【Side:瀬戸】
「相も変わらずと言ったところね」
「はい……以前よりも態度が硬化したように思えます」
私同様、水穂も深く溜め息を漏らしながら、そう口にする。
あれでは間に入っている吟鍛殿も大変だろう。
銀河軍の強硬的な姿勢はここに来て、勢いを失うどころか激しさを増すばかり。
自暴自棄になっているだけであれば与し易いが――
「まだ、皇家の樹の所在は掴めそうに無い?」
「はい。四方手を尽くして居ますが、持ち出された三十の樹の内、十二が依然行方知れずのままです」
天木家の縁者が捕まって事件は解決、と言う訳にはやはり行かなかった。
その後の調査で判明したのは、第五世代が十八本、第四世代が十二本も樹雷から持ち出されていた、という事。
第五世代の皇家の樹は事件後の捜査で、銀河軍の物と思われる非合法の研究施設などから見つかり、時間は掛かったが全て回収する事が出来た。
問題は第四世代の皇家の樹だ。
これは恐らく銀河軍の手には無く、アイライの原理主義者がどこかに隠していると思われ、津名魅様の力を借りたがその所在が判明する事は無かった。意思疎通が行えないように、リンクを阻害されるような場所に隔離されている可能性が高いという話だ。その事からも、皇家の樹の生態に詳しい研究者が協力している可能性が高い。
銀河軍の姿勢が崩れないのもアイライに利用されているとも知らず、未だ自分達の手に皇家の樹があると信じ切っているからだ。
まあ、ここで罪を認め大人しく手を引けば、彼等に待っているのは身の破滅だけだ。
もはやアイライの言葉に付き従う道しか、彼等に生き残る術は残されていないのは分かるが、余りに思慮浅はかな行動だと笑うしかない。
「やはり、組織ごと潰してしまおうかしらね……」
「それだと、後始末が大変になりますよ。後、吟鍛様が不憫です」
それを言われると弱い。正直、会議の度に顔色を悪くしている吟鍛殿を見ると、さすがの私も冷やかす気はおきなかった。
銀河軍を解体してしまうのは簡単だが、その後の事を考えると躊躇われる。
GPにその業務を引き継がせようにも、銀河軍とGPでは本来の役割は似ているようで非なる物だ。
特に銀河統一という夢を叶えるためには、カタチだけとはいえ軍の存在は必要不可欠だった。
「太老に期待するしか無さそうね……」
「こちらの挑発に上手い具合に乗ってくれたようですしね」
今では、連盟内で『哲学士タロ』や『鬼の寵児』の噂は当然のように知れ渡っている。
連盟幹部の間では、その名は畏怖の対象として暗黙のように扱われているが、私の後継者が居るという事実は疑いようのない物となっていた。
しかも銀河軍のように、外側から徐々に突き崩されている彼等からしてみれば、その存在は軽視できない物となっている。
銀河軍に味方が居ないように、アイライの原理主義者達も既に味方と呼べる者は少ないはずだ。沈み掛けている船に乗ろうとする者はいない。
追い詰められた彼等がどのような行動に出るか、それは想像するに容易かった。
「フフッ、でも太老くんを狙うなんて……お仕置きでは済まされませんね」
虎穴に入らずんば虎児を得ず、という言葉があるが、その虎穴に居るのは太老だけではない。
私は冷や汗を流しながら、黒いオーラを溢れさせている水穂から視線を逸らす。
鬼すらも恐れて近付かない、銀河で最も厄介な猛獣の穴に手を突っ込んだ事に彼等は気付いていなかった。
【Side out】
異世界の伝道師/鬼の寵児編 第78話『零式』
作者 193
【Side:太老】
「どうかな?」
「どうかな、って……」
俺の目の前では、桜花が嬉しそうにクルクルと回りながら、卸したての衣装を披露していた。
その衣装とは、いつもの私服ではなく鬼姫の女官達が身につけている制服だ。
何故、桜花がこの制服を身に纏っているかというと――
「本気ですか? 夕咲さん……」
「大丈夫よ。桜花ちゃん、強いし。可愛い子には旅をさせろ、って言うでしょ?」
「この場合、強いとかそういう話じゃないと思うんですけど……心配じゃないんですか?」
「いざとなったら、太老くんが守ってくれるんでしょ?」
迷いもなくそんな事を言ってのける夕咲。どこまで本気なのか分からないが、何を言っても無駄だという事だけは分かった。
そう、林檎に先日言われたばかりの新設部隊、いや試験部隊と言ったところか?
