「ええ!? わしゅうちゃんが御主人様の娘!?」
「ああ、違いますよ。紛らわしいので『ブラック鷲羽』と呼んでください」
「ぶらっく?」
「白眉鷲羽は、私のオリジナル。言ってみれば『母親』みたいなものですからね」
「えっと……ぶらっくわしゅうちゃん? それじゃあ、はくびわしゅうさんが、太老様の奥様?」
「ややこしければ、ブラックで結構ですよ。ちなみにマスターは独身です」

 敬愛する御主人様の娘を名乗る少女が突然目の前に現れ、困惑した表情を浮かべる桃香。
 しかも――

「私はマスターのメス豚ですから!」

 と、とんでもない発言をサラリとするものだから、場は更に混沌としていく。
 太老が聞いていたら確実にツッコミを入れていたであろう状況だ。

「太老様の娘でメス豚って…………きゅう!」
「雛里ちゃん! 気を確りもって!」

 何か過激な妄想をしたようで頭から煙を噴きだし、顔を真っ赤にして倒れる雛里。そんな雛里に慌てて駆け寄る朱里。
 しかし、さすがと言うべきか、そこは天然おっぱいこと桃香だ。
 この混沌とした状況の中で、他の誰よりも早くブラック鷲羽とも親しくなり、場に順応していた。

「御主人様なら、そのくらい全然アリだよね。うん、それに皆一緒なら、曹操さんとも仲良く出来るかも――」
「マスターの懐は宇宙一広いですからね! でも、マスターの一番のメス豚は私ですから! そこだけは譲れませんよ!」

 と、微妙に噛み合っているようで、話が噛み合っていない二人。
 ブラック鷲羽はともかく、桃香はどこまで本気なのか分からない。

「で、ブラックちゃん。ここから出る方法を知らないかな?」
「で、桃香さん。出口を知りませんか?」

 当然、太老の娘のブラック鷲羽なら、この不思議空間から外に出る道を知っているだろう、と考えた桃香。
 天然っぽいけど良い人っぽいし、この人ならちゃんと道を教えてくれるかも、と考えたブラック鷲羽。
 頭に疑問符を浮かべて、同時に首を傾げる迷子の二人。迷子が迷子に道を尋ねると言った不思議な事になっていた。

『カウントダウンヲ開始シマシタ』

 すると、その時だった。
 頭上に突然現れる空間モニター。そこには四桁の数字が並んでいた。
 徐々に減っていく数字を見て、またも同時に首を傾げる桃香とブラック鷲羽。

『空間ハ破壊、消滅シマス。繰リ返シマス……』

 などと物騒なアナウンスが流れているにも拘わらず、二人の間には全く変わらず、のほほんとした空気が漂っていた。
 ――凄いねー。あれ、どうなってるんだろう、と感心した様子で空を眺めている桃香に
 ――マスターが作ったのですから当然です、と胸を張って自慢するブラック鷲羽
 危機的状況を微塵も感じさせない余裕を二人は見せていた。どこにそんな自信があるのか、尋ねたいくらいだ。

「取り敢えず、御茶にしようかー」
「そうですねー。あ、お茶菓子なら任せてください」
「桃香様!?」

 愛紗の悲痛な叫びも、マッタリ寛ぎモードに入った二人の耳には届かない。
 手近な空間に穴を開け、大量の酒のつまみをだすブラック鷲羽。それを見ても『凄い凄い』と無邪気にはしゃぎ動じない桃香。
 実はこれ、ブラック鷲羽がこちらに来る時、太老のお土産にと魎呼が隠していた酒やつまみを勝手に拝借したものだった。

「これ変わってるけど凄く美味しいのだ!」
「鈴々、お前まで!?」

 仮想現実空間、通称『虎の穴』消滅まで、残り三千とんで二秒。

「朱里、お前も呆けてないで何か言ってくれ!」
「へ? あ、はい……えっと、雛里ちゃん、起きて!」

 愛紗の叫びも虚しく、世界は刻一刻と崩壊の針を進めていた。





異世界の伝道師外伝/天の御遣い編 第81話『太老包囲網』
作者 193






【Side:華琳】

「次から次へと……今度は何!?」

 何処からともなく聞こえてきた声と共に、突如、空に浮かび上がった謎の数字。
 こうしている今も数字は動き、徐々にその数を減らしていた。
 明らかに様子がおかしい。背筋を流れる冷たい汗。胸の奥に渦巻く不安。嫌な予感が頭を過ぎる。

「消滅とか破壊とか、物騒な事を言ってたわね……」

 考えたくも無い、嫌な推測ばかり頭を過ぎる。
 あの消滅や破壊というのが、この不思議な空間の事を指しているのだとしたら?
 もし私の考えている通りなら、ここに居て無事で済むとは思えない。状況は最悪だった。

