「私に相応しい仕事だと?」
「ええ、あなたにしか出来ない仕事です」
林檎に呼び出され、何かデジャヴを彷彿とさせる話を聞かされて、訝しげな表情を浮かべる華雄。
無理もない。その件が災いして彼女は先日、賈駆から『給金を半分に減らす』と勧告されたばかりだった。
「以前に同じような事が遭ったような気がするのだが……」
「気の所為です。どうか、引き受けて頂けませんか? 華雄さんにしか任せられない重要な仕事なんです」
「私にしか任せられない?」
「はい。華雄さんにしか」
気の所為ではなく、以前にもこれと殆ど同じようなやり取りがあったのだが、華雄は『華雄さんにしか任せられない重要な仕事』と言う林檎の言葉に気をよくして、それまでの事を全て忘れてしまっていた。
林檎の話に上機嫌で『うんうん』と頷く華雄。そんな華雄を見て、林檎の方が若干引き攣った笑顔になっているくらいだ。
そんな事だから以前もコロッと騙されたというのに、全く学習してない辺りが彼女らしいと言えば彼女らしかった。
「フフッ、そうか。私にしか任せられない仕事か。そうであれば、引き受けてやらない訳にはいかないな」
「華雄さんなら、きっとそう言ってくれると信じてました」
林檎に上手く乗せられ、『まあ、ドンと大船に乗ったつもりで任せるがいい』と自信満々の様子で『ハッハッハ!』と高笑いを上げる華雄。
華雄の扱いが、林檎は非常に上手かった。これも経験が成せる業と言うべきか、華雄のような前例を知っているからとも言える。
とはいえ、さすがは『鬼姫の金庫番』。可愛い顔をして何気に腹黒かった。
全く罪悪感が無い訳ではないだろうが、太老のためであれば話は別。そこは『鬼姫の金庫番』とまで呼ばれた人物だ。
劉協や董卓に協力しているとはいえ、林檎にとって、やはり最優先は太老である事に変わりは無かった。
「それで、私にしか任せられないという仕事は?」
「こちらになります」
「これは……!?」
――華蝶戦隊の活躍に合わせ、クライマックスへ向けて悪の女幹部もパワーアップをさせないとな
なんて太老の話をどう受け取ったのか、真に受けた林檎が用意した華雄の新しい装備だった。
「これは素晴らしい!」
「気に入って頂けましたか?」
「うむ! この肩のトゲトゲがまたいいな!」
林檎から渡された新しい装備に、新しい玩具を買って貰った子供のように興奮した様子を見せる華雄。
「では、よろしくお願いしますね」
「任された! これがあれば百人力だ!」
微妙に話が噛み合っているようで噛み合っていない二人だった。
異世界の伝道師外伝/天の御遣い編 第69話『背負う物の重さ』
作者 193
【Side:太老】
「太老! あの女とはどう言う関係なの!?」
「昔の女って本当なんですか!?」
地和と天和の質問攻めにあっていた。
二人が何を勘違いしているのかは知らないが、何を聞きたいのかだけはハッキリしていた。
そう、林檎の事だ。
「林檎さんは仕事の同僚で、色々とお世話になってた人かな?」
「仕事の同僚……」
「お世話になっていた人……」
俺、何も変な事を言ってないよな?
