【Side:瀬戸】

『ふむ……ラウラちゃんの件は、こっちでも少し調べておくよ』
「よろしくお願いします」

 通信越しに頭を下げる。問題が問題だけにアカデミーに頼る訳にもいかないので、鷲羽殿に依頼する他なかった。
 そこまで念を入れようと思ったのも、私の勘がラウラちゃんに何かある、と訴えていたからだ。
 単なる思い過ごしであればいいが、クレーにはノイケの件で前科がある。どうにも嫌な予感が拭いきれなかった。

(納月の事もあるし……少しあの男を侮っていたかもしれないわね)

 納月が消息を絶ったのは完全にこちらのミスだ。
 幾ら相手に第四世代の皇家の樹があるとはいっても、完全に使いこなす事は不可能だと高を括っていた。
 それに納月のステルス性能は群を抜いている。余程の事がない限り、発見される可能性は低い。万が一見つかったとしても、逃げ切れる物と考えていたのだ。
 だが、その余程の事態が起こり、納月は消息を絶った。
 アイライや銀河軍、海賊というよりも、その後に居るクレーという男の力を見誤った私のミスだ。

『クレー相手に見つからないで近付く、ってのは考えない方がいいだろうね。あれでもトップレベルの哲学士だ』
「奇襲は不可能という事ね。手段としては?」
『真っ向から力で叩き潰す。まあ、それしかないんじゃない?』
「……あら、素敵な考えね」

 納月がやられたという事は、こちらが艦隊を展開している事も筒抜けである可能性が高い。
 相手が超一流である以上、小細工を幾らこうじたところで意味はない。
 鷲羽殿の言いたい事は分かった。しかし――

『十二本全ての皇家の樹を実戦投入されると少し厄介かもね』
「それが可能だと?」
『クレーなら多分出来るね。コアユニットを作れるくらいだし、皇家の樹の事もかなり研究していると思って良い。まあ、私なら完璧に可能だけど、そんな事をする必要がそもそもないしね』

 そう言って自慢気に腰に手を当て、カッカッと高笑いを上げる鷲羽殿。
 魎皇鬼を造った鷲羽殿であれば、皇家の樹に依存する理由は無い。あれ一艦で、本気になれば第一世代を凌駕する力を有しているのだ。
 だが、それでもクレーが十二本全ての皇家の樹を実戦投入してくれば、それは大きな脅威となる。
 現在展開している艦隊は、第二世代の水鏡と第七聖衛艦隊が中心となった部隊だ。
 数が多いとはいえ、向こうの樹は第四世代。負けはしないだろうが真正面から戦えば、こちらも大きな損害を被ることになるだろう。

 それにそうなれば、まさしく命懸けの撃滅戦となる。
 出来れば皇家の樹を傷つけずに確保したいと考えているこちらとしては、出来る限り強硬策は取りたくなかった。

『太老に任せときな。零式とあの子なら、絶対に上手くやってくれるよ。そのために太老に態々任務を言い渡したんだろ?』
「まあ、それはそうなのだけどね……」
『ただ一つだけ忠告しておくと、後始末は覚悟しておいた方がいいよ。あの子の場合、やり過ぎちゃう可能性の方が高いからね』

 それは私も考えたが、一番これが確実な方法だと思ったのだ。
 他のやり方では余りに損害が大きすぎる。太老が狙いであれば、確実にクレーは罠と分かっていても釣られて出て来るはずだ。
 そこに皇家の樹も居るはず。太老にクレーと敵の本隊を相手にしてもらって、その間に艦隊を展開して宙域を封鎖する事で連中を一網打尽にする。それがもっとも、被害の少ない確実な方法だと考えていた。
 相手の主戦力が皇家の樹である以上、恐らく太老には通用しない。危険ではあるが、太老の能力を考えると負ける要素の無い戦いだ。
 だが鷲羽殿の心配も分かる。太老の事だ。間違いなく、私達の予想の斜め上を行きそうで、そこだけが不安だった。

【Side out】





異世界の伝道師/鬼の寵児編 第85話『ハーレム宣言』
作者 193






【Side:零式】

「お兄ちゃん、何してるの?」
「ん? ああ、任務に備えて秘密兵器のインストールをね」
「秘密兵器?」

 お父様の目にも留まらない手慣れたキーボード捌きには、いつも目を奪われる。
 あの指使いで私の体と心をメロメロにしてしまうのだから、本当に困ったお父様だ。

(はっ! まさか自分の娘を手籠めに!?)

