「みんなのアイドル!」
『天和ちゃーん!』
「みんなの妹!」
『地和ちゃーん!』
「とっても可愛い……」
『人和ちゃーん!』

 超空間ネットワークを用いた銀河一斉配信ライブ。
 銀河連盟だけでなく、お隣の簾座連合まで彼女達『数え役萬☆姉妹(シスターズ)』の人気は飛ぶ鳥を落とす勢いで広がっていた。
 今や、銀河を代表する歌姫。人工知能アイドル・キルシェの再来とまで言われていた。

「みんな行っくよーっ! 抱きしめて――」
『銀河の果てまで!』

 三姉妹のステージが始まると星を揺るがす大歓声が轟く。
 ここに至るまで十年――そう、五胡侵攻の日から十年の歳月が過ぎ去ろうとしていた。





異世界の伝道師外伝/天の御遣い編 最終話『天の御遣い』
作者 193






【Side:太老】

「励んでるみたいじゃないか」
『俺に丸投げしといてよく言うよ……。こっちは大変――こら! お前達、通信の時くらい少しは大人しくしてろっ!』

 通信の向こう、一刀の周りにやんちゃそうな子供達の姿が見える。『関三姉妹』と呼ばれている蜀の小さな姫君達だ。
 これだけでわかると思うが、この三人は一刀と愛紗の娘だ。この十年で三人の子供を作ったと言うのだから、本当によく励んで≠「る。実はあの後、愛紗の責任を追及する声が上がったらしいが、一刀が身体を張って愛紗を庇ったそうだ。その時の記録映像を後で見せてもらったが、なんとも男らしい告白だった。
 まあ、確かに愛紗のやったことは許される行為ではないが、そのほとんどは于吉に操られてやったことだけに意識のなかった彼女にすべての責任を取れと追及するのは酷と言うものだ。結果、華琳達の口添えもあり一刀の預かりということで事なきを得た。
 もっとも、その後は街の復興や五胡の侵攻によって荒れた国土の治安回復に尽力することで罪を償っているとの話だ。今も国内に残っていた五胡の残党と思しき山賊が出たという報告を受け、兵を率いて討伐に出掛けているらしい。
 そんな状況の中で三人も拵えるんだから、さすがは一刀。周りが羨むほどのおしどり夫婦という話だし、原作で『魏の種馬』と呼ばれていただけのことはある。
 馬超や華雄との関係も続いているという話だしな。あっ、水鏡や何進との噂もあったか。女性の扱い方を教授して欲しいくらいだ。

『そう言えば、あの剣なんだけど、あれから一度も使えないんだよな。靖王伝家も元に戻ったままだし、なんでだ?』
「必要がないからだよ。あれはそういう剣なんだ」

 一刀が使用した『絶無』は実体のない剣。本来この下位次元――物質世界には存在しない剣だ。
 あの剣は俺のパーソナルデータを取り込んだ零式が偶然生み出した産物。零式曰く『鍵』――船穂で言うところのマスターキーにあたるということだが、詳しいことは俺にもよくわかっていない。
 特殊な力があることと、使用には条件が伴うということがわかっている程度だ。
 鷲羽はあれを見て随分と驚いていた様子だったが、そのことについては何も教えてくれなかった。

 しかし、あの剣のお陰で愛紗は助かった。
 謂わば、あれは世界の真理を開く『鍵』。アストラル海と現世を一時的に繋ぐ『道』を開くための扉の『鍵』だ。
 皇家の樹でも同じことは可能だが、それには第二世代以上の樹と大掛かりな準備が必要なため、おいそれと出来ることじゃない。
 零式の力が及ぶ範囲という条件はつくがアストラル海へ接続し、宇宙開闢から存在する膨大な知識を拾ってくることや、アストラル体に干渉して今回のように愛紗の『魂』に取り憑いた『呪い(バグ)』だけを取り除くことも可能だ。
 もっとも一刀じゃなく、マスターの俺でも簡単に扱える力ではない。あれは一刀にも言ったように必要な時にしか使えない。そんな力だ。
 アストラル海と物質界を繋ぐ端末として、その世界と繋がりの深い品物(伝説の名剣など)が別に必要な上、強い感情や魂の力を触媒として初めて真の力を発揮するため、いつでも好きな時、自由に使うことが出来ない。
 しかし、零式のマスターキーである以上、あの剣の持ち主には一時的に零式の力を使う権限が与えられる。そのため、零式のシステム下にある世界を管理するという意味では必要な物だった。
 一刀に貸し与えたのは、どちらかというとそちらの意味合いが強い。いざと言う時の保険だ。
 それに一刀が持ち主と認定されている間は、間接的に零式の一部システムを使用することが出来る。外界にいる俺と直接連絡を取ったりするのには便利な力だ。

