【Side:一刀】
諸葛亮ちゃんに呼び出された。どうやら、頼んでおいた薬の材料について判明したらしい。
「随分と待って頂いたのに申し訳ありません。やはり、どの材料も貴重な品らしくて今すぐに手に入れるのは難しいそうです」
普通にいけば何ヶ月、何年先に入荷できるかも分からない状況だと聞かされて、覚悟していた事とはいえ肩を落とした。
やはり相当に貴重な素材のようだ。話に聞くだけでも、手に入れるのは相当に難しい事が窺える。
だけど、そんな俺に一つ朗報がもたらされた。
「江東丸ですが、江東の孫家と商会は取り引きがありますので、なんとかなるかもしれません」
「ほ、本当ですか!?」
「はい。現在の状況が状況ですし、今すぐにとはいきませんが……」
天の御遣いを助けに行くために諸侯連合というのが結成されるらしく、それに孫家も参加する予定だという説明を受けた。
ようは、その戦争が終わるまでは待って欲しいという事だ。その後であれば、江東丸を譲ってくれるように商会の方から働きかけてくれると約束してくれた。
こちらからしてみれば願ったり叶ったりの申し出だ。それだけでも大きな前進と言える。
はっきり言って、俺と貂蝉だけでそんな偉い人のところに『江東丸を譲って欲しい』と頼みに行っても門前払いを食らう可能性の方が高い。
随分と貴重な代物のようだし、ちょっとやそっとでは譲ってもらえないだろう。特別なコネがある訳でも無いしな。
「後、持久草ですが、こちらは自警団の訓練で採取してきてもらえるように話をつけました」
「え? でも、いいんですか?」
「あの方達は普段から山籠もりの訓練をされていますから、北郷さんが直接行かれるよりも確実だと思いますよ?」
それに泰山は自警団の試練場の一つに指定されているので、と諸葛亮ちゃんは話に付け加えた。
確かにそう言われてみると、登山経験の無い素人が行くよりはプロの方々にお任せした方が良いような気もする。
泰山は旅慣れた旅人も避けるほど凄く険しい山だと聞いている。そんな山で山籠もりをするのが訓練って、本当に自警団なのか疑わしいが……。それって、どこかの特殊部隊の訓練じゃと思ったのは俺だけでは無いはずだ。
いや、考えるのはよそう。ここで常識や普通を求めてはダメだ。それは嫌と言うほど見てきたじゃないか。
「最後に南蛮象之臍之胡麻ですが……」
さすがにそれは手に入る見通しが立たないのか、難しい表情を浮かべる諸葛亮ちゃん。
ここまでお世話になっておいて贅沢は言えない。無理なら無理で、覚悟を決めて南蛮にまで向かうつもりでいた。
何もかも任せきりでは、はっきり言って甘えすぎにも程がある。少しは自分の力でやらないと旅にでた意味も無いしな。水鏡さんに呆れられそうだ。
「南蛮には荊州を通りそのまま益州を抜けて行くのが近道なのですが、その益州には今は余り良い噂が無くて……。商会も未だにそちらとの交易路を確保できていないのです」
ようは、かなり危険という話だった。
劉焉という人物がその一帯の土地を州牧として治めていたらしいのだが、城が火事に遭い、次々に四人居る内の息子三人が戦や事故で亡くなるなど、相次ぐ不幸に見舞われて心労が祟ったのだろう。床に伏せる事が多くなり表舞台から次第に姿を消していったそうだ。
今はその実権を亡き兄達に変わって少子の劉璋という人物が握っているそうなのだが、これがまた何かと評判の悪い人物のようだ。
高い税を民に課し、官匪が蔓延っているのにも気付かず、貴族達は贅沢三昧のやりたい放題。漢王朝の権威の低下、そこに加えて度重なる乱や意見の食い違う豪族達との摩擦もあって、現在益州は内乱勃発寸前の危機的状況にあるらしい。
商会が益州との交易を慎重に検討しているのも、全てはその内乱を警戒しての事と言う話だ。確かにそんなところに貂蝉と二人で行けば……。
(あれ? もしかしなくても無茶苦茶危険じゃないか?)
