【Side:太老】
最近、空気と化して忘れられてないか少し不安な正木太老だ。
俺って庶民的で元々影が薄いから、普段から余り目立って無いと思うしな。出番を稼がないと忘れられてしまいそうで不安だった。
俺? いや、俺は元気にやってるよ。三食昼寝付き≠フ快適な場所で悠々自適に生活を送っている。
ニートに憧れる青年、現代社会で時間に追われて忙しく働いている諸君には羨ましい限りだと思う、ここの生活。
しかも、しかもだ。ここには――
「また、地和がビリだな。カード勝負で俺に勝とうなど百年早い!」
「うふふ、お姉ちゃんの偉大さが分かった? これからはもっと敬うように!」
「ぐぬぬぬ……ちょ、ちょっと今日は調子が悪かっただけよ!」
「地和姉さん顔に出やすいから」
「さ、三人とも落ち着いてください。人和さんも止めてください」
美少女が沢山居た。ちょっとしたハーレム状態。ウハウハだと思ったらそれは大間違いだったりする訳だが……。
上から、俺、天和、地和、人和、そして董卓こと月の五人。ちなみに董卓の真名は仲良くなって教えて貰った。
地和が『またライバルが増えた!』と意味不明な事を叫んでいたが、あれってどう言う意味なのかさっぱり分からず終いだ。
やっぱり考えられるのは――カード勝負の事だろうな。それしか思い当たる節がないし。
勝率は上から無敗の俺、天和、人和、月、地和の順なので、確かにライバルといえばライバルに違いない。
とはいえ、地和の場合は顔や態度に出やすく読まれやすかったりするので、その点で言えば月と地和の間には四位と五位とはいえ絶望的なまでの大きな実力差があった。
え? そんな事はどうでもいい。状況が全く掴めない、って?
ああ、ここは宮中の中だ。それも噂の地下牢。実は三日くらい前に話が遡るんだけど――
「ああ、もうっ! あの張譲って奴と取り巻きの宦官達! 思い出しただけでもムカつくわね!」
ゲームで負けた腹いせにとばかりに叫び倒す地和。まあ、気持ちは分からないでもないが。
宮中の宴に招かれた俺達を待っていたのは、やはり
張譲の罠だった。
張三姉妹のステージが始まるや否や、無茶苦茶な理由で野次を飛ばす観客。全て張譲の息の掛かった宦官達だ。
挙げ句には皇帝の前で怪しげな歌と踊りを披露したとして、張三姉妹プラス責任者の俺は捕まってしまい、牢屋にぶち込まれたと言う訳だった。
「嫌らしい顔付きで私達をなめ回すように見てた癖に――」
「姉さん、落ち着いて」
「私よりも姉さんの方が良いってどういう事よ!?」
天和の胸を指差しながら大声で叫ぶ地和の話を聞いて、人和がハアと深いため息を漏らす。
何かと思えばそっちの話か、とその場に居る全員の気持ちが一致した。
実は、約束通りに賈駆達が張三姉妹だけは助けてくれるような話もあったのだが――
好色家のスケベ親父が権力をちらつかせて三姉妹をナンパしようとしたらしく、それに頭にきた地和がその親父のキンタマを蹴り飛ばしたのが問題となり、その所為で彼女達は俺と一緒に地下牢に幽閉される羽目になった。
あの時の、賈駆の表情と言ったらなかった。大口を開けて唖然としてたしな。事情を説明がてら月にその事を話すと、余程可笑しかったのかクスクスと笑っていた。
共通の話題と言うのは大切だ。それが俺達と月が仲良くなれた原因でもある。
「胸!? そんなに大きな胸が大事なの!? やっぱりカタチよね! うん、ちぃは大きさじゃなくカタチが大切だと思うのよ!」
胸について力一杯力説する地和。うん、まあ言いたい事や気持ちは分からんでもないんだがな。何かと危険な話題だし、俺に振るなよ?
地和が一番納得してないのは、声を掛けてきたのがスケベ親父だったという事よりも、自分ではなく何故天和に声を掛けたのか、と言う点だ。
しかも、ちゃっかり人和も言い寄られていたとかで、一人だけ蚊帳の外に放り出された地和がキレたのは無理のない話だった。
とはいえ、原因は地和にもある。主に胸とか、性格とか、色々と思い当たる節が山ほど。
敢えてそれを口にするような真似はしないが……。絶対に藪蛇になるしな。
「そんなにカリカリしてないで久し振りの休暇と思って、のんびり楽しむべきだと俺は思うぞ」
「こんな場所で、そんな風に落ち着いてられるの太老様くらいだと思う……」
天和、何気にお前も酷いな。
三食昼寝付きと言う点を考えれば、商会よりも下手すると天国かもしれんのだぞ?
