「二百万を超す大軍勢。一方こちらの戦力は予備兵を含んで十万に満たない。普通に考えたら勝ち目なんてありませんねー」
「そう言っている割に、余裕がありそうに見えるが?」

 ペロペロと飴を舐めながら、緊張感のない様子でそう話す程イク。
 そんな程イクの気の抜けた話を鵜呑みにする趙雲ではなかった。

「余裕なんてありませんよ? でもまあ、最悪この戦いに負けても国が滅びるようなことはありませんからね」
「何故、そう言い切れる?」
「お兄さんがいるからですよー」

 お兄さん――太老が後ろに控えていると言われて、納得する趙雲。保険という意味では、確かにこれほど心強い人物はいない。
 幾ら重要な計画を控えていると言っても、太老が弱者(幼女)を見捨てるはずもないことを二人はよく理解していた。
 ただ、それは神頼みならぬ太老頼みだ。
 太老が出て来るような事態に陥れば、それは即ち彼女達の敗北を意味する。

「そんな事態は避けたいですけどねー」

 何もかも他力本願では意味がない。程イクが太老に内緒で武官・文官の強化計画を打ち立てたのも、すべては太老に頼り過ぎない国造りの基礎を築くためだ。
 天からもたらされた知識と技術は、この世界の人々に数え切れないほどの恩恵を与えた。
 治安はよくなり生活も豊かになっていくなかで、人々の心には天の御遣いに対する感謝の気持ちが芽生える。
 だが、それはこの国の行く末を考えた時、必ずしも良い結果を生むとは言えなかった。

「ここでお兄さんに頼れば、今までの苦労がすべて無駄になりますから」

 急速な文明の発展と引き替えに、太老への依存度は高まる一方だ。
 現在の平和があるのは、天の御遣いの存在があってこそ。それは各国の代表も理解している。
 確かに平和を保つために強い威光は必要だ。しかし、強すぎる信仰は国や人を間違った方向に向かわせる。
 このままなんの策も講じずに太老に頼り続ければ、太老がいなくなった時、再びこの国は滅びの道を転げ落ちるだろう。
 最悪、前よりも酷い状況になることを、程イクは危惧していた。

「だから星さん、頑張ってください。お兄さんの分まで」
「些か期待が過ぎるようだが頑張ろう。主より授かった――この仮面に誓って」





異世界の伝道師外伝/天の御遣い編 第157話『避けられぬ戦い』
作者 193






「凄い敵の数だな」
「何を呑気な……その敵と今から戦うことになるんだぞ」

 城壁の上から視覚に入った敵を捉え、一刀はその敵の多さに感心する。
 そんな一刀の呑気な発言に、さすがの馬超も呆れた様子でため息を漏らす。

「でも、どう戦う気なんだ? さすがに二百万もの敵が相手じゃ……」
「まともにやり合うつもりはないよ。程々に戦って頃合いを見て逃げる」
「……は?」

 一刀の答えが予想外だったのか、目を丸くして言葉を無くす馬超。
 勝ち目がないから逃げるというのは、まだ納得が行く。撤退も戦略の内だ。
 しかし程々に戦ってからというのが、馬超には今一つよくわからなかった。

「民を守るために残ったんじゃないのか?」

 逃げるなら敵が来るのを待たずとも、最初から民と一緒に逃げた方が早かったはずだ。
 なのに態々戦いの準備をして敵が来るのを待つ意味が、馬超にはわからなかった。
 民が安全なところに逃げきるだけの時間を稼ぐというのなら、わからないでもない。
 しかし一刀の様子を見るに、そう言う訳でもなさそうだ。

「その民を逃がすために必要なんだ」
「それは――」
「ほ、報告します!」

 どういうことかと馬超が一刀に尋ねようとした時だ。
 息を切らせた兵士が、随分と慌てた様子で一刀の前に膝をつく。

「華雄将軍が城門を開け、出陣なさいました!」

 それは戦いの開始を告げる合図だった。


   ◆


「……何かの作戦か?」

 城から飛び出した一部隊に注目し、左慈はその行動を訝しむ。
 総数二百万の敵本隊に一部隊で正面から挑むなど、普通であれば考えられないような愚行だ。ならば、何か裏があると左慈は考えた。