結論が出るまでに時間は大して掛からなかった。諸葛亮ちゃんが何を心配してくれているか、よく分かった。
だけど、どうする? 南蛮に行かないなんて選択肢は残念ながら俺には無い。南蛮象之臍之胡麻はどうしても必要な物だからだ。
益州がそんな状況ならどれだけ待っていても、ここに居て南蛮象之臍之胡麻が手に入る可能性は低い。
交易路が確保されていないという事は、益州からの行商人が商会にやってくる可能性も随分と低いという事になるからだ。
「それで雛里ちゃ……私の友人からの提案なのですが、商会から正式に交易の使者をだしてはどうかという話になりまして」
それなら益州の内情も探れ、上手く行けば交易を理由に州内での行動を制限されずに済むと諸葛亮ちゃんは言ってくれた。
でも、そこまでしてもらう理由が俺には無い。実際、内乱を警戒して商会は二の足を踏んでいたはずだ。
それを俺のために危険を冒してまでしてくれる理由が見当たらない。何故そこまでしてくれるのか、と尋ねてみると――
「これは私の案と言うよりは鳳統ちゃんからの提案で……。その罪滅ぼしらしいです」
どう言う意味かは分からないが、そう言って苦笑いを浮かべる諸葛亮ちゃん。
申し訳なく思うが、しかしその申し出が嬉しくないはずもない。
さすがに貂蝉を連れて、そんな物騒なところに何の準備も無しに行くのは不安なのでお願いする事にした。
世話に成りっ放しではあるが、この御礼がいつかちゃんと返したいと思う。書庫整理や薪割りくらいで恩返し出来ているとは、さすがに思ってはいないしな。
「北郷さん。こちらからも一つお願いがあるのですが、聞いて頂けますか?」
一変して真剣な表情になり、俺にそう尋ねてくる諸葛亮ちゃん。
ここまでお世話になっておいて、何も無しになんていうのは虫が良すぎる話だ。俺に出来る事であれば協力してあげたいと思った。
にも拘らず、無理強いはしません、と強く俺に念を押してくる諸葛亮ちゃん。その表情は今までよりもずっと真剣さに溢れていた。
◆
異世界の伝道師外伝/天の御遣い編 第54話『選択の時』
作者 193
「ううん。どうするべきか……」
諸葛亮ちゃんとの話を終え、自分の部屋に戻った俺は寝台に横になって先程の事を考えていた。
諸葛亮ちゃんの話はこうだ。俺にも戦に参加して欲しい、という簡単なようで難しい話だった。
武芸に秀でている訳ではないし、頭もそれほど良い訳ではない。俺くらいの人物ならここなら幾らでもいるはずだし、人材には事欠かないはずだ。
それなのにどうして俺なのか、という疑問に対して彼女は、はっきりとこう言った。
――あなたは太老さんと同じ、天の国から来られた方ですね?
と、天の国というのは当然あちらの世界の事を指しているに違いない。その答えはイエスだ。
自分から話すつもりは正直無かったけど隠すつもりも無かったし、そこは正直に首を縦に振って頷いて返した。恩人に隠し事を出来ればしたくない。それにここの人達が良い人達ばかりだというのは、これまでのここでの生活で分かっているつもりだ。
とはいえ、さすがは諸葛孔明と言ったところか。全部、最初からバレていたみたいだ。
でも、それならばこれまでの事にも全て納得が行く。俺にここまで親切にしてくれたのも、正木太老という人の同郷だからなのだと納得した。
赤の他人の俺に同郷と言うだけで、ここまで親切にしてくれるくらいだ。それほどに信頼され、感謝されている人なのだろう。その正木太老と言う人は――
(諸葛亮ちゃんの話からすると、俺が正木太老って人の同郷だから協力して欲しいって事だよな)
俺自身の能力と言うよりは、天の国の人間であるという事の方が重要なのだと感じた。
言ってみれば、御輿も同然。兵の士気向上に一役買ってもらえれば、と考えているに違いない。
