【Side:太老】
「あの三人はどこにいったんだ……」
部屋で大人しく待っているように言ったのだが、準備を終えて戻ってきたら三人の姿は消えていた。
恐らく地和が暴走して、便乗した天和がじっとしていられなくなり、暴走した二人をしっかり者の妹が止めようとして一緒に迷子になったと言ったところか。手に取るように、その時の光景が目に浮かぶ。
「問題はどこにいるかだよな……」
零式がいれば、三人を捜索してもらうところだが、今は別件で手が放せない状態だ。
虱潰しに捜すと言っても船内は広い。見た目は小型船と中型船の間くらいと言ったところだが、船内に固定された空間の広さは、ざっと地球サイズの惑星がすっぽりと収まるほどだ。
これでもまだ余裕があるというのだから、さすがは伝説の哲学士が造った船と言ったところか。
後から聞いた話だがアイリや天女も、この船の製作に随分と骨を折ってくれたそうだ。
凄い船を用意してもらって素直に感謝したいところだが、あの零式のはっちゃけぶりを見ると、問題児を押しつけられたような気がしてならない。
実際、この世界が今こうなっているのも、半分くらいは零式の仕業だし……。
「理由が胸を大きくするためだもんな……。こんな感じで船も成長させたのか?」
零式が俺の船となった当初は、ちょっと広いかなと言ったくらいの普通の船だった。
それが段々と進化もといエスカレートして行き、現在はこの有様だ。何やら充実させる方向性を間違えている気がしなくもないのだが、また物騒な改造をされるよりはマシだし、これはこれで便利なので零式の好きなようにさせている。
それに艦長室の一件から何を言っても無駄ぽいので正直諦めていた。なるようになれだ。
「ううん……いないなあ」
端末を使い、三人の捜索を試みてみたが、やはり正攻法での捜索は難しそうだ。
船内に姿を確認できないところを見ると、固定された空間のどこかにいるのだろう。
危険はないと思うが、零式の作ったものだしな。俺もどこがどうなっているとか、すべてを把握しているわけじゃない。
まあ、怪獣や龍がいるわけじゃなし、大丈夫だろう。たぶん。
あれ、龍? そういや、ヴリトラはどこに行ったんだ?
成都にきてから、まったく姿を見ていない。巣にでも帰ったか?
――と、話が脱線した。今はそんなことより、張三姉妹の抜けた穴をどうするかだ。
ステージの用意は出来ているのに、あの三人がいないのでは話にならない。
時間になっても来ないアイドルを待つマネージャーの気持ちってのは、こういう感じなのだろうか?
こういう時に限って、どうでもいいことが頭を過ぎる。
「主様、気難しい顔をしてどうしたのじゃ?」
「ん、ああ……美羽か。そんな大きな袋を持って、どうしたんだ?」
「うむ、ヴリトラに餌をやろうと思ってな。あれで、なかなか見所のある奴じゃし、飼ってやることにしたのじゃ。それには、まず胃袋から籠絡するのがよいと七乃が教えてくれたのでな」
美羽が腕に抱えているのは、宇宙生物用のペットフードだった。
こんな物まで積んでいたのか。同じ物を鷲羽の工房で見たことがあるが、この世界の龍に食べさせて大丈夫なのか?
というか、それ以前に美羽自身が食われそうになってなかったか?
餌付けするつもりが美羽の方が餌になりそうなんだが、七乃はわかってて美羽で遊んでそうだ。
「あれ? ヴリトラは船にいるのか?」
「うむ。多麻は何やら食事がどうの言っておったな」
「非常食ですよ。美羽さま」
非常食って……弱肉強食の世界を垣間見た気がする。
多麻に後で言っておかないとな。龍の肉とか食卓に並べられても反応に困る。
ん、そうだ。美羽と七乃がここにいるなら、ダメもとで試してみるか。
「二人とも舞台に立ってみないか?」
【Side out】
異世界の伝道師外伝/天の御遣い編 第164話『魔法少女』
作者 193
「まじかるぱわーめいくあっぷ!」
本の使用を決意した瞬間、曹操の口から自然と魔法の言葉が紡がれる。
目の前にステッキが現れ、それを右手で握ると本が眩い光を放ち、曹操の身体を包み込んだ。
魔法少女大全――以前、林檎がこれを使用し、五万の兵を殲滅したことは記憶に新しい。曹操も多麻の用意したモニターを通し、その光景は見ていた。だから、魔法少女大全を使用することを躊躇いながらも決意したのだ。
太老の置き土産――あらゆる劣勢を覆す、最強の切り札。
しかし、それには大きな欠点もとい問題があった。
「神も仏もこの世にいないが魔法少女がここにいる! 我を崇め奉れ、気分がよければ助けてあげる! 地上最強、絶対無敵の魔法少女シニカル華琳、ここに見参ッ!」
――くっ!