『でも、俺が預かっていて本当にいいのか? 大事な物なんだろう?』
「その世界の管理には必要なものだからな」

 一刀達の居る切り離された世界は現在、天樹に封印されている『星の箱庭』のなかに存在しない。
 俺と多麻の造った『鏡の世界』へデータを移し、零式を器とするデータ領域にその存在を固定していた。

「でも、いいのか?」
『ああ、移住を希望していない人達も大勢いるしな。そう言う人達と一緒に、こっちに骨を埋めるつもりだ。それにここは――俺の第二の故郷でもあるから』
「第二の故郷か……。まあ、お前なら良い王様になれるよ」

 彼等はこちらの世界では実体を持たないアストラル生命体だ。人工知能を有したAI。もっと別の言い方をすれば精霊や幽体に近い存在と言える。それだけに、こちらの世界への移住はかなりの困難を極めた。
 銀河全体の人口で見れば微々たる数字とはいえ、数千万人を超す人達にこちらで生活が可能な身体を与え、戸籍を用意するのは連盟議会の承認や受け入れ先の問題などからもクリアすべき問題が山積だったからだ。
 結果、俺がこちらで彼等を受け入れる準備を進め、あちらの世界の管理は一刀に一任することになった。
 それから十年――ようやく目処が立ったと言ったところだ。

『他人の心配をするのはいいけど、太老もこれから大変じゃないか? 十年も待たせてるんだし……。この間、定例議会の席で顔を合わせたけど、華琳や雪蓮とか凄い顔をしてたぞ』
「……凄い顔?」
『なんていうか、腹を空かせた猛禽類のような? 檻の前で肉のお預けを食らってる肉食獣みたいな』

 嫌なことを聞いた。……俺、逃げた方がいいのか?
 事情があったとはいえ一刀に丸投げして悪かったと思うが、俺もこの十年死ぬほど働いた。
 一刀達を受け入れるための準備をするために、林檎や水穂に協力してもらって鬼姫にまで頭を下げて、連盟のお偉いさん方に挨拶に回ったり慣れない演説までして、ようやく宙域を一つ確保して彼等を十分に受け入れられる定住可能惑星を確保したんだ。
 たった十年でここまで出来たのは、林檎や水穂――皆の協力がなければ絶対に無理だった。
 とはいえ――

「ちょっとの間、雲隠れした方がいいかな。うん、ここ最近休んでないしバカンスに行くのもいいな」
『た、太老……』
「一刀も一緒に行くか? そっちも大変だろうし、色々と任せちゃった件もあるしな。なんなら、こっちの世界の観光案内もしてやるぞ」
『いや、う、後……悪い! 俺、急用を思い出したから、これで!』

 そう言って慌てた様子で通信を切る一刀。なんだかよく分からないまま後ろを振り向く。そこには――

「休暇、いいわね? それなら、私にもこっちの世界の案内をして欲しいんだけど……あっ! 出来たら美味しいお酒のあるところがいいわね。太老ならそういうお店、幾つか知ってるでしょう?」
「雪蓮姉様! また、すぐにお酒の話ばかり! ちょっと、シャオも抜け駆け――」
「太老〜っ! シャオ寂しかったんだからね! でも、太老のために一杯、花嫁修業頑張ってきたんだよ! これからはたくさん甘えさせてね」

