【Side:太老】
「うにゃあ! ここから、おろすのにゃー!」
森の一角、煙のあがっていた場所に向かうと、そこに不思議な生き物がいた。
ふさふさとした白い毛皮の南国衣装。本でよく目にする原始人というか、猫……いや虎か?
獣耳に尻尾、得体の知れない不審人物の正体は――幼女≠セった。
「みぃは食べても美味しくないのにゃ!」
木に釣り下がった網のなかで、じたばたと暴れる緑色の髪をした獣娘。
なんでこんなところで幼女が捕まっているのかよくわからないが、取り敢えず――
「あの……太老様。このままでは可哀想ですし、降ろしてあげた方がいいのでは?」
「そうだな。このままじゃ話になりそうにないし……」
月に見えているのなら、白昼夢というわけではなさそうだ。俺の頭がおかしくなったのかと心配になったので、月の一言で少し安心した。
最近疲れる事が多くて、癒しが欲しいと思っていたのは事実だが、幾ら可愛い物が好きだからといって幻を見るほど飢えてはいないつもりだ。
「ほら、大丈夫か?」
「助かったのにゃ……。お前、案外いい奴だにゃ。お礼を言うにゃ」
取り敢えず、このままじゃ話にならないので網を解き、木から降ろしてやった。
誰がやったかしらないが、こんな小さな女の子を木に吊すなんて可哀想だしな。
「どうかしたのにゃ?」
「いや、その耳や尻尾って本物なのか?」
「耳と尻尾に偽物があるのかにゃ?」
ぴょこぴょこと動く耳と尻尾が気になって仕方がなかった。
手や足の肉球も、どこからどうみても本物みたいだ。最初はそういう民族衣装なのかと思っていたんだが、察するに半獣みたいなものか。俺がそのことにたいして驚かないのには理由があった。
俺達の世界にも、ワウ人という猫のようなライオンのような顔立ちが特徴の宇宙人がいる。今更、耳や尻尾……肉球があったくらいで驚くような話でもない。
第一、地球人もヒューマノイド型と呼ばれる人類の一種だ。宇宙全体からみれば、そう珍しいことではない。
「それより、あんなところで何してたんだ?」
「罠なのにゃ! こうみょうな罠にはめられたのにゃ!」
と、少女が指さす先には、こんがりと焼けたマンガ肉の姿があった。
こんな古典的な罠に嵌る方もどうかと思うが……それじゃあ、あの煙って肉を焼いてたのか。
「あれ? じゃあ、ここで火をおこしたのは……」
「みぃじゃないのにゃ。みぃが来た時には、最初からこうなってたのにゃ」
この子じゃないとすると、誰がここで肉を焼いてたんだ?
「太老様、もしかして……」
「可能性はあるな」
月の言うように罠を仕掛けた人物が、街を騒がせている泥棒の可能性は高い。
だとすると、森に犯人が逃げ込んだという予想は、満更間違いではなかったということだ。
あれ? ちょっと待てよ。じゃあ、この子はなんなんだ? 迷子か?
「俺は太老。それでキミの名前は? ひょっとして迷子か?」
「タロウ……変な名前にゃ」
余計なお世話だ。語尾に『にゃ』を付けて喋る奴に言われたくない。
耳と尻尾が生えてたり、どう見ても目の前の少女の方が変だった。
「ふっふっふ! 聞いて驚くにゃ! 我こそが南蛮大王『孟獲』なのにゃ!」
孟獲……って、あの孟獲か?
「お前達はみぃの命の恩人にゃ。特別に子分にしてやってもいいのにゃ」
自慢気に胸を張って、上から目線で威張る幼女。でも、王の貫禄を感じるどころか、その背伸びした感じが妙に可愛らしく思えた。
ああ、そういや……こっちの世界の南蛮って、猫耳幼女の国だったっけ?
