【Side:地和】

「みんな大好き――!」
『てんほーちゃ――――ん!』
「みんなの妹ぉ――っ?」
『ちーほーちゃ――――ん!』
「とっても可愛い」
『れんほーちゃ――――ん!』

 会場はいつも通り盛大な賑わいを見せていた。いや、いつも以上と言っても過言ではない。
 私達が人気があるのは当然だが、太老がゲストとして出演するという話を事前に知らせて置いたのも功を成したようだ。
 街の外れにある森を切り開いて作られた野外会場には、凡そ三万を超す大観衆が集まっていた。

 正木商会の技術力だからこそ出来る最先端の音響と照明設備。赤や青や黄色、色取り取りの光に照らし出される舞台。
 マイクで増幅された私達の声が、スピーカーを伝って泰山の彼方まで音を届ける。
 観客の皆はノリノリ。何曲か流したところで辺りもすっかり暗くなり、会場の熱気も最高潮に達しようとしていた。
 何度も何度も繰り返されてきた私達の日常。ずっと追い求めてきた夢のカタチがここにはあった。

「うんうん、みんな乗ってきたね!」

 天和姉さんの言葉で更に活気づく観客達。そろそろ私達が商会の歌姫として活動を初めて一年になる。
 売れない旅芸人から始まり、太老と出会い一年。私達の努力も勿論あると思うけど、太老が居てくれなかったらきっとこの成功は無かった。
 まだ大陸全土に歌を届け、私達の応援団で埋め尽くすという夢は叶っていないけど、きっと太老と一緒ならその願いも叶えられる。そう、私達は信じている。

 商会が掲げる理念。太老が目指す理想。沢山の人達が夢見るそんな平和な未来。

「ちぃの魅力で、みんなをメロメロにしちゃうんだから!」

 そんな平和で優しい世界を目指し、私達は歌い、私達の歌で皆の心を幸せにする。
 官の腐敗により荒廃した国。食べる物も無く、病気と飢えに苦しむだけの、なんの希望も無い毎日。沢山、潰れかけた邑を私達は太老と一緒にこの眼で見てきた。今のように、商会が大きくなる以前からずっと一緒に。
 そして、そんな世界だからこそ、私達の歌が必要だと太老は言ってくれた。

 食べられないのは辛い事だ。家族と離れ離れになるのは悲しい事だ。夢を持てないのは悲しい事だ。
 だから私達は夢を売り、私達の歌を聴いた人達はちょっとした幸せを得る。
 ほんの少し、明日も頑張ろうと思える、そんな希望を――

 休む暇もなく興行が続いて確かに仕事は大変だけど、私達が頑張れるのはそんな皆の笑顔があるから、そこに私達の夢があるからだ。
 三姉妹で誓った願い。それは大陸一の歌姫になる事。皆を、私達の歌で幸せ一杯にする事だ。
 そしてそれはきっと、私達を必要としてくれた太老への恩返しにもなるのだと思う。

『ほわぁぁっ! ほっ、ほっわぁぁぁぁっ!』

 演目も終盤に差し掛かり一息入れたところで、今までに無いくらい大きな歓声が会場に轟いた。
 この後、太老の出番となる舞台挨拶を挟んで、最後の演目となる。
 そして、その舞台挨拶こそが今日の本題とも言える重要な部分だ。

 ――彼等は今日、歴史的な瞬間の目撃者になる

 太老には感謝しているつもりだ。今の私達があるのは太老のお陰と言っても過言では無い。
 でも、やはり私は大陸一の歌姫になるという夢を諦められないが、同じくらい太老の事も諦めたくない。
 今日、太老と久し振りにあって、その気持ちは更に大きく膨らんだ。

 来る日も、来る日も、仕事仕事。
 太老は私達の事をちゃんと見てくれていないんじゃないか、って不安だったけど、そんな不安も太老の一言で吹き飛んでしまった。
 たった一言。太老の『ごめん』って言葉を聞いた時、私は太老に労いの言葉を掛けて欲しかっただけなのだと気付かされた。
 ほんの少しで良い。歌姫としての私ではなく、地和という一人の女の子の気持ちに気付いて欲しかったのだ。