「フン、何度もそんな策に引っ掛かる俺ではない」

 先日、洛陽でも太老の仕掛けた罠にやられ痛い目に遭ったばかりだ。
 数の上で絶対的な優位に立っているとはいえ、左慈は油断をしていなかった。

「周囲を警戒しろ! 第三部隊は敵の迎撃にあたれ!」

 操った兵達に周囲を警戒をさせる。
 様子見に部隊の一部を先行させ、突出してきた部隊に当てて様子を見る作戦に左慈はでた。


   ◆


「――と考えてくれれば、こちらの思う壺ですね」

 えっへんと無い胸を張る諸葛亮。
 華雄を追って出陣しようとする馬超を止めたのは、彼女の一言だった。

「これまでのことから相手が知能に長け、慎重なことはわかっていますから、それを逆手に取って利用させてもらうことにしました」

 常に裏で暗躍し、決して表に出て来ようとしない白服達。
 そして今回のように曹操の裏を掻くなど、用意周到に練られた作戦からも、彼等の慎重さが窺い知れる。
 それだけ頭の回る敵だ。だからこそ、こちらの思惑に乗ってくれると諸葛亮は考えていた。

「兵を指揮しているのは人間です。相手が同じ人なら打つ手はあります」

 五胡の兵が全て操られているとはいえ、それを指揮しているのは一人の人間だ。
 その人間の心理を突き、裏を掻くことが出来れば、戦いを優位に進めることが出来る。

「華雄の暴走も計算尽くってわけか……」
「はわわ、あ、あれはさすがに予想外ですよ? 私はそんなに腹黒じゃありませんから! 折角だから利用した方が早いと思って」

 必死に言葉を取り繕う諸葛亮だったが、可愛い顔をしてやっていることは黒い。
 華雄の自業自得と納得しながらも、味方に上手く踊らされていることに馬超は同情した。

「で、どうするんだ? 敵が警戒してくれても、それだけで敵が止まるとは思えないんだけど」
「はい。ですから、敵の疑惑が確信に変わるように次の手を打ちます」

 ――ドッゴーン!
 その時だ。何かが破裂したかのような巨大な音が戦場に鳴り響いた。
 正面で、もくもくと上がる煙。それを見て、馬超の頬に汗が流れる。

「始まったみたいですね」
「あ、あれは?」
「正木商会の工作部隊です。真桜さん達が指揮を執っています」

 正木商会の工作部隊。三羽烏の一人、李典が部隊長を務めるその部隊は、技術局の人間を中心に構成されている。
 商会の内情を知る者や『虎の穴』の噂を聞いたことのある者なら、誰もが顔を青ざめる曰く付きの部隊だ。

「派手にやってるなー」

 これまでのことで耐性のある一刀は、ドカンドカンと鳴り響く戦場を呑気に観察していた。
 非情に思えるかも知れないが、これが戦いだ。
 手段を選んでいられるほど、一刀達にも余裕があるわけではない。

「そろそろ頃合いかな」
「はい。前線の部隊を下がらせます」

 一刀の指示で、兵に指示をだす諸葛亮。
 太老の案で連絡用に使われている信号を使い、前線の工作部隊に合図を送る。

「え? このまま攻めるんじゃないのか?」

 先程の爆発で敵の動きは鈍くなっている。攻めるなら今しかない。
 なのに、このまま攻めることを考えていた馬超は、あっさりと兵を引く一刀に驚いた。

「まさか。不意を突いて敵の数を少し減らしたくらいじゃ勝ち目なんてないよ」

 百が一減ったところで、数で劣ることに変わりはない。勢いで勝れば、多少優位に戦いを進められるかもしれないが、いつかは体力に限界が来る。そうなれば、結局は数で押し切られて終わりだ。
 大きな敵を相手するのに、正面から戦っても勝ち目はない。
 なら、どうするのか?