また自然と口からでた台詞に、曹操は精神に大きなダメージを負う。
使用者のパーソナルデータを基に、最適な戦闘服を作り出す。GPでも正式採用されていることからもわかるとおり、その性能は折り紙付で、生体調整を受けていないと使えないことや、使用者は女性に限るという条件に目を瞑れば、まさに最強の戦闘服だった。
だが、欠点というか、面倒な仕様もあった。
ただでさえ小さな曹操の身体が更に縮み、幼い少女へと姿を変える。
全身フリルをあしらった可愛い衣装、キラキラと輝くその姿は魔法少女そのものだ。
「まさか、ここまで……甘くみていたわ」
どんよりとした黒いオーラを背中にまとう曹操。
まさに諸刃の剣。林檎が二度と使うまいと心に決めたのも当然と言えば当然だ。
「でも、武器は意外とまともね……」
幸いなことに得物はステッキから『絶』によく似た寸法の大鎌に変わっていた。
この上、魔法のステッキを振り回すことになったら、曹操は羞恥に耐えられなかっただろう。
「私にここまでさせたんだから……覚悟は出来てるんでしょうね?」
目撃者は殺すと言わんばかりの目で、曹操は関羽を睨み付ける。
「大丈夫! 可愛いですよ、華琳さん!」
「格好良いのだーっ!」
「くっ、私の見せ場が……」
必死に後でフォローをする劉備に、ヒーローの登場に目をキラキラと輝かせる張飛。
そして両手両膝を地面につき、見せ場を奪われたことで悔しがる趙雲。
場はいつになく混沌としていた。
◆
「あれは……」
林檎は苦い記憶でも甦ったのか、同情的な視線を曹操に向ける。
太老のためとはいえ、さすがにもう一度あの姿になるのは林檎でさえ躊躇われる。
覇王などと呼ばれ、人一倍プライドの高い曹操だ。ギリギリまで使うか使うまいか迷ったことは間違いない。
しかし逆を言えば、曹操にプライドを捨てさせるほどに、関羽が強かったということだ。
「まだ姿を現しませんか、厄介ですね」
未だ姿を見せない于吉を、林檎は警戒していた。
太老の計画の邪魔をさせるわけにはいかない。そのために邪魔となるのは、あの男だ。
もっとも、林檎も本気で于吉が太老の障害になるとは考えていなかった。
心配しているのは、もっと別のことだ。
「あの男が余計なことをして、太老様の逆鱗に触れてしまったら……」
その先は、林檎にも予想が付かない。
銀河で最も恐れられている彼女の上司ですら匙を投げるほどなのだ。
普段は平和主義を主張する太老だが、本気で怒らせると相当にやばいことを林檎は知っていた。
林檎の頭に過ぎるのは数年前、ある哲学士が太老の逆鱗に触れたばかりに、宇宙を震撼させる事態へと発展した大事件だ。
「零ちゃんだけでなく今回は多麻ちゃんもいますし……」
更に言えば、皇家の樹――穂野火も太老に協力的だ。
そして林檎はそうなった時、太老を止められるかと言えば、自信がなかった。
「あの于吉という男の性格からして、より効果的なタイミングを狙っているはず。問題は――」
自分は表に出て来ず、人の心の弱さにつけ込んで策を弄する辺りからも、手段を選ばない狡猾な男であることは窺える。
そんな男がまっとうな策でくるはずもなく、追い詰められた結果、卑怯な手段にでて太老を怒らせる可能性はかなり高い。
問題は于吉が何を狙っているかだ。
「狙いは一刀くんだと思っていたけど……」
一刀が狙いなら、もっと早くに姿を見せていて不思議ではない。
援軍が到着すれば成都の守りが固められ、より目的を果たすのが困難になるからだ。
現に曹操の援軍が到着してから、流れは彼女達に傾いている。
今はまだ優勢を保っているものの呉の援軍も到着すれば、形勢は一気に逆転するだろう。
「まさか、于吉の狙いは……」
――最初から一刀や成都を落とすことが狙いではなかった?
