許昌、正木商会本部――。
「フフフフフ、完成や。遂に完成したで!」
商会の裏山に建造された広大な技術局の工房に、李典の喜びに満ち溢れた声が響く。
黒光りする鉄の装甲。全高十メートルを超す巨大なカラクリが横たわっていた。
「これぞ、ウチが心血を注いで開発した夢の結晶!」
古代の中国を模倣したこの世界の技術力からすれば、明らかに不相応な技術の塊。
李典がカラクリの天才と言うだけでは説明の付かない巨大ロボットの姿がそこにあった。
「ぱーふぇくと夏侯惇大将軍や!」
太老から学んだ膨大な知識と技術。
しかしそれだけでは足りず、多麻の協力を得て、太老の残した置き土産さえも惜しみなく使い、遂に完成させた人型機動兵器。
その名も――ぱーふぇくと夏侯惇大将軍。
「うちの努力が、遂に報われる時がきたんやな」
しみじみと、これまでの苦労を噛み締める李典。
スクリュー搭載型の新型船や張三姉妹の移動舞台、天の御遣い専用車など、地道な開発と検証を繰り返し、積み重ねてきた経験と技術をすべて費やすことで、この巨大なカラクリは完成に至った。
それは、執念。李典のカラクリに対する情熱が、不可能を可能としたのだ。
「夏侯惇大将軍――起動!」
カラクリを操作する小型操縦器に手をかけ、李典は号令を発す。
手元のレバーを操作することで、夏侯惇大将軍の目に火が点った。
「立て! 立つんや!」
ググッと力強い動きで、静かに起き上がる鉄の巨人。
二つの足で立ち上がる巨大なカラクリの姿は、まさに圧巻の一言だった。
「立った! 遂にウチはやり遂げたんや!」
「何をやり遂げたんですかー?」
「せやから、こうして夏侯惇大将軍を完成――」
後からした声に振り向いたところで、李典の動きが止まった。
何時から、そこにいたのか?
連合会議に出席するため、洛陽に出掛けているはずの程イクの姿が、そこにあった。
「ず、随分と早いお帰りで……もうちょい、ゆっくりしてきてもよかったんちゃう?」
「仕事が残っていますから、ゆっくりなんてしていられませんよー」
咄嗟にでた李典の気遣いも、いつもの調子で切り返す程イクには今一つ効果がない。
「工房に引き籠もっていると聞いて様子を見に来たんですけど……また、ですかー?」
ジトーッと、疑惑の眼差しを李典に向ける程イク。
「いや、これはな。そ、そう! 戦いの備えに、新兵器の開発を!」
「そうですか。それは仕事熱心な話ですね。五胡の侵攻も近いですしー」
「そ、そやろ」
程イクから向けられる無形の圧力に、次第に耐えられなくなっていく李典。
だらだらと汗がこぼれ落ちる。自分でも苦しい嘘であることはわかっていた。
だが、一度口にした言葉を引っ込めることも出来ない。
「ところで技術局から提出された計画書にない予算が計上されているようなのですが?」
「そ、それは……あれや! 開発に失敗は付き物やろ? せやから――」
「なるほど。で、後の物がなんなのか、納得の行く説明はして頂けるんですよねー?」
物的証拠を押さえられては、言い逃れなど出来るはずもなかった。
異世界の伝道師外伝/天の御遣い編 第147話『苦手意識』
作者 193
「はあ……真桜にも困ったものですね。予算の横領など……」
程イクの報告に、何度目かわからないため息を漏らす郭嘉。
技術局の……李典の素行が問題とされるのは今回に限ったことではなかった。
「でもまあ、あのカラクリは実際、役に立ちそうですしねー」
李典の開発した夏侯惇大将軍が、どの程度の戦力になるか未知数ではあるが、あの巨大なカラクリは敵味方問わず戦場で目立つ。
作戦を立てる上で、敵の警戒心を刺激するには十分だと程イクは考えた。
「五胡の侵攻も近いですし、利用する機会には困りませんよー」
それに天の知識と技術が用いられ、開発に多麻が関わっているものだ。太老関連の物と考えれば、通常の物差しで測るには危険すぎる。そう言うことからも、管理下に置いておくほうが得策と程イクは考えていた。
戦いに備えて開発したモノと李典から言質を取ったのも、そのためだ。
「わかりました。ですが、罪は罪ですから罰は与えます」
そんなこんなで夏侯惇大将軍は没収。
横領された資金の一部は、李典の給金から返済されることが決まった。
「――以上が会議で決まったことですね。皆で力を合わせ、五胡との戦いに備えようって話で決着しました」
「なるほど。やはり、そうなりましたか」
