「……連島様。私達、どうなるんでしょうか?」
「こうして殺さずに捕らえているくらいだ。恐らくは人質にでもするつもりなのだろう」
連島と呼ばれた初老の男性は悔しそうに、樹雷服を身に纏った女性の質問にそう答えた。
彼は行方不明になっている納月の責任者。彼の周りに居るのは、その船の乗員達だった。
全員が押し込められているのは、亜空間に作られた牢屋のような結界フィールド。
偵察に赴いた先でクレーに捕らえられ、こんな場所に押し込められてしまっていた。
「情けない話だ。自分から志願したというのに、こんなにあっさり捕まるとは……。お前達まで辛い目に遭わせて済まない」
「お気になさらないでください。私達も、覚悟は決まっています」
連島が責任者を務める『納月』という船は、内海の第十三聖衛艦隊に所属しているため、普段の任務は樹雷本星の守護や衛星警戒くらいの物で、滅多な事で海賊討伐や遠征任務などに声が掛かる事はない。
特に納月は情報収集艦だ。その特殊性から出番が無い事の方が多かった。
連島は樹雷人らしく『闘士』と呼ばれる中でも生粋の軍人であるが故に、そうした現状に少なからず不満を抱いていた。
具体的に言うと、退屈で退屈で仕方なかったのだ。そのため瀬戸に自分から志願して、この偵察任務を回して貰った。
その結果がこれだ。大切な任務を任せてくれた瀬戸に申し訳ない気持ちと、自分の身勝手から乗員達を危ない目に遭わせてしまったという負い目。その両方に責任を感じ、連島の心は押し潰されそうになっていた。
その背中は暗い。どよーん、と叩けば何処までも落ちていきそうなくらい、暗い雰囲気を身に纏っていた。
「直ぐに殺される事はないでしょうし、瀬戸様達が救助にきてくださるのを待ちましょう。連島殿も一緒に御茶とか如何ですか?」
連島と乗員達が落ち込んでいるのも何のその、何もない亜空間でどこから取り出したのか、蓙を敷きティーセットを並べてお茶会の準備を始める瀬戸の女官達。
さすがは瀬戸の女官と言ったところか、こんな状況に置いても全く慌てた様子はなく落ち着いたものだった。
「はい、連島殿。他の皆さんも御一緒にどうですか?」
そう言って、他の乗員にも御茶と御菓子を配っていく女官達。
納月の常駐乗員と責任者の連島も、さすがに彼女達のお気楽な姿を見て、呆気に取られていた。
不幸中の幸いは、ここに瀬戸の女官達が同乗していた事か。
聖衛艦隊の情報収集艦が作戦行動を取る際には、瀬戸の女官達が乗り込む事が決まっている。
今回は危険な任務である事が事前に分かっていたため、いつもよりも多く女官達が同乗していた。
「何故、それほど落ち着いておられるのですか? 私達は人質なのですよ?」
連島は女官達に尋ねる。自分達はいつ殺されてもおかしくはない囚われの身だ。
しかも自分達が人質になっている事で、瀬戸にも迷惑を掛ける事になるのは明白だった。
連島が一番心配していたのはそこだ。
乗員の命と、瀬戸様に迷惑を掛ける事になる、という二点。軍人である以上、任務で命を落とす覚悟は出来ていたつもりでも、こうして無様に生き恥を晒し、迷惑を掛けてしまっているという現状に責任を感じずにはいられなかった。
だからと言って、捕まっている乗員を残して自害など恥知らずな真似が出来るはずもない。
連島が妙に落ち着いた様子の女官達を見て、不思議に思うのも無理からぬ話だった。
「連島殿は、瀬戸様を信じられないのですか?」
「そんな事はありません!」
「なら、大丈夫ですよ。寧ろ、直ぐに殺されなかったと言うのは、生きて帰るチャンスに恵まれたと思い、前向きに考えるのが一番です」
「前向きに……ですか?」
瀬戸を信じられない訳じゃない。瀬戸なら、どんな苦境でもあっさりと乗り越えてしまうだろう、という確信はあった。
しかし彼女達の前向き過ぎる姿勢には、今一つ付いていけない連島。
どれだけ信じていようと普通は敵に捕らえられている身で、ここまでリラックス出来るものではない。
「それに……私達の予感ですが、王子様≠ェ助けにきてくれます」
