【Side:太老】

 俺が袁紹とそれに結託した諸侯の横暴にキレて、自重を止めます宣言をして早三ヶ月。
 商会の各部署に通達された『自重無し宣言』は、商会で働く人達に大きな波紋を呼んだ。

 ――曰く、天の御遣いが本気になった
 ――曰く、商会の理念と理想に向かって今こそ動き出す時
 ――曰く、遂に夏侯惇大将軍の製造許可が下りた

 最後のは、技術開発局所属のとあるマッドサイエンティストの一言だ。そんな物を許可した覚えはないんだがな……。
 俺が如何に商会の皆に慕われ、尊敬されているか、実によく分かる反応だった。
 特に技術開発局の連中、段々とマッド思考に磨きが掛かってきた気がする。正直な話、真桜には少し自重して欲しい。

 そして、その結果生まれたのが広大な農耕地。
 ほんの数ヶ月前にはただの荒野だった場所が、今では一面見渡す限りのニンジン畑へと姿を変えていた。

 右を見ても、左を見ても、前を見ても、後ろを見ても、ニンジン、ニンジン、ニンジン。
 余り知られていないが、ニンジンは上手くすれば一年中収穫できる野菜だ。
 収穫の早い品種で二、三ヶ月ほどで食べられるように成長し、病気や虫害にも強く味も良く栄養価も抜群。
 尚且つ、様々な料理に利用が出来て彩りが良い。良い事尽くしの野菜だった。

 これまでの経験の賜物というか、鷲羽(マッド)の影響もあって俺は様々な知識を頭に叩き込んでいる。
 一部、知識に偏りがあるのはご愛敬だ。そこは趣味趣向の違いとだけ言って置く。
 農業の分野に置いても例外ではなく、特にこのニンジンに関しては豊富な知識と経験を持っていた。

 その原因となっているのが天地の畑だ。
 地球の柾木神社といえば知る人ぞ知るニンジンの名産地で、山の一角を占める広い畑の実に九割がニンジン畑という、まさにニンジンのための王国だ。
 俺自身、そのニンジン畑の手入れや栽培を手伝っていた経緯があり、天地の依頼で鷲羽(マッド)に代わって土壌調査なども行った経験がある。
 その経験を活かした結果が、このニンジン畑と言う訳だ。

 自警団の訓練を伴った開墾作業と、開発局の作った肥料や土壌改良の効果もあって、この広大なニンジン畑が誕生した。
 これは、当初問題となっていた難民受け入れによる食糧問題に大きな解決の糸口を示す結果となった。
 開墾に適した土地なら朝廷から賜った土地が山ほどあり、人手にも元黄巾党を始めとした難民を押しつけられた所為で全くと言って良いほど困っていない。更に言えば、彼等は処刑されなかったとはいえ、元犯罪者だ。罪を償う一貫として社会奉仕という名目で働かせているため、賃金は出ていなかった。
 最低限の衣食住の三つを保証してやるだけで文句一つ言わずに素直に働いてくれるのだから、これほど安上がりな労働力は他にない。

 とはいえ、そんな状況にも拘わらず反論が出ないのにもちゃんとした理由がある。
 収穫された作物のうち五割を城に納め、残り半分を商会に引き取ってもらう事で、彼等は生活に必要最低限の収入を得ていた。
 彼等からしてみれば、納める税は高く納入先は決められているものの、住む場所や田畑を貸してもらえ頑張れば頑張った分だけ収入が増すというこの状況は、今までの生活と比べれば雲泥の差と言って良いほど恵まれた物だ。
 大きな罪に問われなかったばかりか食べて行く事に困らず、人生をやり直す機会を与えてもらったのだ。文句が出るはずもない。
 これが実現したのは商会だけの力ではない。華琳の裁量があってこそだった。

 それに元農民が多い事もあって、一から十まで教えなければいけないと言った状況で無い事も大きな助けとなっていた。
 新しい農耕法や肥料の使い方など、最初は若干の戸惑いを見せるものの、その効果の高さを知れば後は慣れ親しんだ作業だ。
 ニンジンを足掛かりに段々と他の農作物へと手を広げ、技術開発局の後押しもあって農地開拓は順調に進んでいた。
 今のところニンジンがメインではあるが、徐々に他の野菜も増えていくはずだ。

「……また、ニンジン料理? しかもフルコースって!」

 俺が悲鳴を上げるのも無理はない。
 農耕地の視察に訪れ、腹を空かせて弁当箱を空けて見れば、そこにはニンジンのステーキや、ニンジンのコロッケ、サラダ、炒め物に煮物に至るまで、これでもか、というくらい全てニンジン尽くしの一品が詰まっていた。
 ご丁寧な事に、ご飯までニンジンの色に染まっている。