 会えない日々を恋い焦がれるほどに、私は太老の事が好きなんだって気付かされた。
 そして、きっとそれは姉さんも人和も同じはずだ。
 だから、私は負けたくない。華琳様にも、風にも、稟にも、太老の周りに集まってきている女達、誰にもだ。
 私達の気持ちを太老に伝える。まずはそこから始めたい。
 幾ら人気のためだからって、自分を偽って気持ちを隠したまま、太老と向き合いたくは無かった。

「みんな、ここまで私達の歌を聴いてくれてありがとう! 今日は大切なお客様を招いています!」

 天和姉さんの声が会場に響き渡る。いよいよ、待ちに待った舞台挨拶の時だ。
 恋は逃げ腰じゃ叶わない。本当に好きなら先制攻撃あるのみだ。
 私が今、一番振り向いて欲しい、虜にしたいのは他の誰でもない。太老なんだから――

 練りに練った計画通り、天和姉さんが筋書きに沿って言葉を紡いだその時だった。

 ――ドオォォン!

「え、ええ!? な、何!? お姉ちゃんこんなの聞いてないわよ!」
「ちょ、爆発!? ちぃだって、こんなの知らないわよ!」
「姉さん達伏せて! きゃっ!」

 背後から物凄い爆発音が鳴り響き、もくもくと赤や青や黄色の煙が立ち上る。
 こんなの私達の計画にはない。
 この後、太老を舞台に招いて、そこで私達の想いを皆の前で告白するつもりだったのに――

「きゃっ! また!? うわああぁぁん、もう、何なのよ! 太老様助けてー!」
「あー、もう! 全部台無しじゃない! どこの誰よ! これやったの!」

 泣き叫びたいのは天和姉さんではなく、私の方だ。
 折角、覚悟を決めて本番に挑もうって時に、全く想定外の出来事が起こっていた。

【Side out】





異世界の伝道師外伝/天の御遣い編 第42話『歌姫の想い』
作者 193






【Side:華琳】

 張三姉妹の舞台はこれが見るのは初めてだが、その余りの迫力と熱気にあてられ正直怖いくらいだった。
 戦場と変わらない。いや、それ以上の高揚感が場を支配していた。
 張三姉妹の歌と、会場の皆が一緒になったかのような連帯感。これが、彼女達の舞台なのだと感じさせられた。
 さすがは『黄河の歌姫』。太老の見込んだ少女達だと感心する。問題はそれよりも――

「桂花、気絶してないで早く目を覚ましなさい!」
「え、あ……華琳様?」

 会場の熱気にやられて気絶した桂花を叩き起こし、私は直ぐに会場内の様子に目を向ける。
 今も会場の至るところで立ち上っている爆発音と不可思議な色の煙。一体、何が起こっているのか、まずは状況を把握しなくてはならない。
 考えられるのは真桜達、技術開発局の仕業という点だ。少なくともこれだけ大規模な仕掛けを、ただの賊が行えるとは思えない。
 技術的な問題もそうだが、襲撃者である彼等に地の利は無いからだ。

 だとすれば、真桜達が仕掛けた罠が発動したと考えるのが妥当なところだろう。
 そして、これだけ広範囲に渡って大規模な罠が発動するほどの事態が、今この会場で起こっているという事だ。

「思っていたよりも厄介な事態になっているようね」
「相手は、太老の命を狙った襲撃犯でしょうか?」
「恐らくね。誰にも気付かれずに狙撃を行った腕といい、ここまで派手に事を起こす相手とは思えなかったのだけど……」

 そう、今回も狙撃という手段に打ってくると私は考えていた。
 太老の命を狙った襲撃犯がかなりの弓の名手である事は、あの状況からも疑いようが無い事実だった。
 この厳重な警備の中、太老の命を狙う機会があるとすれば、太老が舞台に姿を見せたその時だけだ。

 そのため、舞台が見通せる付近に当たりをつけ、東西に分けて私は部隊を潜ませていた。
 矢が放たれる瞬間を待ち、狙撃犯が潜んでいる場所を特定して捕らえるつもりで居たからだ。

 しかし、太老が姿を見せるよりも先に、相手は行動にでた。
 これが何を意味するのか?