 雪蓮、蓮華、それにシャオまで……なんで、呉の重鎮がみんな揃ってるんだ!?
 雪蓮と蓮華は余り変わっていないが、シャオは背も高くなって胸も――

「何?」
「いや、なんでも……」

 シャオから目を逸らす。まあ、あれから十年も経ってるんだもんな。
 あの世界はデータ上の世界とはいえ、時の流れはちゃんと存在する。一日は二四時間、一年は三六五日。基本的に時間の流れは地球と同じだ。
 普通に結婚して子供を産んで歳を取って死んでいく。それが極自然な流れだが、天の御遣いに仕える王族や武官・文官は生体強化と延命調整により不老の身体が与えられ、一刀を補佐して世界を運営・管理していく役目を担っていた。
 これは現在の銀河連盟や樹雷の考え方に則った政策でもあった。

 人の寿命は短い。それだけに彼等が一生で出来ることは限られていて、その意志を後世にきちんと受継いでいくことはなかなかに難しい。指導者が優秀なほど、その後に起こる既得権益や利権を巡っての後継者争いや権力闘争は激化し、それが組織の腐敗へと繋がり国を滅ぼす要因ともなっていくからだ。
 そうした数年・数十年単位で指導者が替わっていく仕組みよりも、民と臣が認める有能な君主と、それを支える臣下が千年先を見越して国家運営をしていく方が、長く平和な世界を維持していく上で優れている点が多々あった。
 勿論、完全に腐敗をなくせる訳ではないが、普通に生活を営む人々からすれば、平和で安定した暮らしを送れる方がいいのは事実だ。
 世二我と樹雷――この銀河を二分する勢力が互いの技術力と軍事力を駆使して衝突した場合、どれだけの星と人が犠牲となり銀河に影響を及ぼすかわからない。一撃で星を破壊するほどの超科学を有しているが故に至った結論でもあった。
 実際、この世界の人達は過去の大戦からそのことを痛いほどよく学んでおり、戦争による解決よりも安定した平和と秩序を望む声が多い。そうした人々の想いを尊重した結果が、現在の体制へと繋がっていた。

 ――って、そんな解説を述べている場合じゃない。まずは身に迫っている危機の方だ。
 誰か教えてくれ! ちょっ、そこの部屋の隅に立っている女官さん!
 俺は視線で女官の一人に説明と助けを求める。どうやら相手も気付いてくれたようで、

「式典を前に、皆様と親睦を深めておきたいと瀬戸様が仰って……も、申し訳ありません!」

 本当に申し訳なさそうに頭を深々と下げ、脱兎の如く立ち去っていく女官。
 ――って、ちょっと待て。これ鬼姫の仕業か!?
 予定では、まだ一週間は先だったはずだ。それなのに、ここに彼女達がいるってことは、まさか――

「他の皆も――華琳もこっちに来てる!?」
「きてるわよ。久し振りね、太老」

 そこには鬼が立っていた。

【Side out】





「ちょっと瀬戸様!? これはどういうことですか!」
「そ、そうです! こ、この格好は一体!?」

 水穂と林檎が身に纏っているのは、地球式の結婚式でよく見られる純白のウェディングドレスだ。
 そんな二人の姿を見て、ニヤリと不敵な笑みを浮かべる瀬戸。
 樹雷の鬼姫――神木瀬戸樹雷の指揮の下、着々と式場の準備は進められていた。

「何って、そりゃ太老とあなた達の結婚式の準備よ」
『結婚!?』

 初耳だとばかりに声を揃えて驚く二人。それもそのはず、この二人はまったく聞かされていなかった。
 また瀬戸の悪巧みか、と厳しい表情を浮かべる水穂と林檎。

「あら、嬉しくないの?」
「う、嬉しい嬉しくないじゃありません。ですが、こういうのは互いの気持ちが……」
「そうです! た、太老様にご迷惑をお掛けするわけには――」
「そんなことを言ってたら、あの()達に取られちゃうわよ?」

 あの娘達と言うのが、誰のことを言っているのか理解して水穂と林檎はグッと言葉を詰まらせる。
 実際この式典は水穂と林檎だけではなく、華琳達と太老の婚姻式でもあった。

