――洛陽。皇帝不在の連合会議。
 各国の代表が集う中、荀イクの報告から始まった会議は重苦しい空気に包まれていた。

「――以上のことから予測される五胡の侵攻は広範囲に渡ると予測されます」

 各地に放った斥候の情報から、彼女達は五胡の侵攻が近いことを察した。
 問題はその規模と範囲だ。五胡の兵と思しき姿は北から南、そして西と各地で確認されており、これほど広範囲に渡って同時期に五胡の動きが確認されたのは初めてのことだ。
 明らかにこれまでと違う五胡の動きに、各国の代表達は対策に喘いでいた。

「悪いが西涼は協力できんぞ。五胡の動きを警戒せざるを得ない状況の今、兵を分散するわけにはいかん」

 最初に各国の代表に釘を刺すように言葉を発したのは西涼の馬騰だ。
 西涼は西の防壁として度重なる異民族の侵略から、この国を守ってきた。
 天子の盾であり矛としての自負と責任。西を抜かれれば、五胡の軍勢は瞬く間に中央まで押し寄せてくるに違いないとの使命感から、西涼の地を危険に晒すわけにはいかないというのが馬騰の考えだった。
 他国の応援にいけば、当然のことながら自国の守りが手薄になる。五胡という共通の敵を持ちながらも、一方では自国のことを考えると手を結ぶことは難しい。それは西涼に限らず、各国が抱えている共通の悩みだ。

「穏、どうなの?」
「えっと……申し訳ありません。協力をしたいのは山々ですが、呉はそもそも大戦(おおいくさ)をするだけの余裕がありません。兵の方はなんとか体裁を整えることは出来るでしょうが、現状を考えると寧ろ支援をお願いする立場になると思います」
「うっ……そう言えば、冥琳も財政が厳しいとか、そんなことを言っていたわね」

 曹操や太老には恩がある。協力をしたのは山々だが、陸遜(穏)の説明に孫権は呉の実情を察し、それ以上は無理を言えなかった。
 今も呉に残って内政に励んでいる周瑜のことを考えれば、どうやっても無理なことはわかる。
 呉は独立してから日が浅く、魏のように独立するための下地がしっかりとしていたわけではない。
 袁術の暴政によって荒れ果てた経済を回復するところから始めているため、あらゆる物が不足しがちで他国からの食糧支援だけでは足りず、やむなく商会や財政に余裕のある魏に借款をしているのが現状だった。
 戦争などとても出来る状態ではなく、自国の防衛に人を割くのが精々。益州への派兵に関しては商会への義理や国防の観点から劉備に協力はしたものの、今回のように兵を他の国に派兵するような余力は今の呉にはなかった。

「あなた達を呼んだのは援軍を期待したからではないわ」

 しかし、そんなことは曹操もわかった。
 反董卓連合の時と違い、敵の本拠地が何処にあるのか、敵が何処から攻めてくるのかわからない状況で兵を集中させるのは危険な行為だ。
 最悪、敵は多方面から同時侵攻を仕掛けてくる危険も十分に考えられる。
 いや、その可能性が一番高いと曹操は考えていた。

「あなた達には五胡の侵攻に備えて国境の守りを固めてもらう。勿論、足りない物資や資金、必要なら兵を揃える準備もあるわ」
『――っ!』

 各国の代表達は曹操のこの提案に驚いた。
 それもそのはず。確かに支援をしてもらえるのなら嬉しいが、自分達から協力を要請したのならいざ知らず、曹操の方から口にするような話ではない。

「……私達に恩を売ると?」
「どう捉えてもらっても結構だけど、呉は今更でしょう?」
「ぐっ……!」

 魏や商会の助けがなければ、呉の復興はこれほど早く進まなかった。
 勿論、曹操も打算がなかったわけではない。孫権の資質や呉の力を認め、将来を見越した上で、協力をした方が利が大きいと考えてのことだった。
 とはいえ、助かっているのは事実。それを言われると孫権は何も言えない。