「お、王子様ですか?」
段々と話の雲行きが怪しくなってきた事で、連島は大粒の冷や汗を流し、怪訝な表情を浮かべる。
王子様と聞いて、白馬に乗ったかぼちゃパンツの王子が頭を過ぎるのお約束だった。
そんな御伽話のような話を語る彼女達の瞳は、夢を見る少女のようにキラキラと輝いていた。
後に連島は語る。『ああ、これが王子なのか』と――
異世界の伝道師/鬼の寵児編 第86話『攫われた王子様』
作者 193
【Side:太老】
納月が消息不明になった問題の宙域に向け出発して二日。
水穂の話では『目的地まで二日』という話だったので、もう直ぐ到着する頃だ。
「二人とも、もうちょっと離れてくれると仕事がやり易いんだけど……」
「ダメ! お兄ちゃんは狙われてるんだから!」
「……太老は、私が守る」
で、何故か俺は幼女二人に守られていた。
桜花とラウラは俺の執務室に入り浸り、しかも左と右。抱きつくような格好で俺の膝に陣取っていた。
何でこんな事になっているかと言うと、最近やっと落ち着いてきたと思われていた女官達の攻勢が、どう言う訳か再発した事に原因があった。
再発と言うより悪化と言った方が正しいかも知れない。
零式のお陰で夜襲は未然に防がれているが、隙があれば襲ってくる女官達。
そこには当たり前のように天女も含まれていた。
林檎くらいはまともだろう、と思って声を掛けたら顔を合わせただけで逃げられてしまうし。
挙げ句、桜花は『お兄ちゃんは狙われてるの!』の一点張りで、こうして仕事中も寝る時も、最悪な事に風呂にまで一緒に付いてくる始末。
ラウラは当然のように桜花の後をついてくるので、この状況が生まれていると言う訳だった。
というか、襲われるわ、逃げられるわ、本当に災難続きで嫌になる。
正直、全然身に覚えのない事だけに、この不可解な状況に気が滅入っていた。
(俺って艦長だよな……)
雑用を押しつけられるだけならまだしも、自分の船で身の危険にまで晒されるとは、余りに不幸すぎる。
その所為か、艦長だと言う実感すら持てないでいた。正直、扱いがぞんざい過ぎる気がする。
敬って欲しいとまでは言わないから、もうちょっと労って欲しい。
『――太老くん。そろそろ問題の宙域に到着するわ。ブリッジの方にきてくれる?』
「あ、はい。直ぐに向かいます」
水穂からの通信を受け、遣り掛けの仕事を片付けると桜花とラウラを連れ、船穂と龍皇を肩に乗せたままブリッジへと急いだ。
全員がおかしくなっている中、水穂だけがまともというか、唯一の救いのような気がする。
不幸中の幸いは、夕咲まで一緒について来なかった事か。名残惜しそうな夕咲を、さっさと追い返して正解だった。
そのまま同乗されていたら、また余計な事を桜花とラウラに吹き込んで、状況が更に悪化していたはずだ。
「……太老」
「ん? ラウラちゃん?」
横を並んで歩いていたラウラに名前を呼ばれ、フッと振り向いた瞬間、何とも言えない悪寒を背中に感じ取った。
「――お兄ちゃん、ラウラから離れて!」
「――ッ!」
桜花の一声で、反射的に壁際に飛び退く俺。
ブリッジに向かう廊下の途中、桜花とラウラに挟まれるような格好で、俺は膝をついて二人の様子を窺う。
額に汗を滲ませ、ラウラを警戒する桜花。
ラウラはというと、背筋が凍えるような冷たい表情を浮かべたまま、邪魔をした桜花を睨み付けていた。
「……平田桜花、邪魔をしないで」
「……ラウラこそ、どういうつもり?」
「太老は私が守る。言葉の通り……」
「答えになってないわよ。守ると言いながら、お兄ちゃんに何をするつもりだったの?」
桜花の怒声が廊下に響き渡る。
俺の目から見ても、今のラウラは普通じゃないと分かるほど、いつものラウラと様子が違いすぎていた。
洗脳、催眠術。そんな単語が頭を過ぎる。誰かに操られているのか、と考えたが――
「お姉ちゃんにも言えない事?」
「私に姉なんていない……私はラウラ・バルタ。バルタ総帥の孫よ」
『――!』
俺と桜花はラウラの思わぬ告白に、目を見開いて驚いた。
