【Side:一刀】

「そう、あなたが北郷両刀なのね」
「北郷一刀だ! 一刀! 態とらしく間違えるな!」
「え?」
「え? って、劉備さん! アンタは俺の名前知ってるよね!?」

 このツッコミをしたのはこれで何度目だろう? それほどに激しく疲れた。
 本陣の天幕に呼び出されたと思ったら、そこで待っていたクルクル頭の金髪少女に名前を間違えられるし、更には劉備さんまで『え?』と首を傾げるのは無いだろう。
 彼女とは昨日今日の付き合いじゃない。親しい仲とまでは言えないが、名前を間違えて覚えられているとは思ってもいなかった。
 不幸だ。早いこと誤解を解かない事には、このまま『両刀』で名前が定着しそうで嫌だった。

「それで、俺はなんで呼ばれたんですか? 事情聴取とか?」

 諸葛亮ちゃんに事情を説明したとはいえ、直接劉備さん達に報告した訳ではない。
 そこで、俺に何か聞きたい事があるのではないかと考えた。
 実際、俺も困惑してる立場なので明確に答える事が出来るかは不安だが、こうなった経緯くらいは説明できる。
 何はともあれ、変な誤解があるのであれば、それを解くのが先決だ。下手に騒がれて、これ以上問題を大きくしたくない。

「あなたを呼んだのは私よ。北郷両刀」
「態とやってるよな!? って、キミは確か……」

 さっき俺の名前を間違えたクルクル頭の少女。そう、それは前に袁紹と言い争いをしていた諸侯の一人だった。
 彼女こそ、三国志の話の中でも飛び切り有名な人物――あの魏の曹操だ。

(うっ……。これが覇王曹操……)

 こうして対峙しているだけでも息苦しくなるほどの強烈なプレッシャーを放つ目の前の少女に、俺は困惑を見せる。
 今まで俺の周りにはいなかったタイプの女性だった。
 子供と変わらない百四十センチほどの小さな身体からは想像もつかない圧倒的な存在感。
 全てを見通すかのような鋭い眼差し。その佇まいからも為政者としての貫禄が感じられる。

「曹操、字は孟徳よ。なるほど、噂通りの人物のようね」

 そして見るからに偉そうな感じの、プライドの高そうな少女だった。ぽわわんとした人当たりの良い劉備さんとは酷く対象的な人物だ。
 劉備さんと比べると、残念なほど胸も無いしな。いや、小柄な体型な割にはある方なのかも知れないが、あの癒しおっぱいとでは比べ物になるはずもない。
 それよりも曹操の口にした『噂』の方が気になった。俺、どんな風に噂されてるんだ?

「礼を言わせてもらうわ。あなたのお陰で無事に脱出する事が出来た」
「へ?」

 曹操に全く身に覚えの無い感謝をされた俺は困惑した。

「朱里ちゃんから話は聞きました! 北郷さんが結界を破壊してくれたから、みんな無事に脱出できたって!」

 目を輝かせて俺を褒めちぎる劉備さん。ようやく曹操の言葉に合点が行った。噂の大元、元凶、犯人を発見した気分だ。
 あの目覚ましスイッチを押した事を言っているのだろうが、アレは完全な不可抗力だ。
 ここは早く誤解を解いておかないと、まず間違い無く大変な事になると俺は感じ取った。

「いや、あれは……」
「問題はこれからどうするかね。五体満足なのは、あなたのところの兵だけのようだし……」
「曹操さんのところはダメですか?」
「連れてきた半数の兵を失い、軍師と将が居ないのではこの先の戦いは難しいわね」
「はあ……。孫策さん達も行方不明のままですしね」

 話に割って入れる雰囲気では無かった。二人の話を聞いていると、どうやら無事だったのは義勇軍と曹操軍だけらしい。
 全員が、あの黒い穴に呑み込まれて同じ場所に放り出された訳では無いようだ。
 発起人の袁術や、ラスボスの袁紹を含め、西涼の馬超、呉の孫策、そして……なんかもう一人居たような気がするのだが、全員が行方知れずになっているとの話だった。
 それに曹操のところも、約半数の兵と軍師と将を欠いて戦力的にも心許ない状況にあると言う。
 事実上、この虎牢関に続く道に仕掛けられた罠で、連合軍は壊滅寸前にまで追い込まれたと言う訳だ。