「しかし孫権殿の心配されることは尤も。曹操殿は我等に何を求める?」

 国の代表として立場は同じでも、一方的に支援を受けたとあっては、後々それが国交に重くのし掛かってくることは間違い無い。曹操が恩を売るつもりはないと言おうが、それが政治というものだ。
 馬騰が国の代表として、このように尋ねるのも無理はなかった。

「国境の防備を固めるのは魏のお願い。そのために必要な物を、私達がだすのは当然でしょ?」

 これを魏の提案とすれば、確かにその理屈は通る。
 しかし、国境の守りを固めるのは当然。国を戦火で焼かないためにも必要なことだ。
 なのに何故、曹操からそのようなことを提案する必要がある?
 話に裏があると考えるのは当然のことだった。

「……それで納得しろと?」
「納得してもらうしかないわね。私達には時間がないのよ」

 張り詰めた空気が議場に広がる。
 試すかのような馬騰の威圧に屈することなく、曹操は真っ向から言葉を返す。
 太老が不在の今、各国の代表を招集し連合会議を開いたのは、曹操なりの考えがあってのことだ。
 この程度の不和で、話を決裂させるわけにはいかなかった。

「世界の危機……」

 馬騰の目が見開く。
 曹操のその一言に反応したのは馬騰だけでない。その場にいる全員が衝撃を受けていた。
 太老の語った世界の危機。訪れようとしている災厄を彼女達は思い出す。

「築き上げてきた物すべてを失うことになっても、私達に出し惜しみをしている余裕はないのよ」

 失ってからではすべてが遅い。そのためにも協力をすることが必要だと曹操は唱える。
 だからこそ、魏からの提案でもあった。
 放って置けば、支援の要請はくるだろうが、そうなってからでは遅い。

「天の御遣いに助けられたことがあるのは、私達だけではないはずよ。平等にすべての人に責がある。あなた達は、なんのために連合に参加したの?」

 誰も知ることのない回避された戦いがあった。
 戦争で、飢えで、失われずに済んだ命があった。
 ある一人の男を取り込んだことで、この世界は新たな可能性を得た。
 そのことに恩があるというのなら、それはこの世界に住むすべての人達に言えることだ。

「だから私は過去の遺恨を捨て、国の垣根を超え、強大な敵と戦うために同志を求める。対価はこの世界(くに)の未来よ」





異世界の伝道師外伝/天の御遣い編 第144話『連合の結束』
作者 193






【Side:華琳】

「よろしかったのですか、華琳様。北方の警戒だけでなく他国の支援までするとなると、これまでの蓄えをすべて失うことになりますが……」
「構わないわ。私達の国に富が集中しすぎているのは事実。ここで西涼や呉に倒れられれば、結果的に共倒れよ」

 各国の協力を取り付けたあと、すぐに桂花に指示をだし、物資の輸送と兵の準備を急がせていた。
 五胡が全力で侵攻してきた場合、魏一国で対抗できるとは私も思ってはいない。そのために必要なのが他国の協力だ。
 防衛戦を広範囲に渡って展開する以上、大量の物資と兵が必要となる。物資の方は魏の蓄えを出せばいいが、兵の方は数を揃えるだけでは意味がない。今、私達に必要なのは兵を指揮できる有能な将だ。
 しかし、それだけの数の将を用意するとなると、魏だけでは人材を賄えない。そこで他国の協力が必要だった。
 地の利のある他国の将に兵を委ねた方が、結果的に犠牲も少なくて済むと考えたからだ。