「だから、ちくちく攻める」
「……はい?」
「今、敵は警戒している。まだ伏兵がいるんじゃないか? 罠がないかってね。そこを突く」
「いや、それはわかるんだけど、そういうのって……どうなんだ?」

 最初は感心していただけに、卑怯臭い一刀の作戦に馬超はなんとも言えない表情を浮かべる。
 戦いが綺麗ごとばかりではないことを理解しているつもりでも、武人としての誇りが邪魔をする。
 それに一刀も言ったように、多少敵を減らしたくらいでどうにかなる戦いではない。
 こんなことをしても、相手を怒らせるだけじゃないかと馬超は危惧していた。

「相手が怒って攻めてきたら、どっちにせよ、止められないんじゃ?」
「はい、止められないでしょうね。ですが、怒らせることが狙いですから」
「え? それってどう言う――」

 今は敵が警戒してくれているからいいが、二百万の敵が一斉に襲いかかってきたら一溜まりも無い。
 しかし、それを肯定する諸葛亮。彼女の狙いは寧ろ、そこにあるようだった。

「馬超さん。一刀さんを守ってあげてください」

 丁寧に頭を下げ、馬超に一刀のことを託す諸葛亮。
 それは、これから起こることを予測し、一刀の身を案じてのことだった。





【Side:太老】

 本来なら加勢したいところだが、それは林檎に厳しく止められていた。
 それが彼女達との約束だそうだ。俺達が出張っては意味がない。

(魔法少女に変身した林檎さんを、もう一度見たかった気もするけど……仕方ないか)

 林檎がでたら、この戦いはすぐに終わるだろう。百万いようが二百万いようが同じことだ。
 数を揃えればどうにかなるという次元を超越した位置に彼女はいる。
 この世界の人達から見れば、神に等しい力を林檎は有していた。それは多麻や零式も同じだ。

「なかなか、やりますね。彼女達」
「真桜はちょっとやり過ぎな気もするけど……皆、優秀だからね」

 戦いはまだ序盤。幾らでもひっくり返る局面だが、彼女達なら上手くやれると信じている。
 だが、この戦いで敵味方ともに、少なくない犠牲者がでることは予測が出来た。
 そのことを考えると、僅かに胸が痛む。

「太老様、申し訳ありません。太老様の気持ちも考えず……」
「いや、林檎さんの言いたいことはわかってるつもりだから。でも――」

 この戦いに介入すれば確かに犠牲者を減らすことが出来る。しかし、それをすれば風達の気持ちを無視することになる。それに大局を見れば、俺達が手を貸すことはよくないことだと理解していた。
 今ここで犠牲者を減らすことが出来たとしても、この先もずっと上手く行くとは限らない。
 寧ろ、ここで手を貸してしまった結果、より悪い結果を招く可能性は高い。風や林檎が危惧しているのはそこだ。
 そして、恐らく華琳も――ここで手を貸せば、彼女は決して俺を許さないだろう。
 これは彼女達が自分の意思で決めたこと。自分達の力で乗り越えなければならない試練でもあった。
 しかし――

「一般人が巻き込まれたら介入する。林檎さんが止めてもね」

 戦う力を持たない人々が、理不尽な暴力に晒されるのを黙って見ていられるほど冷静でいられる自信はない。
 その時は計画に支障をきたしても、この戦いを止めるつもりでもいた。

(嫌な予感がするんだよな。思い過ごしであればいいけど)

 それに俺の幼女センサー(カン)≠ェ、何かよくないことが起こりそうな予感を告げていた。
 万が一、揚羽や璃々を泣かせるようなことがあれば、絶対に泣かせた奴を許すつもりはない。
 白服だろうがなんだろうが、幼女に手をだしたこと、この世に生を受けたことを後悔させてやる!