ここまでは予想していた通りと、郭嘉は程イクの話に納得する。
戦後のことを考えれば、これ以上、借りを作りたくないのが本音だろうが、魏の提案を拒めるほど各勢力に余裕がないことはわかっていた。
「風はこれからのことを、太老様から何も聞いていないのですか?」
「多麻ちゃんも必要最低限のことしか教えてくれませんからね。そもそも問題の規模は、風達の想像を大きく超えてますから、この件に関して口を挟めることは少ないと思いますよー」
程イクの言うように、ことが国の問題に留まらず、世界の崩壊などという想像も付かないほど大きな事態に至っては、残念ながら彼女達の力で出来ることなど限られている。
太老に世界崩壊を止める手段があるというのなら、その計画に縋る以外、取れる方法はなかった。
「ただまあ、お兄さんも予期しなかった出来事が起こっていることは確かでしょうね」
「太老様の予期せぬことですか。何事もなければよいのですが……」
何を考えいるのかわからない眠そうな眼を、郭嘉に向ける程イク。
太老の身を案じ、深刻に悩む郭嘉を目にしても、程イクはいつもの彼女だった。
「稟ちゃんは、お兄さんのことが心配なんですねー」
「当然です! 風は心配じゃないんですか?」
「風は、お兄さんを信じていますから」
「わ、私だって太老様を信じています! ですが、それとこれとは――」
話が違う、と言いかけたところで、程イクは郭嘉の言葉を遮った。
「百万の敵とお兄さん。稟ちゃんはどちらが勝つと思いますか?」
「なんですか……それは?」
「なら、言い方を変えましょうか? 風達とお兄さん、戦ったらどちらが勝つんでしょうね?」
普通であれば、個人と組織など考えるまでもなく、どちらが勝つか答えは明白だ。
しかし相手が太老であれば、それをよく知る郭嘉は自分達だと言えなかった。
「天からきたと言うだけでは説明が付かない膨大な知識。風達とは根本からして違う、身体の構造。それを十二分に発揮することが出来る戦闘技術。そして、天に愛されているとしか思えない幸運」
そうだ。これまでのことを振り返れば、答えは出ている。
バカげた話だ。本当にバカげた話ではあるが――
「お兄さんがその気になったら風達は敵わない。いえ、世界を滅ぼすことも可能でしょうね」
そう、太老にはそれが可能だ。
本気になった太老を、まだ誰も見たことはない。剣術が得意と言いながらも、素手でいることから本気になっていないことは明らかだ。
そして、黄巾党三万の軍勢を一人で壊滅させたと噂される呂布。
その呂布より強いことは、呂布自身が認めていることからも確かだ。
――なら、太老の実力とは如何ほどのものなのか?
白装束五万の兵を瞬く間に壊滅させ、川の流れを変えるほどの一撃を繰り出した林檎。
その林檎が恩人と崇める太老は、それ以上の力を隠しているというのが、彼女達の共通の見解だった。
それに、太老は頭が良い。そして天運にも恵まれている。
味方なら心強いが、その力が自分達に向けられたらどうなるか?
少なくとも程イクの言うように、郭嘉は太老に対抗する策が思いつかない。
「太老様は世界を滅ぼしたりなんてしません!」
「でも、それだけの力を持っていることは事実です。少なくとも、お兄さんの言葉には信じられるだけの根拠があります。だから、風はお兄さんのすることに何も言いません」
世界を支配するも滅ぼすも自由。個人が自由に出来るモノの枠を大きく超えているが、それだけの力が太老にはある。しかし、それは極論でもあった。
太老の性格をよく知っていれば、彼がそんなことをしないことはわかる。
勿論、郭嘉にわかって、程イクにそのことが理解できないはずもない。
「お兄さんは勿論、世界を滅ぼしたりなんて面倒臭いことをしません。でも、それはお兄さんのことをよく知る風達だから言えるんですよ。もし、お兄さんが百万の軍勢を一人で壊滅なんてさせたら、それを知った人達はどう思うでしょうね?」
太老を更に神格化する動きが強まる一方で、その力に恐怖し、今まで以上に危険視する人々が現れるに違いない。だからこそ安易に太老の力に頼らず、この国の問題はこの国の人々の力で解決する必要があった。
五胡との戦いがそうだ。曹操が各国に協力を求めたのは、最初からこの件で太老の力をあてにするつもりはないという意思表示でもある。
「稟ちゃん。心配するなとは言いませんが、為すべきことを見誤ってはいけませんよ」
