【Side:太老】
「いよいよか」
ようやく視界に入った砂塵。ピッタリと予想した通りの時間だ。
白装束を身に纏った怪しげな集団が真っ直ぐに進路を取り、全く変わらない一定の速度で疲れすら感じさせずにこちらに向かって来ていた。
「太老様。やはり、彼等からは生気を感じられません」
「やっぱり? 俺も気になってさっきから計測してるんだけど、アストラル情報が検出できないんだよね」
俺が右眼に付けている片眼鏡は、林檎のポーチに入っていた七つ道具の一つだ。
あらゆるエネルギー値を数値に換算する事で相手の身体能力を知る事が出来るだけでなく、離れた場所からレンズを通して対象を見るだけでパーソナルデータの解析まで出来る優れものだ。通信機能もついていて、恒星間通信さえ可能とする多機能な道具だった。
相手が人間で黄巾党の時と同様、操られているだけであったなら殺してしまっては後で寝覚めが悪い。
そう考えて念のために確認を取ってみたのだが、案の定、目の前の白装束達が俺達と同じ人間とは思えなかった。
意思のある生物として判断するための材料。それがアストラルの存在だ。
林檎がここの人達はプログラムのような物だと言っていた事を覚えているだろうか?
事実、この世界は造られたものなのかもしれないが、劉協達にはこのアストラルが確かに存在する。
アストラルとは分かり易く言ってみれば魂のようなもの。アストラル海と呼ばれる世界の記憶と個人を繋ぐ端末のような物だ。
勿論、これは人間にしか宿らない物では無く、意思を持つ者――例えば生き物だけでなく、人工的に造られたプログラム体であったとしてもアストラルは宿る。
俺達の住む世界ではアストラルの存在が認められれば、例え肉体を持たないプログラム体であっても人権が認められるほどだ。
物には魂が宿る、と古来から地球でも伝えきく言葉があるが、あれは全く根拠の無い話では無い。
幽霊や魂、そうした物を論理的に説明するなら、このアストラルの存在は必要不可欠だった。
で、先程から林檎にも確認を取って貰い、自分自身でも三キロほど目の前の地点に居る白装束達のデータを解析していたのだが、その結果は予想通り。彼等からは一切、アストラルの存在が確認されなかった。
パーソナルデータの結果も全員が全く同じ数値をたたき出している時点で、人間と判断する事は出来ない。
例え双子であったとしても、パーソナルデータには必ず誤差が生じるものだ。
それが全く同じなど、本来ならありえない事だ。だとすれば考えられる答えは一つしかなかった。
「力場体か。しかも随分と質の悪い」
「道士の力、人形使いと言ったところでしょうか?」
「でもま、これで遠慮をする必要は無くなった訳だ」
鷲羽の作る力場体に比べると、随分と作りの粗い一目で作り物と分かるような粗末な代物だ。
これが鷲羽お手製の力場体なら、ここからモノクルで計測しただけで判別する事は難しい。
GPの戦闘艦に搭載されている計測機器を使ったとしても、本物の人間としか判定が出来ないほどに精巧に作られているからだ。
言ってみれば目の前のアレは、カタチだけを取り繕った中身のないハリボテのような物だ。
「集団の中央に、アストラルの存在が二つ確認できるな」
「恐らくは、それが人形を操っている術者かと」
「じゃあ、アレを倒せば終わりって事か」
二人も術者が居るというのが少し気になったが、確か干吉には左慈という仲間が居たはずだ。
魂を持たない、質の伴わない人形程度に後れを取るほど柔な鍛えられ方をしてはいない。
それに俺には秘密兵器もある。夏侯惇大将軍の換装ユニット。打ち上げ花火に使おうと持ってきていた大砲がある。
「これは……」
「大型ロボット用の四連装砲塔。花火に使うつもりで商会から取り寄せたんだけど……林檎さん?」
「いえ……さすがは太老様だと思いまして……」
撃ち出す物は言わずとも分かると思うが、花火で使用するただの火薬玉だ。
威力は期待出来るほどの物では無いが、花火と言うだけあって派手さは折り紙付き。
こいつを使って敵が混乱したところで、術者を捕縛してさっさと終わらせようという計画だった。
【Side out】
