【Side:一刀】
猫耳の生えた何進さんを連れて歩くのは、さすがに恥ずかしい……いや、何進さんの身の安全を考えると危うい。
何進さんが、というよりは官その物が皆に余り良く思われていないというのも理由の一つにあるが、これから向かう所は何処も危険な場所だ。
江東はまだしも、険しい事で知られる泰山は旅慣れた旅人も避けて通るという難所中の難所だ。
蜀の地より更に南方に位置する樹海。孟獲を王とした原住民が住む南蛮には行くのも大変だが、更に南蛮象之臍之胡麻を取ってくるという難問が待ち受けている。
その事から考えても、武芸者というのならまだしも普通の女性の足では困難な道程ばかり、何進さんには荷が重い。
そうした事からも、本音の一緒に連れて行くと恥ずかしいし色々と大変そうだから≠ニいうのは隠して、何進さんには水鏡さんや子供達と一緒に留守番をしてもらう事にした。
そもそも、旅の最中に病状が悪化でもすれば一大事だ。タイムリミットがある以上、急ぐ旅になる。はっきり言って足手纏いは連れて行きたく無かった。
まあ、貂蝉と一緒というのも恥ずかしいのは確かなのだが、案内や護衛を考えると貂蝉には居てもらった方が助かるのも事実だ。
現状、貂蝉ほど頼りになる相棒は他にいない。見た目がかなり変態で、ゲイで、伝説の妖怪や怪物の方が可愛く見えるくらいバケモノ臭いけど、そんなところさえなんとか我慢出来れば、凄く頼りになる仲間だ。
「ご主人様? 何か、変なこと考えなかった?」
「いや、気の所為じゃないか?」
危なかった。うん、見た目はアレだけど、中身は凄く良い奴だと付け加えておく。俺の武術の師匠でもあるしな。
剣術道場を爺ちゃんが営んでいた事もあって、元の世界でも多少剣術をかじっていたつもりだが、はっきり言って実戦ともなると全然話にすらならなった。この世界にきた当時の俺の実力は、精々一般人と喧嘩してなんとか一対一で勝てるくらいで、貂蝉を相手は勿論、武装した山賊や盗賊相手にも後れを取るくらいショボかった。
それが人並みよりちょっと上くらいにまで腕を上げる事が出来たのは貂蝉の指導のお陰だ。これでも水鏡さんと同じくらい、貂蝉には感謝していた。
実際、この世界にきて最初に貂蝉に出会っていなければ、俺はその辺りで山賊や盗賊に襲われて殺されているか、荒野で野垂れ死んでいた可能性が高い。その事を考えれば、かなり貂蝉が変態であったとしても我慢出来るというものだ。我慢は必要なんだけどな……。
「ご主人様。もう直ぐエン州に入るわよん」
そして、解毒剤の材料を集める旅に出た俺と貂蝉は、その足でまず青州の泰山へと向かっていた。
「えっと、まずは陳留に向かうんだっけ?」
「ええ。そこに『正木商会』という、商人の集まる場所があるそうよ。もしかしたら、薬の材料が見つかるかもしれないでしょ?」
貂蝉の言うように、一つでも材料が見つかれば大きく時間を短縮する事が出来る。
望みは薄いという話だったが、人と物が多く集まる場所であれば、そうした薬の材料も取り扱っているかもしれないと青州へ向かう途中で立ち寄ってみる事になった。どちらにせよ、通り道だ。ダメで元々という奴だ。
その『正木商会』というのは、管輅って名前の占い師の占いに出て来た『天の御遣い』っていう凄い人が起こした商会らしく、ここ最近、エン州や青州を拠点に勢力を拡大している凄い大商会なのだそうだ。
エン州の曹操といえば、俺でも知っている有名な三国志に名を連ねる人物の一人だ。そんな人に『盟友』と呼ばれるほど凄い人と聞いて驚きを隠せなかった。
きっと噂通りの凄い人なのだろう。商人というくらいだし、眼鏡を掛けた理知的な男性、いや女性なのかもしれない。
どちらにせよ、俺からしたら雲の上の人だ。こっちは荊州の田舎というほどではないが、小さな街から出て来た一庶民に過ぎないし。
「でも、『正木』ってどう言う意味なんだろう?」
「何でも、天の御遣いの名前から付けたらしいわ」
「名前から? 姓が『正』で名が『木』とか? どちらにしても変わってるな」
「意外と、ご主人様と同じ出身の人かもしれないわよん」
「はは、まさか……」
貂蝉に言われて、名字で『マサキ』とかだったら、確かにありかも知れないと思った。
でも普通に考えて、この世界に飛ばされてきたばかりの人物が、一年やそこらでそんな商会を作れるだろうか?
