【Side:白蓮】
「北三里の地点に異民族のものと思われる騎馬隊を確認しました」
「わかった。そのまま警戒を続けてくれ」
「はっ!」
太老はこの襲撃を予想していたのだろうか?
軍の展開がこれほど早かったのは、この目で太老の言っていた罠の有用性を確かめるために、国境沿いの砦の一つに足を運んでいたからだった。
本来は隊の訓練を兼ねて、ここで演習をする予定だったのだが、そこに連中が現れたと言う訳だ。
都合が良すぎる。敵がここを襲撃してくると、わかっていたとしか思えない読みの鋭さだ。
(いや、よくよく考えてみると理にかなっている)
本能の赴くまま行動するただの賊が相手なら、これほどの苦労はしない。しかし略奪などという非道な行いをしながらも、その実は組織だった動きをする連中だ。高い機動力でこちらの動きを翻弄し、襲撃の周期を変えたり、ことごとく予想の裏をかかれてきた。
だが逆を言えば、そこに連中の弱点があった。
(太老なら、十分に考えられる。私達を手玉に取ったくらいだしな)
相手は烏合の衆ではない。確りとした計画を立て、作戦に基づき行動している組織だ。
その証拠に連中は一度として、同じ場所を襲撃したことはなかった。
次に奴らが襲ってくると思われる地点は、幽州と隣接する国境沿いで三箇所しかない。
襲撃される確率は三分の一。ここを演習場所に選んだ時点で、太老は相手の動きを予想していたと考える方が自然だった。
「公孫賛様。本当に我々は行かなくてもいいんでしょうか?」
「待機だ。太老が大丈夫だと言っているのだから、私達は信じて見守るしかない」
「しかし、相手の数は六千です。御遣い様といえど……」
副官の彼が心配するのもわからないではなかった。
こちらが連れてきている兵は二千。相手は六千。兵数の差から考えて、籠城するのが最善の策だ。
それを太老は『一兵もだす必要はない』と言って、馬岱を連れて前線に向かってしまった。
二千対六千でも勝ち目は薄いのに、二対六千など普通に考えれば勝負になるはずもない。
しかし、私は不思議と太老ならなんとかしてしまうのではないかと考えていた。
「洛陽の外れにある巨大な湖のことを知っているか?」
「あの観光名所にもなっているという大穴のことですか?」
「そうだ。五万の兵を屠り、あの大穴を作ったのは『天の御遣いの従者』と言う話だ。そして太老はそれ以上の力を持っているという」
「まさか、本当に……」
その場に居合わせたわけではないが、恐らくは本当のことだろうと私は疑っていなかった。
実際、私は太老の力の片鱗をこの目にしている。白服の男を追い払った太老の影武者。それも人間離れした力を持っていた。
黄巾党との一件といい、力の底が見えない。あの呂布ですら可愛く見えるほどだ。
「もし、それが事実なら六千など、太老にとっては取るに足らない相手なのかもしれない」
はっきり言って私には、太老が敗れるところが想像出来ない。そして太老は今回、私達に異民族との戦い方を見せると言っていた。
正木商会が奇妙な策と罠を用い、少数の兵で一方的に賊を追い払ったという話は有名だ。今でも商会の発祥の地とされる砦は、難攻不落の要塞として知られていた。
青州や冀州とも隣接することから物資の集積地点とされているが、この話を知っている者であれば、あそこを襲おうと考えるバカはいない。今や虎牢関以上の難所として、その名を大陸中に轟かせていた。
シ水関、そして虎牢関の戦いもそうだ。あの戦いがすべてを物語っている。あの鉄壁の守りがすべての関所に敷かれることになれば、ずっと悩まされ続けてきた異民族との戦いに終止符を打つことが出来るかもしれない。
「よく見ておくんだ。天の御遣いの戦い方を」
【Side out】
異世界の伝道師外伝/天の御遣い編 第110話『国境防衛戦』
作者 193
【Side:蒲公英】
「なんだ!? 何故、急に景色が変わった」
驚いてる、驚いてる。
意気揚々と進軍してきた異民族の部隊は足を止め、自分達の置かれた理解しがたい状況に戸惑いを見せていた。
それもそのはず。さっきまでただの平原だった場所が、一瞬にして見渡す限りの砂漠に変わったからだ。
ご主人様の発明品だ。構造はよくわからないけど、幻影を見せる道具だということは説明してもらった。
天の道具を用いれば、誰でもこんな風に妖術みたいなことが可能らしい。最初は、六千の敵兵を相手に『教えたことを試して見ろ』と言われて戸惑ったけど、今ならよくわかる。これなら十分にそれが可能だと理解した。
「ぎゃああっ! た、助けてくれ!」
次々に砂に呑まれていく敵兵達。まあ、実際はそれっぽく用意した落とし穴を景色に溶け込ましてあるだけなんだけど、一見して罠があるとわからせない工夫が、ご主人様の仕掛けの凄いところだった。
どこにどんな風に仕掛ければ効果的に罠に嵌ってくれるか、相手の心理をつき、行動を予測して罠を張るのが重要らしい。
ようは、お姉様のような筋肉バカの弱点をつけってこと。非常に分かり易い説明だった。
「今度は岩が空から!? どうなってるんだ!?」
「に、逃げろっ!」
「砂漠がいつの間にか雪山に!? と、止まれ! そっちは崖だ!」