異世界の伝道師外伝/天の御遣い編 第85話『赤い悪魔』
作者 193
【Side:干吉】
「ここは……」
振り出しに戻る、とはまさにこの事だ。黒い穴に吸い込まれたと思えば、張譲に任せた人形の軍勢の真ん中に放り出された。
周囲には白装束を身に纏った人形達の姿が――
どうやら私の指示通り、洛陽に向かっている途中のようだった。
「くっ! 予定とは少し違いますが、こうなったらこのまま洛陽を攻めて……」
本来であれば連合と董卓軍の戦いが佳境に入ったところで洛陽に大軍が向かっているとの情報を流し、彼女達に大きな絶望を与えるつもりでいたのだが、計画はあの正木太老の所為で大きく狂ってしまった。
しかし虎牢関に兵が集中している今なら、洛陽を攻め落とす事など造作も無い。予定は大きく狂ってしまったが、まだ修正の利く範囲だ。
こうなれば、洛陽の民の絶望と嘆きに満ちた怨嗟の声で、太平要術の力を蓄えればよいだけの事。
どちらにせよ、洛陽の街は私達の計画に必要な生け贄として、この世界から消えてもらうつもりでいた。段取りは狂ってしまったが、計画に変更はない。
「幾ら、あの男が強くても、この数の人形から街を守りながら戦うのは容易ではないはず」
一人だけなら逃げる事も出来るだろうが、街の住人を守りながら戦うとなると話は別だ。
幾ら強い力を持っていようと、一人で五万を超す兵の相手をしながら街を守るのは簡単な事ではない。
「後は左慈が上手くやってくれる事を祈るばかりですが……」
もう一つ、洛陽を攻める理由が存在した。
張譲と人形達は洛陽の民に絶望を与える事だけが役目ではなく、正木太老の目をこちらに向けさせるための囮でもあった。
その隙に左慈が例のモノを手に入れてさえくれれば、この策は上手くいったも同然だ。
私達の計画に必要な、この世界に存在する三つの鍵。太平要術の書、そして外史のはじまりと終わりを繋ぐ銅鏡。
最後の一つが始皇帝が作らせたという皇帝たる証。代々、この国の皇帝に受け継がれてきた玉璽が三つ目の鍵だった。
その内、太平要術の書は私の手の内にあり、銅鏡のある場所も分かっている。あと一つ、玉璽さえ手に入れば計画を次の段階に進める事が出来る。
「さあ、張譲! その手で洛陽を蹂躙するのです! 民の絶望の声を私に聞かせてください!」
我等の悲願を叶えるために、全ての者に滅びと絶望を――
そうして高らかに笑い、空を見上げたところで私の思考は停止した。
【Side out】
【Side:太老】
「…………あれ?」
作戦通り、まずは大砲を発射したところまではよかったのだが、予想外の被害が目の前には広がっていた。
ただの火薬玉を撃ったはずが何故か撃ち出されたのは、殺傷能力の高い実戦用の砲弾だったのだから驚きだ。
いや、そもそも夏侯惇大将軍のユニットは打ち上げ花火用に変更した上、俺が商会に持ってくるように注文したのは確かに火薬玉だったはずだ。
(真桜の奴! また何かやりやがったな!)
俺の知らない間に一度打ち上げ花火用に改造した物を、また元の夏侯惇大将軍用の大砲に改造したのだと察した。
恐らくは花火の機材と間違えて、それが送られてきたに違いない。
テストもまだの状態だったので確認を怠った俺も悪いが、それにしたってこれは予想外も良いところだ。
これだからマッドは信用ならない。これでは、穏便に済ませようとしていた俺の計画が台無しだった。
「さすがは太老様です! 遠距離から敵の大将だけを正確に撃ち抜くなんて!」
「いや、これは……」
林檎に褒められても余り嬉しくない。実際のところ、当てるつもりは無かったのだ。
それに、そこまで正確な精密射撃を幾ら俺が設計したと言っても、この時代の大砲で出来るはずもない。
威嚇程度になれば良いと思っていたはずの攻撃が、運が良いのか悪いのか、何故か全弾、敵の本隊に命中していた。
「敵の動きが止まらない……。まだ術者は生きているようですね」
「意外とタフな奴だな……」
あの一撃を食らって生きてるなんて、思った以上に頑丈な奴のようだ。というか、明らかに威力がおかしかったのに……。
今の一撃でざっと全体の十分の一。五千人くらい吹き飛んだか?