書類に埋もれないですむ日々が、これほど素晴らしい物だとは知らなかった。最近はアレが日常化してたしな。
こんなにゆっくりしたのは随分と久し振りの事じゃないか?
「お前達、少し五月蠅いぞ! って、なんでまた董卓の牢屋にいるんだ!?」
『え?』
騒ぎを聞きつけて牢の前にまでやってきた兵士の言葉に、頭に疑問符を浮かべた俺と張三姉妹の声がハモる。
兵士の言葉通り、当然ではあるが張三姉妹、月、俺の牢屋は別々だ。
いや、女の子と同じ部屋で寝泊まりなんてさすがに出来んよ。俺は紳士だしな。
「ああ、そろそろ夕食の時間か。じゃ、このくらいでお開きにするか」
「お姉ちゃんは先にお風呂に入りたいなー」
「姉さん……私達一応、囚人なのよ?」
「じゃあ、ユエユエ。また明日ねー」
「はい。皆さん、お気を付けて」
唖然とした兵士を余所にきちんと入り口から牢屋を出て、自分達の牢屋へと戻っていく。
鍵? そんなものあったっけ?
普通に考えてくれ。あんな耐久力の欠片も無い、単純な仕掛けの代物は鍵とは言わん。
今時、電子ロックも使ってないなんて信じられない話だ。それに鉄ならまだしも木製の牢屋とか不用心極まりないだろ。実用性に欠ける。
「……やめとけ。あれこれと深く考えるだけ無駄だ」
「……そうだな。大人しくしててくれるだけマシか」
どこか哀愁の漂った雰囲気で互いを慰め合う見張りの兵士達。
「ちょっと、御飯まだー? 私、今日はフカヒレのスープが飲みたい!」
「兵士さん。御飯の前にお風呂に入りたいんだけど〜」
そんな兵士の二人を無情に襲う理不尽。
「俺、この仕事に自信が無くなってきたよ……」
「気を確りと保て! だ、大丈夫だ。俺達はまだやれる!」
今更ながら、俺達を捕らえた事を後悔し始めている兵士達だった。
【Side out】
異世界の伝道師外伝/天の御遣い編 第53話『幼女皇帝』
作者 193
【Side:張譲】
「何がどうなっている!? 次から次へと――」
「張譲様! 今度は厩舎で事故があったらしく、暴走した馬が逃げ出したそうです! その馬に跳ねられて宦官の方々がその……」
「またか!?」
ここ数日と言う物、災難に災難が重なるという最悪の日々が続いていた。
机の上や周辺に散らかっている書簡の山。これらは全て、その起こった事故や事件の報告書や始末書だ。
何よりも一番頭が痛いのが、宦官達が次々に大怪我を負ったり突然の病に倒れて使えなくなってしまっている事だ。
欲深い愚か者達ではあるが、彼等がいないと宮中の仕事が滞る。現に机の周辺に積み重ねられたこの書簡の山が、その事を物語っていた。
「何故、こんな事に……」
宮中の者達の間では、噂の『天罰』を囁く者達も現れ始めていた。
天の御遣いを幽閉などするから、天より災厄が訪れたのだと――
身の危険を感じた宦官達の中にまで、彼等を解放するように声を荒らげる者達まで出始めている。
「これも全て奴の狙いか……」
この騒ぎ、どうやってかは知らないが天の御遣いを名乗るあの男が裏で糸を引いている事は間違いない。
罠に嵌めて捕らえたつもりが、逆に苦しめられる羽目になるとは想定もしていなかった。それも、まさかこんな手でだ。
遂、先日まで怨嗟の声に満ち満ちていた民の間にも、宮中で起こっている事件は噂となり、御遣いの到来を喜ぶ声が上がっているという。
噂を流しているのは間違い無い。董卓の配下の者達だ。だが、その証拠がない。
しかも本来、味方であるはずの宦官達の中からも『天の御遣いを解放しろ』という声が上がっていて、もはや一刻の猶予もない事態に追い詰められていた。
「後一歩……。後一歩というところにまで来ているというのに………」
する事なす事全てが裏目に出てしまっている。あの正木太老に関わって事が上手く行った例など一度としてない。
いっそ処刑してしまうか、とも考えたがこの状況では反対の声の方が間違い無く大きい。
下手をすれば、宮中の宦官全てを敵に回してしまいかねない非常に拙い状況だ。それにあの男は――
「拷問も全く効果が無し……。剣も槍も体を通さぬとはどういう事だ? しかも、水責めも火も効果が無いとは……」
拷問にあたった熟練の兵士の方が初日で音を上げるといった有様になっていた。
常識外れな人物だとは思っていたが、ここまで我々の常識が通用しないとは想像もしていなかった。
あれで妖術使いで無いとすれば、信じる他無い。本物の天の御遣いであると――
だが、それならどうする?