 魎皇鬼辺りがこの弁当を見れば、きっと目を輝かせて喜ぶに違いないが、俺はニンジンは嫌いではなくてもそこまで病的に好物と言う訳では無い。普通の人が、このニンジン弁当を見せられれば嫌気がさすに決まっていた。
 しかも俺は毎日、この手のニンジン料理を口にしているのだ。
 ニンジンが食卓に並んでいない日など、ここ最近は一日として無かった。

「太老様、ニンジンは身体に良いんですよ。我が儘を言わずに残さず全部食べてください!」

 ニンジンが如何に素晴らしい食材かを熱弁する流琉。
 これと言うのも自重無く<jンジンばかりを作りすぎた事が失敗だった。城の食料庫に、商会の倉庫に、市場にニンジンは有り余っていた。
 食糧問題を解決に導いたとはいえ、その原因を作ったのは他ならぬ俺だ。責任を感じていないか、と言えば嘘になる。
 結果『自重無し』を宣言し、自分がよかれと思ってやった事が、自分の首を絞めるといった自業自得な結果を招いていた。

「はあ……次は芋でも植えようかな」
「いいですね。なら、お芋の料理を何か考えておきますね」

 流琉の一言に、芋のフルコース料理が思い浮かんだのは言うまでもなかった。
 もうフルコースは嫌だ。何としても、この状況から脱却してやる。取り敢えず、ニンジンの処分が優先か。

(あっ、良いカモがいるじゃないか)

 そこで思いついた人物が一人。
 こうして俺の復讐を兼ねたニンジン生活脱却作戦は開始した。

【Side out】





異世界の伝道師外伝/天の御遣い編 第34話『甘い罠、赤い悪魔』
作者 193






【Side:華琳】

 太老が行った農耕地の開墾計画。瞬く間に食糧問題を解決に導いてしまった太老の手腕は見事という他無い。
 ただ一点を除いて――

「今日も……ニンジンなのね」

 ここ最近、朝から晩まで必ずと言って良いほどニンジンの姿を料理の中に見つける日々を過ごしていた。
 農民達から税の代わりとして納められた物の内、大半を占めるのがこの大量のニンジンだった。
 栽培期間がとても短い、一年中収穫できるという理由で広げられたニンジン畑。その結果、城の食料庫には嘗て無いほどのニンジンが積み重ねられていた。
 それは城だけではない。街に出れば、何処に行ってもニンジンを見ない場所はない。
 私の領地で最も安価で何処でも見かける食材といえば、真っ先にこのニンジンが挙げられるほどだ。
 栄養抜群で安く味も良いとあって、今まで食糧に貧していた庶人には好意的に受け入れられているが、それにしたって毎日ニンジンばかりではさすがの私も飽きが来る。
 徐々に他の農作物の生産に切り替えを始めている農家もあるという話だが、当分はこのニンジン生活が続く事は疑いようが無い。

「商会はこんなにニンジンばかりを生産してどうするつもりなの?」
「余ったニンジンを他州で売り捌く算段のようです。荊州との交易路は既に確保済みだとか」

 時間が惜しい事もあって、食事を取りながら桂花の報告に耳を傾ける。
 最近は特に政務が忙しい。三日に一度は徹夜を余儀なくされる日々が続いていた。

 商会で面倒を見ているという孫家の三女。孫尚香が商会との繋がりを持つために、あの場に居る事は私もさすがに気付いている。
 だが、それが足掛かりとなって荊州と交易路が確立されると言うのであれば、今の私達にとっては願ってもない話だ。
 太老の事だ。呉と内通し、袁術を交渉の席に引き摺り出し、金や物を引き出すつもりでいるのだろう。

 呉にとっても悪い話ではない。確か『江東の麒麟児』、孫策と言ったか。あの『江東の虎』と恐れられた孫堅の娘だ。
 英雄の子もまた英雄。猿が英雄を飼うなど笑止千万な話だが、噂通りの人物であるのなら、今のまま袁術の客将で甘んじているような人物ではない。
 他の諸侯が麗羽や中央の尻馬に乗る中、一人だけ先の事を見据え商会との繋がりを優先するような行動を取った時点で、孫策が並の人物で無い事は一目瞭然だった。

 今のまま袁術の暴政を許せば、例え呉が独立を果たしたとしても後に残るのは疲弊した領土だけだ。
 そこから元の状態に戻すには更に途方もない時間が掛かる。下手をすれば、その隙を突かれ他の諸侯に攻め込まれるかもしれない。
 ならば水面下で徐々に行動を起こし、そうならないように力を蓄えるのが彼女達が取れる最善の行動だった。
 そのためにも、これ以上袁術に好き勝手をさせる訳にはいかないはずだ。
 袁術に金をださせて、裏ではそれを利用して領土を潤わせ、自分達の力を蓄える。恐らくは、そう言った思惑があるに違いない。

