケーキを焼いてみたのですが、よろしければご一緒にどうぞ」
「あ、うん。ありがとう」
琥雪が樹雷に帰郷してから、そろそろ一ヶ月が経つ。あれから色々とあって、俺の秘書兼世話役みたいな事をやってくれていた。
琥雪が俺の世話をするにあたって一悶着あったのだが、その話はここでは割愛させて頂く事にする。思い出すだけでも疲れる事この上ないし。桜花はいつもの事で分かるのだが、何故に林檎と水穂、それにラウラまで反対していたのかが分からない。
仕事の方は順調だ。情報部の仕事は勿論の事だが水鏡での領宙警備にも何度か駆り出され、その度に海賊艦と遭遇し功績を上げていた。
ここまで順調だと少し怖いくらいだ。仕事柄、海賊を相手にするのは仕方が無いにしても、それ以外は至って平穏その物。特に大きな問題も起こっていない。
一つだけ問題があるとすれば――
「太老殿! さあ、剣の稽古に参りましょう!」
「……兼光さん」
こうして毎日のように兼光が仕事場にまで押し掛けて来る。それも仕事が終わるタイミングを見計らったかのように――
俺にやたらと訓練を強いる兼光。『桜花に相応しい男になって頂きますぞ!』などとよく分からない事を言って俺を困らせていた。
あの桜花の冗談と夕咲の悪ノリにまんまと乗せられたに違いないが、あの二人に兼光が敵うはずもなく何を言ったところで無駄という事は分かっていた。
だとすれば、俺の取れる行動など決まっている。
「今日はこれからちょっと用事が――」
「昨日も一昨日もそう言って逃げたのを忘れてませんぞ! あっ、太老殿!」
素早く窓から脱出を計る。後から光剣を抜いて追い掛けてくる兼光。俺の名を呼ぶ怒声もそうだが眼が血走っていた。
いや、あんたそれは訓練というより俺を殺す気満々だろ。
冗談ではない。折角、勝仁や魎呼から解放されて悠々自適とまではいかないまでも楽に過ごせているのに、それを邪魔されて成るものか。
「お待ちくだされ! 太老殿!」
「無理!」
たまにここに樹雷皇が交ざったりして、それに気付いた桜花と夕咲に折檻される兼光と、船穂と美沙樹に連れて行かれる樹雷皇。
こんな微妙に平和な毎日が続いていた。一つだけ言える事は――
(慣れって怖いよな)
我ながら、自分の適応能力が怖かった。
【Side out】
異世界の伝道師/鬼の寵児編 第68話『太老の船』
作者 193
【Side:ネージュ】
長期休暇を終えて簾座支部へと帰ってきた。
「頼まれていたお土産買ってきたわよ」
そう私が言うと、嬉々とした表情で支部の娘達が集まって来た。このお土産を待ち兼ねていたからだ。
支部で留守番をしていた娘達に地球と樹雷のお土産を渡す。後者よりも前者の方を楽しみにしていた娘達が多くて、頼まれていた物を揃えるだけでも苦労した。
砂沙美さんに付き合ってもらって東京の秋葉原≠ニいうところに行ったのだが、オタクの街というだけあって面白い物が沢山あった。
アニメや特撮のブルーレイは勿論の事、フィギュアやプラモデル、漫画にゲームに玩具と――
簾座ではこうしたオタクアイテムが人気を博している。全ては哲学士タロの影響で、だ。
支部の中には『魔法少女隊』という特殊部隊も存在するし、勇者ロボシリーズを配備された『勇者戦隊』というのも存在する。
冗談のような話だが、これまたちゃんとした成果を上げているので士気向上にも繋がっていると上層部からも認められていた。
特にそうした活動は子供達に夢を与えるだけでなく、GPの良い宣伝にもなるという事だ。
簾座でGPの認知度を広めるのにも、こうした活動が一役買っていると言って良いだろう。
「翠蓮は何を頼んだんだ?」
「だ、ダメ! 勝手に見ちゃ!」
後から覗く火煉さんから必死に何冊かの薄っぺらい本を隠す翠蓮さん。所謂同人誌と言う奴だ。