「北郷の活躍が無ければ、今よりもっと悲惨な結果になっていた可能性があるのだから……本当に助かったわ。今すぐには無理だけど、この礼はいつか必ずさせてもらう」
「いや、俺は何も……」
「謙遜する事は無いわ。太老の罠を破ったのは、あなただけなのだから……」

 表情を曇らせ、少し悔しげにそう口にする曹操。そんな曹操の態度を見て、額に汗が流れる。
 ここはやはり誤解を解いて置かないと後で大変な事になりそうだ。
 そう思って声を掛けようとしたその時だった。

「フフッ、太老。私を本気にさせて、このままで済むと思ったら大間違いよ」
「あっ、曹操さん。その事で私に提案があるんですけど――」

 復讐の対象に自分が加わる事を恐れた俺は、そっと言葉を引っ込めた。





異世界の伝道師外伝/天の御遣い編 第84話『新たな大樹』
作者 193






「しかしまさか、虎牢関がもぬけの殻だったなんてな」

 後で聞いた話だが、到着した時には既に虎牢関は人っ子一人居ないもぬけの殻だったそうだ。
 理由は不明。戦略的拠点である虎牢関を捨てる理由など全く見当が付かない。あの切れ者の曹操や、諸葛亮ちゃん達ですら首を傾げていたほどだ。
 洛陽に勝負を持ち越すとなると民にも気を配らなくてはならなくなる。援軍が見込めない以上、都での籠城は相手に取って不利。
 虎牢関と言う絶対的に有利な戦いの場所を捨ててまで、都での決戦に拘る理由は思いつかなかった。
 だとすれば、他に何か理由があると言う事だ。事故か、なんらかの策か、それとも――

「意外と俺達みたいに結界に閉じ込められたとか? まあ、それは無いか」

 それでここに居ない他の諸侯のように、どこか別の場所に飛ばされたと考えれば納得が行く。
 しかし自分達で仕掛けた罠に自分達が掛かるなんて間抜けな真似を、果たしてするバカがいるだろうか?
 若干一名、いや二名思い当たる人物が居たが、その二人はどこかに飛ばされてここには居ない。
 さすがに自爆ネタは無いか、と俺はその考えをスルーした。

「まあ、なんにせよ。洛陽に行ってみない事には分からないしな」
「わかりますよ?」
「へ? ブラックちゃん?」

 後から突然掛けられた声に驚く。
 そこには戦場似つかわしくないメイド服という浮いた格好をしたブラック鷲羽ちゃんの姿があった。
 秋葉原も戦場といえば戦場ではあるが、ここは三国志と似た世界だ。断じてメイド服を戦闘服と認める訳には行かない。
 いや、確かに戦うメイドさんが最強と言う節があるが、アレは漫画やアニメと行ったフィクションの世界での話だ。
 目の前の少女の格好がこの場所に相応しいかどうかと言う話をした場合、完全に浮いているのは間違い無い。

「マスターの様子を知りたいんですよね?」
「そんな事が出来るのか!?」
「はい。そのくらいでしたら簡単です」

 そう言って、携帯電話のような物をどこからともなく取り出すブラック鷲羽ちゃん。
 そんな物があるなら、はじめから言って欲しかったと言った物が登場した。
 そもそも電波はあるのかとか、この時代に携帯電話なんて使えるのかとか、疑問が一杯ある。
 俺も携帯は持ってきていたが、直ぐに電池が無くなった上に電話としては使い物にならなくて荷物に仕舞い込んでいた。
 猫なのかよく分からない生き物のストラップがついた、そこらの女子高生が持っていても不思議では無いファンシーな気配漂う携帯電話を、手慣れた指捌きで操作する少女。

「モニターだしますね」

 彼女がそう言うと、空一面に映画館のスクリーンほどある巨大な映像が浮かび上がった。
 サービスのつもりなのかしらないが大きすぎだ。
 案の定、突如、空に浮かび上がった巨大な映像に陣の中は大騒ぎになっていた。