「公孫賛からの報告は?」
「今のところ大きな動きは見られないとのことです」
「そう……桂花。あなたの予想では、何時頃になると思う?」

 五胡が侵攻してくる時期が問題だった。
 それによって私達が取れる選択肢も変わってくる。今は時間との勝負だ。

「遅くとも三ヶ月……いえ、もっと早いかもしれません」

 桂花の予想は、私の考えとほぼ同じだった。
 少しずつ情報が集まってきているとはいえ、正確に何時攻めてくるかまではわからない。ただ、五胡の動きが少しずつ慌ただしくなってきているのは確かだ。そのことから大凡の時間を割り出すことは出来る。ただ、これも状況次第で大きく前後することを視野に入れておいた方がいいだろう。

「時間的に厳しいわね。でも、失敗は許されない」
「急がせます」

 絶対に失敗は許されない。そのためにも念には念を入れておく。

「ところで『仲』はどうなさいますか?」

 桂花の言葉で、桃香の顔が頭を過ぎった。
 本来あのようなことがなければ、益州を治めていたのは彼女だったはず。それが袁術に漁夫の利を攫われ、結果はあの有様。成都での敗北は、あの周瑜や諸葛亮ですら見抜けなかったことだ。彼女だけの責任とは言えない。袁術を信じて騙された一刀にも原因はあるだろう。
 しかし結果がすべて。桃香が何を思い、今何を考えているのか、私はそのことが気になった。
 報告では、敵に操られている関羽を助けるために動いているとの話だが、操られている彼女が戻ってくるという保証は無い。仲間に危険が迫った時、桃香は決断することが出来るのだろうか?
 いや、このような考え自体、無用なことに気付く。考えるまでもなく、桃香には仲間を切り捨てることは出来ない。それが彼女の美徳であり弱点でもあるのだから――

 そしてそれは、私が桃香の考えを受け入れられ無い一番の理由。
 だけど、今はほんの少し彼女の気持ちがわかる気がする。
 それはきっと、私にも大切な人が出来たからなのだろう。
 現に世界のためと口にしながら、私は私情に動かされている。

 ――この国を守りたいから?
 ――太老に恩があるから?

 違う。私は太老の力になりたい。追いつきたい。じっと待っていることが恐いのだ。
 太老に置いて行かれることを、私は何よりも恐れていた。

「仲に駐留しているのは商会の隊よね?」

 だから、今できることを私は精一杯こなす。そうすることでしか前に進めないから――

「はい。それに袁術の私兵をあわせて二万ほどかと」

 会議に袁術を呼ばなかったのは、連合に非協力的だからという理由だけではない。呼んでも呼ばなくても、することは一緒だからだ。
 戦力が分散するのは、何も自分達ばかりではない。それは五胡も同じだ。
 広範囲に戦線を拡大すれば、必然的に一箇所に集まる兵力は少なくなる。各国に国境の防備を固めさせることで、そこからの侵攻は難しいと思わせる。当然、敵は防備の手薄なところを狙ってくるだろう。
 それを見越して、益州に敢えて派兵を行わないことを私は決めた。

「……作戦は予定通りにいくわ」

 だからと言って、仲の人々を見捨てるつもりはない。私は『仲』を決戦の地と定めていた。
 しかし、そのためには『仲』に援軍を送るわけにはいかず、駐留している限られた兵で厳しい戦いを彼達には強いることになる。商会に所属する自警団の精兵さは知っているが、桃香達だけでは敵を撃退することは難しいだろう。
 それほどに予想される五胡の規模は大きい。

「風、例の計画の進行具合はどう?」
「多麻ちゃんが張り切って協力してくれてますから、二月(ふたつき)ほどあればなんとかー」

 確かに大軍を配置することは難しいが、後から兵を送ることは出来る。
 当然、敵も予想しているだろうが、敵の侵攻よりも早く援軍を送ることが出来れば話は別だ。
 そのために利用できるものはすべて利用する。そのなかには太老の置き土産≠燗っていた。

「必ず、成功させるわよ」

 私達は守られてばかりの存在じゃない。
 自分達の国くらいは、自分達で守ってみせる。

 だから、太老。あなたは安心して、あなたの為すべきことをなさい。

【Side out】





 ……TO BE CONTINUED



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