彼女もその事を隠している様子は無かった。寧ろ、あの念の押しようは断って欲しいかのように思える。
「さっぱり分からん……。断って欲しいような事を、俺にどうして話したんだ?」
考えても考えても答えは出なかった。もしかしたら、彼女の他に俺を御輿にしたいと考えている人達がいるのかもしれない。
多分、そのくらい天の国からきたというネームバリューは大きな物なのだろう。原因は間違い無く正木太老って人だ。
(これだけ派手な事をしてればな……)
天からきたというだけで、周囲の期待も否が応でも高まるのだと実感した。でも、同じような事を期待されても俺にはまず不可能だ。
正直、戦いの御輿なんて大層な役も俺に務められるかどうか怪しい。更に本音をいえば怖い。
戦争なんて対岸の火事のような平和な国から、俺はこの世界にやって来た。
確かに戦争や内乱は世界中の至る所で起こっていたけど、それはテレビや新聞の向こう側の出来事で俺の日常には全く関係の無い出来事だった。
人が大勢死ぬ。人を殺さなければならない。戦争だから仕方の無い事と分かっていても、そんな覚悟を決められるかどうかとなると別問題だ。
「でもな……」
この世界で生きていく以上、いつかは避けて通れない道であろう事は自覚していた。
自分が平穏な生き方をしたくても、周囲が放って置いてはくれない。結局のところ、戦争になれば一番苦しい想い、悲しい想いをするのは力の無い庶民達だ。
村は若い働き手を奪われ、戦に出て帰ってこない家族の事を心配し、枕を涙で塗らす。そんな事がずっと繰り返されていく。
戦争ともなれば税は上がるし、生活が潤うかといえば決してそうとは言えない。物資は消耗するし、戦争に勝ったからといって補充できる訳でもない。寧ろ、戦場になった土地周辺では生活に困窮する人達が大勢増える事になる。
そうと分かっていても、争いが無くならないのはそれだけこの国が貧しているからだ。今の朝廷が民の信頼を得て、権威を回復するような事はまずありえない。滅び去ろうとしている国、そしてそんな国で名を上げようとしている群雄達。何年続くか分からない長い戦争の中で人々は不安を押し殺しながら暮らしていた。
まあ、殆ど水鏡さんのところの受け売りなんだが……。
俺がお世話になっていた村も随分とその事で困っていた事を思い出す。
俺にとっても無関係な話ではない。子供や老人といえど、畑仕事や漁に駆り出されるような時代だ。いつ、同じような事に巻き込まれないとも限らないのが現状だ。
あんな人達を見ていたら戦争が嫌だから、という理由で断るのもなんだか違うような気がする。それに俺にこんな話を持ってくるくらいだ。ここの人達も余程必死なのだろう。
「ああっ! ダメだ! ダメ! 散歩でもしてこよう」
頭をガシガシと掻き、俺は寝台から立ち上がるとその足で部屋の外へと飛び出した。
こんな時は気分転換が一番だ。部屋であれこれ考えて腐っていても良い答えなんて出るはずもない。
悪い方向、悪い方向にばかり考えが行くのも嫌だった。為すべき事を為す。ひょっとしたら、その選択を俺は迫られているのかもしれない。
どんな答えをだすにしても、後悔するような結果だけは残したくなかった。
「――はい。ですから、紫苑さんにお願い出来ないかと」
月明かりに照らし出された庭を眺めながら屋敷の廊下を歩いていると、その一角から女性の話し声が聞こえてきた。
薄らと見える紫色の三角帽子。小柄で、その特徴的な風貌は見覚えがあった。
「あっ、キミは――」
「あわっ……ほ、北郷しゃん!?」
俺が声を掛けたばかりに慌てて舌を噛む少女。悪い事をした。口を押さえてその場に蹲っているし、かなり痛そうだ。
「ごめん……。邪魔したかな?」
「い、いえ……。あの、私に何が御用でしょうか?」