それもボーイズラブ物。翠蓮さんの趣味をどうこう言うつもりはないが、ここに居る半分の人は同じような物を頼んでいた。
そういう火煉さんは特撮ヒーロー物が好きで、彼女自身が『勇者戦隊』の隊長を兼任しているという事実がある。
「珀蓮はゲームか。相変わらず、ゲーマーだよな」
「そういうあなたも特撮物ばかりじゃない。そう言えば、玉蓮は何を頼んだの?」
「あら? 知りたいの?」
珀蓮さんはゲーム全般なんでもこなし、特に地球産のレトロゲームが好きという話でその手の物をお土産として買ってきた。
そして、そこに居る全員の視線が玉蓮さんへと集まる。
隠すつもりがないのか、私に頼んで手に入れた代物を、玉蓮さんはフッと微笑むと堂々とテーブルの上に広げて見せた。
「うわ……ちょっ、これは……」
「玉蓮……幾ら何でもこれは霧恋さんに見せない方がいいわよ?」
「……西南様の目に少しでも触れたら大騒ぎになりますね」
火煉さん、珀蓮さん、翠蓮さんの三人がそれぞれ、玉蓮さんの出した物を見て同じような感想を漏らした。
他の娘達も同様のようだ。興味はあるが、さすがにこれは……と行った様子。そんな彼女達の反応をみて、玉蓮さんは楽しんでいた。
それはもう、マニアックを通り越して文章にも出来ないような物ばかり。正直、ボーイズラブなどまだ遥かにマシと言える物だ。
これを揃えるのが一番苦労させられた。主に精神的な意味で――
付き合ってもらった砂沙美さんなど、半分トラウマになっていたほどだ。少し悪い事をしたと思う。
これだけでお分かりと思うが、今の簾座はオタク文化の影響を色濃く受けている。
地球の事を『聖地』。哲学士タロの事を『神』と称える人達で溢れ返っていた。
西南さんのロボット好きなど、ここ簾座ではまだ可愛い物だと言えた。
【Side out】
【Side:鷲羽】
「これは予想以上のデータが取れたね」
あれから一ヶ月。あのクリスマスパーティーの一件で収集したデータの解析を行っていた。
全ては計画を次の段階に進めるため、更なる実験に役立てるためだ。
少し嬉しい誤算だったのが、美星殿と西南殿のデータがこれまでにないくらい良い物が取れた事だった。
完全に予測とまではいかないが、太老のデータを収集するついでに取ったデータで二人の対応プログラムも構築できそうだ。
確率の天才に対応出来るシステム。それはセキュリティシステムの究極を行くものだ。まさに完璧を意味する物だった。
完成すれば色々な人間がそれを欲しがるはずだ。どれだけ高額であったとしても、金に糸目をつけない輩も沢山でてくるだろう。
特に札束を握りしめて真っ先にすっ飛んでくるのは――GPで間違いなかった。
「とはいえ、まだ完璧には程遠いね」
本来、データ収集に掛かる時間を大きく短縮出来た事は確かだが、今の物では確率予測も五分五分と行ったところ。
多少抑制する事は出来るだろうが、結果を覆したり、事象の起点その物を潰せる訳ではない。
それでも凄い物である事に変わりはないのだが――
「鷲羽様。船体のチェック終了しました」
「ご苦労様。それじゃあ、早速メインシステムのインストール作業に入ろうか」
「はい」
天女殿の言葉に私はそう答え、透明の仕切りの向こうにある一隻の船に視線を移す。
深い青の船体。カタチに大きな差はない。それは嘗て『守蛇怪』と呼ばれていた船だ。
天女殿とアイリ殿が造り出した守蛇怪の改造プランを元に、更に私が手を加えた世界に一隻の船。その名も『守蛇怪・零式』。
特に『零式』の意味はないが、敢えて言うなら『その方が格好良さそうだから』と言うのが理由にあった。
もう一つ理由を付け加えるなら、これが太老の船だからだろうか?