『ぎゃあああああっ!』
……阿鼻叫喚といった様子だった。
正直、最初に説明を受けた時は、ここまで効果的だとは思わなかった。
蒲公英の仕掛けた罠に、次々と人が嵌っていく。なんか、あっさりしすぎてて逆に怖い。
あっという間に数を減らしていく敵さん達。その数は最初の半分以下に減っていた。
「そろそろ頃合いかな?」
脱落者が一定数に達したところで準備をはじめる。取り出したのは拡声機だ。
残ったのは、より慎重な人達。そんな人達を、その気にさせる精神攻撃も忘れない。
(ご主人様って、笑ってこんなこと出来るんだから極悪だよね)
こんなことをさらっと思いつくご主人様は鬼畜だと思った。
「よくぞ生き残った我が精鋭達よ!」
【Side out】
【Side:太老】
空に響く蒲公英の声に、『なんだ!?』『どこから声が!?』と一層騒がしくなる。
まあ、普通は驚くよな。でも、蒲公英はノリノリだ。
「しかし運の無い連中だな。自分達から罠に掛かりにくるなんて」
身をもって体験してもらおうと用意した罠だが、実験相手が白蓮の軍から異民族に変わっただけで、俺としてはどっちでもよかった。ようは効果のほどを知って欲しかっただけだ。
砦があるところに和風建築の城が浮かび上がる。『風雲たんぽぽ城』と言ったところだ。
教えたことを実践させるために蒲公英にやらせてみたんだが、これなら十分合格点をやれる。罠の設置を手伝いはしたが、使う罠の内容や設置ポイントを決めたのは蒲公英だ。その結果は見ての通りだ。
初っ端から敵部隊は混乱し、巧妙に隠された大量の罠に阻まれ得意の機動力も殺され、力を全く発揮出来ないまま全滅の危機に瀕していた。
「こりゃ、終わったな」
初見でゴールに到着出来るほど甘くはない。商会名物『虎の穴』は専門の訓練を受けたものでさえ、攻略に三ヶ月から半年はかかる代物だ。それに蒲公英が設置した罠は幻影機の補助もあるが、自警団の合格ラインとしている物より更に難易度が上だった。
商会で使用している『虎の穴』の難易度でいえば、Aランク相当。現在『虎の穴』で一番高い成績を収めている明命でも、初見では攻略が難しいほどの難易度だ。ここまで蒲公英と相性がいいとは、俺も思ってはいなかった。
あ、タライが落ちた。そこを左に迂回しても丸太が……ああっ、面白いほど引っ掛かるな。
ボンって、まさか地雷か? 俺、あんなの用意したっけ? うわ、人と馬が空を飛んでるし……。
白蓮のところの兵隊でなくてよかったな。あれ、絶対に火薬の量を間違えてるぞ。
「まあ、結果オーライだな。同じように涼州の対策は蒲公英に任せて大丈夫か」
あちらも異民族との戦いに悩まされている地域だ。話に聞くところ、五湖の勢力との小競り合いが昔から続いているらしい。ここと同じように対策が必要となるが、あっちは蒲公英に任せておけば問題ないだろう。
異民族の兵は黄巾党より統率が取れた動きをしているが、こういう戦いに慣れていないみたいだ。数が多くなると押し切られる可能性はなくもないが、それだけ大規模な動きをみせれば逆に対処しやすいというものだ。
異民族の具体的な対策は、国内の問題が片付いてからでも遅くない。この見解は、華琳や他の諸侯も一致している。連中もこれで慎重にならざるを得なくなるし、それまでの時間稼ぎには十分だろう。
「終わりみたいだな」
過半数の仲間を失った異民族の兵が、散り散りに逃げていく。
蒲公英の試験は、こうして終了した。
◆
――と思ったのだが、俺の方は終わってなかった。
「お兄さんも同罪です。弟子の不始末は師匠の責任ですからねー」
砦や街に被害はなかったとはいえ、罠に使った資材や備品の申請書類、連中の荒らした街道や橋の補修工事など後始末の方が大変だった。
蒲公英が派手にやってくれた所為で、地面が穴ぼこだらけになったのが一番の被害といえば被害なんだが……。
もっと場所を考えて設置しないとダメだな。街や砦は街道沿いに作られていることが多く、今回のように派手にやりすぎると修繕費用の方が高くつく。罠の設置に掛かる費用も含めると、かなり痛い出費だった。
「ここの文官達はどうしたんだ?」
「今、教育中なので二日は動かせません」
「ああ、例の強化計画とかいう奴か。でも、明日ここを発つって言うのに……」
「ご心配なく。滞在の延長申請をだしておきましたので大丈夫ですよー。公孫賛さんも、その方が助かるとのことです。あの乗り物のお陰で大幅に時間を短縮出来てますしねー。そのくらいの余裕は十分ありますよ」
相変わらず風は手回しがよかった。だが、気が利きすぎるというのも困りものだ。
本来ならこれは白蓮の仕事なのだが、人材の強化案や異民族対策など提案した俺にも責任がある。家に帰るまでが遠足、後片付けが終わるまでが仕事って奴だ。
毎回毎回、事後処理に悩まされている気がするが、白蓮に全部押しつけるのもな。
今となっては、この書類仕事も慣れたものだった。でも、ちょっとは遠慮して欲しい。
「風も手伝いますから、二日あれば十分終わりますよー」
「いや、この量を二日って……」
風は自信があるようだが、この量だ。一睡もせずにやったとしても二人で二日は厳しい。
――いっそ、多麻に頼るか?