言ってはなんだが、この時代で再現できる大砲にそこまでの威力はない。予想していた数十倍の威力が出ていた。
(何が、どうなってんだ? 真桜がまた何かやったのか?)
この時、俺は大砲に使われている部品に、とんでもない代物が使われている事に気付いていなかった。
まさか自分の工房のアイテムが、この世界に流出している事を知らなかったからだ。
「え? あれ? 林檎さん――」
そして考え事をしている間に、周囲を見渡すと林檎の姿が見えなくなっていた。
「ちょっ! 林檎さん、カムバーック!」
さっきの大砲を合図と勘違いしたのか、白装束の集団に向かって、ありえない速度で走っていく林檎。
俺の叫びも虚しく、数秒後には白服達が宙を舞っていた。
【Side out】
【Side:林檎】
さすがは太老様だった。私に合図を待てと仰ったのは、このような秘密兵器を用意していたからに違いない。
正確に敵の大将目掛けて放たれた砲弾。それにより、虚を突かれた敵の陣形は大きく乱れた。
一瞬、その手際の良さに目を奪われたが、このチャンスを活かさない手は無い。
「ちょっ! 林檎さん、カムバーック!」
後で太老様が何かを叫んでいる気がしたが、きっと私の身を案じてくださっているのだろうと察した。
心優しい太老様の事だ。恐らくは私に最後まで手をださせず、ご自身の力だけで解決しようと考えておられたに違いない。
でも、それでは私は納得が行かなかった。
「太老様の進む道を邪魔するものは、誰であろうと許しません!」
この力、この身は太老様のためにある。
太老様の剣として、盾として、この力を役立てる事が出来るのであれば、私にとってそれ以上の喜びは無い。
私はまだ何一つ太老様から受けた恩を返せていない。それに報いるチャンスにようやく巡り逢えたのだ。この機会を逃すつもりは無かった。
瀬戸様には太老様を連れ帰るように命令されたが、私にとって一番優先すべきは太老様の意思だ。
太老様がなさろうとしている事を邪魔する者があれば、それは私にとって敵も同じ。
「この力、使わせて頂きます!」
私に出来る事は太老様から授かったこの力で、太老様の前に立ちはだかる障害を排除する事だけだ。
右手に持ったステッキが眩い光を放ち、宙に浮かんだ本が光の粒子となって私の身体を包み込んだ。
(これが太老様の作られた戦闘服……)
女性隊員向けに、GPで採用されているという特殊な戦闘服の話は私も耳にした事がある。
使用者のパーソナルデータに応じて最適化される高い防御能力を持った防護服に、圧倒的な制圧能力を秘めたデバイス。
哲学士としてもその名を銀河に轟かせる太老様が開発された、従来の戦闘服を遥かに凌駕する性能を持った最強の戦闘服。
「魔法少女マジカル林檎! 推参!」
身体を覆う光の粒子。それが消えたと思った瞬間、自分で予想もしなかった言葉が口から飛び出していた。
「え、ええ!?」
しかも、どう言う訳か身体まで縮んでいた。見た感じ、九歳前後と言ったところか?