もしそんな事が出来るとしたら、とんでもない能力と才能の持ち主って事になる。
俺なんて、文字の読み書きだけで二ヶ月も掛かったのに……。水鏡さんや貂蝉と出会わなかったら、今日まで生きて来られたかも分からない。
これが実力の差というなら、余りに理不尽な話だ。というか、その天の御遣いって人、余りに適応力高すぎだろう。
「ううん……。出来る事なら、一度会ってみたいな」
そんな偉い人にすんなり会わせてもらえるとは思えないけど、あの時の男達、そのどちらかの可能性があるのなら一度会ってみたい。
旅の目的は解毒剤の材料集めだけど、その一方で俺が元の世界に帰る手段を探す旅でもあるのだ。
唯一の手掛かりは、この世界に飛ばされる前にあったあの二人の男だけだ。
あの男達が元の世界に帰る手段を知っているとは限らないけど、他に何も手掛かりが無い以上、その手掛かりに縋るしかなかった。
「陳留に着いたら情報を集めてみましょう。ご主人様なら、きっと上手くやれるわ」
「だといいんだけど……。そうだな。取り敢えず、駄目元でやるだけやってみよう」
ここで会わせてもらえるかどうかを悩んでいるよりは、駄目元で尋ねてみるのが一番だ。
俺は期待と不安で胸を膨らませながら、エン州へと足を踏み出した。
【Side out】
異世界の伝道師外伝/天の御遣い編 第48話『朝廷の誘い』
作者 193
【Side:太老】
「それは前にダメだと念を押したはずですが?」
仕事中に、『洛陽に行きたい』と話題を振ったら稟に凄まれた。
「いや、でも今回は仕事だよ?」
「それでもです。そもそもこんな依頼、怪しすぎます!」
商会に寄せられた洛陽からの依頼。それは、エン州・青州を中心に活動している人気の歌姫『張三姉妹』の芸を宮中でやってくれないか、というものだった。
劉弁こと小帝弁が排斥され、新しく劉協が皇帝に即位し、献帝を名乗り初めて早一ヶ月。何進が殺されてから数えても僅か三ヶ月。その後、張譲率いる十常侍が董卓に殺されるまでの流れの速さから考えても、かなり綿密に練られた計画的な犯行と考えて間違い無い。
そんな中、朝廷より商会へ寄せられた書簡。先日、あんな事(暗殺未遂事件)が遭った後だ。稟が怪しいと声を荒らげるのも無理のない話だった。
「第一、洛陽の噂は太老様もご存じのはずです。そのような場所に態々出向くなど……」
中央の権力争いにようやく一区切りが着いたと噂されたのも束の間、邪魔者を排斥し朝廷を牛耳った董卓が洛陽で悪政を敷いている、という噂が大陸全土に広がりを見せ始めていた。
高い税を徴収し、大規模な土木工事を興し、逆らう者は容赦なく牢に入れるなどして、民の間では怨嗟の声が充ち満ちているそうだ。
しかし、噂が広まるのが余りに早すぎる上に、本当に董卓の仕業かどうかも怪しい。
稟が危惧するように、その話が本当であれば由々しき事態だが、裏に何かあると俺は考えていた。
「でもな。皇帝からの要請を断れるのか?」
「うっ……」
そう、腐っても漢王朝。この国のトップからの要請だ。
商会に対しての正式な公演依頼である以上、それを断ればどんな難癖を付けられるか分かった物では無い。
無茶苦茶な話に聞こえるかも知れないが、それが原因となって商会の取り潰し、首を刎ねられるなんて事態も軽く想像出来た。
そこまでの事態にならなかったとしても、華琳に間違い無く迷惑を掛ける事になるだろう。
しかも相手はご丁寧に、皇帝の印を入れて皇帝からの依頼≠烽ニい招待状≠ニして商会に送ってきている。
ただの官の依頼と違い、皇帝からの誘いを蹴ったとなれば大事だ。それこそ、連中の思い通りになりかねない。
相手も馬鹿ではない。こちらが断る事も織り込み済みで、こんな嫌がらせをしてきているに違いなかった。
「ですが――」
どうやっても、俺を行かせまいとする稟。
最悪の場合、張三姉妹だけを――という言い方をするが、そんな真似が許せるはずもない。
しかも書簡には、その宴の招待客として俺を招きたいと記されているのだ。どちらにしても無視には出来ない。
「稟ちゃん。少し落ち着いてください」
「風、いつの間に!? そんな事よりも、風も太老様をお止めして――」
「ですがそうすると、ここに朝廷の軍が攻めてきかねませんよ? 最悪の場合、華琳様がお兄さんの敵に回る可能性も」
「そんな馬鹿な事が……」
「それが、そんな馬鹿な事とも言えないのよね」
「華琳様!?」
稟の大声に誘われてか、部屋の中に連れ立って姿を見せる風と華琳。
その後には、険しい表情を浮かべた桂花も控えていた。
「遂、先程。朝廷の使者を名乗る方が、華琳様を訪ねて来られたわ。その狙いは……太老。あなたよ」
桂花の話では、俺が皇帝からの要請を断った場合、捕らえて連れてくるようにとの勅命だったそうだ。
俺が要請を受けた場合でも、その使者が案内役兼護衛として同行するらしく、どちらにせよ俺に考える猶予を与えず連れて行こうとする意図が見え透いていた。
狙いは華琳と俺を仲違いさせ勢力を分断させる事か、風と桂花もその辺りが相手の狙いだろうと考えを明らかにした。