「今から森を抜けようとしても……」

 恐らくは間に合わないだろう。
 行きだけでも数日の時間を要した上に、また森に足を踏み入れて迷わないと言う保証も無い。
 それに兵達を休ませない事には、ここ数日の強行軍の所為で体力的にも限界に達していた。

 宙に浮かんだあの数字が崩壊までの残り時間を現しているのであれば、あと半刻も時間は残されていない。
 たったそれだけの時間で、ここから抜け出す事は――

「無理ね……」

 絶望的だった。可能性は限りなく(ゼロ)に近い。為す術のない状況を前に、私は力無く肩を落とす。
 万策尽きた、とはこの事だ。秋蘭達と合流するのも絶望的な状況。幾ら考えても良い案など思いつくはずもなかった。
 太老の力を甘く見ていた私の失策だ。

「華琳様! 諦めないでください!」
「無理よ。どうにもならないわ……」
「でも、でも!」
「無理なのよ! 時間も足りない! 策もない! この状況をどうにか出来る力なんて――」

 そんな力、私には無い。初めて自分の無力さを呪った。
 太老なら、この絶望的な状況でもどうにかしてしまうかもしれない。でも、私にはそんな力は無い。

「太老の力を甘く見すぎていたみたいね……」

 所詮は借り物の力で理想を叶えようとした私の限界は、そこまでだったと言うだけの話だ。
 利用しているつもりでいて、利用されていたのは自分の方だったのだと、ようやくその事に気付く。
 だけど、その事で太老を責めるような恥知らずな真似が出来るはずもなかった。それもそのはず、利用していたのはお互い様だ。

「大丈夫よ。太老さえいれば、これ以上、民が苦しむ事は無い。きっと良い国を作ってくれるわ」

 ここで私が力尽きたとしても、太老ならきっと、この国をより良い方向に導いてくれる。
 何も心配する事は無い。天の知識と技術があれば、民の暮らしは今よりもずっと豊かになる。
 飢えに苦しむ事も、官に虐げられる事も、賊に脅える事もない。平穏に暮らせる国を作ってくれるはずだ。

「華琳様なら、きっと出来ます!」
「……季衣?」

 どこからそんな自信が湧いてくるのか? この状況下でもまだ、季衣は諦めていなかった。
 季衣にも分かっているはずだ。
 どれだけ絶望的な状況下に私達が立たされているかくらいは――

「無理よ……。私には、太老みたいな力は……」

 期待をされても、今の私には何の力も何の策も無い。信じれば、諦めなければどうにかなるほど、この世界は甘く出来ていない。
 この世は力が全て――私は誰よりもよくその事を知っている。
 勝者が歴史を作り、力の強い者だけが生き残る。力の無い者は何をされても文句は言えない。私達はそうした時代に生まれた。
 季衣だって知っているはずだ。盗賊の脅威にさらされながら、村人を護るために命懸けで戦っていた彼女なら、分からないはずがない。
 過程はどうあれ、私は太老に敗北した。その結果がこの有様だ。今更、足掻いたところでどうにかなるような状況でもない。

「難しい事はよく分からないけど……でも、華琳様はボクの村を救ってくれました。皆が笑って過ごせる、そんな世の中を作ってくれるって約束してくれました。ボクは、そんな華琳様を信じています!」

 覚悟と決意に満ちた純真な瞳。一切迷いの無い言葉。それは季衣が私の元に来た、あの日の事を思い出させる。

「……ダメかもしれないわよ。このまま何も出来ないかもしれない」
「でも、まだ終わってません。華琳様みたいに頭がよく無いから上手く言えないけど……諦めてしまったらそこで終わりです! 春蘭様だったら、最後の最後まで諦めずに足掻くと思います!」

 確かに春蘭なら、諦めずに最後の最後まで足掻くだろう。
 あの子の場合は何も考えていないだけかもしれないけど、可能性が無いからと言って、何もせずに諦める事を潔しとする性格ではない。

「……そうね。季衣の言うとおりだわ。まだ、終わってない」

 この土壇場で季衣に一番大切な事を教えられるとは思ってもいなかった。
 太老と自分を比べてばかりいて、私は最も大切な事を見失っていたのかもしれない。

「足掻くわよ。最後の瞬間まで……。何もかも、太老の思い通りに行くのも面白くないものね」
「はい!」

 ――絶望するのはまだ早い
 そう、私に足りなかった物、見失っていた物を季衣に教えられた。
 何も出来ないかもしれない。この行動自体、無駄な足掻きなのかもしれない。
 でも、諦めてしまったら、歩みを止めてしまったら、そこで何もかもが終わる。まだ、私達の歩みは始まったばかりだ。

 ――太老に負けたら全てが終わる?