実際に目の当たりにすると、これほど衝撃的な話は無い。信じられないような本当の話だ。
南蛮だけにニャンバン。南国に獣娘。ある意味で王道と言うべきキャラクター設定だった。
異世界の伝道師外伝/天の御遣い編 第116話『ミナミの大王』
作者 193
命の恩人(?)ということで孟獲に真名を許された俺達は、孟獲もとい『美以』からこうなった詳しい経緯を聞いていた。
美以の話を要約するとこうだ。元々は南蛮で仲間達と静かに暮らしていたそうなんだが、ある理由から旅にでて、この森に行き着いたそうだ。
今はここを拠点に狩りで生計を立て、生活をしているらしかった。
「でも、なんで南蛮なんて遠いところから、こんなところにまで?」
「街にいけば、美味しい物がたくさんあるって教えてもらったのにゃ」
「まあ、確かに珍しい物は一杯あるだろうけど……」
気持ちはわからないでもないが、それだけで住み慣れた土地を離れ、こんな北にまで足を運ぶ行動力には正直驚かされた。
最初は南蛮から程近い益州の街にも行ってみたそうなんだが、街には活気がなく益州全体に漂う嫌な空気が肌に合わず、話にきいた珍しい食べ物がたくさんある北の都を目指して旅にでる事にしたそうだ。
で、その旅の途中、腹が減って行き倒れていたところを恋に拾われたという話だった。
「恋……。幾ら、拾い癖があるからって……」
「ご主人様、すみません。恋ちゃんも悪気があったわけじゃないと思うんです……」
「うん、それはわかってる。でもな……」
恋の拾い癖は知っていたつもりだったが、まさか耳や尻尾が生えているからと言って、こんな幼女まで拾ってくるとは……彼女を甘く見ていた。だが、事情は大体のところ理解出来た。
最初は、こんな小さな女の子がなんでこんなところで生活をしているのかと不思議に思ったが、それなら納得の行く話だ。元々、森で生活をしていた美以なら、サバイバル生活も慣れたものだろう。とはいえ――
「まさか、一人で旅にでたのか?」
「そんなわけないのにゃ。子分とパヤパヤが一緒にゃ」
「パヤパヤ?」
パヤパヤというのはよくわからないが、やはり仲間も一緒らしい。
そりゃ、そうだよな。噂に聞く森のヌシのこともある。クマだけでなく虎もでるって話だし、自給自足の生活に慣れているとはいっても、こんな小さな女の子が一人で暮らしていくには余りに危険な場所だ。
彼女がどれだけ強いかしらないが、猛獣が徘徊している森に一人にしておくのは心配だった。
「美以、この辺りで怪しい奴をみなかったか? 出来れば、その仲間にも訊いて欲しいんだが」
「怪しい奴にゃ?」
「俺じゃないぞ……」
「わ、わかってるのにゃ!」
いや、今のは絶対に俺を指さそうとしただろう。
「みぃは見てないのにゃ。でも、トラたちなら見てるかもしれないのにゃ」
「トラって、さっき言ってた仲間のことか?」
「そうにゃ。みぃの子分なのにゃ。今日も森の外に狩りに出かけてたから、見てるかもしれないのにゃ」
「そうか、なら戻ってきたら話を……って森の外に?」
狩りって普通は森の外じゃなく、森の中でするもんじゃないのか?
なんで近くに食材豊富な森があるのに、態々外に狩りにいくんだ?
「森の外って、まさか街に?」
「そうにゃ。街はみぃ達にとって食材の宝庫なのにゃ」
「いや、ちょっとまて、それって……」
美以達は珍しい食べ物を求めて、この街にやってきた。で、狩りをしに街に出かけている。
そしてここ最近、街では食べ物がなくなるといった騒ぎが起きていた。
目撃した人の証言では、子供くらいの大きさのサルのように身軽な奴だったと言う話だ。
そこから考えつく答えは、やはり……。
「ご主人様。もしかして……」
「ああ、そういうことなんだろうな……」
「どういうことにゃ?」
よくわかっていない様子で首を傾げる美以。本当にわかっていないのだろう。
これは一般常識から教えないとダメなのだと理解した。月と二人、ため息が溢れる。
「だとすると、この罠を設置したのは一体……?」
その時だ。ガサガサと茂みの方で音が聞こえた。
「あれ? ご主人様?」
「マスター。こんなところで何してるんですか?」
「は? 蒲公英? 多麻?」
草をかき分け、姿を現したのは蒲公英と多麻だった。
◆
「なるほど、罠を仕掛けたのは蒲公英だったのか」
「ぶう……。たんぽぽは頼まれてやっただけなのに……」
話をまとめると、街を騒がしていた泥棒は美以達で、森に仕掛けられた罠は街の警備に相談された蒲公英が犯人を捕らえるために設置したものだったと言う訳だ。
美以の仲間達も、美以と同じように蒲公英の仕掛けた罠に嵌って身動きが取れなくなっていたところを保護された。いや、正確には目を回していたところを捕まえて、別の多麻が街まで護送したらしい。
まったく人騒がせな話もあったものだ。
「じゃあ、この森が魔境とか言われてるのって……」