今更、計画を無かった事にして許しを請う?
そのような真似が出来るはずもない。
何のために何進を蹴落とし、十常侍を始末して、董卓を身代わりに仕立てたのだ。
これでは、これまでの苦労が全て水泡に帰してしまう。残された道は、身の破滅だけだ。
「もう少しだ。もう少しで、この太平要術の書に妖力が溜まるというのに……」
干吉と名乗る妖術師から譲り受けた一冊の書物。それが、この太平要術の書だった。
民の怨嗟の声を妖力へと変えるという恐るべき妖術書。この妖術書を完全な物とするために董卓を身代わりに仕立て、重税と強制労働を課して民を苦しめ態と悪政を敷かせたのだ。
それがまさか、こんなカタチで計画が破綻させられようとしているなど、断じて認める訳にはいかなかった。
だが、このままでは……民の間に広まる噂だけでも止めねば、太平要術の書に妖力を溜める事すらままならない。
それどころか、下手をすれば今度は自分自身が他の者に取って代わられ、蹴落とされる可能性も――
「大変です! 張譲様!」
「今度はなんだ!?」
次から次へと飛び込んでくるのは良くない報告ばかり――
「皇帝陛下が――行方を眩まされました!」
そして、一番最悪とも言える報告がもたらされた。
【Side out】
【Side:太老】
「太老と申したな。御主、我の嫁になれ!」
膝下まで伸びる長い銀髪をした璃々ちゃんと大して歳の変わらない幼女に、突然告白をされた。
なんと大胆な。と言うか、嫁ってなんだ。嫁って。俺は男だぞ?
「普通、そこは『夫になれ』とかじゃ無いのか?」
「我はこの国の皇帝じゃ。だから、我の伴侶となる者は嫁でいいのじゃ!」
無茶苦茶な理屈だった。そもそも、このちびっ子どこから入ってきたのかね?
一応、ここ牢屋なんだけどな。俺が言うのもなんだけど。
アレ? 今、皇帝って……。
「何よ、このちびっ子。太老はちぃのなんだからね!」
「違うよ! 太老様はお姉ちゃんのなの!」
「御主等は確か、張三姉妹じゃったか? ふむ……。側室という事なら許してやらんでもないが、正室は当然我じゃぞ?」
地和と天和が乱入してきた所為で、更に話がややこしくなった。
誰が正室だとか、当事者の俺を置いてけぼりにして話が段々ときな臭い方向に向かっていく。
いや、そもそも俺は誰の嫁にもなれんぞ!? 男だし! お前等、俺に何をさせる気だ!
…………ウェディングドレスを身に纏った自分を想像して、かなり憂鬱な気分に襲われた。
「――へ、陛下!?」
「ん? 何じゃ、御主。董卓ではないか。何故、このような場所に居るんじゃ?」
牢屋の中から、珍しく大きな声を上げる月。
格子越しに自称皇帝を名乗る少女を見て、驚いた様子でポカンと大きな口を開けていた。
この反応を見るに、やはり自称などではなく――
「――って、本当に皇帝陛下?」
「だから、言っておろう! というか、御主とは宴の席で一度会っておるではないか!」
「いや……。どこかのお子様が紛れていたとばかり……」
すまん。隣に座っていた綺麗な女性の方が普通に皇帝陛下だと勘違いしていた。
その事を正直に話すと――
「あれは我の侍女じゃ!」
と怒られてしまった。
いやだって無理があるって。こんな璃々と歳の変わらない幼女が、この国で一番偉い人だなんてさ。
本当にこれで良いのか? 漢王朝? いや、そりゃ滅亡の危機に瀕しているというのもよく分かる話だ。
「というか、御主等なんでこんな薄暗くて狭いところにおるのじゃ?」
「バカンス?」
「ばかんす……とは、なんじゃ? 天の国の言葉か?」
「いや、まあ……。詳しく説明すると長いような短いような。何も知らないのか?」
「?」
首を傾げる目の前の幼女。
というか、ここが牢屋という事も本気で分かってなさそうだ。見張りの兵士はどうした。兵士は!