その部隊の艦に配属される女官の中に、『平田桜花』の名前があった。
以前から手伝ってもらっていたし、桜花が仕事が出来るのは知っている。
情報部を出入りするに辺り、鬼姫の部下で情報部所属として登録されている事も知っている。
しかし、それとこれとは話が違う。デスクワークならまだしも、今回の任務は実戦を想定した物だ。下手すると命すら失い兼ねない危険な仕事だ。
「お兄ちゃんは……桜花が一緒じゃ嫌なの?」
「いや、嫌とかそういうのじゃなくて……危ない仕事だから」
「うん、だから私が一緒に行くんだけどね。大丈夫! お兄ちゃんは桜花が守ってあげるから!」
立場が逆転していた。そりゃ、悲しい事に桜花の方が俺よりも強いのだが……。
夕咲の『武神』の名を継ぐと称されるだけあって、桜花は凄まじく強い。
一度だけ稽古と称した模擬戦をした事があるが、一応の引き分けとは言っても技≠ニ力¢Sてに置いて桜花は俺を一枚も二枚も上回っていた。正直、なんで引き分けられたのか、今でも分からないくらいだ。
まさに本物の『麒麟児』と呼ばれる才を持った天才少女――それが平田桜花だ。
兼光にすら『三回やって一回は負ける』と言わしめる実力は、樹雷軍でもトップクラスの物だ。
その事から考えると、今回のメンバーの異常さが分かると思う。
水穂、林檎、桜花、この三人に俺が太刀打ち出来るはずもなく、どちらかと言うと夕咲の言葉とは逆に俺の方が守って貰う立場にある。
しかし男女差別をするつもりはないが、ここは男の意地というか大人の責任というか、子供を戦艦に乗せて戦わせるという事に少なからず抵抗を持たずにはいられなかった。
だが、こうなっては何を言っても無駄だ。リストに名前が挙がっている以上、決定事項に口を出す権利は俺には無い。
精々出来る事といえば、この状況を作り出した鬼姫と夕咲に愚痴を溢すくらいの事だ。
「お姉ちゃん……私は?」
「ラウラは……」
ラウラにせがまれ、困った顔を浮かべる桜花。
ラウラも桜花と一緒に夕咲の戦闘訓練を受けているという話だったが、それでも初めてまだ三ヶ月くらいだ。
これまた異例の成長スピードだという話だが、実戦に耐えられるほどのレベルには達していない。
しかし妹にせがまれると弱いのか、桜花は心底困った様子だった。
「お姉ちゃんと離れたくない……」
現在、ラウラが一番懐いているのは桜花だ。基本的に何処に行くのも桜花とラウラは一緒。食事もお風呂も寝る時も一緒、という仲の良さだ。
昔からずっと一緒に暮らしている実の姉妹と言われても、全く違和感が無い。
しかし囮艦勤務となれば、一ヶ月単位で宇宙を流離う事になり、余り樹雷に帰って来られなくなる。
ラウラは桜花に依存している。寂しさや孤独を埋めるために、失った家族の面影を桜花や夕咲に重ね、求めているのは確かだ。
「そうよね。仲間外れは良くないわ。太老くん、男の甲斐性を見せる時よ!」
「何、煽ってるんですか!?」
「あら? 二人とも、ちゃんと責任を取ってくれるんでしょ? 片方だけなんて言わないわよね?」
酷い頭痛がした。今の話で、どこをどうしたらそういう結論に達するのか?
正直、夕咲の思考も俺には読めない。
生まれてくる赤ん坊が男の子だったら水穂の婿にする、なんて気軽に約束するような人だ。
その無茶振りからも分かる通り、夕咲の考え方も一般人から大きく逸脱していた。
さすがは鬼姫の片腕と称された人物。しっかりと、あの人の性格を継承していると思われる。
「でも、ラウラちゃんは軍属と言う訳ではないですし……」
「大丈夫よ。艦長は太老くんなんだから、最終的な決定権は太老くんにあるでしょ? それに瀬戸様だって、きっと承諾してくださるわよ」
夕咲の言うように、鬼姫なら『面白そうじゃない』の一言で済ませそうなだけに否定が出来ない。
いや、この話が鬼姫の耳に入っただけで、確実にラウラの配属は決定してしまうだろう。
どちらにせよ、俺に拒否権も無ければ逃げ場など無いという事だ。
「……太老」
「ラウラちゃん?」
「……また、スクール水着着てあげるから」
「それ、違う! 何か、誤解されてる!?」
夕咲が腹を抱えてゲラゲラと笑っていた。やっぱり、アンタの仕業か!?