 お父様が相手ならちょっと良いかも、というかお父様しか相手は考えられない。
 ――私とお父様の将来設計もちゃんと考えて置かないと
 と計画(プラン)の練り直しを検討していた。

(でも、お父様のこのプログラムって……)

 お父様が私にインストールしているプログラムは、私も見覚えのある物で間違いなかった。
 樹雷の鬼姫の名で恐れられている撃滅信号。ただ、あれはあくまで相手に警告を発するだけで直接的にどうこうする力は持たない。
 信号と発すると同時に広範囲に渡って重力場を発生させ、敵艦の制御を奪うのがオリジナルだが、あれは撃滅信号の能力と言うよりは皇家の樹の力だ。
 残念ながら、今の私には不可能な作戦だった。
 あれは水鏡だから出来る事であって、出力が皇家の樹と比べて大きく劣る私には真似する事は出来ない。

(むう……やはり、お父様に相応しい船になるために、出力不足に関しては早期解決を図らないとダメですね)

 自分の力不足を痛感しているだけに、何とかしたいと思っていた。とはいえ、さすがはお父様だ。その辺りも抜かりがないと見える。
 お父様の構築したプログラムは、かなり極悪な様子だった。力不足をウイルスで補おうとする辺り、お父様の性格が色濃く出ている。
 しかも、そのウイルスの基がご自分のパーソナルデータだと言うのだから、自分の敵に対しては残酷なほど情け容赦がない。
 お母様の研究所を混沌の渦に沈め、先日は銀河アカデミーのシステムをダウンさせた、あの最凶最悪のウイルス兵器。
 警告をすっ飛ばして撃滅に行く辺り、やはりお父様の手口は素敵だと思った。

(私もお父様に負けていられませんね。早速プログラムの最適化と、一番有効的な使い方の計画を練らないと)

 私の役目はお父様をサポートする事だ。
 その事からもお父様の秘密兵器を有効活用し、最大限の効果を上げる方法を考えるのも私の役目だと考えていた。

【Side out】





【Side:太老】

 クリスマスパーティーの一件からずっと考えていた秘密兵器。その名も『青い撃滅信号』。
 最近、巷で噂になっているという『鬼の寵児』の話は俺の耳にも入ってきていた。
 財団の設立式の際、『青い撃滅信号』が人目に付いた事で鬼姫の後継者の話が信憑性を増し、噂が一気に広まった事も聞いている。
 樹雷では暗黙の話になっているらしいが神木家の息が掛かった聖衛艦隊の闘士達は鬼の寵児が誰であるか全員知っているし、あの一件以降、鬼姫の女官や一部を除いて全員が俺に余所余所しくなっていた。

 鬼姫に一番近い人物と誤解される事で、俺に接近すると厄介事に巻き込まれる、と思われている節がある。
 もう一つ付け加えるなら、鬼姫の目が俺に向いている事も彼等にとっては好都合なのだろう。
 それは『樹雷の鬼姫』という敵に取っては恐ろしく、味方にとっては面倒で厄介な人物を押しつけられたのと同じ意味を持っていた。
 内海を始めとする方々から、『こちらは助かっている』と言われれば、そう思わずにはいられなかった。

 で、そんな悪評ばかり目立つ『鬼の寵児』の名前。
 公的に正体は伏せられ、イコール俺で結びついていないのは林檎と水穂の気遣いなのだと察している。
 だが、その名が恐れられている事に変わりはない。そこでいっその事、割り切って有効活用できないか、と考えたのだ。
 それが『青い撃滅信号』の誕生の秘密だった。

 海賊相手への脅しにもなるし、鬼姫の脅威を知っている連中への牽制にも有効的だ。
 それに俺のパーソナルデータが機械に及ぼす影響は、鷲羽の研究室やアカデミーの一件からも明らか。
 ちょっとした混乱を招くのには丁度良い武器となるはずだと考えていた。

 我ながら自虐的な行為だとは思うが、この際、背に腹は代えられない。
 出来る事なら使いたくなかった手ではあるが、全員が生きて帰るためにも準備だけはして置くつもりで、こうして作業をしている。
 俺一人の犠牲で全員が助かるのであれば、それもやむなしだ。

「お兄ちゃん、顔色が悪いけど大丈夫?」
「ああ、うん。大丈夫だよ」
「もしかして、今やっている作業が原因?」
「まあね……。これは俺にとって諸刃の剣でもあるから」

 鬼の威光を振りかざすという事は、自分が鬼姫の後継者と認めているのと同じ。
 これは精神的なダメージが非常に大きい。割り切れるようで割り切れない奥の手だった。
 しかし戦力が足りないのであればどこからか補う必要があり、最低でも増援部隊が到着するまで時間を稼ぐ必要がある。
 今回の任務は、そう言う任務だ。逃げ回るにしても、相手の注意をこちらに惹きつける必要があった。
 危険な任務と分かっているからこそ、出し惜しみは出来ない。

