【Side:瀬戸】
桜花ちゃんを太老に同行させたのには、水穂に話した事以外にもう一つ理由があった。
『まだ分からないけどね。彼女が私達が捜している鍵≠フ一つかもしれない』
鷲羽殿が示唆した太老に対抗できる鍵。それが桜花ちゃんである可能性が今のところ一番高い。
確証は何一つ無いが太老の確率の偏りの影響を受けず、尚且つ太老と同じように天樹へ自由に出入り出来る皇家の樹との高い親和性。更には美沙樹に匹敵する戦闘力に、子供とは思えない洞察力と判断力。三十年の加速空間での修行の時間があるからと言うだけでなく、彼女は生まれながらにしてあの高い思考力を兼ね備えていた。
太老の陰に隠れて余り目立たないが、彼女の特性や能力も十分に規格外だ。
(能力の影響を受けないという事は、それだけでも太老と一緒に行動させやすい。それに――)
影響を受けないという事は、例え西南殿と太老が一緒でも彼女だけはあの二人に近付く事が出来るという事。
それだけでも桜花ちゃんを一緒にしておく理由には十分だ。いざという時の保険に彼女は使えるだろう。
しかしそれだけではなく、彼女が鷲羽殿の言うように太老に唯一対抗できる存在なのだとしたら――
闇は光の無いところには生まれず、逆もまた然り。太老の力に抵抗できる、または対抗する存在が必ず居ると言うのが鷲羽殿の導き出した推論だった。
それを見つける事が出来れば、いざという時の大きな力になる。
世界を救うための鍵の一つ。しかし同時に世界を滅ぼしかねないもう一つの力。私達はその存在を探し求めていた。
それが平田桜花――彼女である可能性は今のところ一番高い。推論の域を出ない話ではあるが――
(それを見極めるには、太老に彼女をつけて監視するのが一番確実ね)
現段階では判断がつかない以上、それ以外に方法はない。これは鷲羽殿の立てた計画でもあった。
暫くは桜花ちゃんを太老の傍につけ、様子を見守るというモノだ。
建造中の船『守蛇怪・零式』のクルー候補にも、彼女の名前が挙がっていた。
彼女が本当に私達の救いの天使となるのか、破滅を呼ぶ悪魔となるのか、それは誰にも分からない。
【Side out】
異世界の伝道師/鬼の寵児編 第71話『真打登場』
作者 193
【Side:太老】
「ハーハハハッ! 運のない奴だ。この私と剣を交える事になるとはな!」
何で、こんな事になってるんだ? というか、どうして『天南静竜』がここに居るんだ?
訓練場の中心、腰に手を当てて高笑いをする静竜の姿があった。
(こいつってGPを辞めて海賊になったはずじゃ……。あれ? その後は天南財閥を継いだのか? さっぱり分からん)
GP支部に美瀾を案内した俺は、そこで彼等の訓練の様子を一緒になって見学していた。
天樹のGP支部はぶっちゃけると事務的な活動ばかりで、見回りや取り締まりなどは建て前程度の事しかやっていない。
その理由は国民全員が闘士と呼ばれる軍事国家『樹雷』に置いてGPの一隊員程度の力では、例え酔っ払いが相手であっても返り討ちにあうのが関の山、という現実があるからでもあった。
最近、GPは隊員一人ずつの戦力強化を図っているという話だが、ここ樹雷では以前としてその辺りの事情は変わらず、この訓練場自体もちゃんと使われているかと言われれば何とも言えない状況だ。
今日は美瀾が視察に来るという事で張り切って準備を進めていたようだが、それもやはり建て前に過ぎない。
そして一番意味が分からないのが、俺が静竜の対戦相手に仕立て上げられている事だ。静竜だって、もうGP隊員じゃないだろうに……自分達でやれよ。
「えっと、一応訊いておきますけど何でここに居るんですか?」
「私がここに居る理由! それは私が誰よりも強く、美しく、格好良いからだ!」
「いや、そういう事じゃなくて、天南財閥の跡取りがここにいる理由が今一つ分からなくて……」
「どうやら、無知ではないようだね。こんな会った事もない子供にまで名前が知られていようとは」
「いや、そりゃ有名人ですし……」
「フッ、有名すぎるというのも困りものだな」
全く話が噛み合っている気がしない。いや、ちゃんと人の話を聞けよ?
