【Side:太老】

「フッ、安心したまえ。峰打ちだ」
「……峰なんて無いだろ。光剣に」

 呆れた口調で溜め息を漏らしながら俺はそう口にする。
 剣身がエネルギーで形成されている光剣に峰なんてあったら驚きだ。

「なっ! 手応えはあったはずだ。一体どうやって!」
「俺に奥の手を切らせた事だけは褒めてやるよ。でも、ここまでだ」
「何!?」
「見よ! これが影分身の術だ!」

 俺が両手を大きく広げ技の名前を叫ぶと、斬り捨てられたはずの俺の形をした何かが立ち上がり、同じくして静竜に取り囲むように百を超す俺とそっくりの人形が現れる。全員俺と顔も服装も同じなので、ちょっとしたホラーだ。
 静竜だけでなく、試合を観戦している美瀾達も驚いている。

「はっ! まさか、これがジャパニーズ忍者≠ニ言う奴か!?」

 俺と瓜二つの分身が大勢現れた事で慌てふためく静竜。てか、よく『忍者』なんて言葉を知ってたな?
 口で色々と言って毛嫌いしている割に、意外と地球の事に詳しい静竜。
 まあ、静竜の言う通り忍者は忍者でも某漫画≠フ忍者を元に考案したネタ技――その名も影分身の術=B
 尤も、チャクラとかではなく科学の力が介入した術ではあるが――

「おのれ! だが、幾ら分身しようとも全員斬り捨てれば――へぶほわぁ!」

 台詞を最後まで言い終える間も与えられず、静竜が分身にボコられて宙を舞った。

「うわ……痛そう」

 まあ、勝てるはずないんだがな。この周囲に現れた俺の分身は、全て皇家の樹の端末が姿を変えたモノだ。
 ちなみに俺だけでなく色々なモノに変化出来るので、あのマシュマロかスライムか判断のつかない身体も結構便利だと思う。

 しかしそこは劣化版船穂や龍皇と言ったところ。有効範囲は天樹のみと意外と狭い。
 しかも皇家の樹の間≠ゥら出ると天樹を介して端末とのリンクを中継しないといけないため、天樹への負荷を考慮すれば活動時間が十五分と限られるのも難点だ。
 能力にも大きな制限がつくため本来の力を発揮する事が出来ない。光鷹翼などの発現も端末では不可能。これは船穂や龍皇と違い、リンクの媒介となるキーや契約者を持たない皇家の樹の限界とも言える欠点だった。
 船穂と龍皇が何処でも自由に動けるのは、あの端末自体が本体でありキーの役割を果たしているからだ。

 更に補足するなら船穂か龍皇、もしくはこの水鏡の指輪が無ければ全く使えない裏技でもある。
 皇家の樹はリンクで全ての樹が繋がっているため、情報の共有や意思の伝達が可能だ。
 水鏡の指輪を通じて俺の意思が他の樹へと伝えられ、先程のような息のあった連携が可能となる訳だ。
 言ってみれば、指輪を通じて皇家の樹にお願いしているようなモノだと考えてくれていい。

(コイツ等一体でも、俺よりずっと強いしな)

 それに静竜が敵わないのも無理はない。というのも元は皇家の樹なので、単体でも俺よりずっと強い。
 オリジナルより強いコピーというのも変な話だが、さすがに人間が生身で皇家の樹に太刀打ち出来るはずもなし当然の結果だ。
 しかも全てが第二世代以上の皇家の樹だ。制限が掛かっている端末だけとは言っても甘く見ない方がいい。

「ちょっと可哀想だったかな? でもま、勝負は非情なモノだしな」

 目を回し、地面に仰向けに倒れている静竜を確認すると――
 俺はパチンと指を鳴らし、分身を引き上がらせた。
 影に沈むように亜空間に姿を消していく端末達。船穂や龍皇と同じく、コイツ等の躾もバッチリだ。
 俺のいう事なら大抵の事は素直に聞いてくれる。色々と芸を仕込んだ甲斐があったと言うモノだ。
 他にも色々と出来るのだが、それはまたのお楽しみという事で。

「審判さん、判定は?」
「あっ――しょ、勝者。正木太老!」

 ちょっと卑怯臭い気もするが、こんな奴とまともに戦ってなどいられない。
 それに使えるモノはなんでも使うのが俺の流儀だ。皇家の樹に芸を仕込んだのは俺なので、言ってみればこれも俺の力といっても過言ではない。第一、剣以外で戦ってはいけないなんてルールは始めからなかった。
 そんなのは屁理屈だって? いや、そんな事はないだろう。
 魔物使いだって魔物を調教して従わせ、陰陽師だって式神を使役して戦わせたりしてる。
 俺の場合は、それが偶々皇家の樹≠セったと言うだけの話だ。卑怯なんていうのは力の無い奴の言い掛かりに過ぎない。

 ――自分の力だけで勝つ!