総帥とは、バルタが海賊ギルドだった時のバルタ王の呼称だ。
バルタは樹雷勢力圏に自治を認められている王制国家の一つ。それは樹雷と同じく海賊を成り立ちとするものだ。
西南のところのリョーコ・バルタは、そのバルタ王の曾孫という事になる。
なら、その孫を名乗るラウラは――
「え? はあ!?」
意味が分からなかった。ラウラがバルタ王族の血縁者なんて突拍子もない話を聞かされ、直ぐに理解する事が出来ない。
ラウラの見た目は、どう見ても八歳くらい。桜花とそれほど変わらない。孫と言うには曾孫のリョーコの歳から考えても辻褄が合わない。
しかも、ラウラには両親がちゃんと居る。保護した段階で精密検査や身辺調査を行っているし、二人が本当の両親である事は遺伝子検査からも確認済みだ。
バルタの姓を名乗っていると言っても、それで必ずバルタ王族の血縁者と成る訳ではない。
殆どの者は嘗てバルタギルドの構成員だった、と言うだけの話で直接的な血縁関係はないのが普通だ。
しかし、ラウラはバルタ総帥の『孫』を名乗った。
「そう……そういう事だったのね」
「桜花ちゃん。一人で納得されても、俺が困るんだけど……」
分かっているなら、こっちにも事情説明をして欲しい。
突然ラウラはおかしくなるし、バルタ王族の血縁者を名乗るし、さっぱり事情が呑み込めない。
「太老には一緒に来てもらう」
「そんな事を私が黙って見過ごす訳――」
そこで桜花は言葉を詰まらせた。
ラウラが自分の喉元に、指先から伸びた光の刃を突きつけたからだ。
「何のつもり……」
「動いたら自害する。それに納月の乗員がどうなってもいい、と言うならそれでも構わない」
「くッ!」
ラウラの思わぬ脅しに、大きな動揺を見せる桜花。彼女にそんな選択が選べるはずもない。
俺をラウラに渡す事も、大切な妹を見殺しにする事も、納月の乗員を見捨てる事も、俺の知る桜花という少女には出来ない。
「分かった……俺がラウラちゃんと一緒に行けば、いいんだな」
「お兄ちゃん!?」
そして、俺も桜花にそんな選択をさせたくはなかった。
俺に行くな、といった目で訴えてくる桜花。だが、桜花が俺の事を心配してくれるように、俺にとっても船の皆は大切な仲間だ。
桜花だけでなく、ラウラだって、その例外ではない。
「船穂、龍皇。桜花ちゃん達を守ってやってくれ」
俺の意思が伝わったのか、俺の肩から飛び降り、桜花の傍に向かう船穂と龍皇。
端末とはいえ、第一世代、第二世代の皇家の樹だ。あの二匹ほど、心強い護衛は他にいない。
「桜花ちゃん。心配すると行けないから皆に伝えておいて。俺は大丈夫だから、って」
「お兄ちゃん……」
「行こうか。ラウラちゃん」
そう言ってラウラに近付くと、転送用のゲートが開いた。ラウラが起動させたようだ。
真っ白な光に包まれる中、後で桜花が何かを叫んでいる姿が見えたが、もう俺の耳には届いて来ない。
(はあ……泣かせちゃったな)
自分の喉元に迷わず刃を突きつけたラウラは、ハッタリでもなんでもなく本気の目をしていた。
納月の乗員もそうだが、ラウラを死なせたくない。そう思って素直に呑んだ条件だが、桜花の反応を見ると罪悪感が込み上げてくる。
とはいえ、この選択が間違っていたとも思っていなかった。
生きてさえいればチャンスはある。恐らくは納月が消息を絶ったのも、俺達をこの宙域に誘い出すのが狙いだったのだろう。
他に人が居ない状態で、ラウラを使ったのも有効的な手段だ。桜花と俺では、ラウラに危害を加える事は出来ない。
後は個人転送の移動距離制限か。だとすれば、敵の本拠地はこの近くにあるはず。
初手で破れはしたが、まだ終わってはいない。
(何処の誰かは知らないが、この落とし前はつけさせてやる)
――ギリッ
噛み締めた唇から血が滲む。やってはならない罪を相手は犯した。
ラウラを利用し、桜花を泣かせた罪。この俺が、絶対に償わせてやる。
【Side out】
……TO BE CONTINUED
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