色々な意味で有名人だからな。天南財閥も有名だが、それ以上に『天南特例』なんて物が存在するくらいのバカで有名だ。
天南静竜に関してはアカデミーは疎か、ここ樹雷でも知らない人はまず殆どいないだろう。
良い意味では決してないが……。
「それで、どうしてここに?」
「是が非でも私に教示して欲しい、という依頼があってね。それがまさか、君のような子供が相手とは……」
「依頼?」
「GPは天南財閥のお得意様でもあるからね。その頼みとあっては断れまい」
「はあ……」
「何、安心したまえ。私は紳士だ。女子供をいたぶるような趣味はない。勿論、手加減はしてあげるさ」
詳しく事情を訊いてみると、静竜はペラペラと訊いてもいないような事を話してくれた。
やはり西南の結婚式のどさくさでコマチ・キョウにプロポーズをした静竜は、そのまま彼女と一緒になったらしい。
それを切っ掛けにコマチは海賊稼業を辞め、静竜は父親の後を継いで天南財閥の当主を継承したのだとか。
思いの外、商才を発揮しているのはコマチのようで、彼女が今の天南財閥を影から支えているのだという事は静竜の昔話からも分かった。
で、コイツが何故ここに居るかというとGP時代の同僚に仕事を紹介され、軟弱な樹雷勤務のGP隊員を鍛え直すため戦技教官≠ニして天樹のGP支部に招かれたという話だ。
(こんなバカに依頼するバカってどんなバカなんだ?)
静竜は確かに実力者だとは思うが、それを考慮しても全てが台無しになるほどのバカだ。
第一、それで俺が静竜と戦う理由にはならない。しかし気がつけば、この状況が出来上がっていた。
美瀾の視察に合わせて企画されたという模擬試合。本来であれば支部の隊員が出場するのが筋なのだろうが、そいつらは全員が試合直前になって腹痛を訴え医務室で倒れていた。
それでは試合にならないという事で、泣きつかれて指名されたのがどう言う訳か俺。
目の前の静竜はこの調子だし、本気でどうしたものかと考えさせられる。決闘もそうだが、バカの相手は出来るだけしたくはないのだが……。
「一応、剣を交える前に君の名前を聞いておこうか」
「はあ……正木太老です。まあ、お手柔らかに頼みます」
「マ……サキ?」
俺が自己紹介すると、先程と一転して雰囲気が変わる静竜。何やら殺気のようなモノが全身から滲み出ていた。
「き、君はそのなんだ……柾木天地の知り合いか何かかね?」
「知り合いというか、家族? 地球で一緒に暮らしてましたけど、親戚ですし」
「ほ、ほほう!」
青筋を立て顔を引き攣らせると、俺に向かってビシッと剣を突き出す静竜。
先程までの余裕の態度は消え、嘗て無いほどのやる気を漲らせていた。
「ならば手加減など必要無いな! その命、天南静竜が貰い受ける!」
「ちょっ! さっきと言ってる事が違うだろ!?」
「ここで貴様と私が出会ったのもまた運命! 黙って私に斬られたまえ!」
アホか!?
目の前のバカは突然何を言い出すかと思えば、そんな事を言って勝負開始の合図もまたずに斬り掛かってきた。
話の流れから察するに天地との因縁を持ち出し、代わりに俺でその恨みを晴らそうという腹か?
「それ、完全な八つ当たりだろ!? 紳士はどこにいった!」
「八つ当たりなどではない! 私と貴様は戦う宿命にあったのだ!」
やはりバカはバカだ。言っている事が無茶苦茶だった。
【Side out】
【Side:美瀾】
「……どうしてアイツがここにおる?」
「いえ、腕の立つ男を用意しておくように手配しておきましたが、まさか彼が来るとは……」
天南静竜――天南財閥の現当主。嘗てGPアカデミーで教官を勤めていた事もある……色々と問題のある男だ。
正木太老の実力を知るため、ちょっとした仕返しのつもりで腕の立つ人物を天樹支部へと派遣するようにあらかじめ指示をだしておいた。
GPや軍から適当な人物を出せれば一番簡単だが、どこも人手が足りない上に急な移動をさせられるような人物が居なかった。
ましてや腕の立つ人物となるとその数は更に限られてくる。余り強引な事をすれば、それだけで姉さんに気取られる心配があるので、外部の人間を雇うことにしたのだが――
「ハハハッ! 逃げてばかりでは勝てんぞ!」
まさか天南静竜にその依頼が回っているとは思いもしなかった。
というか、仮にも天南財閥の当主がほいほいとこんな依頼を受けてよいものかと思えるが、そこは天南特例でも有名なバカだ。
実際には周囲に上手いこと乗せられて、何も分からないまま協力している可能性が高い。
というか勝手に関わってきた可能性の方が高い、と儂は考えていた。
(全く、何故こうも上手くいかんのだ……)
天南財閥は以前よりも勢力を拡大し、今も高い経済成長を続けているという。
その要因を担っているのが天南コマチ。最近では哲学士タロの発明品に目を付け、銀河アカデミーと契約を取り交わしその販路を広げるのに協力する事で大きな財を築いているという話だ。
天南家の前当主が退いたのも、それが大きな原因だという話を聞いた事がある。
(面倒な事になったの。奴に余り目立った行動をされると儂の計画が……。いや、しかし……)
正木太老と良い勝負をしていた。若干、静竜の方が押しているか?