「それより、どうやってここまで来たんだ?」
「フフン! 宮中は我の庭みたいなものじゃ。忍び込めん場所などありはせぬわ!」
自慢気に胸を張ってそう答える幼女。ダメだろ、ここの兵士……。役立たずにも程がある。
「陛下! お願いがあります!」
突然、土下座をして深々と頭を下げ、俺達の会話に割って入る月。
「私はどうなっても構いません! ですからどうか、太老さんを――皆さんをお助けください!」
◆
――という話があったのが半刻ほど前。
「なるほど……。胡散臭いとは思うておうたが、張譲の奴がな」
本当に璃々と同い年か疑わしいほど頭の回る女の子だった。
俺達の話を聞いて直ぐに状況を理解。そして張譲の思惑にまで考えが至るなど正直出来すぎなくらいだ。
華琳辺りが見たら、文官や軍師に欲しがりそうな逸材だな。
「頭が良いんだな。えっと……」
「そう言えば、きちんと名乗っておらんかったな。『献帝』などと今は名乗っておるが『劉協』で構わぬ」
「それじゃあ、劉協ちゃん」
「……ちゃ、ちゃんか。まあ、構わぬが……」
何故か照れた様子で頬を紅潮させる劉協。え? ちょっとなんで皆、俺を睨むんだ?
この年頃の子なら、普通は『ちゃん』付けじゃないか? 俺、何か間違ってたか?
「でも、劉協ちゃんって頭が良いんだね〜。まるで人和ちゃんみたい」
「ちょっと姉さん!? 皇帝陛下に『ちゃん』って!」
「構わぬ。御主等と我は、好敵手のようじゃからな」
ほら、天和も『ちゃん』付けで呼んでるじゃないか。うん、何も不思議では無いな。
人和達がちょっと頭が固すぎるだけだ。本人が良いって言ってるんだから問題無いだろう。
というか、好敵手ってどう言う意味だ?
なんか、地和と劉協の間に火花が飛び散っているようにも見えるし……よく分からん。
「先程の質問じゃが、師がよいからの。太老、御主の話もその者から聞いておったので最初から知っておったのじゃ」
「……へ?」
俺の事を最初から知っていた?
「もしかして……」
「そこまでじゃ董卓。実際に会えば分かるじゃろ。安心するがいい、そなた等全員、我の客人として迎える。張譲の好きなようにはさせぬわ」
「やったー! ここから出られる!」
「やっとお風呂に入れる!」
ここに居れば迎えがくるはずなんだが……。そもそも皇帝だからって、勝手に囚人を牢屋からだしていいのか?
いや、もう何も言うまい。今までだって予定通りに事が進んだ例なんて無いんだし現場の判断、臨機応変という奴だ。
それに喜んでいる地和と天和に水を差したくない。後で何を言われるか分かったものじゃないしな。こういう時、男の立場っていうのは弱いんだ。
「お前達、また何を騒いで――へ、陛下!?」
「ん? やっと気付いたか、間抜け共め。この者達は我の客人として招く。丁重にもてなすように」
「え、ええ!? で、ですが張譲様の命が!」
「我は皇帝じゃ! それとも張譲の命は聞けて、我の命が聞けぬと申すか!?」
「そ、そう言う訳では……」
小さいながらも皇帝としての威厳がそこには備わっていた。やはりこの子、年齢の割に確りとしている。
「俺、もう嫌だ。この仕事……」
「あ、諦めるな! きっと、きっと俺達にも良い事がある!」
自分達よりも遥かに小さな劉協に言いように命令されて、いつもより三割増しで落ち込む見張りの兵士達。
何というか……その哀愁漂う背中が不憫でならなかった。
【Side out】
……TO BE CONTINUED
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