【Side:人和】
「天和姉さん、随分とご機嫌ね」
「予想以上に公演が上手くいったからでしょうね。太老様にご褒美を貰う約束をしてたらしいわ」
「ええっ! いつの間に抜け駆けを……。ちぃも太老にお強請りしないと」
「……程々にね」
五十名から成る護衛の自警団を引き連れ馬車は街道を進み、商会のある街へと向かっていた。
当初の予定よりも随分と多くの観客を動員できた事で、天和姉さんは公演が終わってからも上機嫌で鼻歌などを歌っている。
何でも太老様に公演が上手くいったら、ご褒美を貰う約束を密かに取り交わしていたらしい。
地和姉さんはそれに便乗するつもりで、『何買って貰おうかなー』と阿蘇阿蘇の最新号を読み漁っていた。
阿蘇阿蘇とは服飾や装飾具の本で、季節毎に流行の品を取り上げて掲載している貴族・豪族の娘を中心に若い女性の間で支持が高い雑誌の一つだ。
しかも地和姉さんが目を通している頁は、子供でも知っているような有名な高級品を取り上げたところばかりで数字の桁も一つ違っていた。
(太老様、帰ったら大変ね……)
こうなったら何を言っても無駄なのは分かりきっているので、私は敢えて何も言わない事にした。
迂闊な約束を交わした太老様の自業自得と思って――
この馬車という乗り物だが、商会の代物だけあって乗り心地は素晴らしく良い。
馬車自体はこれまでにも存在したが、基本的には荷物を運ぶための小さな荷馬車といった物が多く、高官が乗るような軍や都で使われている馬車などを除けば、人を乗せて走る乗り物は余り一般的ではない。それにそれも精々二人乗れれば良い程度の物だ。
にも拘らず、商会の物は四人がゆったり座れるほどのスペースがあり、雨よけの屋根や扉が付いていたりとちょっとした宿の個室並の贅沢さを誇っていた。
今ではこれが当たり前に成っているが、それはエン州、いや商会に限っての事。
これまでの私達の常識や生活と照らし合わせてみても、これが異常な事は言われずとも分かる。舞台で使われる装置一つをとってもそうだ。この馬車同様、現在の私達の成功も商会、いや太老様の協力が無ければなしえない事だった。
「どうかしたの?」
「いえ、それが……進行方向に人が倒れていまして」
急に馬車が停止した事で不審に思い警護の人に尋ねてみると、街道に小さな女の子が倒れているという話を聞かされた。
姉さん達に声を掛け、馬車を降りて件の場所に行ってみると、そこには汗と埃にまみれた女の子が倒れていた。
どうしてこんな場所で行き倒れているのか分からないが、息はしているし少なくとも死んではいないようだ。
「この子を馬車に運んでくれますか?」
「よろしいのですか?」
「商会まで連れて行きます。太老様なら、きっと放って置かれないでしょうし」
「了解しました」
隊員に声を掛け、少女を馬車まで運んで貰う事にする。
ここで放って置くのは寝覚めが悪いというのもあるが、行き倒れの少女を見捨てるような真似は太老様であれば決してなさらないだろう、と考えたからでもあった。
「警戒は怠らないでください。近くに賊が潜んでいるかもしれません」
こんな場所で少女が倒れていた理由。ただの行き倒れで無いとすれば、賊から逃げてきたと考えるのが妥当だ。
この辺りの匪賊の群れは大方片付けられ少なくなったとは言っても、それでも人身売買などを生業とする非合法な人攫いや、行商人を狙った小規模な窃盗は今でも横行している。他の州に比べれば圧倒的に少ないと言うだけの話だ。
この少女も、何らかの事件に巻き込まれ、ここまで逃れてきたと考えるのが妥当だろう。
「行ってください」
まずは太老様への報告が先だ。少女を乗せ、商会へと馬車を急がせた。
【Side out】
異世界の伝道師外伝/天の御遣い編 第16話『拾われた少女』
作者 193
【Side:雛里】
目が覚めたら、そこは知らない場所だった。
「綺麗……」
窓から見える風景には、見た事がない街並みが広がっていた。
太陽が沈み薄暗くなった街並みを照らし出す無数の光が、この世の物とは思えない幻想的な雰囲気を醸しだし、一瞬ここが現実なのかを疑ってしまうほど美しい光景が広がっていた。
「あわわ……」
その明かりで白い肌が照らし出され、自分が何も身に纏っていない事に気付き、慌てて周囲を見渡す。
私が着ていた服は見当たらない。
代わりに寝台の横に丁寧に畳んで置かれていた衣服を手に取り、羞恥心を我慢出来ずその衣服に袖を通した。
白と黒を基調とした、ひらひらした可愛らしい服だ。生地も丈夫で肌触りも良い。凄く良い物を使っているのが分かる。