「ふふん、動物達を守るために多麻が仕掛けた結界です!」
「やっぱり、お前が黒幕か!」
胸を張って自信満々に話す多麻。森に妙な結界を張ったのは、やはり多麻だった。
迂闊に足を踏み入れると結界に閉じ込められるらしく、永遠に森の中をさまよい続けることになるそうだ。そのため『魔の森』や『迷いの森』という物騒な名前がつけられることになったとの話だった。
しかし、この結界。人間にだけ反応するものらしく、森に住む動物達には効果がないらしい。あと、勘の鋭い人物には効果が薄いのだとか。そのため、半分は動物と言っていい美以達は、結界の内と外を自由に行き来できたみたいだ。
泥棒が今まで捕まらなかったのも言ってみれば、その結界があったからだ。本来は動物達を守るために張った結界が、結果的に犯人を匿うことに繋がったと言う訳だ。とはいえ、動物達を守るために張った結界と言われると、余り強くは言えなかった。
「みぃ達はどうなるのにゃ……?」
「本来なら警備兵に引き渡すところだけど」
「ご主人様、それは……」
月にそんな目で見られると辛い。俺だって、美以達を責めたい訳じゃ無い。でも、迷惑を被った人達がいる以上、なんのお咎めもなしと言う訳にはいかなかった。
だが、酌量の余地はある。やったことは許されることではないが、美以達に悪気がなかったのは事実だ。
「明日、俺と一緒に街の人達に謝りに行こう。それから、美以達には常識を学んでもらう」
「まなぶ? 勉強するのにゃ?」
「そういうことは知ってるんだな。ちょうど、ここには学校もあるしな」
「ううっ……勉強は嫌いにゃ……」
「ここで生活する以上、一般常識くらいは身につけてもらわないと。その代わり、頑張ったらご馳走してやるよ」
「ごちそうしてくれるのにゃ? それって美味しい物が食べられるのかにゃ?」
「ああ、良い子にしてたら、見たことのないような美味しい物を腹一杯食べさせてやるよ」
「やるのにゃ! みぃはよいこにしてるのにゃ!」
基本的に悪い子じゃないんだよな。何も知らなかっただけで。
悪いことをしたなら、ちゃんと叱ってやればいい。わからないというのなら、大人が教えてやればいいだけだ。
「それじゃあ、街に帰るか。皆、心配してるだろうしな」
こうして洛陽の街を騒がせた事件は無事に解決した。
――って、あれ? なんか忘れてるような。
【Side out】
「もう、歩けませんわ……」
「姫、こんなところで寝ちゃダメですって!」
「そうですよ! 夜の森は危険なんですから!」
その頃、袁紹達はまだ森の中をさまよっていた。
「どこにもいませんね。太老様……」
「もう、帰っちゃったんじゃないですか?」
「ううっ……変なのを拾うし、太老は見つからないし……」
パンダの背中には大喬と小喬が、そして白虎の背中には尚香の姿があった。
動物の背中に腰掛けながら、愚痴を溢す三人。
袁紹達は置いて行かれまいと、その後ろを付いて歩いていた。
「仕方無いか……。暗くなってきたし、そろそろ帰ろう」
「賛成! お腹ぺこぺこですし!」
「太老様なら、きっと大丈夫ですよ」
と話す少女達を前に、ポカンとした表情を浮かべる袁紹、文醜、顔良の三人。
「帰り道がわかるんですの!?」
「あたい達みたいに、迷子だったんじゃないのか!?」
「そんな話、聞いてませんよ!?」
まさか、尚香達が帰り道を知っていると思っていなかっただけに驚く袁紹達。
「シャオは知らないけど、周々と善々は知ってるって」
「何故、それを今まで黙っていたんですの!?」
「訊かれなかったし、シャオ達は太老を探しにきたんだもん」
尚香の話を聞いて、袁紹はガクリと肩を落とした。やっと森から出られるという嬉しさ半分、動物と子供達に振り回されて精神的な疲れが半分といった表情を浮かべる。こうなったのは袁紹の軽率な行動が原因とはいえ、それを差し置いても散々な一日だった。
それだけに複雑だ。結局、料理を盗んだ犯人はわからず終い。最後は子供と動物に助けられ、いいところは一つもない。いつも楽天的な袁紹ですら、今回の件はさすがに堪えた様子だ。これに懲りて当分は大人しくしてくれればと、そんな袁紹をみて考える顔良の姿があった。
「じゃあ、周々、善々。案内お願いね」
街に向かって歩き始める二匹。ぐったりと疲れた様子で、袁紹達はその後を追いかける。
その時だ。尚香を背中に乗せていた周々の動きが、突然ピタリと止まった。
「どうしたの? 周々?」
「ガウ」
生きているかを確認するように、地面に横たわる小さな生き物を鼻でこずく周々。
長い鼻に、少女の胸にすっぽりと収まるほど小さな身体。
尚香の目に留まったもの。それは、この辺りでは珍しい――象の子供だった。
……TO BE CONTINUED
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