「用ってほどでもないんだけど、実は探してたんだ。ほら、あの時に落とした本を返そうと思ってさ」
「ほ……ん? あ、あわわ! そ、その話は後ほど窺いますから!」
ボンッと真っ赤になって、ジタバタと左右に手を振って取り乱す目の前の少女。
「え、でも……」
「と、とにかく誰にも言わないでください。お願いします!」
うーん、まあ本の内容が内容だしな。隠したい気持ちは分かる。なるほど、俺で言うところのエロ本が見つかった時の心境みたいなものか。
確かにそれは嫌だ。友達だろうと家族だろうと恥ずかしすぎる。赤の他人とは言え、男の俺に拾われた彼女の気持ちをもう少し察するべきだった。
でも、内緒というのはもう手後れなような気もするけど……。
「雛里ちゃん、本って? それとそちらの方は?」
「あわわ! ほ、本の事は忘れてください! それと、この方は……」
隣の女性に必死に言い訳をする少女。
何だか、エロ本が見つかった子供が必死に母親に言い訳をしている図みたいになっている。
「お兄ちゃん、こんばんは!」
「こんばんは。偉いね、ちゃんと挨拶できるんだ」
「えへへ」
親子だろうか? 紫色の髪をしたおっぱいの大きな……もとい綺麗な女の人の横にちょこんと小さな女の子が居た。
「お兄ちゃん。おかーさんの胸をずっとみてる」
「ち、違うんだよ!? いや、違わないけど、男としてそれは仕方が無いっていうか! ハッ!?」
目の前に今まで見た事が無いようなふくよかな胸があれば、自然とそっちに目が行くのは無理のない話だ。
しかし、でかいな……。劉備さんも大きいと思ったけど、こちらはまた一段と……いや、いかん! 気を確りと保て北郷一刀!
思わず大暴露してしまった事に気付き、口を紡ぐが全ては遅い。
ううっ……。子供の恐ろしさを垣間見た気がした。
「フフッ、面白い方ですね。私は黄忠、字は漢升。以後、お見知りおきを」
「璃々だよ。お兄ちゃん、璃々と遊んでくれる?」
「こら、璃々。初対面の方になんですか。あなたの都合で人を振り回してはいけないと何度も……」
「でも、みんな忙しそうだし……。お父さんもお仕事でいないから璃々さみしいんだもん」
そう言って、ブーと頬を膨らませてしまう璃々ちゃん。拗ねているのだろうが、思わず微笑ましく思ってしまう光景だ。
まあ、こんな状況だしな。皆が忙しく動き回っているところで、子供はきっと退屈に違いない。戦の話なんて、こんな小さな女の子に出来るはずも無いし。
きっと、璃々ちゃんのお父さん、黄忠さんの旦那さんか。その人も戦の準備で追われているのだろう。
「俺は構いませんよ。璃々ちゃん、今日はもう遅いから明日一緒に遊ぼうな」
「ほんと! 約束だよ!」
うん。やっぱり子供は笑顔が一番よく似合う。明日は一日書庫の整理もお休みをもらっているし、璃々ちゃんと一緒に遊ぶくらい良いだろう。
それに俺にとっても良い息抜きになると考えていた。返答まで数日の猶予をもらったとはいえ、答えを出さない訳にはいかない。
俺なりにちゃんと考えて諸葛亮ちゃんに返事をしないと。お世話になるだけなっておいて、不義理な真似だけはしたくなかった。
「すみません。璃々がご迷惑を……」
「いえ、お気になさらないでください。えっと、自己紹介が遅れましたが、俺は北郷一刀って言います。今、こちらの商会にお世話になっていて……」
「なるほど。あなたが噂の……」
そう言って、一人納得した様子の黄忠さん。いや、その噂というのが凄く気になるんですけど……。
「雛里ちゃん……いえ、鳳統ちゃんから、あなたの話は窺っていますよ。今も丁度、その事を話していたところなんです」
「し、紫苑さん!? そ、その事は――」
そう言えば、諸葛亮ちゃんが友達の鳳統ちゃんが益州との交易の話を進めてくれている、と言っていたっけ?
