【Side:太老】
「両刀?」
「はい。『両刀』の二つ名を持つ男が、シ水関を千人に満たない部隊で陥落させたそうです。太老様、ご存じ無いのですか?」
「いや、全然。そんな奴いたっけな?」
林檎の話を聞いて、全く身に覚えの無い話に首を傾げた。
両刀と言うからには双剣の使い手なのだろうが、そんな奴に覚えは無い。しかも男と言う話だ。
「そいつ、本当に義勇軍所属?」
「はい」
「う〜ん……」
女性ならまだしも、この世界にそんな指揮官としても優れ、腕の立つ男が居るなんて話は聞いた事が無い。
一部の変態を除けば、腕の立つ男といえば俺の知る限り、華佗くらいのものだ。しかも華佗はここに居るし、その可能性は万が一にもない。
それだけの男が居れば噂くらいは耳にしていても不思議ではないと思うのだが、全く心当たりが無かった。
考えられるのは、俺がこっちに来ている間に加わった新人と言う可能性だ。ただそれでも、そんな『両刀』なんて二つ名の男を俺は知らない。
「そうですか……。それほどの人物なら、ご存じかと思っていたのですが……」
「ごめん。役に立てなくて……」
「いえ、太老様は悪くありません。私の見通しが甘かったのがいけなかったんです」
林檎の予想では、もっと時間を稼げていたはずだった。
そのために時間稼ぎ用の罠を沢山用意したというのに、それすらもいとも簡単に突破されたと言うのだから余程の相手と見ていい。
林檎で無くても、こんなイレギュラーな存在は予想できなかったはずだ。とはいえ――
「でも、虎牢関もあるんだろ? さすがにアレをそう簡単に抜けられるとは思えないけど……」
「はい。私もそうは思いますが、胸騒ぎがするというか……」
林檎の勘を疑う訳ではないが、難攻不落、絶対無敵、七転八倒の要塞とまで恐れられる虎牢関を、幾ら連合が精鋭揃いだと言っても簡単に抜けるとは思えない。例え、シ水関を少数部隊で攻略したという男が居たとしてもだ。
それにあそこには――
(……虎の穴のレベルに換算すると難易度A以上だしな)
最高ランクのSとまでは言わないが、あれを攻略できるのを俺は明命以外に知らない。
それ以外となるとアレを無傷で抜けられるのは考案した俺や、ここに居る林檎くらいのものだ。
林檎があちらの世界から念のためにと持ってきた幾つかの道具。その中には俺の工房の道具も幾つか含まれていた。平田家の愛娘、桜花が持たせてくれたそうだ。『桜花ちゃんお出掛けセット』の林檎バージョンと言った方が分かり易いかもしれない。
それによって作られたこの世界の常識を覆す罠の数々。俺達にとっては馴染みのある科学の産物であっても、彼等からすれば所謂『妖術』と呼ばれる類の超常の力だ。
しかも、その罠を抜けた先には、罠よりも恐ろしい最大の難関が待っている。虎牢関の主だ。
「後は少しでも時間を稼いでくれる事を祈るしか……。最悪の場合、私が足止めに出ます」
「いや、さすがに林檎さんがでるほどじゃ……」
「いえ、お任せください。太老様の邪魔は誰にもさせません!」
林檎なんてジョーカーが出て行った時点で、バランスなんてあったもんじゃない。
その気になれば一人で連合を打倒しかねない『鬼姫の金庫番』を前に、俺はただそうならない事を祈るばかりだった。
【Side out】
異世界の伝道師外伝/天の御遣い編 第71話『太くて逞しいの』
作者 193
【Side:詠】
月のためにも太老の身辺調査を開始する事にした。月が太老に好意を寄せているのは確かだ。
まだ少し納得が行かないけど、親友としては月の気持ちを応援してあげたかった。
(アイツは確かに頼りになるけど……)
今のところ、月の事を任せられそうなのは確かに太老しかいない。でも、親友を預けられるほど信用できるかどうか別問題だ。
太老には色々と良くない噂もある。実際、張三姉妹と言った美少女を侍らせているし女官達の覚えもよく、更には幼い皇帝陛下にまで求婚されていると言う話だ。林檎も太老を追って、こちらの世界にきたと言っていた。
見栄えのする容姿と言う訳では無く、どちらかと言うと平凡な顔付きだ。時々ドキッとするような事は言うけど、口が上手いと言う訳ではない。誘っている素振りはないのに何故かモテる。女癖が悪いと言う話は聞かないけど、それでも次々に女の心を鷲掴みにし籠絡しているのは確かだ。
林檎はああ言うけど、ボクは自分の目で確かめるまで心の底から太老を信用する事が出来ない。だから、月を本当に任せて良い人物かどうか、この目で確かめてやるつもりでいた。
やるなら今しかない。この戦いが終わった時に、その機会があるとは限らないのだから――
「太老の事が聞きたい?」
なんで、と言った顔で訝しげな視線を私に向けてくる張三姉妹の次女、張宝。
後で十万斤饅頭を食べながら話を聞いていた姉の方が、『なになに? 太老様の話?』と私達の話に割って入ってきた。
「太老の事を聞きたいんだって」
「太老様の事? もしかして……太老様の事が好きなの?」
「ぶっ!」
張角の予想もしなかった一言に、ボクは思わず吹きだしていた。
ボクが太老の事を好き? 月の事では確かに感謝しているけど、そんな感情は無い……と思う。
今まで考えた事も無かった。いや、意識しようとしなかった事をズバッと突いてくる姉の方に、ボクは危険な物を感じた。
三姉妹の中では、末の張梁が一番出来ると思っていたけど、この姉も侮れない。
直感というか、過程を無視して物事の核心を突いてくる辺りは、天下無双の武将『呂奉先』の野生の勘に良く似ていた。
(って! これじゃあ、ボクが太老の事を気にしてるみたいじゃないか!)