【Side out】





【Side:林檎】

「一般人が巻き込まれたら介入する。林檎さんが止めてもね」

 その一言が、私の心を揺り動かす。
 太老様は私との約束を守って、この戦いの行く末を見届けるおつもりだ。
 その一方で、大切な人達に何かがあれば、すぐに動かれるつもりだとわかった。

(太老様……)

 太老様が厳しい表情を浮かべ、身を震わせていた。
 こうして見ていることしか出来ない不甲斐なさに、身を震わせておられるのだろう。

(申し訳ありません。太老様……)

 太老様の優しさを知りながら、私は太老様にこの戦いに手を出さないようにお願いした。
 太老様のことを考えお願いしたことだが、今は少し後悔をしている。
 結局、私は太老様のためと言いながら、太老様の気持ちを何も考えていなかったのだ。
 同じ失敗を――西南様の時と同じ過ちを、私は犯すところだった。

(やはり、私では太老様に相応しくないのかもしれない……)

 これからのことを考えれば、この戦いを彼女達の力だけで終えることは重要な意味を持つ。
 太老様のためにも、そしてこの世界の人達のためにも今のままでは良くない。
 どこかで区切りが必要だと考えていただけに、この戦いを自分達に都合良く考えていた。

「林檎さん? 顔色が悪いけど、どうかした?」
「い、いえ、大丈夫です。ご心配をお掛けして申し訳ありません」
「でも……疲れてるなら作戦まで時間はあるし、少し休んでいてもいいから」
「……はい」

 人が大勢死ぬ。そのことを理解していながら、私は客観的に物事を捉えていた。

 ――この手は多くの人の血で汚れている。

 海賊、軍人、時には一般人でさえ、瀬戸様の障害となる者達には容赦なく接してきた。
 瀬戸様の仕事をお手伝いするということは、綺麗事ばかりではない。ハイエナと罵られながらも必要なこと、誰かがやらなければならないことと自分達を戒め、私達は誇りと覚悟を胸に抱き仕事に従事してきた。

 でも、太老様は違う。

 鷲羽様に育てられ、一時は瀬戸様の下に身を寄せていたとはいえ、裏のことを何も知らない普通の青年だ。

(……普通の青年?)

 ――いや、違う。
 そうした特殊な環境にあって普通≠ナあることの異常さに、私は目を背けていた。

(そうか、太老様は……)

 太老様は、やはりどこか西南様に似ているところがある。

「太老様、一つだけ私の質問に答えて頂けますか?」
「急に改まって何? 俺、まだ何もしてないつもりだけど……」
「鷲羽様のことを恨んでおいでですか?」

 自分でも酷い質問だと思う。でも、どうしても太老様の口から聞いておきたかった。
 幼い頃に太老様と両親を引き離したのは鷲羽様だ。そのことで太老様は一般的な子供の幸せを失った。
 太老様の特異性を考えれば、それは必要な処置だったように思える。全く会えなくなるわけではない。鷲羽様に太老様を預けられたのも、かすみ様なりに母親として太老様の将来を考えてのことだ。
 その証拠に、鷲羽様もかすみ様も太老様に向ける愛情は本物だ。でも、それはやはり一般的な幸せとは違う。

 ――そんな環境の下で育ち、これほど真っ直ぐに育つものだろうか?

 太老様はその所作のすべてが、余りに普通だった。逆にそれが今は歪に感じる。

「苦手だけど嫌いじゃないよ。というか、恨み言なんて言ったら呪い返されそうだし……」

 やはり、そうだ。太老様は――

「ああっ、今の無し! 聞かなかったことにして! 絶対に本人には内緒で!」
「くすっ。はい、誰にも言いません」

 かすみ様や鷲羽様が守ろうとしたモノ。瀬戸様が太老様に期待したモノ。
 それがなんなのか、今ならわかる気がする。

「太老様、これからもよろしくお願いします」
「え、うん。こちらこそ、よろしく」

 ただの恩返しではなく一生この方についていく覚悟を、私は改めて心に誓った。

【Side out】





 ……TO BE CONTINUED



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