防戦一方の太老に静竜の猛攻が迫る。静竜の登場は儂にとって大きな計算違いだったが、静竜が勝てば儂の目的の一つは果たされる。
彼が『柾木』の血族に対し拘りを持っているのは儂も知っていた。
以前に樹雷第一皇女との婚約の話が持ち上がった時、柾木天地との決闘に敗れ、それ以降『柾木』や『地球』に対して強い抵抗と拘りを持っているという話だ。西南くんにちょっかいを掛けていた理由も、そこから来る私怨のようなモノだった。
(人格に問題はあるが、天南静竜は間違いなく連盟でも上位の実力者。ある意味でこれはチャンスかもしれん)
幾ら『麒麟児』とか呼ばれている少年でも、まだ十五歳。同じく天賦の才があり、彼よりもずっと長く剣の腕を磨いてきた静竜に勝てる道理はない。それに静竜は天南財閥の財で作り上げられた最新の戦闘用ナノマシン≠体内に注入されたサイボーグ≠セという話だ。その力はGPの戦闘用生体強化を遥かに超え、皇家の樹を持つ樹雷皇族にすら劣らないという。
(か、勝てるかもしれん!)
鬼姫に隙はなくても、正木太老は所詮は世間知らずの十五の子供だ。一番の目的は彼から有力な情報を引き出す事にあった。
ここで正木太老が破れれば先日の意趣返しにもなり、鬼姫の鼻っ柱をへし折る材料にもなる。
予想外の展開ではあったが、これは絶好の機会だと儂は考えていた。
【Side out】
【Side:太老】
いや、侮っていた。単純に剣術の技量だけなら、俺以上の実力者だ。
さすがに兼光や勝仁のレベルには程遠いが、それでも達人と呼べるほどの力を静竜は有していた。
だが――
「ハハハッ! 逃げてばかりでは勝てんぞ!」
身体能力は俺の方が勝っていた。
静竜が幾ら強いと言っても皇家の樹と契約している訳でもなく、魎呼のような規格外な力を持っている訳ではない。
確か、タラントに一対一で勝てるくらい戦闘力は高かったと思うのだが、そのタラントという海賊がどの程度なのか分からないしな。
これまで俺が捕縛した海賊達も実際に戦ってみると全然大した事がなかった。カテゴリー分けすれば、静竜も化け物≠ナはなく一般人の分類に入るという事なのだろう。
樹雷皇族とか魎呼がどれだけ非常識か、それ以外の人と実際に戦ってみるとよく分かる。
「――はあっ!」
「甘いっ!」
「チッ!」
反撃に転じるが、またも容易く剣を合わされ弾かれてしまう。
身体能力で上回っていても、経験と技量は向こうの方が上。それに皇家の樹と契約していないのは俺も同じ。俺の方がパワーとスピードで上回っているとはいっても、それほど大きな差がある訳ではない。決め手に欠けるという点では、どちらも条件は同じだった。
勝ち負けに拘っている訳ではないが殺気を放ちながら剣を振るってくる相手に、手加減をして上手に負けたフリをするような余裕はない。そんな器用な真似が出来るくらいなら、とっくに勝負はついている。第一、あれは殺す気満々の眼だ。これでは試合ではなく、死合と言っても過言ではない。
(はあ……どうしよう)
負ける気はないが、勝てる気もしない。静竜の攻撃をかわしながら、良い手がないかを考える。
降参したって許してくれそうにないし、中途半端な終わり方では静竜は絶対に納得しないだろう。
いっそ、こんな面倒な事になるくらいなら偽名を名乗っておくべきだった。
まさか『正木』の名を出すだけで、ここまで過剰に反応するとは……そんなに気にしていたのか。
「ちょこまかと、しかしこれで終わりだ!」
「――!」
動きが変わり、静竜の繰り出す攻撃のスピードが一気に上がった。
いや、素早くなった訳ではない。俺の動きに合わせ、戦闘の中で動きを最適化してきたのだ。
俺の先を読み、逃げ道を塞ぐように最短の動きで最速の攻撃を放ってくる静竜。
(うおっ! コイツってこんなに強かったのか!?)
原作では余り活躍しなかった静竜だが、実際に戦ってみると出鱈目に強い事が分かる。
一部の規格外な連中を除けば、間違いなくトップレベルの実力者だろう。
剣術に関しては素人に過ぎない西南が剣で静竜に勝てたのは、本当に偶然だとしか思えない。
避ける事で精一杯で先程よりも防戦一方になった俺は、壁際へと追い詰められていく。
「もらったぁぁ!」
「しまっ――!」
袈裟斬りに振り下ろされた静竜の一撃が、俺の身体を切り裂いた。
【Side out】
……TO BE CONTINUED
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