反董卓連合を切っ掛けに行われた官の大粛正。
 その後に残った有力な諸侯が名を連ね、天の御遣いと献帝の名の下に集った。
 独立と連合――それは新たな政治体制を生み出し、大陸を幾つかの勢力に分断した。

 魏の曹操、呉の孫権、西涼の馬騰、そしておまけに幽州の公孫賛。

 皇帝の名の下に、魏は北部六州を統合し曹操が治めることが決まり、呉も独立に際し揚州全域と荊州南部の一部地域が領地として認められる事が決定した。
 西涼は隣接する領地を幾つか併呑することで国土を拡大させ、あらためて皇帝の血脈に忠誠を誓うことを約束。
 幽州は魏と正木商会の後ろ盾で、北の騎馬民族からの侵略を防ぐ防壁の役目を任せられ、更には北方への貿易拠点、経済特区として自治権が認められることが決まった。

 今はどの諸侯も内政に忙しい日々を送ってる最中。
 急速な変化は政治や経済に大きな影響を及ぼし、民の間には変革に伴う希望と不安の色が見え隠れしていた。
 ただ、時代はこれまでとは確実に違い、良い方向へと向かっている。一部を除き。

「やっぱり、益州の動きがきなくさいな」
「我が送った文にも返事がないしの。いっそ、林檎か多麻を使者に出してみてはどうじゃ?」
「それ、使者じゃなくて核爆弾を送りつけるようなもんだから……」

 益州が地図から消えていいなら止めないが、さすがにそれはまずいだろうと太老は思った。
 それに益州を解放した後の問題もある。太老は面倒事が嫌いだ。ただでさえ、今でも一杯一杯の状態なのに、益州の面倒まで見切れないというのが本音にあった。
 一刀に丸投げしてしまえと考えたのも、八割くらい本気のことだ。

 自分や林檎、多麻がでれば、片付ける方法など幾らでも思いつく太老だったが、それでは後々面倒な問題を残しかねない。
 平定後にそのまま自分の領地にされても、仕事が増えるだけで面倒を見切れる自信がない。で、他の諸侯も本心は似たような感じだった。
 領地だけ増えても仕事が増えるばかりで、はっきり言ってよいことなんて殆どない。
 これが天下統一などと野望を燃やしていた時代だったなら話は別だっただろうが、その可能性も太老が潰してしまった。
 まあ、言ってみれば自業自得。結果、残された益州だけが扱いに困る状態となった。

 反抗勢力がくすぶっている以上、放置するわけにもいかず、更には益州の太守は悪政を敷き、民を苦しめているとの噂だ。それを放置すれば、折角軌道に乗り始めた連合の話にも陰りが見えてしまう。
 益州の民を見捨てることで、天の御遣いや新しい皇帝は民を守ってくれない。
 そう噂されるだけで、はじまったばかりの新体制には大きな痛手だ。
 それ故に時間も金も労力もないが、早急に対策を講じる必要性があった。

 そこで持ち上がったのが、益州を問題ごと有能そうな誰かに任せてしまおうという丸投げ作戦だ。
 このままでは自分に話が回ってきかねないと危機感を感じ、最初にその話を提案したのは太老だった。
 それに乗っかったのが劉協と曹操。天の御遣いの意見を皇帝が支持をしているとあって、特に反対意見もでず、その流れから曹操の推薦で劉備が益州に派遣されることが決まったと言う訳だ。

 百里の道も一歩から。人心を掴むには、その過程からやらせるのが一番だ。
 歴史の修正力か? なるべくしてなったと考えるべきか?
 そんなこんなで劉備の試練が決まり、太老の思惑により一刀の旅が始まろうとしていた。





異世界の伝道師外伝/天の御遣い編 第101話『一刀の日常』
作者 193






【Side:一刀】

 天の御遣い(代理)に任命された北郷一刀だ。
 あの条件では俺に選択権などあるはずもなく、結局俺は太老の提案を受けるしかなかった。
 後になって色々と後悔しそうな嫌な予感はするんだが、まさか水鏡さんのところで俺の帰りを待つ何進さんを見捨てるわけにもいかず、残り一つどうしても材料が必要な以上、このチャンスを逃すわけにはいかなかった。
 だから、後の事は後になってから考える事にした。なるようにしかならない。