今後のことを考えると多麻に頼り過ぎるのもどうかと思うが、華琳のところ以上に人手不足なのは事実だしな。
それにどっちみち、多麻はここの商会支部に一人置いていくつもりだ。今回の旅の目的は、どちらかというと本題がそちらにあるしな。
通信とゲートの設置。計画のためにも多麻ネットワークを大陸中に広げることは絶対条件だ。
「おうおう、しゃべってる暇があったら手を動かせよ」
「おっと、そうだった。宝ケイまで手伝わせて悪いな」
「いいってことよ」
まあ、そうだな。宝ケイが手伝ってくれるなら多麻は必要ないか。
小さいのに、意外とテキパキしてるしな。さすがは風の相棒だ。
「――って、宝ケイがなんで動いてる!?」
「ほい?」
ほい、じゃない。そんなことでは誤魔化されないぞ。
風の様子はいつもと変わりないが、明らかに宝ケイがおかしかった。
「宝ケイって、風が腹話術で動かしてたんじゃないのか?」
「なんのことですかー?」
「そうだぜ。妙な言い掛かりはよしてくれよな」
とことんシラを切るつもりらしい。そもそも、どうやって動いてるんだ?
本体をロボット化すれば確かに可能だが、この世界にそんな技術はないはずだ。それこそ、妖術や道術といったオカルトの力を用いなければ不可能だろう。でも俺が知る限り、風にそんな力は無い。いや、出来ないとは言わないが、出来るならとっくにやってただろうしな。
「……何か隠してないか?」
「風の秘密を知りたいだなんて……。宝ケイはどう思いますか?」
「そりゃ、アレしかないだろ。まったく次から次へと節操のない男だぜ」
酷い言われようだった。
この様子から察するに、話す気はないと思っていいだろう。
まあ、宝ケイが動くくらい大した問題ではないが……やはり、気になる。
「世の中には知らない方が幸せなことが、たくさんあるんですよー」
それはそうだ。そこは同意するが、俺にそんなに知られたくないことなのか?
風が何を隠しているかわからないが、嫌な予感しかしない。
第一、こんなことが可能なのは、俺以外だと林檎か多麻くらいのものだ。
なんか、もう色々と手遅れなことになって……ないよな?
「俺に触れると火傷するぜ」
火傷どころか、既に大炎上している予感がしてならなかった。
【Side out】
【Side:風】
ふう、危なかったです。お兄さんは普段鈍い癖に、こういうことだけ鋭いんですよね。
お兄さんは隠しているつもりでしょうが、稟ちゃんの鼻血の件や華琳様の頭痛の件、風が知らないと思ったら大間違いです。
どうも、お兄さんは風達の身体を弄ることに反対のようですし、多麻ちゃんにお願いした件が完了するまで、このことをお兄さんに知られるわけにはいきません。人材の育成や強化は確かに必要なことですが、風の狙いは別にありますからね。
(なんでも一人で抱え込みすぎです。隠しているのはバレバレですしね)
お兄さんが、風達に隠し事をしていること。親しみやすく見えて、その実は壁を作っていることに気付いていました。そのことを確信したのは、反董卓連合の一件と、生体強化の話を知った時です。
お兄さんは、風達のことを考えて黙っているのかもしれない。でも、それが風達の幸せだと勝手に決めつけて欲しくありません。それは優しさではなく逃げです。風達の気持ちを無視して欲しくなかった。
――風はお兄さんと一緒にいたい。
風はいつまでも、お兄さんと共にありたいと思っている。そして、そう考えているのは風だけじゃない。華琳様も、だから何も言わなかった。きっと言えなかったのでしょう。
お兄さんは自分の魅力に気付いていない。自分が何をしたのか、どれだけ想われているかを自覚していない。
それがお兄さんの決めたことなら、と考える人達もいるかもしれない。
でも、風は納得出来ません。名を改めたあの時に、風は決意したんです。お兄さんに一生ついていくと。
(お兄さん。風は逃がすつもりはありませんよ)
風をこんな風に変えたのは、お兄さんです。
風に道を示してくれたのは、お兄さんです。
だから――
「お兄さん」
「ん、どうした?」
「風は、お兄さんのことが好きです」
きょとんと目を丸くして固まるお兄さん。
お兄さんには責任を取って貰います。やり逃げを許すつもりはありません。
――覚悟してくださいね。
【Side out】
……TO BE CONTINUED
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