【Side:太老】
まだ名前のことで悩んでいた。
蓮華に言われたことを自分なりに考えてみた結果、方向性は見出せた。
候補となる名前は幾つか考えついたが、式典は明日だというのに一つに決めかねていた。
そのこともあって気分転換を兼ね、政務の息抜きに街の散策もとい警邏を行っていると、
「御遣い様、おめでとうございます」
街の人達から次々に祝いの声を掛けられた。
(皇帝就任の祝いかなんかか? もう、明日だもんな)
式典を明日に控え、街は大賑わいの様子。忙しく準備に追われ、市場には大勢の人が押し寄せていた。
今回の式典は民に向けて、俺の皇帝即位を公表するものでもある。
言ってみれば、一緒にドンチャン騒ぎをして新しい国の門出を祝おうというものだ。
街の人達だけでなく街の外からも、大勢の人がこの式典のために洛陽を訪れていた。
「これ、よかったら持っていってください」
「いや、でも……」
「私達の気持ちですから。このくらいしか出来ませんが、受け取ってください」
こんな感じで行く先々で、お土産を渡される始末。式典が近いこともあって、たぶん皇帝の就任祝いのつもりなのだろう。それだけに皆の誠意が籠もっているかと思うと、無碍にする訳にもいかなかった。
「ふう……」
人通りの多い市場から離れ、街外れの広場に出たところで一息つく。
「色々と貰ったな……。誰か荷物持ちに連れて来るんだった」
荷車一杯に積まれたお祝いの品。さすがに持ちきれなかったので、荷車を市場で借りてきたのだが、それにしたって凄い量だった。
肉に野菜、果物。服に装飾品、果てには子供用の玩具まで。それに、これは――
「布おむつか?」
揚羽用と言うには年齢が合わないし、璃々もそこまで幼くない。
それに、誰かに子供が出来たなんて話は聞かなかった。
なんで、こんな物が混ざってたんだろう?
「使い道に困るし、孤児院で使ってもらうか……」
誰かが勘違いして、くれた物のなかに混ざってたんだろうと結論付けた。
一度は受け取った物を返しに行くのもどうかと思うしな。それに、こんなに一杯あっても、俺一人では食いきれないし使いきれない。無駄にするよりは、孤児院の人達に使ってもらうと考えた。
街の人達の誠意が詰まったものだが、売りに出すよりマシだ。それなら許してもらえるだろう。
「うし、このまま孤児院に寄っていくか。久し振りに子供達にも会いたいしな」
孤児院と言うのは、嘗て官吏の宿舎があった建物を再利用して作られた施設だ。
復興に必要な費用を捻出するために、処分した宦官や官吏の私財を没収するだけでなく、国の抜本的な財政整理が行われた。
必要最低限の物だけを残し土地や建物は処分され、宮廷の規模は以前の三分の一にまで縮小された。
それでも随分な広さではあるが、贅の限りを尽くし、栄華を誇った漢王朝の宮廷の姿は今はない。そうした政策の見直しと改革を行う中、戦争で親を失い身寄りをなくした子供達を集め、最低限の生活と教育を保証する制度が設けられた。
その一環で作られたのが、この孤児院だ。
商会も必要な資金や資材をバックアップすることで協力している。
「あっ、御遣い様だ!」
「太老様!」
孤児院に到着するなり、庭で遊んでいた子供達に熱烈な歓迎を受けた。
仕事が忙しくて余り顔をだせていないが、しっかりと俺のことを覚えてくれていた。
「前みたいにぐるぐるやってよ!」
「太老様はわたしたちと後宮ごっこやるの!」
ぐるぐるはわかるが、後宮ごっこってなんだ。後宮ごっこって。
もうちょっと子供らしい遊びを……と考える暇も与えてくれないまま、俺の足にしがみついたり背中によじ登ってくる子供達。凄く元気一杯だった。
「太老様、後のそれなんですか?」
「ああ、これか。皆へのお土産だ。玩具もあるし、今日は御馳走だぞ」
俺がそう言うと、大喜びではしゃぎ始める子供達。
こうして子供達の元気な姿を見ると、明日も頑張ろうという気持ちになる。
良い息抜きになった。さっきまでの悩みは子供達の笑顔を見ている内に吹き飛んでいた。