「ブラックちゃん、もう少し小さく――」

 そう言い掛けたところで、目に飛び込んできた映像の内容に驚き、俺の意識は釘付けになった。
 荒野を覆い尽くす白い軍勢。何千、いや何万そこに居るのか分からないほどの数の見た事も無い白装束の姿が映し出されていた。
 董卓軍とも連合とも違う、謎の白装束の軍団。パッと見ただけの感想だが、とてもじゃないが味方には思えない。
 モニター越しではあるが、あの白装束からは生気のような物が一切感じられなかった。
 まるで人形のように無言で常に一定の速度で、どこかに向かって行軍を続けている様子だけが見て取れる。

「そう、そう言う事だったのね」
「あ、金髪ロールのお姉さん」
「きん……それよりも、これは事実なのね?」
「勿論です。私がマスターの反応を間違える訳ないじゃないですか。マスターのストーカーなら任せてください!」

 いや、ストーカーは拙いだろう、というツッコミは敢えてしなかった。

「この風景、見覚えがあるわ。洛陽の西、函谷関の近くね」
「ここと反対側!?」

 函谷関といえば、洛陽を挟んで虎牢関の反対側にあると言うもう一つの関所の事だ。
 だとすると、やはり連合の援軍とは考え難い。だからと言って、あの雰囲気から察するに董卓軍の援軍とも考えられない。

「連合でもない。別の勢力が洛陽に向かっているという事なのでしょう」

 別の勢力、それがなんなのかまでは分からなかったが、曹操が何を考えているかは俺にも察する事が出来た。
 天の御遣いと董卓軍は、連合とは別の何かとも戦っていると言う事だ。
 確かにそう考えれば、合点の行く事が幾つかあった。

 ――時間稼ぎをするように仕掛けられた罠の数々
 ――虎牢関がもぬけの殻だった理由
 ――相手に戦う意思がないように感じられた訳

「函谷関と虎牢関、二つの方角から同時に大軍で攻められては一溜まりもない。それを見越して、片方の足止めをするのが狙いだった」

 曹操の言うように、仮にシ水関や虎牢関での出来事が時間稼ぎだったとするなら納得の行く話だ。
 例え、連合に停戦や協力を求めたとしても、あの袁術や袁紹が黙ってその話を聞き入れたとは思えない。
 現状、西と東の両方から別々の勢力に攻められている事を想定すれば、彼等にとってそれが最も確実で唯一取れる選択でもあった。

「でも、それなら董卓軍は? 白服の姿しか見えないし、まさかもうやられちゃったのか!?」
「違うわ。争った形跡はない。それに、あそこに居るのは……」

 白服達から遠く離れた位置に小さくて男か女かも判別は出来ないが、確かに二つの人影があった。

「マスターと……あれは林檎さんですね。多分、お二人で戦うつもりなんじゃないですか?」
「ふ、二人で!? そんな無茶な!」

 ブラック鷲羽ちゃんの言葉で、あそこに居るのが噂の天の御遣いと言うのは分かったが、たった二人であの軍勢に立ち向かうなんて無理な話だ。非常識な人だとは思っていたけど、無茶にも程がある。
 数万の軍勢をたった二人でどうにかするなんて、人間業じゃ……人間?
 そう言えば、ブラック鷲羽ちゃんの話を鵜呑みにするなら、神すら超越した存在だったんだっけ?
 それなら、もしかして――

「ブラックちゃん。ちなみにどっちが勝つと思う?」
「え? 勿論百パーセント、マスターが勝ちますよ?」

 何、当たり前の事を訊いてるんですか?
 といった不思議そうな顔で首を傾げるブラック鷲羽ちゃん。本当のところ、一番聞きたく無かった答えが返ってきた。
 そう、俺は目の前のモニターの向こうに居るあの人が、どれほど非常識な人物かを知っているつもりだ。
 エン州で見たありえない物の数々に、義勇軍に参加し、シ水関、虎牢関での戦いを経て知った天の御遣いの非常識さ。
 そして、彼女の口から『宇宙人』や『異世界人』と言った非常識の更に斜めを行く、超非常識な人物だと言う事を俺は知った。
 数万を超す軍勢に二人で挑む。普通に考えれば無謀とも言える行為。一騎当千と呼ばれる名だたる武将であっても、この圧倒的な数の暴力の前には為す術もない。
 だが、もしそれを可能とする人物が居るとすれば、それはもはや人の領域ではない。文字通り『神』か……『鬼』の所業だった。