林檎はその可能性に気付き、ハッと周囲を見渡す。
「まさか、この二百万の兵も囮? では、于吉の狙いは――」
国境に最低限の兵力しか攻めてこなければ、誰もがそちらを囮だと考えるのは自然だ。
そのことに気付いた各国の王は、当然ながら次にどうするかを考える。
彼女達は全員、太老に少なくない恩を感じている。好意も寄せているだろう。
自分達が陽動に引っ掛かったと知れば、次に考えるのは益州にどう援軍を送るかだ。
この状況のすべてが于吉の書いた筋書きなのだとしたら――
「彼の狙いは、この成都そのもの。ここに彼女達を集めることが目的」
だとすれば、狙いは一刀ではなく太老。彼女達を使って何かを企んでいるということだ。
于吉の狙いに気付き、林檎は太老のもとへ向かおうとするが、その行く手を五胡の兵達が阻む。
強引に突破することは難しくない。
しかし今ここを離れれば、劉備と曹操の隊は数の差に押しきられるだろう。
「くっ!」
林檎もあの太老が、于吉の策に嵌まるとは思っていない。
それでも、このまま放っておけば、取り返しのつかない事態になる可能性は高い。
出来る限り被害を最小限に留めるつもりで戦っていた林檎だが、そうなった時のリスクを天秤にかけ覚悟を決める。
「……少々、本気で行きます」
鬼姫の金庫番と畏怖される彼女が、遂に本気になった。
契約の指輪を通し穂野火から流れ込んだ力が、嵐となって林檎の身体から吹き荒れる。
身にまとうのは樹雷皇族の戦闘装束。機能的に、ただ動きやすくなっただけではない。
この戦闘装束は、人の身では扱いきれぬ強大な力を、どうにか制御するためのものだ。
その気になれば味方諸共、一瞬で周囲の人間を消滅させるほどの力が今の彼女にはあった。
「立木林檎――参ります」
林檎が何気なく手を横に振った瞬間、千を超す兵が風と共に大空を舞った。
彼女自身が危惧したとおり、味方にも多少の被害がでているようだが、この際それには目を瞑ってもらう他ない。
運が悪ければ死ぬかもしれないが、運が良ければ骨折程度で済むはずだ。
一刻も早く太老のもとへ駆けつけるため、林檎は目の前の敵を倒すことだけを考える。
何人も抗えぬ、鬼神が顕現した瞬間だった。
◆
「季衣! 張飛と協力して、すぐに部隊を下がらせなさい!」
一早く反応したのは曹操だった。
あんな戦いに巻き込まれたら全滅は必至だ。慌てて部隊を安全な場所に下がらせる。
もっともこの様子では、どこにも安全な場所はなさそうだが……。
「彼女が本気になるなんて……太老に何かあったと考えるのが自然ね」
虎の尾を踏んでしまった相手に曹操は同情する。
林檎が本気になったのなら、どれだけ敵がいようと時間の問題だ。
数を揃えれば勝てると言った相手でないことは、このなかで曹操が一番よくわかっていた。
「華琳さん、あれ……」
「放っておいても大丈夫よ。嵐がきたと思って過ぎ去るのを待つのが利口だわ」
心配する劉備に、気にするなと言葉を返す曹操。
あれには絶対に近付くな、関わるな、という忠告でもあった。
それに劉備や曹操も、他人の身を気遣うほど余裕があるわけでもなかった。
「この力を使い、趙雲の助けを借りて五分なんて……さすがは関雲長と言ったところね」
あっさり勝てるとは思ってなかったものの曹操もこれには参る。
さすがは大陸最強クラスの武人。
曹操も腕に自信はある方だが、相手が関羽クラスとなると分が悪い。
同じように身体強化をしているとはいえ、そもそも地力が違いすぎる。
「……趙雲」
「華蝶仮面です」
恐らく曹操の変身に触発されたのだろう。
いつの間にやら蝶の仮面をつけ、趙雲は華蝶仮面へと変身していた。
額に青筋を立てながらも、今は些細なことで争っている場合ではないと、曹操はグッと我慢する。
「……華蝶仮面。少しでいいから一人で持ち堪えて頂戴」
「何か策が有ると?」
「策というか……奥の手がね」
今の関羽を相手に一人で持ち堪えろというのは、かなり無茶を言っていると曹操も自覚している。
しかし、他に取れる策もない。
出来れば、曹操も取りたくない方法なのだ。
これを実行すれば、僅かに残った自尊心も打ち砕かれることは間違いない。
「かなり厳しいですが……これも乗りかかった船。任されました」
「頼むわ。私だって、物凄く恥ずかしいんだから……」
「恥ずかしい?」
首を傾げる趙雲。しかし曹操が、それ以上語ることはなかった。
……TO BE CONTINUED
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