「それでは会議を始めたいと思います」

 朱里ちゃんの声で会議が始まる。ここに居るのは、今度益州に派遣されることが決まっている人達だ。
 これで全員と言う訳ではないが、取り敢えず桃香達の方は全員会議に出席のようだ。
 旅立ちを三週間後に控え、そのための準備もとい話し合いを行っていた。

 余談ではあるが、桃香達に真名を呼ぶことが許された。正確には太老関係者全員と言っていい。
 三日前にクルクル巻き毛の金髪少女に招待され城に行った時に、全員と真名を交換するイベントがあった。
 天の御遣い(代理)なのだから、そのくらいは立場から考えて当然なのだそうだ。
 そこで断ったり遠慮をすれば、任命した太老が恥をかくとの話で、そうなったらマジで首を刎ねられそうな雰囲気だったので拒否権はなかった。

 でも、呼んでいいと言うから『華琳』と名前を呼んだのに、隣にいた大剣を持った黒髪の女(春蘭)に斬り殺されそうになったのは未だに納得が行かない。余りに理不尽な話だ。
 そのことから、一つだけよくわかったことがある。あの城の連中は、何かとあると首を刎ねたがるということだ。
 最初から全力全開。常に殺す気でくるので、非常に危険な連中だった。
 太老もよく付き合っていけてるな、と感心するほどだ。俺には無理だ。絶対に。

 その点、一緒に行くのが桃香達でよかった。
 あんなのと旅が一緒だったら、俺は間違い無く死ぬ。
 肉体的にも精神的にも、やっていけるとは思えない。

「――次に、同行する兵についてですが」

 これも太っ腹。
 反董卓連合に義勇軍として参加した兵を、そのまま付けてくれるという話だ。
 それ以外にも必要経費として、資金や物資など相談に応じてくれるという話だった。
 まあ、益州の問題をこっちに丸投げしようということなのだから、ある意味で当然だが。
 しかし桃香達もそのくらいのことはわかっている。それでも、これが最後のチャンスと受け止めているようだ。

「――さん。一刀さん」
「あ、はい。えっと、何かな? 朱里ちゃん」

 危ない危ない。会議の話を全然聞いてなかった。
 今、隊の割り振りとか指揮系統の話をしてるんだっけ?
 一応、俺は桃香達と同じ将扱いらしいく、自分の部隊というものを持っている。あの連合の時の隊だ。
 自分から『北郷隊長の下で働きかせてください!』と言ってきた奇特な人達だそうで、物好きというかなんというか……変わった連中だ。
 まあ、変わっているのは確かなんだが。あの連合に参加している時から、それは常々思っていた。
 慕われて喜んでいいのか悪いのか微妙なところだ。
 俺が委ねられた隊は、商会の自警団のなかでも特に扱いに困る変人ばかりを集めた隊だ。
 隊の通り名が『北郷変隊』。空耳じゃない。二度も言わせないでくれ。泣きそうになるから。
 普通に『北郷隊』でいいじゃないか。何か俺に恨みでもあるのか?

「太老さんからの助っ人の件。何か聞いていませんか?」
「え? 俺は何も聞いてないけど……」
「そうですか……。天の御遣い代理直轄という話だったので、一刀さんなら知ってると思ったんですけど」

 何、それ? 初耳なんですけど? ようは、俺の私兵ってことか?
 そういえば、『最高の助っ人を付けてやる』とか言われていた気がする。
 凄く聞き流したい嫌な気配の話だったので、今の今まで記憶の彼方にいってしまっていた。
 北郷変隊だけじゃないのか……。あの人のいう最高の助っ人だろ? 絶対に碌なものじゃないと思うんだが。
 能力的な意味では無く、別の意味で出来る限り頼りたくない人だからな。あの人は……。

「ううん。じゃあ、俺の方から折を見て訊いておくよ」


   ◆


 まあ、そう言う訳であれから三日。
 丁度、顔を合わす機会があって、本人に直接訊いてみたのだが――

「ああ、悪い。仕事が忙しくて、すっかり忘れてた」

 おいっ! って心の中でツッコミが入った。
 まあ、俺も忘れていたので他人のことは言えないが。
 しかし部屋を見たら、その言葉にも納得が行った。あの人、どれだけ万能なんだか。
 部屋の中に、山のように積み重なった書類の山。
 ――何週間分溜め込んでるんだ?
 と思って訊いてみたら、今日の分だけだと信じられないような話が返ってきた。
 しかも、それで「今日は少ない方で助かったよ」とか言ってるんだぜ?
 多分、仕事のしすぎで感覚が麻痺してるんだと俺は思う。どれだけ鈍いんだ。