秋蘭と季衣にその使者の相手をさせている間に、華琳達は俺にその事を知らせにきてくれたようだ。
「――って、華琳は城に居た方がよかったんじゃないのか? ここに来ているのがバレたら拙いだろう?」
「こうなった責任の一端は私にもあるわ。あなたに事情を説明する義務は私にある」
「華琳は悪く無いだろう? 出る杭は打たれるっていうしな。いつかはこうなってたよ」
「……それでもよ。まさか、こんな強硬手段に打って出るとは思ってもいかなかった。あの難民の件で気付いて然るべきだったのよ。完全に私の失策よ」
苦々しそうに口にし自分を責める華琳だが、俺はそうは思わない。
例え、あの時点で朝廷の思惑に気付いていても俺は同じような行動を取っただろうし、そうしなければ救えない民は大勢いたはずだ。
難民の件や青州での一件が原因でこの事態に発展したのだとするのなら、起こるべくして起こった事態だ。華琳の所為ではない。
だが、相手にどんな思惑があろうと、ここは商会の代表として決断しなくてはいけない場面だと俺は考えた。
「風。悪いけど、張三姉妹に連絡して出立の準備を進めてくれ」
「太老様!?」
「稟、これ以上の問答は無しだ。大丈夫、張三姉妹には傷一つ付けさせないから」
「そういう問題ではありません! 太老様の身に何かあれば――」
「なら、何か他に良い案でもあるのか?」
「それは……」
「これは商会の代表としての決定だ。稟、俺の留守中、商会の事をよろしく頼むな」
「…………御意」
張三姉妹には悪いが、少し危険でも付き合ってもらうしかない。
後で色々と請求されそうだが、これが終わった後なら幾らでも言う事を聞いてやるつもりでいた。
かなり高くつきそうだが、今回ばかりは仕方が無い。
「太老。私は……あなたを……」
「まあ、気にするな。華琳は何も悪く無いし、人の上に立つ者としては当然の選択だ。何も悪く無い」
ここで俺の味方をすれば、今度は華琳の立場が危うくなるだけだ。
下手をすれば、黄巾党の時のように華琳に征伐命令が下る恐れだってある。こんな強硬手段を用いてくるような相手だ。その可能性は十分に考えられた。
反董卓連合ではなく反曹操連合とか立てられたら正直堪った話ではない。それに大を救うために小を切り捨てるという考え方は、為政者の判断としては当然だ。
商会の皆やエン州の民。それと俺や張三姉妹の危険を照らし合わせれば、どちらを取るかなど簡単な話だった。
(どちらにせよ、董卓に関しては確かめておきたい事もあったしな)
それは以前から考えていた事だ。堂々と中央に乗り込む口実が出来たと考えれば、決して悪い話ではない。
俺を暗殺するために、紫苑と璃々に連中がした事を俺は忘れていない。
(何でも思い通りにいくと思ったら大間違いだ)
俺を上手く罠に嵌めたつもりかもしれないが、それこそが大きな間違いだと教えてやる。
【Side out】
【Side:華琳】
朝廷を甘く見ていた。難民の件に始まり、紫苑の娘を人質に取った青州での暗殺未遂事件。そして、今回の一件。
強引とも言える手段だが、相手が太老だったから全て失敗に終わっただけで、本来であればどうなっていたか分からない。
あの馬鹿が服を着て歩いているような麗羽が、このような策を思いつくはずがない。必ず裏には誰か別の人間の思惑が絡んでいるはずだった。
そこまで気付いていながら、私は警戒を怠ってしまった。権力争いに夢中になっている中央に呆れ、連中の狡猾さを甘く見ていたのだ。
「フフッ、覇王の名が呆れるわね。この曹孟徳……ここまで虚仮にされたのは初めてよ」
「華琳様……」
また、太老一人に大きな負担を強いてしまった。それが一番悔しく、悲しかった。
ここで朝廷に逆らう事は簡単だが、そうすれば確実に朝廷は私に反逆者の汚名を着せてくるはずだ。
私を快く思っていない者達も多い。口実を与えてしまえば、そうした者達と結託して牙を剥いてこないとも限らない。
その結果、朝廷と結託した諸侯の軍を同時に相手にするのは、今の戦力では現実的な話ではない。
結局、選択は一つしかない。相手の思惑通り、太老と張三姉妹を都に行かせる以外に方法は無かった。
「……でも、このままでは絶対に済ませるつもりはないわ。桂花、分かっているわね?」
「はい。既に手は打っています。孫策なら、必ずこちらの思惑に乗ってくれるかと」
「後は、時間との勝負ね」
そう、このままで済ませるつもりは微塵も無い。
私の大切なモノに手を出し、この曹孟徳を敵に回してただで済むと思ったら大間違いだ。
私の行く手を阻み、邪魔をするというのなら蹴散らすまで。それが皇帝であろうと、神であろうと関係ない。
「さあ、はじめるわよ。覇業の第一歩を――」
「御意」
私は曹孟徳。欲しいと思った物は、なんであろうと全て手に入れて見せる。
人も、国も、天下も、そして――
「太老、待っていなさい! あなたを手に入れるのは、私よ!」
【Side out】
……TO BE CONTINUED
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