「ほら、結構な無理を通して移住の件や国家承認までやっちゃったでしょ」
「そ、それはきちんと連盟の方とも話はついているはずです!」
「ええ、それは勿論。でも、樹雷と世二我は太老に返しきれないほどの恩がある。それに財団にまで睨まれては、交渉と言うよりは呑まざるを得ないって感じだったじゃない。やっぱり不満に思っている人達もいるわけなのよ」
「……それとこれとどう言う関係か?」

 自分の悪癖を優先して太老を貶めるつもりなら許さないと、林檎は鋭い眼差しで瀬戸を睨み付ける。
 不満の声が上がっていることは林檎も知っていた。
 しかし、そのほとんどは今回の件で樹雷へ恩を売り、甘い汁を吸おうと企んでいた権力者ばかりだ。
 太老の害となる連中に、林檎は容赦をするつもりはない。これ以上、何かを言ってくるつもりなら、社会的・合法的に処分するつもりで計画を既に練っていた。

「太老はいいわよ。でも、あの子達はどうかしら? 太老の庇護下にあるから直接何かをされることはないだろうけど、色々と嫌がらせはされるでしょうね。ああいった連中は影でコソコソやるのが得意だから」
「そんなものは私達が――」
「あなた達は対外的には樹雷の所属。それは内政干渉にならないかしら? 一応、独立国家なのよ?」
「そ、それは……ですが、太老様は樹雷の――」
「そこよ!」
「え……」
「太老が正式に樹雷の皇族と認められ、『正木』ではなく『柾木』の姓を得て、その上で彼女達とも婚姻を結ぶ。そうすれば連中も下手なことは言えなくなるわ。樹雷四大皇家に喧嘩を売るような真似はさすがに出来ないでしょう?」
「えっと……でも、それは……」
「林檎ちゃん! これは太老のためなのよ! 太老のため!」
「太老様のため……」
「そうよ。ここで連中を脅して黙らせることは簡単よ。でも第二、第三のそうした連中が出て来ないとは限らないでしょう?」

 確かに――と少しずつ言いくるめられていく林檎。
 そんな林檎と瀬戸のやり取りを見て、これはダメだと思った水穂が口を挟む。

「瀬戸様! 私からも言いたいことが――」
「何よ、いいじゃない。第一夫人にしてあげるって言ってるんだから、ラッキーくらいに思っておけば」
「だ、第一夫人って……」
「天樹の件を発表するわけにはいかないし、太老は正式に皇家の樹と契約しているわけではないから『柾木』を名乗るなら水穂と結婚するのが一番確実でしょう?」

 こうなったら言葉で瀬戸に敵うはずもなかった。
 本当に太老のためかどうかはともかく、瀬戸の言い分も筋は一応通っているからだ。
 それだけに反論は難しい――どうしたものかと二人が悩んでいた、その時だった。

『瀬戸様大変です! た、太老様が桜花様と駆け落ち――零式に連れ去られました!』

 女官の一人が随分と慌てた様子で通信を繋ぎ、瀬戸へと知らせてきた。
 もう一つの空間ディスプレイ。そこには樹雷を飛び出し、何処かに飛び去っていく『守蛇怪・零式』の姿が映し出されていた。

『お兄ちゃんは渡さないんだから!』
『お父様と愛の逃避行に出発ですぅ!』
『ちょっと太老待ちなさい! 話はまだ終わってないのよ!』
『華琳いつの間に船に――てか、皆まで! か、勘弁してくれ――っ!』
『さすがマスター。モテモテですね』

 通信越しに聞こえてくる男女の声に、式場にいる面々は呆気に取られる。

「さすがは太老ね。まさか、そう出るとは……」
「せ、瀬戸様それどころじゃ! このままじゃ太老くんが!」
「あら、追わなくていいの?」
「――太老様!」

 先に飛び出した林檎を追って、水穂も式場を飛び出す。
 そんなドタバタと慌ただしい光景を、瀬戸はカラカラと笑いながら愉快そうに眺めていた。


   ◆


 嘗て、漢王朝の繁栄を支え続けてきた都――洛陽。
 現在はその役目を終え、中央広場には太老を形作った黄金の彫像が建てられ、数多くの巡礼者が訪れる聖地として生まれ変わっていた。