普通に答えただけなのに何故か渋い顔を浮かべる地和と天和。
これ以上、説明のしようがないくらい簡潔に答えたつもりなのだが……。
「太老様。そのお世話になってたって具体的にどんな……」
「どんな?」
「まさかとは思いますけど、一緒に暮らしたりなんて……」
「ああ、よく分かったな」
天和の言うように林檎とは一緒に暮らしていた。
正確には林檎だけではなく他にも何人か一緒だったのだが、家事能力が皆無と言って良い俺にとっては有り難い話だった。
外食ばかりじゃ飽きてくるし、砂沙美やノイケの御飯に慣れていると舌が肥えて、自分の作った手抜き料理じゃ満足できないしな。
その点、林檎は家事全般、同じく『瀬戸の盾』なんて呼ばれていた水穂と比べても、寸分違わぬくらいの腕前だった。
「仕事でも私生活でも世話になりっ放しでな。本当、林檎さんには頭が上がらないよ」
正直、林檎達が居なかったら俺はもっと駄目な生活を送っていたと思う。まあ、頼りっきりと言う点では、今も余り大差なかったりする訳だが。
実際、食事では流琉に、家事全般は紫苑に頼り切ってるしな。仕事の面では稟と風のサポートが無ければ正直やっていけない。
本当に皆には感謝してもしきれないほどだ。我が強い女性ばかりではあるが、そう言う意味では恵まれた環境に居ると感謝していた。
そう言えば、他の皆も元気にしているかな、と天和の話から樹雷での生活を思い出し懐かしくなった。
「ど、どうしよう! ちぃちゃん!」
「落ち着いて姉さん。昔の女が現れたくらいで慌てないで!」
「……そう言う、ちぃちゃんだって顔が引き攣ってるよ」
そう言えば、この二人にはちゃんと林檎の事を紹介していなかったっけ。
この件が終わったら、林檎の紹介を兼ねてちゃんとした歓迎会でもするか。
林檎にも、皆の事を紹介しないといけないしな。
「太老!」
「ん?」
「昔の女が現れたって、ちぃは絶対に負けないんだからね!」
「私だって負けないもん!」
二人が何を張り合っているのか、俺にはさっぱり分からなかった。
◆
あの後、更に地和、天和、二人の追及を受け、林檎の話を根掘り葉掘り訊かれた俺は激しく体力と精神力を消耗していた。
特に隠すような過去でも無いし、昔の話をするくらいであれば全然構わないのだが、女というのはどうしてこんなに昔話や噂話が好きなのか?
そう言えば、今までにも何度か似たような目に遭った事を思い出していた。
「御主も色々と大変そうじゃの」
「そう思うなら助けてくれてもいいのに……」
「アレも男の甲斐性と言う奴じゃろ? 我とて、そこまで野暮ではないわ」
劉協も隠れて様子を窺っていたなら、出て来て助けてくれればいいのに、とため息を漏らす。
大方、二人の迫力に気圧されて、あの雰囲気に入って来られなかったのだと思う。
二人ともアレが無ければ普通に可愛いし、明るくて良い子だと思うんだけどな。
「太老は、ああ言うのが好みではないのか?」
「好み? ううん……もう少し大人しい方がいいかな」
「ふむ。お淑やかな方がよいと言う事か……」
俺の周りの女性と言えば、我が強く押しの強い人ばかりなので、そう言ったタイプはかなり珍しい。
阿重霞などは見た目お淑やかに見えるかもしれないが、中身は魎呼と大差ないくらい凶暴だしな。
他も大体そうだ。俺の経験上、見た目が大人しそうに見える人物ほど、実際は恐い人が多い。
「林檎はどうなのじゃ?」
「林檎さん?」
林檎は比較的まともな方なんだけど、『鬼姫の金庫番』なんて呼ばれているくらいだしな。
それにある意味で、林檎が一番押しが強い気がする。実際、初めて林檎と会った時もそんな感じだった。
――身も心も捧げる覚悟でここに来ました!