 本人は平和になったら、まったりと平穏に暮らすのが夢だとか言っていたが、あの仕事量を見る限り、そんな夢は一生叶わない気がする。そもそもこの商会……いや、国自体があの人がいなくなって本当にちゃんと回るのか、不安になるくらいだ。
 だけど、あんな感じだから凄そうにみえないが、周りの評価は信じられないほど高いものだった。

 一部の人達からすると、英雄と言うよりは神様と言った方がいい。尊敬されているというレベルを遥かに越えた存在だ。
 まあ、あれだけ仕事が出来て、色々な道具を作れる知識があって、万を超す軍勢を一人で相手できるくらい強いというんだから、もう反則みたいなスペックだと思う。
 俺のような一般人からすると、羨ましいような羨ましくないような……まあ、そんな変な人だった。

 ただまあ、悪い人ではない。街の人達やここの人達を見て、それは思った。
 出会ってまだそれほど経ってないが、俺も太老のことは昔からの悪友のように思えてならない。良く言えば、凄く親しみやすい人だった。
 あとは、自分に凄く正直な人なんだと思う。

 偶々(たまたま)他の人より出来る事が多くてスケールが大きいというだけで、あの人は神様でもなんでもない。子供のような大人なんだと俺は思った。
 いや、人の皮を被った悪戯好きの悪魔(サタン)という線も十分に考えられるんだが……。
 あれだけ有能なのに、凄そうに見えないのは性格もあるんだろうけど、やっぱり色々と趣味に走るあの悪癖に問題があるような気がする。
 ほんと、悪い人じゃないんだけどな……。悪友止まりで親友には絶対になれない人だ。

「それなら、風が手配しておきましたー」
「さすが、風。と言う訳で問題ないそうだ」

 というやり取りがあったのが、さっきの話。
 周りがしっかりしているので、それで上手く回っているのかもしれないな。
 俺の助っ人というのが、なんか遠くから来る人もいるらしくて、紹介はギリギリになるという説明を受けた。

「腕には問題ない人なんですけどねー」

 腕にはの『には』というところが強調されていて、かなり不安をそそる内容だったが、これ以上変わり種は必要ないので、そこは配慮して欲しい。いや、してください。
 出来るだけ普通の人であるようにと、心の底から祈らずにはいられなかった。

「――と言う訳で、当日までには紹介してくれるって話なんだけど」
「そうですか、わかりました。そちらの方は一刀さんにお任せします。隊の方で何か必要な物や足りない物があれば、私の方に仰ってください」
「悪いね。朱里ちゃん」
「はわわ……。い、いえ。これが私の仕事ですから」

 太老のところでのやり取りを説明して、悪いなと思いつつ朱里の頭を撫でると、顔を真っ赤にして何処かに走り去ってしまった。
 また、転ばなければいいが……。慌てると、よく転ぶんだよな。
 あれが、あの諸葛孔明だというのだから、未だに信じられないような世界だ。

 まあ、本音を言えば可愛い女の子ばかりでよかった。
 正直な話、ゴツイおっさんよりは可愛い女の子の方が良いに決まっている。
 それに最悪なパターンだと、貂蝉のようなのが普通な世界だったりすると……その時点で俺は、その世界で生きていく自信がない。
 なんだかんだで、この世界でよかったと俺は実感していた。

 あっちの世界や元の生活に未練がないわけじゃ無いが、こっちでの生活や太老の話を聞いてから、ここでの生活を今は楽しもうという方向に気持ちは傾いている。
 当面は目的である薬の材料集めが先だが、その後の事はその時になってからゆっくりと考えたい。

「まあ、そこは太老に感謝だな」

 こんな風に考えられるようになったのは、半分は太老のお陰だ。
 小さいことで悩んでいた自分がバカに思えるくらい、太老は面白い奴だった。
 まだ俺に何が出来るかはわからない。物語を終わらせるとか、そういうのもさっぱりだ。
 でもきっと俺にだって、この世界で出来ること、為すべきことがあるような気がする。

「まずはこの旅を無事に終わらせて帰ってくるのが目標だな。よし、やるぞ!」

 自分に正直に生きる。そんな生き方を俺も頑張ってみたい。
 でも……やっぱり、

「隊の名前は普通に『北郷隊』にしてもらおう……」

 そこだけは譲れなかった。

【Side out】





 ……TO BE CONTINUED



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