【Side out】





【Side:華琳】

 北郷両刀……いえ、北郷一刀。それが太老の罠を唯一破ってみせた男の名。
 劉備はアレで上手く隠しているつもりなのだろうが、本人に会ってみて一目で分かった。
 この男は、この世界の住人ではない。恐らくは太老と同じ世界からやってきた天の人間だと言う事が――

「でも、もっと非常識な男も居るみたいだけど……」

 董卓軍は恐らく万が一の事態に備え、洛陽で防備を固めているのだろう。
 それに、あの白装束の軍団には一つだけ思い当たる節があった。以前に報告の上がっていた干吉という道士の事だ。

 ――私達を殺さないように配慮しながら、足止めなんて面倒な真似を取った事も
 ――虎牢関に兵が詰めていなかった理由も
 ――そして、兵を率いずたった二人であれだけの軍勢に挑もうとしている訳も

 太老の事だ。黄巾党の一件同様、今回も自分だけの手で片付けるつもりでいるのだろう。太老が率先して動く背景には、必ずあの白服の姿があった。
 黄巾党の元凶となったと思われる謎の道士。太老は相手の素性を知らないとは言っていたが、天の御遣いが現れたのとほぼ同時期に表舞台に姿を見せた道士が無関係とは思えない。私の知らないところで何かが起こっている事だけは確かだった。

「天の問題か知らないけど……劉備以上のお人好しじゃない」

 何の相談もされず蚊帳の外に置かれた事に、怒りを感じない訳ではない。
 今回も私達が気付かなければ、ひっそりと自分だけの手で解決するつもりだったと言う事だ。
 そしてあの男は何食わぬ顔で、私達の前に姿を見せるのだろう。いつもの調子で……お人好しにも程がある。

(太老の真価がようやく分かる時がきたのかもしれないわね)

 ただのお人好し、偽善者で終わるかそうでないかは、これから結果がでるはずだ。自己犠牲のつもりなら、所詮はそこまでの男だったと言うだけの話。だけど、太老にはこの状況を覆すだけの力があると私は信じていた。
 もう一人、太老と一緒に居る女性の実力までは分からないが、あの太老と一緒に居る時点で彼女も普通≠ナ無い事は確かだ。
 ここで死ぬような男では無い。何の策も無しに、勝ち目のない無謀な戦いを挑むような男でもない。
 太老にはなんらかの勝算が見えていると言う事だ。そして今回の件にも、決着の道筋が既に見えているに違いない。

 ――曹操さん。その事で私に提案があるんですけど

 ここに来る前に劉備の言った言葉が頭を過ぎる。彼女がだした突拍子もない提案。
 孫策や他の諸侯がその話を呑むかどうかは別だが、私自身はこの騒動の決着次第ではその提案を呑んでも良いと考えていた。
 既に天の啓示は下りている。正木太老――あの男がこの世界に現れた事で、全ての歯車は動き始めた。

「天の御遣いを抜きにして、真の平和は語れないか……」

 歯車の一つならまだしも、もはや太老は漢王朝に代わる新たな大樹として、この大陸の人達に無くてはならない存在となっている。
 時代が太老を求めているのであれば、もはや私の出る幕など無い。その答えを私よりも先に自然と導き出した劉備は、やはり侮れない相手だった。
 孫策同様、剣を交えて見たかった相手ではあるが、それも違ったカタチでの決着になるかもしれないと私は笑みを溢す。

「見せてもらうわよ。『天の御遣い(あなた)』の本当の力を――」

 助けに向かったところで間に合うような距離ではない。それに今の私達では助けになるかどうかも分からない。
 暗い世界に差した『天の御遣い』と言う名の一本の光。この戦いの先に待ち受けているであろう新たな時代の幕開け。
 私に出来る事は太老を信じて、目の前の戦いを見守る事だけだった。

【Side out】





 ……TO BE CONTINUED



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