「それって、もしかして私達のため?」

 そう言って心配そうに尋ねてくる桜花。直ぐ後でラウラも不安そうな表情を浮かべていた。
 桜花達のためである事は間違いないが、敢えて言うなら自分のためだと思う。
 任務だから、自分は軍人だからと覚悟を決めているつもりでも、やはり身近な人が死んだり危険な目に遭うのはいい気がしない。

 以前に水穂が、『私達は色々な物を犠牲にして生きている。自分達にとって大切な物を守る代わりに』と言っていた言葉を思い出す。
 相手にとって大切な物を奪う結果に繋がる事も珍しくない。ラウラの一件からも、俺はその事を痛感していた。
 だが、その事でラウラに負い目を感じても、俺は間違った事をしたとは思っていない。
 全てを救うなんて所詮は理想論だ。だが敢えて理想を口にするなら、現実を見据えなくてはならない。
 敵であろうと味方であろうと、それが犠牲を強いた者の責任だと俺は考えていた。

 八ヶ月。もう直ぐ九ヶ月になろうとしているが、その僅かな間で俺が感じ、学んだ事の全てがそこにある。

「皆のためでもあるけど、やっぱり自分がそうしたいから、かな」

 俺に大切な事を教えてくれたのは彼女達だ。
 特にラウラとの出会いが、俺をこんな風に変えたと言っても間違いではない。
 本当に平和に暮らしたいのであれば、どこか遠くの星に引き籠もってしまえば、確かにそれは可能だろう。

「俺が望む未来に、桜花ちゃん達が必要なんだ」

 平穏に暮らした、と言う願いは今も持ち続けているが、そこには一緒に笑い、笑顔を向けてくれる人達が居なくては意味がない。
 現実から目を背けて逃げるような真似だけはしたくない。ラウラを助けたあの日、俺はそう思ったのだ。
 平穏に暮らす事と、現実から逃げ、引き籠もって暮らす事は同じでは無い。
 笑っていて欲しいと思える大切な人達が出来た時点で、自分さえ良ければいいと言う考え方は俺の中から消えていた。
 それが目的から遠ざかる行動だとしても、俺は彼女達を見捨てられない。どんな事をしても守りたいと感じていた。

【Side out】





『俺が望む未来に、桜花ちゃん達が必要なんだ』

 と太老が告白とも取れる発言をした日。
 それは太老と桜花の話を立ち聞きしていた女官達の口によって、瞬く間に艦内に広まり――

「た、太老様が私との未来を考えてくださってるなんて……」

 と嬉しさの余り泣き崩れる者や、

「ああ、太老くん! 遂に私の愛を受け入れてくれる気になったのね!」

 と目を輝かせてスキップする者。

「太老様って見かけによらず大胆よね。幾ら一夫多妻が許されてるとはいっても全員なんて……」
「それって私達も含まれてるのかな?」
「え、太老様とお付き合い出来るの!?」
「挙式はやっぱり地球式かな。純白のウェディングドレス、着てみたかったのよねー」

 更には勘違いから既に結婚の話にまで飛躍している者達まで、

「……太老くん。もうちょっと発言に気をつけて欲しいわ」

 そして、大きく溜め息を漏らす保護者が一人。
 クリスマスパーティーを境に始まった一人の男性を巡っての女の激しい争奪戦は、全員仲良く一緒に共有物≠ニして扱う、というとんでもない方向で幕引きを迎えようとしていた。
 いや、これが新たな騒動の幕開けと言うべきか。そこから考えられる暴走は、数百、数千パターンに上る。
 本来、ハーレムなど男としてはダメダメな発言ではあるが、太老はそれなりの家柄と後ろ盾、更には実力を持っている事もあって、寧ろその度量の大きさが好意的に捉えられていた。
 それにここは宇宙だ。地球の常識は通用しない。特に樹雷では強い者が尊敬される傾向にある。それは樹雷女性とて例外ではなく、実力と才気溢れる男性に惹かれるのは当然の結果だった。

 女が男に魅力を感じるのは容姿ではない。その男の将来性だ。安っぽい幻想を抱かせる男に惚れる女など、どこを捜しても居るはずもない。
 そう言う意味では、太老は女性達の理想を満たす最高の素材である事も、こうした騒ぎの一因にあった。
 寧ろ、自分からハーレム宣言をするという事は、火に油を注ぐだけ。騒ぎを大きくするだけの行為に過ぎない。

「はあ……」

 もう一つ大きな溜め息を吐く保護者の女性。
 預かっている青年の貞操を如何に守るかで、頭を悩ませていた。





 ……TO BE CONTINUED



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