最初からこれだからな。正直、びっくりしたものだ。
まあ、あれは鬼姫が裏で糸を引いてた訳だが、それでも思い込みの激しさは林檎もかなりの物だった。
「あの人も結構押しが強いからな」
「ふむ。確かにそのようなところはあるな……」
「そう言えば、劉協ちゃんは林檎さんの事をどのくらい知ってるんだ?」
「それなりに、とだけ言っておく。太老の話であれば、色々と聞かせてもらったがな」
林檎がこの世界に来たのは、月が張譲に召し出されて都入りする前の話だ。
偶然、月と知り合い、その流れで彼女に力を貸すようになったそうだが、そうなった経緯だけは実のところよく知らなかった。
大した事ではありませんから、と頑なに話す事を林檎が拒んだからというのもあるが、何か聞いてしまうと藪蛇になりそうで恐くて聞けなかったと言うのもあった。
詠や月も口止めされているようだし、余程の事があったに違いない。
月が涼州に居た頃に知り合ったと言う話だし、董卓軍が苦戦していた匈奴の連中を一人で追い払ったとか、そんなところだとは思うが……。
(林檎さんなら十分にありえるな……)
経理部主任というデスクワークが中心の仕事ではあるが、あれで『瀬戸の剣』や『盾』に次ぐ程の実力者だ。まともに戦えば、俺も勝てる気がしない。
まあ、樹雷ではあの手の役職に就いている女性全員に言える事だったりする訳だが……。鬼姫の女官といえば、一騎当千の猛者ばかりだしな。
詠の話によると、匈奴との戦いで疲弊しきっていたところに、張譲から『陛下のお側近くに仕えてはどうか』と誘いがあったのが全ての始まりだったそうだ。
本来史実では、董卓と言えば匈奴との戦いで名を上げた諸侯だったはずだ。だが、こちらの董卓軍は匈奴に敗退を喫した。
相手を追い返したので負け戦と言う訳ではないようだが、その結果かなりの損害を被り、経済的にも厳しい状況に追い込まれたそうだ。
罠と知りつつも張譲の思惑に乗る道を選んだのには、それなりの理由があったと言う訳だ。
それでも、向こうが利用するつもりなら相手を逆に利用してやるつもりで居たそうだが、結局は月を人質に取られ張譲の言いなりになるしか無かった。
まあようするに、張譲の方が悪巧みに関しては詠よりも上手だったと言うだけの事だ。
だけどさすがは林檎と言うべきか、その状況下で事前に手を打っていたらしく、それが劉協との繋がりだった。
月が都に召し出されたその状況を利用して、彼女が張譲に捕らえられる前に上手く劉協に取り入って見せたのだ。
張譲も月さえ手元に置いておければ、計画に支障は無いと考えたのだろう。無名の女一人と侮っていたところもあったのだろうが、それがそもそもの失敗の原因だった。
劉協に色々な事を教え、本来傀儡であったはずの皇帝が余計な知恵をつけ始めたのだ。
「で、俺の事を知ったのか」
「うむ。林檎が御主であれば最小限の犠牲でなんとかしてくれると言ってな」
張譲の策を利用して、俺を洛陽に招いたのが誰かこれではっきりとした。
どの道、林檎や劉協が何もしなくても洛陽には呼ばれていたのだろうが――
(……林檎さん、過度な期待は重いです)
期待を裏切らない結果になって本当によかったと思う。天災か何か知らないが偶然が重なった結果ではあるが、初めて神様に感謝した。
で、肝心の林檎は何をしていたかと言うと、こうなる事を予想して先に次の準備に取り掛かっていたと言う訳だ。
半分運任せの結果なのに、こうなる事を予想して動いていたって、相も変わらず洒落にならないほど有能な人だった。
それだけ信頼されていたと考えるべきかもしれないが、その期待が今はちょっと重かったりする。
「それで返事の方は?」
「うむ。西涼の馬騰はこちらの味方を約束してくれた」
林檎が前もって準備を進めていた事の一つがこれだった。
この短期間で涼州まで行って、劉協の書簡を床に伏せているという馬騰に手渡してきたそうだ。
今後の事を考えると確かに馬騰の協力を得られたのは、俺達にとってこれ以上ないほどの朗報だった。
「でも、劉協は本当に良いのか? 上手くいけば、漢王朝を存続させる事だって……」
「よいのじゃ。今回の事で、我も腹が決まった」
華琳には悪いが、人々が平和に暮らせるのなら別に漢王朝がこのまま存続する道も有りだと俺は考えていた。