段々とラウラも夕咲に染められてきたと思う、今日この頃。
桜花の破天荒さは絶対に夕咲の影響だと思っている俺は、いつかラウラもそうなるのではないか、と心配でならなかった。
「はあ……その代わり、周りの人の指示には素直に従う事。後、許可が下りなかったら無理だから、そのつもりで」
「うん、ありがとう!」
許可が下りないなんて事はまず無い、と断言できるが一応釘を刺しておく。
第一、美少女に上目遣いでお願いされたら断れるはずもなかった。
【Side out】
【Side:鷲羽】
「あー、天女殿。分かってると思うけど――」
『はい! 大丈夫です! 太老くんの事は全て私にお任せください!』
うん。これは全然分かってないね。
これからの太老の苦労が窺い知れるようだ。
『では、行って参ります!』
完成した守蛇怪・零式で樹雷へと向かう天女殿。我ながら惚れ惚れとする、良い出来の船に仕上がった。
アイリ殿の設計した守蛇怪。そして天女殿とアイリ殿が無茶振りを発揮して改造した段階で、基礎構造部分は大方完成され尽くしていた。
私がやったのは船のシステムを構築し、船体に使われている材質を少し弄った程度の事だ。
守蛇怪・零式の船体には、自己進化・修復を可能とする生体金属が使用されている。
基となっているのは万素。最初から魎皇鬼や福ほどの力は無いが、乗り手と共に成長する学習システムに限界は無い。
本来はここまでするつもりは無かったのだが、太老の能力に適応できる船を造ろうとすると自然とこのカタチにならざるを得なかった。
「まあ、バカみたいに高出力のエンジンを使われなかっただけマシかね?」
それは詭弁だ。どちらにせよ、規格外の船に仕上がった事に変わりはない。我ながら、自分も親馬鹿だと自覚せずにはいられない。
アイリ殿の工房で造られたあのエンジンは、皇家の樹≠竍魎呼の宝玉≠除けば間違いなく宇宙最高の動力源だ。
向こう数百年。あれ以上の物は完成しない、と言っても過言ではない。それほどの出来だった。
だが、それは常識の範疇で考えた場合であって、残念ながらこの世界は理解できる物、常識が全てではない。
万素を素材とした生体金属の作り方は、私以外では太老しか知らない秘伝中の秘伝だ。
アイリ殿とてそれは例外ではなく、銀河中を探したところで魎皇鬼と同じ物を作れる者は、私達を除けば一人として居ないと断言できる。
そうした技術で造られた船。守蛇怪であって守蛇怪で無い存在。それが零式。
成長する船はこれまでにも存在したが、それは完璧な自己進化という訳ではなく、最新のナノマシンや情報を自動的に更新しインストールする、謂わば擬似的な物に過ぎなかった。美星殿の船が良い例だ。
だが零式は違う。あの船は文字通り、学習し自己進化する。誰の手を借りずとも持ち主の成長に合わせ、それに適応するよう存在のカタチを変えていくのだ。
船と言うよりも、一つの生命体と言った方が正しい表現かもしれない。魎皇鬼や福と同じように魂と呼べる物を零式は持っていた。
魎皇鬼と違いベースと成ったのは私ではなく、太老だが――
「あの船を完成させるのは私じゃない」
守蛇怪・零式を完成させる事が出来るのは他の誰でもない。船の持ち主である太老だけだ。
この私の息子。そして弟子であり、伝説の後継者でもある。
あの子は私が二万年掛けて辿り付いた答えに、僅か十五年で追いついて見せた。
多少インチキな手段を使ったとはいっても、並の者であれば絶対に不可能と思える事をやってのけたのだ。
その実力はあの子を育て、見守ってきた私が一番よく理解している。
一般人なら数日と保たずに廃人と化しておかしくない試練に耐え、自分の物にした実力は本物だ。
それを幼少期より繰り返し、知識を蓄え、鍛えられてきた肉体は既に人間の域を超えている。
経験はまだまだ足りないが、基礎能力だけならあらゆる点で太老に比肩する者はいない。
私が太老に与えたモノは何れもただの試練に過ぎず、それを物にしたのは太老の力だ。
知識だけでは何の意味も無いパーツに過ぎなかった物を、あの子は自身の発想力だけで具現化しカタチにしてみせた。
哲学士を名乗る上で最も必要な想像力と柔軟性を、あの子は生まれながらにして兼ね備えていた。
――正木の麒麟児
――哲学士タロ
そして今、噂になっている鬼の寵児。何れの名も、太老だからこそ付いた二つ名だ。
本人は未だ自分の力に自覚を持てていないようだが、例え『確率の天才』という先天的能力を持っていたとしても、太老で無ければここまで世界に影響を与える存在にはなり得なかっただろう。
だからこそ、楽しみではあった。零式と共に太老が、どこまで成長し上り詰めるのか。
太老が世界に与える影響が、どんな結果を生み、どのような未来を紡ぎ出すのかを私は密かに楽しみにしていた。
だが、同時に危惧しているモノがあった。それが未知の力に対する恐怖と不安。太老に対する畏怖とも取れる感情だ。
あの子の力は周囲が抱く期待と同じくらい、いやそれ以上の大きな危険を孕んでいる。ただ、才能があり能力に富んでいるだけであれば、私は心から太老を祝福できただろう。
しかし、現実は違う。頂神の力ですら干渉できない存在。世界をも書き換える力。人の身には有り余る力だ。
最悪の場合、この世界は正木太老という異分子一人によって、カタチも残さず破壊される危険性すらあった。
だからこそ、私は選択しなくてはならない。万が一の時、世界を取るか、太老を取るか――
「最初から、答えなんて分かりきってるはずなのにね……」
何度も、何度も、同じ考えが頭を過ぎった。この問答を何度繰り返したか、自分でも分からない。
その時、私がどんな行動に出れば良いかなんて答えは分かりきっているはずなのに、心のどこかで私は自分の考えを否定したがっているのだ。
それは白眉鷲羽が抱える大きな矛盾。この世界を創った神の一人として間違ってはいけない選択。そうならないために、私は力の限り足掻き続ける。
例えその事で、あの子に嫌われる事になっても、最悪の未来を回避するために――
【Side out】
……TO BE CONTINUED
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