「劉協様は皆さんとご一緒しなくてよかったのですかー?」
「うむ。焦ってあちらの世界に行かずとも、一刀に頼んで連絡を取る方法もあるしの。あの中に混ざって太老を取り合うのは、ちと疲れる。それに我等には皆にはない若さがある。のう、璃々」
「うん、母様が言ってた。亭主の帰りを黙って待つのも女の器量だって!」

 主不在の城で、程イク・劉協・黄叙(璃々)の三人は、やいやいとガールズトークに花を咲かせる。
 まったく変化のない程イクはともかく、十年前に比べれば劇的に成長した劉協と黄叙の二人だが、それでもまだ華の十代だ。
 大人の魅力では敵わないが、有り余る若さでは二十、三十を過ぎたオバサンには負けないという自信が二人にはあった。
 そこに――

「桃香は混ざらなくてよいのか?」
「え、私!?」

 本の束を持って通り掛かった劉備に声をかける劉協。劉備は突然、話を振られて驚く。

「それは子供達の新しい教科書ですかー?」
「あ、はい。水鏡さんから送って頂いて」
「璃々も手伝う。桃香お姉ちゃん、半分貸して」
「ありがとう、璃々ちゃん」

 劉備はここで親を失った子供達を引き取り、生活の面倒を看たり勉強を教えたりしていた。
 嘗て夢見た大きな理想からすれば、本当に小さなことだ。
 でも、子供達の笑顔を見る度に劉備は思う。自分がしたかったこと――きっとそれは、ここが原点だったのだと。
 皆の――子供達の笑顔を守りたい。その第一歩として始めたことが、この孤児院の設立だった。

「うむ。一刀とも良い仲かと思っておったが、どうもそうではないようだし、実際のところはどうなのじゃ?」
「えっと一刀さんは良いお友達っていうか……。それに愛紗ちゃんの旦那様だし……」
「はっきりせぬの……では、太老のことはどう思っておるのじゃ?」
「ご、ご主人様のことは……」

 その時だった。何かの気配を感じ、四人はハッと空を見上げる。
 青い空の向こう――突如、出現した光の輪から複数の人影が現れた。

「うわあああああっ!」
「え、きゃっ!」

 空から降ってきた人影。もくもくと舞う土埃。

「――ッ!」

 劉備は声を上げようとするが、何かに口を塞がれていて言葉がでない。
 あたたかく柔らかな感触から、落ちてきた人影――太老と口づけを交していることにようやく気付き、劉備は目に涙を浮かべる。

「ご、ごめん! 今のは――」
「ご主人様!」
「え?」

 自分から離れようとする太老をしっかりと抱きしめ、涙を流す劉備。
 ずっと言いたかったこと、話したかったことがたくさんあった。
 でも、不思議と言葉は出て来ない。出て来るのは、温かな涙の粒だけ――

「お帰りなさい」
「……ただいま」

 自然と口から溢れた言葉は、それだけだった。
 そんな劉備の頭を、慈愛に満ちた表情で優しく撫でる太老。だが、そんな心温まる光景も一瞬で終わりを迎える。

「お楽しみのようね、太老」

 ギョッとした顔で声のした方を振り向く太老。ようやく自分の置かれている状況に気が付く。
 愛用の『絶』を構えた曹操、それに目の血走った呉の姫君達。更には騒動を聞きつけて集まった各国の武官・文官達。よく見れば、ニヤニヤと楽しそうに遠巻きから観賞している野次馬達までいる。
 いつの間にか増えていた女性達(ヒロイン)に、太老と劉備は完全に取り囲まれていた。

「えっと……みんな、ただいま?」
「お兄さん。それを言うなら、年貢の納め時かとー」

 天の御遣い――人は彼のことを『事象の起点(フラグメイカー)』と呼ぶ。





 ……END



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