事象の起点、それは全ての始まりを意味する。
確かに元の守蛇怪よりはスペックアップしているが、この船の性能自体は皇家の船とは比べるまでもなく低い。
戦い方によっては第四世代以降の船であれば戦えない事はないだろうが、皇家の船を相手に勝算は低いと言わざるを得ないだろう。
だが、この船にはこれまでの船にはないある特性があった。
新たに組み込まれたシステム。確率変動値を予測し、自動的に学習・修正・抑制する力がこの船にはある。
特にメイン部分のセキュリティシステムは究極の一≠ニ呼べる物で、現段階でこの船が所有している演算システムは宇宙一だ。
以前に私が構築した銀河アカデミーのセキュリティシステムを、遥かに凌駕するほどの代物が搭載されていた。
力では皇家の船に敵わないが、情報処理能力だけでいえば瀬戸殿の水鏡すらも凌駕するほどの力だ。
まさにオーバーテクノロジーの塊。この船の存在を知れば、欲しがる者は後を絶たないだろう。
だが、この船で無ければならない理由があった。太老の能力を抑えるという理由もあるが、もう一つは太老の能力の解析を直接行うためだ。
この船のメインコンピューターは魎皇鬼や福と同じように成長する。
経験から学習し、船の持ち主に合わせた最適な状態へと自己進化する機能が備わっていた。
太老の剣であり盾となると同時に、最終的に船自体が太老のストッパー役となるためだ。
「天女殿。この船が完成したら、樹雷に行ってもらうよ」
「え? それって……」
「こいつを太老に届けて貰わないといけないからね。それに、クルーは必要だろ?」
「――! が、頑張ります!」
やる気を漲らせ、黙々と作業に打ち込む天女殿。
ここにやって来たのは半分罰ゲームとは言え、こうして付き合わせてしまっているのは事実。
それに何年も工房に籠もって一生懸命造った船を、進水式を待たずに大破させられた彼女の気持ちも分からなくはない。
少しくらい彼女にも得があって良いだろう、と考えていた。
(それでなくても恋敵は多いしね)
天女殿を応援する訳ではないが樹雷での話を聞いている限り、天地殿や西南殿よりも太老の女関係の方が遥かに厄介に思えてならなかった。
とはいえ今は殆ど横一線。
一番の強敵である水穂殿は静観を守ったままだし、林檎殿と琥雪殿も太老の気持ちを第一に考えすぎているため余り積極的な行動に出られない。桜花ちゃんはあの身形だ。行動や言動と相俟って、太老にそういう対象として見て貰うには高い難関が立ち塞がっていた。
それだけでなく船穂殿も、次の娘を太老に嫁がせようと画策しているという話がある。
他にも何人か怪しい人物が居るようだし、何れも有能ではあるが厄介な女性ばかりに目を付けられていた。
これもまあ……太老らしいと言えば、それまでの話なのだが。
(一番の難関も残ってるしね……)
最大の難関となるのは間違いなく、太老の母親であるかすみ殿だ。
太老の事と成ると、私や瀬戸殿すら出し抜く狡猾さを持つ。かすみ殿に認められる事、それは太老を手にする一番の近道であり、最大の難関でもあった。
そういう意味では、現在トップを走っているのは水穂殿なのだろうが彼女も相変わらず。
瀬戸殿が『この調子じゃ、八百歳突破ね』と危ない事を発言していたのにも頷けるくらいの不器用さを見せていた。
【Side out】
「ハハハッ! 見ておれ、鬼姫! そして正木太老!」
船のブリッジで高笑いをしている老人が一人。そう、今更誰かなど問うまでもないだろう――九羅密美瀾だ。
美咲生から受け取ったデータを閲覧し一つの結論に辿り付いた美瀾は、九羅密家の船に乗り込み、意気揚々と樹雷へ向かっていた。
目的はただ一つ――神木瀬戸樹雷と正木太老に復讐するためだ。
事件の詳細とまではいかないまでも瀬戸が画策し、そこに太老が関与している事を嗅ぎつけた美瀾は、それがどこかの誰かさん達の思惑に乗せられているとも知らず樹雷の鬼姫の弱みを握ろうと、そして瀬戸に直接は無理でも太老に間接的にでも一矢報いようと、ある計画を企てていた。
あれだけ虚仮にされて、黙っていられないと言うのが一番の理由だ。これまで散々積み重ねてきた恨みは大きい。
とはいえ、そこに瀬戸の謀略があったとはいっても半分以上は美瀾の自業自得だ。
太老が原因と言えなくはないが、それ自体が逆恨みと言われても仕方の無い事。本人がその事に気付いているかというと――
「先日の返礼は必ずさせてもらう!」
気付いていなかった。
少しは丸くなったかと思われた性格も、太老の登場で一気に昔へと逆戻り。
十年以上溜め込んできたストレスが、ここで一気に解放されていた。
瀬戸だけでなく太老に悪意を持って樹雷へと向かう美瀾。彼の先行きは暗い――
「さて、私も準備をしませんとね」
アカデミーを離れていく一隻の船を見送りながら、GPアカデミーの校長室で美守はフッと微笑みを溢す。
それぞれの思惑が交錯する中、舞台は一つの局面へ進もうとしていた。
……TO BE CONTINUED
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