太老様の仰っていた『魔法少女大全』という名称が頭を過ぎる。
あの時はただの名称だと聞き流していたが、こう言う意味だったとは考えもしなかった。
「うっ……と、とにかくあなた方を排除します!」
短いスカートに真っ赤な可愛らしい衣装。私には可愛らしすぎる衣装だ。
先端についた赤い玉が輝く杖を振り回しながら、グッと羞恥心に耐える。
でも次の瞬間、私は自分の認識を大きく改める事となった。
「力が湧き上がってくる……」
普段よりも遥かに、皇家の樹の力が増幅されているのを肌で感じていた。
恐らくこの見た目の変化も相手を油断させるためだけでなく、皇家の船の外装と同じリミッターの役目を果たしているのだと推測した。
「ディバインバスタ――ッ!」
書に記されたキーワードの一つ。
頭に思い浮かんだ言葉を口にすると杖の先端が二叉に割れ、そこから紅色の光が直線上に放たれる。
圧倒的な破壊力で左右に引き裂かれる大地。一撃で数千という数の敵が吹き飛んでいく。
「凄い……これが、太老様の発明」
噂に聞いていた以上の圧倒的な破壊力を前に、戦慄さえ覚えた。
【Side out】
【Side:太老】
大地が吹き飛び、鮮血が飛び散る。血のように紅い光を放ち、圧倒的な力で敵を殲滅していく魔法少女マジカル林檎。
今更ではあるが、魔法少女大全だけは没収して置くべきだったと後悔するが、時は既に遅い。
あれは七つ道具の中でも、白兵戦に特化した最強の力を持つ戦闘服だ。
それぞれのパーソナルデータにあわせて形状を最適化するように出来ていて、使用者に応じてその能力も異なる。
唯一の共通点は防護服を形成する際、必ず八〜九歳程度の少女に若返ると言う点だけだ。
これは完全に俺の趣味。魔法少女と言うからには、やはり少女以外は認められない。
某魔法少女アニメの第三期で、大人の姿で魔法少女と言い張る白い悪魔とかを見ると痛々しくて見ていられなかった。
魔法少女と言うからには全盛期はやはり一期と二期あたり、精々中学生くらいまでが限界というのが俺の見解だ。
だが、この魔法少女大全は違う。
体内のナノマシンへ働きかける事により肉体年齢を少女にまで退行させ、誰にも文句を言わせない完璧な魔法少女に仕上げてくれる。
欠点といえば、この魔法少女大全を起動させる最低条件として、ナノマシン強化を受けている事が前提と言う点だ。
しかし俺達の世界で生体強化……ナノマシンでの肉体強化を受けていない者など一人としていない。
恒星間移動技術の無い初期文明の惑星の住人にとっては、使い道のよく分からない玩具と一緒。その点でも理に適っていた。
ただ、圧倒的な力を持つ実力者がこの魔法少女大全を起動した場合、その力は魔法少女の限界を超えたものとなる。
パーソナルデータに応じて最適化されると言う事は、その能力は使用者に大きく依存すると言う事に他ならない。
特別な訓練を受けていない一般人が使用したところでそれなりの能力を持つ魔法少女変身セットにしかならないが、逆に特別な訓練、特別な生体強化を受けた者がこれを使用すれば、世にも恐ろしい戦闘力を持った悪魔の兵器が誕生する。
第三世代相当の力を持つ皇家の樹のマスターで、『鬼姫の金庫番』と恐れられる神木家経理部主任、立木林檎。
林檎の魔法少女の力は、まさに悪魔の如く――いや、鬼神と呼ぶに相応しい力を秘めていた。
俺が恐れていた現実が、いやそれ以上の現実が目の前に広がっていた。
「一分で五万の兵が……」
残すところ三分の一も残っていない。あっと言う間の出来事だった。
感情の無い、恐怖を感じないはずの人形達がピタリと動きを止め、林檎の動きを静かに窺っている。
ところどころ出来た大きなクレーターや、林檎の放った砲撃で出来た大地の溝を見ると、何とも言えない深いため息が溢れる。
誰も連れて来なくて正解だった。こんなところを誰かに見られていたら……大変な事になっていた。
「と、とにかくクレーターとかは大砲の所為にしとけば大丈夫……だよな?」
そうこう言い訳を考えている内に、林檎が空に飛び上がり最後の攻撃に入った。
次の瞬間――白装束の頭上に小さな太陽が出現する。林檎の杖から、ゆっくりと放たれる黄昏の光。
嵐のような暴風と轟音と共に、その光は戦場を真っ赤に染め上げた。
この日、伝説の白い悪魔ならぬ、赤い悪魔が誕生した。
【Side out】
……TO BE CONTINUED
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