「お父さん?」
「ん、その声は……」
その時だ。
子供達と一緒に姿を見せたのは、陳留で留守番をしているはずの璃々だった。
異世界の伝道師外伝/天の御遣い編 第133話『守りたいモノ』
作者 193
「凪達に連れてきてもらったのか」
「うん。まだお仕事があるから、ここで待ってて欲しいって……」
式典のため警備の増員で派遣された凪達について、一緒に洛陽にやってきたみたいだ。
少し寂しそうな璃々を見て、チクリと胸が痛んだ。
(一人で寂しかったんだな)
紫苑は一刀達に協力するために益州に行っているし、稟には許昌への本部移設や商会のことを任せきりになっているから、忙しくて璃々の相手どころじゃないはずだ。凪達三羽烏にも警備兵の教育や、盗賊の討伐や警戒など治安維持に務めて貰っているので、ずっと商会に留まっていると言う訳にはいかなかった。
(俺のミスだな。考えが浅はかだった……)
他の面々も同じようなものだ。特にここ最近は色々とあって、忙しさのピークを迎えている。
屋敷には世話をしてくれる侍女が居るが、璃々と仲の良い友達と言えば、同じ学校に通う友達くらいのものだ。それだってシャオ達が俺についてきてしまっているために、璃々一人が留守番と言う状況になっていた。
それでは璃々が寂しい思いをするのも当たり前だ。
それにここ数ヶ月、璃々と遊んでやった記憶がない。これでも随分と我慢していたのだろう。
「ごめんなさい、勝手にきちゃって……。璃々、ちゃんとお留守番できるって約束したのに」
シュンと沈む込む寂しげな璃々を見て、俺は居た堪れない気持ちになった。
「そんなことない!」
「……お父さん?」
「ごめんよ、寂しい思いをさせて」
優しく璃々を抱きしめる。仕事も大切だが、俺はもっと大切なことを忘れていた。
自分が嫌になる。『お父さん』と呼んでいいなんて調子の良いことを言って置いて、璃々の気持ちに気付かず、こんなに寂しい思いをさせるなんてダメな父親だ。もっと璃々のことを考えてやるべきだった。
確かに桃香より頭がいいし、シャオ達よりしっかりしてる。でも、まだ璃々は子供だった。
親の温もりが恋しい年頃だ。本当なら俺がもっと気を利かせて、せめて紫苑と一緒に居られる時間を作ってやるべきだった。
璃々なら大丈夫という思い込みで自分の都合を優先して、紫苑を益州に行かせた俺の判断ミスだ。必要なこととはいえ、それならせめて璃々を旅に一緒に連れていくとか、他の方法を検討すべきだった。
「でも、大丈夫だ。ここには同じくらいの友達が一杯いるし、それにお父さんもいるからな」
「璃々、ここにいてもいいの?」
「ああ、ずっと一緒だ。紫苑が帰ってきたら、また一緒に暮らそう」
「……うん! お父さん、大好き!」
俺も大好きだ。璃々を抱きしめながら、心の底からそう思った。
◆
「寝ちゃったみたいだな」
孤児院の皆と遊んでバーベキューをして疲れたのか、俺の背中で璃々は気持ちよさそうな寝息を立てていた。
余談ではあるが、あの『後宮ごっこ』というのは璃々発案の遊びだったみたいだ。
おままごとの亜種と言ったところか。女達が一人の男を取り合って、熾烈な争いを繰り広げるというもの。生々しくリアルな遊びだが、普段の俺を参考にして考えたらしく……子供の目からみたら、そんな風に見えているのかと思うと少しショックだった。
「太老様、申し訳ありません。勝手に璃々ちゃんを連れ出すような真似をしてしまって……」
あの後、孤児院に璃々を迎えに来た凪と合流した。
一人で帰れるから大丈夫だと言ったのだが、俺の護衛をすると言って離れない融通の利かないところは凪らしい。真桜は明日の花火の準備。沙和は他国の兵士と式典警備の確認を行っているとのことだった。
「ああ、気にしないでくれ。寧ろ、感謝してるくらいなんだから」
璃々のことは、凪達が悪い訳じゃ無い。そこまで気が回らなかった俺のミスだ。
この件に関しては、凪達が璃々を連れてきてくれて感謝していた。
「お陰で少しわかった気がするよ」