なるほど、彼女がその鳳統ちゃんって訳か。うん、諸葛亮ちゃんと同様、全然想像していたイメージと懸け離れていた。
こんな小さな女の子が歴史に名を残す名軍師の一人だなんてな。普通は想像がつかん。どうみても軍師と言うより魔女っ娘だし。
とはいえ、御礼は言って置かないと。俺のために時間を割いて頑張ってくれているのに何も無しと言う訳にはいかない。
「諸葛亮ちゃんから話は聞いてるよ。ありがとう、鳳統ちゃん」
「い、いえ……御礼を言われるほどの事では……それに自業自得というか……」
自業自得という言葉に首を傾げながらも、ここの人達は本当に良い人ばかりだと俺は思った。
天の御遣いの同郷だから、というのもあるのだろうけど、それでも赤の他人に過ぎない俺のためにここまで真摯になって接してくれる人達はそうはいない。根が温かで、本当に良い人ばかりだ。
その証拠に璃々ちゃんも礼儀正しくて明るくて、可愛らしい良い子だ。子供を見れば、親がどんな人か分かるって言うしな。
黄忠さんもその大きな胸に違わず、心の広い立派な人物なのだと俺は思った。
「雛里ちゃん。先程の話ですが、私でよければ協力させてもらいます」
「本当ですか!?」
「ええ。璃々もお世話になってますし、それに実際に会ってみて悪い人にはとても見えませんしね。胸が……お好きなようですけど」
「うっ!?」
それを言われると何も言い返せなかった。
俺は別に巨乳派って訳でもないんだけどな。貧乳も巨乳もどっちも好きだ。女性の胸に優劣なんて付けられるはずもない。
いや、そこまでさすがに弁明するとただの変態だからしないけど、男なら仕方が無いんだ。そこは分かって欲しい。
――おっぱいが嫌いな男なんていないだろう!?
「フフッ、冗談ですよ。では、私達はこの辺りで……璃々を寝かしつけないといけませんし」
「あ、はい。それじゃあ、俺も戻って休むかな? あ、鳳統ちゃん。本は――」
「――ッ!? ち、ち●こモゲロ!」
――しつこい男は嫌われる、何故かそんな言葉が頭を過ぎった。
突如毒舌を言い放ち、顔を真っ赤にして走り去っていく鳳統ちゃん。
その思いもしなかった行動に唖然としながら、俺はその小さな背中を見送った。
【Side out】
【Side:紫苑】
「璃々、嬉しそうね」
「うん。明日はお兄ちゃんにいっぱい遊んでもらうの」
寝台の上で、ご機嫌な様子で鼻歌を歌っている璃々を見て、私は自然と笑みを浮かべていた。
御主人様が私達のために、朝廷の使者についていかれて一ヶ月が過ぎた。劉備さんや曹操様が御主人様救出のための部隊を編成しているが、私はついて行く事すら出来ない。璃々の件もあるが、稟さんが袁紹も反董卓連合に参加の名乗りを挙げているという事で、私には念のため行かない方がいいと注意してくださったからだ。
最悪、私が生きている事が袁紹に知れれば、更に御主人様に迷惑を掛ける事になる。
助けに行きたい気持ちをグッと堪え、私は商会に残り御主人様の帰りを待つ事を選んだ。
「北郷さんの事が余程気に入ったのね」
「えっとね……。なんだか、お父さんと同じような感じがするの」
「御主人様と?」
「うん。ぽわぽわっていうか、ほわわっていうか、そんな感じ」
御主人様と同じ――。やはり、私が抱いた印象と同じようなものを璃々も感じ取っていた様子だ。
多分、私の勘が間違って居なければ、彼はきっと……。
いや、よそう。彼が私達に害を成すような悪い人物で無い事は一目見れば分かる。
全ては御主人様が帰ってきてからでも遅くない事だ。私の軽はずみな考えで首を突っ込んで良い話では無いように思えた。
「お父さん……はやく帰ってこない……かな……」
そう呟きながらスースーと寝息を立て、布団の上で眠りに落ちてしまう璃々。
そんな璃々の姿勢を整え、いつものように毛布をそっと掛け、部屋の明かりを消して私もその隣に横になる。
こうして母子揃って安らかに暮らせているのも、全ては御主人様のお陰だ。その事に感謝しなかった日は一度としてない。
「大丈夫。璃々のお父さんは直ぐに帰ってきてくださるわ」
誰よりも強く、誰よりも優しい、あの方なら私達を悲しませるような真似は絶対にしない。
そう璃々に掛けた言葉は、心配と不安に駆られる自分の弱い心を安心させるための言葉でもあった。
【Side out】
……TO BE CONTINUED
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