諸悪の根源の張譲や悪政を働いた宦官達が居なくなれば、劉協なら民を蔑ろにするような政をするような事は無いはずだ。
しかし、劉協の心は変わらなかった。時代の流れだと、このまま漢王朝が滅びるのは仕方の無い事だと言って譲らなかった。
俺にはそれが本当に良い事なのか分からないが、劉協の気持ちが分からない訳ではない。
これまで長い間、民を苦しめてきたのは他ならない朝廷自身だ。
それを行ったのは張譲を筆頭とした宦官達や歴代の皇帝な訳だが、民にとっては誰がやったかなど、どうでも良い話だ。
一度信用の失墜した国の皇帝が、民の上に立つべきではないと言って、劉協は責任を感じているようだった。
「まあ、それもありかもな。面倒な事は大人に任せて、子供は子供らしくするのも」
「むぅ……こら! 我を子供扱いするでない!」
「いや、お子様だろ? もっと、大人に頼って良いと思うぞ」
「じゃが、我はこの国の皇帝じゃ……」
「お飾りのな。自分で言ってたじゃないか。宦官に祭り上げられただけだって」
「しかし、それでも我がこの国の皇帝だと言う事に変わりはない」
皇帝とはいえ、劉協はまだ子供なのだから、もう少し周りの大人に甘えても良いと思うのだが……。
そもそも最近の彼女は働き過ぎだ。責任を感じているのか知らないが、傍から見ていても心配になるくらい気負いすぎているところがあった。
実のところ、月にも遂先日その事で相談されたばかりだ。月だけではない。彼女の周りの人間全てが少なからず心配していた。
それでも尚、周囲の心配に気付かず『我の事は気にするでない』とか言う劉協を見て、さすがにカチンときた。
「だあぁ、もう! ちっとは子供らしくしろ!」
「な、何をするのじゃ!?」
「毎日毎日皇居に引き籠もって政務政務って! 子供の癖に不健康に引き籠もってるから、そんな風になるんだ!」
「ひ、引き籠もりって、これでも我はじゃな、民の事を考えて!」
喚き立てる劉協を無理矢理脇に抱え、俺はそのまま部屋の外へと飛び出した。
【Side out】
【Side:林檎】
「え? 太老様が居ない? 劉協様もですか?」
これからの事で太老様と劉協様に相談があり皇居を訪れてみれば、ちょっとした大騒ぎになっていた。
女官達が慌ただしく廊下を行き来している理由を尋ねてみれば、太老様と劉協様が突然居なくなったと言う。
昼頃まで部屋で一緒に居たのを女官が確認しており、昼食を持って部屋を尋ねて見たところ二人の姿が消えていたそうだ。
「もしかして……」
「林檎様、何か心当たりが?」
「多分、太老様と一緒に街に出掛けられたのかと……」
「………………ええっ!?」
大声を上げて驚く侍女。無理もない。普通ならそんな事をしないだろうが、相手はあの太老様だ。
それに状況から考えても、誰にも気付かれず皇居を抜け出すなんて真似が出来るのは、太老様を置いて他にはいない。
「す、直ぐに街に兵を!」
「……太老様が一緒だから心配は無いと思うけど、迎えは必要でしょうね」
太老様と過ごした樹雷での生活を思い出して、私は思わず苦笑を漏らした。
(太老様から見れば、皇帝陛下も子供と言う事ね)
事実、肩書きや身分に囚われるような方では無いので、この行動にも太老様であれば納得が行った。
最近の劉協様を見ていて、太老様も思うところがあって、このような行動に出られたのだと思う。
私や月ちゃん、それにここの女官達も皆が心配していたくらい、最近の彼女は気負いすぎていた。
とはいえ、ここの女官達や月ちゃんでは皇帝陛下に対して強くでられるはずもなく、彼女を言って聞かせられるような人物は残念ながらここにはいない。
(これが少しでも良い結果に繋がれば良いのだけど……)
それが可能な人物と言えばやはり、太老様を置いて他には居ないと私は考えていた。
願わくば、彼女にも幸せになって欲しい。それほど付き合いが長い訳では無いけど、あんな小さな子供一人にこの国の罪と責任を全て背負わせるのは余りに酷な話だ。
「それじゃあ、行きましょうか。お二人を迎えに――」
大勢兵を引き連れて街に繰り出せば大騒ぎになるからと女官達を落ち着かせ、二人の迎えには私と数人の女官だけで行く事となった。
【Side out】
……TO BE CONTINUED
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