 同じ襲撃犯ではない。別の何者かが太老の命を狙っている。刺客が一人では無かったという可能性だ。
 恐らくはその可能性が一番高いだろう。そして、会場の至る所で上がっている煙から推測出来るのは、かなりの人数が今ここに攻めてきているという事だ。

「桂花。あなたは親衛隊を指揮して、観客達の避難誘導を手伝ってあげて」
「それでは、華琳様が!」
「私の事は心配いらないわ。自分の身くらいは自分で守れる。それよりも混乱した観客をこのまま放って置く方が危険よ」

 ここまで用意周到に事を進め、太老の命を狙っていた刺客の事だ。客に紛れて、伏兵を忍ばせていたと考えるのが妥当だ。
 そうして会場の熱気が最高潮に達し、警備の眼がこちらに向いた隙をついて行動を起こしたのだと考えた。
 現に、観客達は突然起こった爆発に驚き、半ば混乱した状態で騒ぎ立てている。このまま彼等を放置しておけば、大きな騒ぎに発展する事は明白だ。

「私は、太老のところに向かうわ。そちらに行けば季衣もいる。だから、大丈夫よ」
「……分かりました。華琳様、どうかお気を付けて」
「あなたもね。桂花」

 まずはこの状況を把握する事が一番だった。太老なら何か知っているはずだ。
 そう考え、人垣を避け舞台を大きく左に回り込み、舞台裏に向かおうとした時だった。

「五月蠅ぁぁぁいっ!」
『――――ッ!』

 張三姉妹の次女。張宝こと地和の張り裂けんばかりの怒声が、マイクを通じて会場に響いた。
 混乱して騒ぎ立てていた観客達の声が一斉に鳴り止む。

「大の男が爆発の一つや二つくらいで騒ぐんじゃないわよ! アンタ達はここに何しにきたの? みっともなく慌てて『助けて』って泣き叫ぶため? 違うでしょうが!」
「……ちぃちゃん?」
「……姉さん?」

 目に涙を浮かべながら、はっきりと観客に向かってそう叫ぶ地和。

「ここに誰が来てると思ってるのよ! アンタ達が駄目でも、どれだけ情けなく泣き叫んでも、太老が……天の御遣いがきっと何とかしてくれる! 私の大好きな太老なら、絶対になんとかしてくれるんだから!」

 彼女がどれだけ太老の事を想い、信頼しているかが伝わってくる。
 決して聞き逃す事が出来ない重い言葉。その言葉には彼女の強い想いが込められていた。

「そうだよ! 私も太老様を信じてる! だから――」
「皆、私達の歌を聴いて。一緒に歌って、応援して!」

 天和、人和の二人がそれに続き、マイクを片手に観客に向かって語りかける。既に先程のような混乱はそこには無かった。
 張三姉妹の言葉に心を鷲掴みにされ、その姿に魅了された人々の眼には舞台に居る彼女達しか映っていない。
 これが張三姉妹の力。数々の舞台をこなし、商会の立ち上げから太老と共に歩んできた彼女達の底力だった。

『きっと皆の想い(うた)≠ヘ天に届くから――』

【Side out】





【Side:太老】

「何がどうなってんだ?」

 控え室を飛び出し、煙から逃げるように会場の外へと飛び出した俺の眼に飛び込んできたのは、もくもくと立ち上る色取り取りの煙だった。
 そう、俺が用意した特撮用火薬≠フ煙だ。

「兄ちゃん、これって……」
「……すまない、季衣。詮索は後だ。ここはいいから、華琳達の方を見てきてやってくれるか?」
「でも、ボクは兄ちゃんの護衛が!」
「俺なら大丈夫だ。ほら、警備の皆も動き始めてる」

 俺の護衛という事で渋っている様子だが、状況が状況だ。自分一人の身くらい俺は護れるが、桂花や張三姉妹はそうは行かない。
 それに華琳を護るのが、親衛隊に所属する本来の季衣の役目だ。
 後で華琳には怒られるだろうが、季衣には無理を言って会場の方に回ってもらう事にした。
 まずは、彼女達の身の安全の確保。そしてこの混乱を鎮める事の方が重要だ。

「……うん。兄ちゃん、直ぐに華琳様達を連れて戻るから!」

 そう言って、舞台の方へ走り去っていく季衣。その小さな背中を、俺はジッと静かに見送った。
 俺の事を気にしてくれているのは確かだろうが、華琳や桂花の事も同じくらいに心配なはずだ。
 季衣が華琳の親衛隊の一員として、俺と華琳、どちらを優先すれば良いかなど答えは決まっている。
 華琳は納得しないだろうが、全ては優先順位の問題だ。俺が後で、華琳に怒られれば済む問題と考えた。