これはこれで少し恥ずかしい気がするが、裸でいるよりはマシだと思った。
――コンコン
その時だ。扉を軽く叩く音が聞こえ、私は着替えも途中のまま、思わず寝台の影に体を半分隠し身構えた。
「あら、目が覚めていたのね。ごめんなさい。あなたの服は汚れていたから勝手に洗濯させてもらったわ」
「い、いえ……ありがとうございます。あ、あの……」
「私は張梁。あなたの名前は?」
「ひな……鳳統です」
部屋に入ってきた眼鏡を掛けた女性は自分の事を『張梁』と名乗り、私に近付くと着替えを手伝ってくれた。
どうやら悪い人では無さそうで、ほっと胸を撫で下ろす。
私の名前は『鳳統』、字は『士元』、真名は『雛里』。
服を着替え、自己紹介を済ませたところで、張梁さんと互いの状況確認をする事になった。
街道に倒れているところを助けてくれたのが張梁さんだと知り、頭を下げて礼をいうと『当然の事をしただけよ』と笑顔で返してくれた。
その当然の事が出来る人が今の時代、どれだけ居るか分からない。それだけに目の前の女性には感謝してもしきれなかった。
その事をいうと『私も同じように救われた身だから』と仕えている主人が居る事、そしてこの街の事を語って聞かせてくれた。
「あ、あの……それじゃあ、ここが……」
「天の御遣い『正木太老』様がお造りになった商会と街よ」
道中で耳にした噂。
管輅が予言したという天の御遣いがエン州で商会を興し、賊に虐げられ飢えに苦しんでいる人々を救っている、という話を私も耳にしていた。
先程見た街の光景を思い出し、張梁さんの言葉が真実なのだと自然と受け入れる事が出来た。
自分も天の御遣いに救われた一人だと語る張梁さん。その彼女が私を救ってくれた事に、運命を感じずにはいられなかった。
そこから、私は自分の事をまずは知ってもらうために、張梁さんに順序立ててこれまでの経緯を説明した。
――荊州にある水鏡塾で学んでいた女学生だった事
――大陸の置かれている危機的状況をなんとかしたいと決意し、親友と二人で旅に出た事
――その道中で山賊に襲われ、友達と離れ離れになってしまった事
――逃げる途中で荷物の殆どを失ってしまい、行き倒れてしまった事
などを張梁さんに話して聞かせた。
その上で、どうしても張梁さんにお願いしたい事があった。
「わ、私を……み、御遣い様に会わせて頂けませんか?」
親友の安否は気になる。しかし私の目的は、これまでに学んだ知識を生かし困っている人達を救う事。世を太平に導き、よくしたいという事だった。
それを踏まえ、御遣い様に取り次いで貰えないかと頭を下げてお願いした。
親友の事は気になるが、私よりも要領が良く、頭の良い彼女の事だ。きっと無事に逃げ延びていると信じていた。
それに打算もあった。御遣い様の下に居れば、いつか彼女に再び出会えるような、そんな気がしていたからだ。
二人で頑張ろうと誓い合った大切な友達だから分かる。彼女もどこかで私と同じ事を考え、頑張っているはずだと――
【Side out】
【Side:太老】
「――以上で報告を終わります」
「ご苦労様。公演の方は上手くいったみたいだね」
人和の報告は詳細がよく纏まっていて分かりやすい。
張三姉妹唯一の智謀家であり、二人の姉に振り回されてばかりの苦労人。歌い手の一人でありながら、グループのマネージャーも兼ねている手腕は相変わらず見事な物だ。
興行の方も予想以上の成果を上げてくれたようで、張三姉妹の人気の高さが窺える。
グループ名は原作通り『数え役萬☆姉妹』で決まり、その名はエン州周辺に限っていえば知らない人は居ないくらい有名な物となっていた。
「太老様、約束を忘れないでくださいね!」
「ちぃも当然、ご褒美くれるんでしょ!」
「三人ともボーナスはちゃんと出すから。ってか、仕事中くらい大人しくしててくれ!」
擦り寄ってお強請りしてくる天和と地和の二人を引き離し、再び人和の方に向き直る。
傾いた眼鏡を直し、小さくため息を漏らす人和。彼女の苦労が窺い知れるようだった。
「それで、保護したって少女は?」
「それなのですが、先程目を覚まして太老様にお目通りをしたい、と」
「俺に?」
人和の報告に首を傾げる。
行き倒れなどこの時代それほど珍しい物ではないが、人気の無い街道に女の子が一人倒れていたというのは腑に落ちない。
治安は随分と良くなってきたと思っているが、それでも匪賊などの脅威は一向に無くならないのが現状だ。
その少女も賊や人買いから逃れてきたと考えるのが妥当だが、俺に会いたいというのはどういう事だろうか?