「私はただ……少しでも太老様の負担を減らせればと……」
「稟ちゃんは、お兄さんのことが好きなんですねー」
「いや、それは……っ!?」
バレているとわかっていても、素直になれない郭嘉。
「稟ちゃんに出来ることはお兄さんを信じて待つことです。風達がちゃんとしていれば、自然とお兄さんの心配事も減ります。あれこれと何かをするよりも、任された仕事を精一杯こなす方が大切だと思いますよー」
過度の心配は、太老の負担を増やすだけ。それに――
(お兄さんの心配をするだけ無駄というか、疲れますしねー)
そもそも、その心配や策を講じること自体が、無駄な行いだと程イクはわかっていた。
◆
「太老様。お茶が入ったので休憩なさいませんか?」
「あ、林檎さん。ありがとう」
林檎の入れたお茶を、ズズーッと音を立て一気に飲み干す太老。
「うん、美味い」
いつもと変わらぬ味に一息つくと、再び空間ディスプレイに目を向けた。
こうして見ると、長く連れ添った夫婦のように見えなくもない。
しかし実際の二人は、なかなかそこまでの関係には進展していなかった。
「どうですか? どうにかなりそうですか?」
「うん。林檎さんのお陰で穂野火からの力の供給、上手く行ってるよ」
第四世代艦『穂野火』――林檎が契約をしている皇家の樹だ。
船をこの世界に召喚することは不可能でも、皇家の樹とパスが途切れているわけではない。
林檎がこの世界で力を発揮することが出来るのは、皇家の船のバックアップを受けているからだ。
そのことに気付いた太老は、穂野火の力を借りることで零式にエネルギーを供給できないかと考えた。そして、その目論見は成功した。
筒状の機械にセットされた皇家の樹と契約者を繋ぐ契約の指輪。その指輪からエネルギーが供給され、船を動かすために必要なエネルギーの充填作業が行われていた。
「さすが、お父様です! でも、エネルギーの充填量が思ったより少ないですね……」
「文句を言うな。第三世代相当とは言っても、契約者を通してエネルギーを充填する以上、供給量が少なくなるのは仕方ないさ」
第三世代相当とはいえ、皇家の樹が保有するエネルギーは膨大だ。しかし、それを十全に使うには船と契約者が揃う必要がある。
契約者が船のバックアップを受けているとはいえ、個人で引き出せる力には限界がある。保有するエネルギーが膨大でも、蛇口が狭ければ一度に引き出せるエネルギーの量は限られているからだ。
「航行が可能になるまで、最低一ヶ月ってところかな?」
「一月ですか……その間に、彼女達と連絡を取っておいた方がよさそうですね」
「俺はここを離れられないしな。多麻に伝言を頼むって方法もあるけど」
「いえ、私が直接出向きます。事情の説明も必要でしょうから」
「うっ……やっぱり説明しないとダメかな?」
「ええ……白服達の関与を知らせないわけにはいきませんから」
話の流れから零式のことも話す必要がある、と林檎は話す。
そうすると、胸の話に行き着くわけだが、太老はその話を出来ればして欲しくなかった。
真実を話した先の結果は、既に見えているからだ。
「が、頑張ってください。瀬戸様の相手が出来た太老様なら、きっと大丈夫です!」
「それ、全然フォローになってないよ!?」
曲者揃いの樹雷女性のなかでも、一際癖の強いことで知られる鬼姫こと神木瀬戸樹雷の相手が務まる太老なら、これしきの困難は乗り越えてくれるだろうと林檎は信じていた。
いや、信じるしかなかった。
林檎もまた、この手の問題に免疫があるだけに、想定される被害の予想はつく。
「お父様なら大丈夫です!」
「お前が言うな!」
零式は少女の姿を取ってはいるが、穂野火と同じ宇宙船だ。その所有権は太老にある。
しかも太老のことを『お父様』と呼び慕っているからも、零式の話をすれば誤解を招く可能性が高い。
事実が明るみに出て困るのは、原因の零式ではなく太老であることは間違いなかった。
「はあ……俺、無事に元の世界に帰れるかな?」
「可能な限り、太老様に累が及ばないように頑張ります!」
胸の前でギュッと両拳を握りしめ、太老のためにと気合いを入れる林檎。
そんな林檎のやる気を感じ取り、淡い期待を抱く太老。
鬼姫の金庫番――その交渉力に期待する他なかった。
(うん、ダメだったら……逃げよう)
世界と戦える男も、女には弱かった。
……TO BE CONTINUED
押して頂けると作者の励みになりますm(__)m