「そのための大量生産という事ね」
「はい。袁術の食べる分の蜂蜜を無料(タダ)で付けると確約し、ニンジンを買い取らせる約定を結んだようです」
「それって、もしかしなくても……」
「はい、馬鹿ですから気付いてないでしょうね」

 袁術一人が食べる分の蜂蜜と、河南の民が口にするニンジン。量にして比較になるはずもない。
 その契約を本当に結んだのだとしたら、馬鹿極まれりと言ったところだ。

 その結果、得をしたか、損をしたかを考えた場合、明らかに袁術は得をしたとは言えない。
 袁術は蜂蜜を手に入れるために、ニンジンという余計な買い物をしなくてはならなくなったという事だ。
 蜂蜜が無料(タダ)という事で得をした≠ニ勘違いしているのかも知れないが、本来買わなくても良い物を買わされているという事に気付いていない時点で袁術は見事に騙されている。

「この案を考えたのって……」
「……太老です」
「でしょうね……」

 袁術の弱みにつけ込んだ実に悪辣な手口だ。袁術の趣味趣向を正確に把握していなければ、ここまで見事な罠は張れない。
 孫策は、商会を呉の再興のために利用するつもりで居るのだろうが、とてもではないが太老を利用できるとは私には思えなかった。
 その程度の事に気付かない太老ではない。その思惑を承知の上で、孫策達を利用するつもりでいるのだ。今回のニンジン騒動も、その策の一貫に違いなかった。
 情報を制し、戦わずして諸侯から金を巻き上げる。太老の恐ろしさの一端を垣間見た気がした。

【Side out】





【Side:七乃】

 正木商会との交渉を終え南陽に帰ってきた私は、商会との取り引きの内容を美羽様に説明していた。

「何じゃと? 七乃(ななの)、もう一度言って欲しいのじゃ」
「ですから、正木商会と交易を開始するに当たって、蜂蜜と一緒にニンジンを買い付ける事になりました」
「二、ニンジンじゃと? それは何か? あの長く、赤い色の……」
「はい。そのニンジンさんです」

 蜂蜜が食べられる、という喜びから一転して『ニンジン』と聞いた途端に美羽様の顔が真っ青に変わる。
 私は、この目の前の愛らしい金髪の幼女……もとい美少女の美羽(みう)様こと袁術(えんじゅつ)様に仕える大将軍『張勲(ちょうくん)』。真名は『七乃(ななの)』。
 どの辺りが大将軍なのか、とかツッコミはご遠慮ください。それほどに美羽様の仰る事は絶対なのです。
 私の趣味′島仕事≠ヘ美羽様のお世話と、美羽様を愛でる事と、美羽様を可愛がる事の主に三つ。
 美羽様の事を何よりも一番に考えている私にとって、美羽様にお仕えする事は最上の喜びだった。

「な、七乃! 何故、ニンジンなど購入したのじゃ!?」

 笑顔の美羽様も可愛いけど、困った顔を浮かべた美羽様も最高だ。
 苦手なニンジンから必死に逃れようとする子供っぽい美羽様は、また一段と可愛らしかった。

「交易の条件に提示されまして、ニンジンを仕入れたら蜂蜜を無料(タダ)で付けてくれるって言うので」
「……それは良い事なのかの?」
「良いに決まってるじゃないですか。無料(タダ)ですよ。無料(タダ)! 蜂蜜が舐め放題です」
「おおっ! それは素晴らしい事なのじゃ!」

 蜂蜜が舐め放題と利いて大喜びの美羽様。
 それにしてもニンジンを購入すると蜂蜜を付けてくれるなんて、実に太っ腹な話だと思う。

「でも、ニンジンを食べるのは嫌なのじゃ」
「駄目ですよ、美羽様。好き嫌いしちゃ」
「嫌な物は嫌なのじゃ!」
「それだと、ニンジンが沢山余っちゃいますよ? どうするんですか?」

 腕を組んで『うーん』と唸る美羽様。
 どうにかして、ニンジンを食べなくて良い状況を作り出そうと必死な様子が窺えた。

「そうじゃ! 孫策に全部押しつけてしまうのじゃ!」
「でも、孫策さんが素直に受け取ってくれますかね〜?」
「だから、褒美という事にして渡すのじゃ。黄巾党討伐の成果や、正木商会との交易路を開いた件で、まだ報奨を与えておらんかったからの」
「さすが美羽様! それは名案ですね!」
「うむ、もっと褒めてたもれ。妾もニンジンを食べずに済んで、孫策にもちゃんと報奨を渡せて一石二鳥なのじゃ!」
「よっ! 美羽様天才! その悪びれない態度が最高ですぅ!」

 嫌な物は全て孫策さんに押しつけてしまおう、とする美羽様の悪辣さに私は心底痺れていた。
 その上、全く悪びれた様子がないのだから、さすがは美羽様だった。

【Side out】





 ……TO BE CONTINUED



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