 違う。私が思い描いた夢は、理想は、そんな簡単に諦められるようなちっぽけな物じゃない。

「季衣」
「はい?」
「この戦いが終わったら、太老があなた達の『御主人様』になっているかもしれないわね」
「…………え、ええっ!? 華琳様、それどう言う意味ですか!?」

 この大陸を支配する王に相応しいのが太老だと言うのなら、それでも構わない。
 しかしだからと言って、長年追い求めた理想まで諦めるつもりはなかった。

 ――私は覇王『曹孟徳』だ

 どこまでも独善的に、どこまでも我が儘に、欲しいと思った物、叶えたいと思った願いは必ず叶えてみせる。どんな手段を使っても――
 太老が王になると言うなら、私は太老そのものを手に入れて見せる。そうすれば、労せずして大国が手に入る訳だ。
 そのくらいの強かさがなくて理想を叶えようなど、甘い考えだった。
 季衣が大切な事を教えてくれた。ここで終わりではない。諦めなければ、機会など幾らでもあると言う事を――

「覚悟なさい、太老。私を本気にさせた、あなたが悪いのよ」

 何も太老と戦う必要などない。あの出会いから、私と太老の間柄は一蓮托生も同じ。
 理想を叶えるのに太老の力が必要だというのなら、私は太老の全てを手に入れるまで。
 欲しいと思ったモノは全て、この手で掴んでみせる。それが私のやり方だ。
 問題は、あの太老をどうやって私の方に振り向かせるかだが――同性が相手ならともかく、男性経験など当然あるはずもなかった。

「兄ちゃんが御主人様か……。あ、そう言えば兄ちゃん……『メイド服が好き』って言ってたような」
「季衣!」
「は、はい!?」
「その話、詳しく教えてくれるかしら?」

 気付けば、季衣の肩を強く掴んでいた。

【Side out】





【Side:太老】

「ううぅ……」
「どうかされましたか? 太老様」
「いや、なんか急に寒気が……」
「無理もありません。これからたった二人で、五万の大軍に挑もうと言うのですから」

 いや、林檎の言っているそれとは違う。
 なんと言って良いか分からないが――

(凄く嫌な予感がする……)

 気の所為だといいのだが、こう言う時の自分の勘が良く当たるのを自覚しているので不安でならない。
 これ以上、厄介事だけは勘弁して欲しかった。

「ですが、本当に二人だけでよろしかったのですか? 誰にも付いてくるな、などと……」
「洛陽の護りも必要だしね。寧ろ、俺だけでも十分というか……」
「それは出来ません! 太老様をお護りするのが私の役目です!」

 それが不安だから、誰にもついてくるなと言ったんだが、まさか林檎に本当の事を言えるはずもなかった。
 俺は確信していた。これから行われるのは戦争ではない。一方的な蹂躙劇だ。
 ただの人間が何万人徒党を組んだところで、最強の守護者とも言うべき『鬼姫の金庫番』に敵うはずもない。
 樹雷の皇族とは、それほどにバケモノじみた力を有している。ましてや、その中でもトップクラスの力を持つ林檎に、白服の連中が勝てるはずも無かった。
 この場合、仲間などは足手纏いになるだけで邪魔になる。それに出来る事なら、誰にもこれから起こる事を見て欲しく無かった。

(トラウマになりかねないしな……)

 一番の心配はそこだった。
 俺と違い、免疫のない一般人が林檎の本気を目の当たりにして、まともな精神状態でいられるとは思えない。
 バケモノどころか、怪獣大決戦を傍で鑑賞するようなものだ。
 想定される被害なんかを考えても、ここに部外者を連れてくる訳にはいかなかった。

「ところで太老様」
「ん?」
「洛陽からずっと牽かれている、その荷車は一体……」
「ああ、対白服用の秘密兵器だよ」

 鉄製の丈夫な荷車に載っている大きな物体の正体は、前に商会から届けられた打ち上げ花火の装置だ。
 林檎に活躍させると大きな被害がでかねないので、少しでも被害を最小限に食い止めるために、これを持ってきたのだ。

(俺が頑張らないと、物語の終わりを待たずして世界が終わりかねないしな……)

 花火なので脅しくらいにしか使えないが、それでも相手をかく乱する事くらいは出来る。
 その隙に相手の本陣に奇襲を掛けて、敵の大将を捕獲。林檎の出番を前に、出来るだけ穏便に終わらせようという作戦だった。
 混乱しているところを一点突破なら、俺の実力でもそれほど難しい話ではない。
 鷲羽のトラップに突入する事を考えれば、遥かに楽な任務だ。回避と逃げ足にだけは自信があった。

「林檎さん、分かってるとは思うけど……」
「はい。太老様の合図があるまで、攻撃は控えます」

 そこだけは守ってもらわないと、この作戦は上手く行かない。
 林檎は文字通り最終兵器、奥の手、切り札。
 呼び方はなんでもいいが、林檎が出た時点でバッドエンドに直行だ。

(絶対に成功させないとな……)

 白服達がどうなろうと俺の知った事では無いが、俺の平穏のためにも、この作戦を失敗する訳にはいかなかった。

【Side out】





 ……TO BE CONTINUED



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