「さてと、状況を把握するのが先だな。真桜でも居てくれれば、少しは分かると思うんだが……」

 問題はこちらの方だ。青、赤、黄色、色取り取りの煙が会場の至る所で立ち上っている。
 だが、それはおかしい。俺が装置を設置したのは舞台の上だけだ。
 ヒーローの名乗りといえば爆発が定番。そのために用意した火薬自体、派手な音と煙はあるものの、これほど大きな爆発を引き起こす物では無かった。
 少なくとも、俺は装置に仕込む火薬の量を間違えてはいないはずだ。

「ゴホ、ゴホッ! あー、ほんま酷い目に遭ったわ……」
「真桜!? ってか、何だ? その格好……」
「げっ! 局長!?」

 噂をすればなんとやら。呼んでみるもんだ、と心の中で思った。
 爆発にでも巻き込まれてきたのか、全身(すす)だらけの真桜が前方の煙の中から現れた。
 しかも、明らかに態度が怪しい。

「は!? 設置してあった地雷が全部爆発!? ってか、なんで地雷なんて……」
「いや、それは新しい罠に使えんかな? 思って……」

 様子のおかしい真桜を問い詰めてみると、次々に色々な事が判明した。
 真桜の話によると会場の至る所に、侵入者対策用の罠と一緒に試作品の地雷を設置していたらしい。
 虎の穴がどうだ、周泰がどうだの言い訳しているが、問題はそこではない。
 先程から小規模の爆発が何度か起こっていたのは、その地雷の爆発が原因だったという事だ。

 だとすると、この煙は――

「あの火薬を使ったのか!?」
「アレ、局長の火薬やったんか? 工房の角に除けてあったから余ってるもんとばかり……」

 あの火薬は俺が直接調合したものだ。
 元々、今回のイベントの誘いが無くても、いつかヒーローショーはやるつもりていたので、その時のためにと用意して置いたものだった。
 何でこんなところに、ヒーローショー用に態々調合した火薬があるのかと不思議に思っていたのだが、その犯人がこんな近くに居たとは……。
 大方、実験用の火薬が足りなくなって正規の申請を通さずに勝手に持ってきたのだろう。稟辺りに知れれば、絶対に使い道を追及されるしな。
 なるほど、事情は大体分かった。この派手な爆発と煙は、全て技術開発局の仕業だという事が――

「真桜。お前等、これが終わったら反省文と三ヶ月の減俸な」
「そりゃ無いで局長!?」

 そりゃ無いと言いたいのはこっちの方だ。こんなに大騒ぎにして後始末をどうするつもりだ。
 反省文や減俸で済むだけ真桜達はマシだ。俺は、もっと悲惨な目に遭わされる事は間違いない。
 絶対に華琳に怒られる。それだけならまだしも張三姉妹にも何を言われる事か、それを考えただけでも頭が痛い。
 桂花辺りにも絶対にネチネチと文句を言われるに決まっている。帰ったら、稟や風の説教も免れないだろう。

「俺の方が、どう考えても絶望的だ……」

 悲観に暮れるのは後。個人的な問題は後回しにして、気持ちを切り替える。
 何はともあれ、被害状況の確認が先だ。

「観客に被害は?」
「それはない。不幸中の幸いやったな。何人かウチの連中が巻き込まれとるけど、他は不法侵入しようした馬鹿な連中が引っ掛かっただけみたいやし」

 張三姉妹の出待ちと思われる周辺に潜んでいた馬鹿がこの煙であぶり出され、その他の入場券も無しに会場に侵入しようとした馬鹿な連中も爆発の被害にあって気絶。会場に控えてきた警備兵に全員捕らえられたそうだ。
 恐らくは張三姉妹の熱狂的なファンか何かだろうが、こんな時で無ければそんなに酷い目に遭わずに済んだだろうに、全く運の無い。
 取り敢えず、マナーのなってないファンの事は後にして、この状況をなんとかするのが先決だった。

「まずは、この状況をなんとかするのが先だな」
「そやな。取り敢えず――局長っ、後!」

 真桜の声に反応して、咄嗟にその場から転がるように横に飛び退く俺。
 ガンッ、という音と共に壁に突き刺さったのは、見覚えのある一本の鉄の矢だった。

【Side out】





 ……TO BE CONTINUED



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