「太老様にもわからないことがあるんですか?」
「そりゃあるよ。神様じゃあるまいし、わからないことだらけだ」
その自称、全知全能であるはずの神様にもわからないことはあるしな。
俺なんて多少物知りと言うだけで、実際にはわからないことの方が多かった。
今回のこともそうだ。頭が良い、博識だと言うだけでは気付かないこともある。
「俺が何をしたいのか、何を守りたいのか。もう一度、そのことに気付かせてくれた」
見失いかけていた大切なこと。俺の原点とも言うべきことに璃々は気付かせてくれた。
蓮華の言うように、俺の正直な気持ちをこの国に託したいと思う。
それはエゴなのかもしれないが、思い描く未来や理想なんていうのは人それぞれだ。
俺は俺の信じた理想を突き進む。そのために、この国を変えていきたいと心の底から思った。
「俺には一つ夢があるんだ」
――より住みよい世界に。
それは平穏で住みやすい世界を作りたいと考え始めたこと。
「子供達の笑顔を守りたい」
戦争で親を失った子供達。賊に村を焼かれ、家を焼かれ、行き場を失った人々。
この世界は理不尽なことばかりだ。でも、そんな理不尽から子供達の笑顔を守りたい。
あの孤児院の子供達のように、そして璃々のように、
子供達が笑顔で過ごせる平和な世の中を築きたいと俺は考えていた。
国の在り方や将来とか、すべてを考え、背負えるほど俺は強くもなければ万能でもない。最初は村から初めて、それがいつの間にか国まで規模が大きくなっていたが、やっていることは今も昔も変わらない。俺に出来ることは、昔から一つしかなかった。
俺は俺の思うように、守りたいもののために頑張る。ただ、それだけだ。
「……出来ます。太老様なら絶対に出来ます!」
そうだ。凪だって、そうした幾つもの理不尽を目にしてきた一人だ。
この想いは、きっと俺一人のものじゃない。
この国の未来を決める貴重な一歩を、俺達は踏み出そうとしていた。
◆
「で、俺はなんで鎖で縛られてるんでしょうか?」
「自分の胸に聞きなさい。この騒ぎをどう収集するつもりなの?」
「……騒ぎ?」
自室に戻った俺を待っていたのは、完全武装した華琳と蓮華の二人だった。
そして何故か、鎖でグルグル巻きに縛られ、華琳の尋問を受けている俺。
騒ぎというのがなんなのかよくわからないが、毎回この扱いはないんじゃないかと思う。
俺、この国の皇帝なんだよな? 今一つ実感が持てない理由が、こんなところにもあった。
「蓮華も言いたいことがあるんでしょ? このバカに言ってやりなさい」
「あ、ああ。そのことなのだけど……」
いつの間に真名で呼び合う仲になったんだ?
俺の知らないところで二人の距離が近くなっていた。
何か結束するような共通の趣味や話題でも見つけたんだろうか?
「姉様が乗り気でな。その……式はいつ頃がいいとか」
式? 式典のことか。それなら明日だろう?
会議でも議題に上がっていたし、計画書も回っているはずだ。知らないはずないんだが、色々とあって忘れてるとか?
雪蓮はともかく、蓮華もうっかりしたところがあるんだな。
「式なら明日だ」
「あ、明日!? いや、そんな急に言われても、心の準備が……」
まあ、急に言われて困るのはわかるが、前から決まっていたことだしな。
街の人達も皆楽しみにしているのに、今更日取りを変えることなんて出来ない。
蓮華達には急な話かもしれないが、ここは我慢してもらわないと。
「……華琳さん。首の鎌を除けて欲しいんだけど……」
「そう? 明日の式を前に、少し髪を揃えてあげようと思ったのだけど?」
髪どころか、首を落とす気満々だった。
なんで、そんなに怒ってるんだ? 華琳を怒らせるようなことをした記憶がない。
縛られている理由もわからないままだし、事情がさっぱり呑み込めなかった。
【Side out】
……TO BE CONTINUED
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