まあ、行く当てもないだろうし、助けておいて放り出すような真似はしたくない。
どうしたいのか? 今後の相談をする意味で会っておいて損はないか、と考えた。
「それじゃあ、その子を呼んでくれる? 後、三人とも荷物を纏めて置いてな。陳留へ引っ越ししないといけないし」
「はい。それでは――」
「陳留かー。美味しい物、沢山あるかな?」
「それよりも首都なんだから、服とかも見て回りたいよね。あっ、阿蘇阿蘇に乗ってた新作の鞄あるかな?」
天和と地和のお気楽な会話を前に、再びため息を漏らす人和だった。
◆
で、それから半刻ほどして――
風と同じくらい小柄な少女。サラリとした腰まで届く長い紫色の髪に白い肌、そして翠玉の瞳。
劉玄徳に仕えたという有名な軍師の一人で、原作では『あわわ軍師』の名で有名なあの鳳士元だ。
商会のメイド服に身を包み、俺の書斎に案内された彼女はガチガチに緊張した様子で俺の前に立っていた。
互いに自己紹介は済ませたが、さっきからこの調子で会話らしい会話にならない。
「えっと……取り敢えず、そこの席に座りな。御茶、飲む?」
「ひゃ、はい! い、いただきましゅ!」
噛んだ。思いっきり噛んだ。何だろう……この可愛らしい生き物は?
取り敢えず、このままでは話にすらならないので御茶を飲ませて一息つかせる事にした。
随分と人見知りする子のようで、自分から会いたいと言った割に先程からビクビクと震えていた。
「大丈夫? 話なら落ち着いてからでもいいよ。後でゆっくり聞くから無理しないでも……」
「だ、大丈夫でしゅ!」
全然、大丈夫そうじゃなかった。
「それで、俺に話って?」
本人が大丈夫だと言うし、このままでは埒が明かないので本題に入る事にした。
まだ緊張が解けきっていない様子だが、それでも言葉を噛みながら必死に自分の事を話してくれる鳳統。
街道に行き倒れていた理由や彼女の志を聞かされ、胸にグッと来るモノを覚える。
こんなに小さいのに苦労して、しかも命の危険に冒されるくらい大変な目に遭ったというのに、それでも人のために役に立ちたいなんて――
(何て良い子なんだ……)
許せないのは山賊どもだ。鳳統を襲った山賊は絶対に殲滅する事を心に決め、彼女の話に耳を傾けながら今後の方策を練る。
一緒に逃げたという友達の方も心配だ。その友達、名前を聞いてみると案の定『諸葛亮』という名前だった。
(山賊に捕まっていなければいいけど……)
取り敢えず部隊を鳳統の話にあった場所に向け、山賊の討伐と諸葛亮の捜索をする事を約束した。
華琳から要請のあった賊討伐の件もあるが、鳳統を襲った山賊の数は二十そこそこという話だし、その程度であれば腕の立つ隊員を選抜して向かわせれば少人数でもなんとかなるだろう。
「ありがとうございます。よろしくお願いしましゅ!」
言葉は噛み噛みで何度も頭を下げて礼を言ってくる鳳統を見て、小動物みたいで可愛いな、と癒された。
保護欲をくすぐられる可愛さだ。
そして、もう一つ頼みがあるという鳳統に、もうおじちゃん何でも買ってあげるよ、くらいのノリで頷き返した。
「わ、私を御遣い様の下で働かせて頂けませんか? お願いします!」
俺の下で働きたいという鳳統。
助けて貰った恩もある。平穏をもたらすという願いを成就させるために、俺に協力したいという申し出だった。
(どっち道、保護するつもりだったし丁度良いか)
まさか、俺の目的まで既に知っているとは思わなかったが、さすがは鳳士元と言ったところか。
見た目に騙されてはいけない。かなり頭の回転が良く、鋭い子のようだ。とはいえ、その申し出は素直に嬉しかった。
一緒に商会を盛り上げてくれるというのなら拒む理由はない。それに彼女の処遇は決めかねていたところだ。
このまま放り出すような真似をすれば、女の子の一人旅、またどこで山賊に襲われるか分からない。
道中危険がある事が分かっていて、放り出すような真似が俺に出来るはずもなかった。
「こちらこそ、よろしく頼むよ。ああ、それと俺の事は太老≠ナ構わないから」
「は、はい! 頑張ります! そ、それと太老様……私の事は雛里≠ニお呼びください」
「じゃあ、雛里。一緒に頑張ろうな」
「あわわ……真名を呼ばれて、撫で、撫でられ……」
「ちょっ、雛里!?」
いつもの調子で頭を撫でると、顔を真っ赤にして湯気を噴き出し、体勢を崩す雛里。
倒れて頭でも打ったら大変なので、慌てて胸に引き寄せ抱きかかえた。
「ふにゃあ……」
それがトドメとなったのか、ブレーカーを落とすようにカクンと気絶してしまう雛里。
人見知りもここまでくると重症だ。
「この調子じゃ、前途多難だな……」
これが後に天才軍師として名を馳せる、鳳士元との出会いだった。
【Side out】
……TO BE CONTINUED
押して頂けると作者の励みになりますm(__)m