 みたいな、どこぞの熱血漢な考え方は俺には無い。
 勝てない勝負を最初からするつもりはないし、楽して勝てる方法があるなら迷わず俺はその選択を取る。現実主義と言ってくれ。
 はっきり言って俺の方がまだマシだぞ?
 鷲羽(マッド)なんて、もっとエグイ勝ち方するからな。大抵の奴は、心を折られてそこで人生お終いだ。

「お兄ちゃんも十分えげつないと思うよ……」

 また地の文にツッコミを入れる桜花。もうちょっと自重して欲しい。
 それに、えげつなくないよ? このくらい普通だよな?

【Side out】





異世界の伝道師/鬼の寵児編 第72話『天南特例』
作者 193






【Side:美瀾】

 強いとか、そういうレベルの話ではない。影分身の術とか言っていたが、一体一体が分身とは思えない程の戦闘力を持った戦士だった。
 静竜を瞬殺(死んでません)するほどの力。樹雷皇族を凌ぐ力を持った分身が百体以上存在すると言うだけでも非常識だというのに、それを全て支配下に置きコントロールするなど常識外れも良いところだ。
 鬼姫の後継者の噂が流れていたが間違いない。この少年がそうなのだと確信を持てるほどの力だった。
 犠牲となった静竜には気の毒だが、真っ向から戦って勝てるような相手ではなかった。

(クッ! だがこれで確信した。この少年こそ、鬼姫の切り札に間違いない)

 正面から挑んだところでどうにもならない事は、今回の件ではっきりとした。
 少なくとも戦闘力だけは、鬼姫の名を継ぐに相応しい実力を兼ね備えているという事だ。
 そんな相手に真っ向から挑むのは愚の骨頂。しかし所詮は十五の子供。知略なら負けるはずがない、と儂は次の策を実行するために思考を巡らせる。

(なっ!)

 その時だった。太老は儂の方を見て、困ったような表情を浮かべ深く溜め息を漏らした。
 まさか、バレている? まるで考えを見透かされているかのような感覚。
 子供と思って侮っていたが、静竜をけしかけた件も見抜かれている可能性が高いと考えさせられた。
 儂の思い過ごしであればいいが――

「もう少し自重した方がいいな」
(――!)

 思い過ごしかどうかを確かめるため声を掛けようとすると、太老がそんな言葉を口にした。
 自重しろというのは、儂に対する警告に違いない。静竜の件が儂の仕業だと、やはりこの少年は見抜いているのだ。
 侮っていた。力だけではない。子供とは思えない観察眼と洞察力を兼ね備えている事を思い知らされた。
 目の前の少年をただの子供と思って侮れば、逆に痛い目に遭うのはこちらだ。

「それじゃあ、次に案内しますね」
「うむ……よろしく頼むよ」

 ガラリと雰囲気が変わり、笑顔で儂にそう言ってくる太老。
 逆にその笑顔が、儂には強いプレッシャーとして伝わってきた。
 次に余計な真似をすれば容赦はしない。そう警告されているようでもあった。

(恐ろしい少年だ。しかし儂とて、今更後には引けない)

 確かに鬼の名を継ぐに相応しい少年なのかもしれない。しかし儂にも意地がある。
 ここで手を引けば、何のために樹雷まで来たのか分からない。
 それに鬼姫ならいざ知らず、子供に臆して手を引いてとあっては九羅密家の当主として名折れだ。

(面白い。鬼姫が寵愛するほどの少年だ。儂が抱き込んでしまえば鬼姫への意趣返しにも使え、九羅密家の大きな力にも成る)

 鬼姫への最大の意趣返しは、鬼姫が大切にする手札を奪う事――
 あれだけの力。クソババアの思い通りにさせておくには惜しい、という思惑もあった。
 当初の計画を変更して、少年を利用するのではなく取り込む方向に考えを改める。
 九羅密家の更なる発展を願う当主としての考えと、私的な思惑が絡み合っていた。

【Side out】





【Side:太老】

 あれでも自重しているつもりなのだが、桜花には気に入らないらしい。
 桜花に叱られ憂鬱な表情で観戦席の方を見ると、美瀾が難しい表情を浮かべ腕を組んでいた。

(うっ……怒ってるのかな?)