そんな事はありえないと首を横に振る。
そう、ボクは月の事が気になっているだけだ。太老の事なんて、これっぽちも気に掛けてなどいない。
自分を言い聞かせるように、心の中で何度も何度もボクはその言葉を反芻した。
「そ、そうじゃなくて、あなた達から見て太老がどう言う人物か聞きたいの。月のために……」
「なんだ、月ちゃんのためか〜」
「そそ、月のためなの!」
ごめん、月。と、ボクは心の中で主であり掛け替えの無い親友に謝った。
「でも、太老の何が聞きたい訳? 見たまんまだと思うんだけど……」
「見ていて分からないから、あなた達の意見を聞きたいのよ……」
張宝の言うように、本人を観察していて分かるようなら苦労は無い。
一見何も考えていないようで驚くほど先を見通しているかのように思える行動を取ったり、普段の飄々とした態度が演技では無いかと思えるくらい太老の行動には結果が伴っている。ボクでは全く思いも付かなかったような事を平然とやってのけるような男だ。軍師として、これほど理解に苦しむ男は他にいなかった。
人としての器も、太老が何を本当は考えているのか真意すら量れない。雲のように実態を掴めない男。ボクが一番不安に感じているのは、実はそこなのかもしれないと思えるほどだ。
「一言で言うなら、変人ね。変人の親玉」
「でも、優しいよ。それにとっても強い」
「頭も良いわね。バカみたいに物知りだし、仕事も出来る。でも、よくフラッと居なくなって人和や稟に怒られてる」
「そういう時って、大抵街でさぼってるんだよね。この間も子供達と一緒に泥だらけになって遊んでたよ〜」
「姉さんが泥だらけで帰ってきたのってそれか……って! また抜け駆けして! でもま、そういう子供っぽいところがあるわね」
「ええー、あれは太老様の優しさだよ。そうでないと、あんなに嬉しそうに子供達が寄って来ないと思うよ?」
「アイツは誰にでも優しいわよ……。全く、その所為でちぃがどれだけヤキモキしてるか……」
二人の話をまとめると、頭が良く物知りで仕事も出来る。だけど少しサボリ癖があって、よく部下に怒られている少しだらしない男。
でも、子供には優しいと言う事のようだ。確かに、太老が子供達と遊んでいる姿はこれまでにも何度か見た事がある。
皇帝陛下相手にもそんな感じだったし、特に身分を意識していない感じだった。
誰にでも優しいというのは本当の事だろう。打算でボク達を助けてくれたとは思えない。
寧ろ、太老にとってはボク達を庇う方が危険が大きい。それでも迷わずアイツは月を助けてくれると言った。
「そう言う、アンタは太老の事をどう思ってるのよ?」
と張宝に問われて、ボクは返事に戸惑った。
ボクは太老をどう思っているのか、自分の中でも明確に答えがでていない問題だったからだ。
「ボクは……太老の事を」
どうなのよ、と言った様子で詰め寄ってくる張宝。姉の張角も興味津々と言った様子が窺えた。
ちゃんと答えるまで解放してもらえそうにない。なんて答えるべきか悩んでいたところに、この間の林檎とのやり取りが脳裏に浮かんだ。
確かあの時、林檎は――
「大きくて逞しいと思う……」
器の大きな、そして力強い逞しい男性だと言っていたはずだ。
実際、ボクもその話に異論はないし、太老が凄いと言う事は認めているつもりだ。
「大きくて……」
「逞しい……」
ボクの話を聞いて、先程までとは打って変わって様子がおかしくなる二人。
「こんなところに強敵がいたなんて! 油断してたわ!」
「私だって、まだ見た事ないのに!?」
「太老に抗議しにいくわよ!」
「うん! 私も太老様に見せてもらう!」
何がなんだか訳が分からないまま、そう言って部屋を飛び出していく二人をボクは黙って見送った。
結局、太老の事はよく分からないまま。ただ、アイツが心から皆に慕われていると言う事を改めて実感した一日だった。
【Side out】
【Side:太老】
「ちょっとくらい良いじゃない! なんで賈駆には見せて、ちぃには見せられないのよ!」
「私だってみたい! 太老様の大きくて逞しいの!」
「アホか! お前等何を考えてんだ!?」
俺は二匹の暴走したメスに追い掛けられていた。発情期でもきたのか、アイツ等!?