 やはりアレは、桜花の言うようにやり過ぎだったのだろうか?
 影分身は禁止されてしまったし、暫くアレは使えないな、と深く溜め息を漏らす。

「もう少し自重した方がいいな」

 少なくとも影分身だけは桜花の言うようにやめておこう、と心に決めた。
 確かにアレはちょっとネタに走り過ぎだったかもしれない。
 俺と同じ姿の奴が一杯現れたら気持ち悪いもんな。観客が驚くのも無理のない話だ。
 今度からはもう少し周囲の状況を見て、後の事を考えて行動しようと思う。

 でも、あれより地味な技ってあったかな?

「それじゃあ、次に案内しますね」
「うむ……よろしく頼むよ」

 引き続き美瀾の案内をする事になった。
 さっきの事をもっと突っ込まれるかと思っていたのだが、俺の予想に反して冷静な美瀾に驚かされる。
 さすがは九羅密家の当主と言ったところか。よく考えてみると美兎跳や美星といった非常識の塊みたいな娘や孫が居る訳だしな。あのくらいは慣れているに違いない。難しい顔をしていたので不安だったのだが、怒られずに済んでほっとした。

「あっ、そうだ。桜花ちゃん」
「ん? どうしたの?」
「天南さんを医務室に――って、あれ? 天南さんは?」
「女官さん達がダンボールに詰めて回収してったよ? 失踪届が天南財閥から出てるとかで」
「ダンボール……それに失踪届って……」

 敢えて何も言うまい。相手はあの天南静竜だしな。まあ、色々とあるのだろう。
 しかしダンボールか。そのまま着払いで、コマチ宛に荷物として送られてそうだな。
 鬼姫なら、そのくらいは平然とした顔でやるはずだ。

(でもま、自業自得だな)

 八つ当たりで命を狙われた事を俺は忘れていない。
 そんな相手を気遣う聖人君子のような優しさは持ち合わせていないし、その結果、静竜がどうなろうと俺の知った事ではなかった。
 寧ろ、今回ばかりは鬼姫の応援をしてもいい。どうせバカはそのくらいで死なないだろうし。
 少しばかり、あのバカに付き纏われていた西南の気持ちが分かるようだった。
 出来るだけ関わり合いに成りたくない相手だ。主に俺の平穏のために――

「正直、二度と会いたくないタイプだけど……」
「でも、もうターゲットにされてると思うな」
「はあ……やっぱりそう思う?」
「うん。あの様子だと絶対にまた来ると思う」

 バカはしつこいと言うし、『天南特例』なんてモノがつくほどのバカなら桜花の言うように、またやってくるだろう。
 それを思うと気が滅入る。いっそ、忘れててくれると一番助かるのだが――

「無理だろな……。対天南用の捕獲トラップでも用意しとくか」
「まあ、特例もあるし良いんじゃないかな? でも、やり過ぎないようにね」

 桜花の許可も出た事だし、遠慮無くやろうと心に決めた。
 来る来ないは別として、一応準備して置くにこした事はないはずだ。警備にも役立つしな。
 それに特例のお陰で自衛のためであれば、静竜相手に何をしようと一切罪に問われることはない。
 ちなみにこの『天南特例』というのは天南静竜に適応される特例の事で、静竜がバカをやっても天南財閥は一切責任を負わない代わり、逆に彼に何をしても天南財閥は文句を言わない罪に問わない。
 ようは自衛や仕返しをする分には一切お咎め無しという……まあ、バカ対応策の一つだ。

(考えてみれば、丁度良い実験台になるな)

 物は考えようだ。嫌だなと思ったら気が滅入るだけだし、良いモルモットが手に入ったと気持ちを切り替える事にした。
 工房に試してみたい道具が幾つかあったし、今度また現れたら静竜で実験してやろうと考える。
 誰にでも試せる訳じゃないし、意外と面白いかも知れない。

【Side out】





 ……TO BE CONTINUED



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