執務室で仕事をしていると、天和と地和の二人が突然やってきて『○○○見せて!』だぞ?
伏せ字の部分の想像はそれぞれにお任せする。どうか察して欲しい。少なくともアイドルが口にするような事では無いとだけ言っておく。
「減るもんじゃないし、少しくらい良いじゃない!」
「減るわ! 主に俺の自尊心が傷つく!」
「大丈夫だよ。その後は私が慰めてあげるから〜」
慰め方の方が凄く気になった。というか、なんで行き成りこんな事になっているのか?
「御主等、何をやっとるんじゃ?」
そこに天の助けとでも言うべきか、劉協が現れた。いや、これが助けになると思うのは早計だ。
幾ら劉協でも、今のこの二人を止められるとは思えない。
「そこをどいて! 太老を捕まえないといけないんだから!」
「いや、だから何をしておるのじゃと……」
「太老様の太くて逞しいアレを見せてもらうの!」
「太くて? 逞しい?」
大きくて逞しいが、更に具体的に『太くて逞しい』へと変わっていた。
本気でよく分かってないのか、首を傾げる劉協。しかも天和が大声でそんな事を言うもんだから、劉協と一緒に居た周りの女官達がワイワイと騒ぎ始めていた。
「陛下、これは好機ですよ?」
「好機?」
「太老様の太くて逞しいアレを陛下が物に出来れば――」
ボソボソと耳打ちして、何やら怪しげな事を劉協に吹き込む女官。その時点で凄く嫌な予感がした。
「太老! そこに隠しているキノコを我に寄越すのじゃ!」
「やれるか!」
この後、俺は天和と地和二人の暴走姉妹と、劉協と女官達に追い回される羽目となった。
◆
「正木殿。そろそろ屋敷に帰らないと……」
「今日は帰りたくないんだ……。そっとしておいてくれ」
華佗のところに俺は逃げ延びていた。というか、他に行くところが無かったと言うべきか。
今、他の女性と顔を合わせるのは得策とは言えない。寧ろ、被害が拡大するばかりだと考えたからだ。
この都で頼れる男といえば、華佗以外にはいなかった。
「まあ、良いではないか。しかし太老殿。女の求めに応えるのも男の甲斐性じゃぞ?」
「……経験があるみたいな言い方だな?」
「漢女道を極めし儂に分からぬ事などないわ。それに儂にもだぁりんがおるしな」
「……そうなのか?」
「まあ、よく分からんが卑弥呼の事は俺も大切な仲間だと思ってるぞ」
微妙に話が噛み合ってないような気がするのだが、それで卑弥呼が嬉しいようなら余計な事は言うまいと思った。
「華佗、華蝶仮面の件もそうだけど、協力してくれてありがとうな」
「構わんよ。正木殿には感謝してもしきれないほどの恩があるしな」
「そう言ってもらえると、こっちとしても助かるよ」
洛陽の人々が董卓の悪政に苦しんでいるという噂を聞き、持ち前の正義感で華佗は街の人達を治療するために洛陽にきたそうだ。
それから色々とあって星(華蝶仮面)と偶然知り合い、事情を聞いて成り行きで始めた事との話だった。
それでも、こうして協力してくれるのは素直に嬉しい。華佗が義に厚い男で本当によかった。
「それに、この件。どうも嫌な胸騒ぎがするんだ」
「胸騒ぎ?」
「ああ、最初にこの街に来た時。凄い妖力が街を覆っているのを感じた」
まるで黄巾党の時のような、と口にする華佗の話を聞いて、俺は『まさか……』と言葉を漏らした。
妖力と言うのは俺には感じられないが、華佗の話が本当だとすると――
「太平要術の書が、今回の件に関わっているかもしれない」
燃え尽きて消滅したと思われていた太平要術の書。その名をここでまた耳にするとは思いもしていなかった。
【Side out】
……TO BE CONTINUED
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