【Side:ラシャラ】

「ラシャラ様、お似合いですよ」
「そうか? しかし、これはちと派手過ぎやせんか?」

 戴冠式を間近に控え、当日の衣装合わせを行っていた。
 我の前には半年も前から国中の職人に依頼し、その中から更に厳選された意匠のこらした衣装の数々が並んでいる。その数、実に二百着。
 こうした物はデザインだけを見せられても、実際に着てみるまではこれぞと言うのを決めるのが難しい。勿体ない事とは思いつつも、各国の諸侯が集う大切な儀式だ。国の威信を背負い、シトレイユ皇国の皇となる我が恥を掻く訳にはいかん。
 大国であるが故の見栄。こればかりは無駄と知りつつも、疎かにする訳にはいかなかった。ましてや――

(マリアに負けてなるものか!)

 当日はマリアも出席する事になっている。戴冠式の後に行われる予定となっている婚約発表式に出席するためだ。
 国の威信を懸けて、女の意地としてマリアだけには負ける訳にはいかない。
 アンジェラがまず着せて見せてくれたのは、シトレイユの貴族が好んで着る赤い色が際立つ豪華なドレス。
 質感といい、意匠といい悪くはないのだが、どうにも少し派手すぎる気がしてならない。

「そうですか? ラシャラ様は赤がよくお似合いだと思うのですが……」
「確かに我は赤が好きじゃが、今回は相手にも合わせて選ばんといかんじゃろ」

 赤は確かに我も好きな色だ。普段の我ならば、そうは思わなかったのかもしれないが、今回は太老とあのマリアが一緒だ。
 煌びやかなシトレイユと地味なハヴォニワと比較すると、どうしても横に並び立つとこのようなキラキラした衣装では我ばかりが目立ってしまう。
 特に太老は余り目立つ事を嫌う傾向にある。
 普段身につけている服も過度な装飾や意匠を好まない、どちらかと言うと落ち着いた雰囲気の装いの服が多いので、尚更これでは我一人が浮いてしまうのではないか、と考えていた。

「では、こちらのドレスなど如何ですか?」
「ふむ、白か。確かにそれなら……」

 白は純潔の象徴とされ、結婚の儀式でも多く用いられるの物だ。
 それにここシトレイユ皇国では、天の御遣いより預けられた猫の妖精『ケット・シー』が神の使いとして祭られている。
 十二の戴冠式の後、授与される我の紋章にも白い猫が入れられる事が決まっていた。その事を考えると、悪くない選択肢やもしれん。

「決まりじゃな。当日の衣装の色は白で行くぞ」
「はい。では、何着か試着してみて――ラシャラ様?」

 ふと、太老の悲鳴が聞こえたような気がしたが、シトレイユ(ここ)に太老が居るはずもなく空耳かと考えた。
 訝しい表情を浮かべ首を傾げるアンジェラに、『何でもない。気の所為じゃろ』と言葉を返す。
 戴冠式当日まで、残り一ヶ月を切っていた。

【Side out】





異世界の伝道師 第155話『少女と太老と泡地獄』
作者 193






【Side:グレース】

 シンシアに無理矢理連れて来られた露天風呂。そこで待っていた太老。
 何で、こんな事になったんだ、と聖地の女神様に問い質したい状況に陥っていた。

「グレースも頭を洗ってやるから、こっちにきな」
「わ、私は自分で洗えるよ!」
「ほれ、シャンプーハットつけて」
「話を聞けよ!」

 半ば強引にシンシアとお揃いのシャンプーハットを付けられ、頭を洗われる私。
 一応は湯着を身に纏っているとはいっても、恥ずかしい事に変わりはない。濡れると肌にピッタリと纏わり付き、薄らと透けて見えるのだから尚更だ。でも無いよりはマシだと思った私は、太老に風呂桶をぶつけた後、呆けるシンシアを脱衣所へと無理矢理連れて行き、強引にシンシアにも湯着を着させた。本人は嫌がっている様子だったが、幾ら何でも男≠ニ裸で一緒に温泉に入るなんて、妹として姉の暴挙を見過ごせるはずもない。
 太老も太老だ。無頓着にもほどがある。
 いや、子供だと思って、実際それほど気にしていないのかもしれないが、それにしたってもう少し気遣ってくれても良いはずだ。
 十歳くらいまでなら、何とか我慢出来たかもしれないが、私達はもう十一だ。
 胸も少しだけど膨らみを見せ、初潮はまだだけど子供と大人の間を揺らめく微妙なお年頃だ。もう少し、その辺りの気持ちを汲んで配慮して欲しい。

「どうした? 目に染みたか?」
「ち、違うよ! ああっ、もう! お前はなんでそうなんだよ!」
「……はあ?」

 本当によく分かっていない様子で、首を傾げる太老。もういい、疲れた。多分、太老に何を言っても無駄だ。
 そう言う奴だという事は、これまでの付き合いで嫌と言うほど分かっている。シンシアが純真なら、太老はニブチン、それも超が付くほどの唐変木だ。
 世間では女を周りに侍らせているなんて不当な評価を得ているが、本人にその気は全くと言って良いほどない。
 侍従達の間では、『太老様ってもしかして男色なんじゃ』という疑惑が上がるほど、特定の女性との話を聞かない。
 あの傍から見ても、太老一筋で献身的に尽くしているマリエルにさえ手を出していないほどだ。
 実際にはそんな事実は一つとして無いのだから、当然と言えば当然だ。
 仕事も良いが、もう少し周囲に目を向けて欲しい。意図的にそうした関係を避けているとしか思えない程、マリエルが不憫でならなかった。

「太老って、本当に変だよな」
「失礼だな。俺は至って普通だ」
「……そう迷わずに自分の事を普通≠ニ言える辺りが物凄く変だよ」

 私は太老の評価を、凄いけど変な奴から、物凄く凄いけど物凄く変な奴、に最近改めていた。
 太老以上の変人が居るなら会わせて欲しいくらいだ。まず、そんな奴は世の中に居ないと断言できる。
 ハヴォニワ一、いや世界一の金持ちの癖に金銭感覚は庶民臭くて、着ている物を始め、食事一つとっても贅沢をしているところなんて見た事がない。女だって、その気になればよりどりみどりの癖に一切自分から手を付けようとはしない。平民、貴族問わず接し方を変えないし、ハヴォニワの姫と私達と同列に扱う時点で無茶苦茶変だ。

 後、そんな太老と接している連中は決まって変だ。いや、変になっていく。
 マリアを例にとって見ても分かるが、あんなにお姫様らしくない気さくな王族は、世界中探したってそうは居ないと断言できる。
 しかも今では貴族の中でも、ハヴォニワ全体でそうした気質が高まっていた。
 貴族も以前のように無駄に偉ぶったりする事は無くなったし、首都の貴族街や城に出入りする商人や平民も随分と増えた。
 理不尽な理由で問答無用に殺されるといった心配も無くなった。これらは全て、太老の影響が大きい。

 でも、そんな太老の影響を一番受けているのは、私やシンシアなのかもしれない。
 シンシアは以前にも増して笑顔が増え、家族以外には懐かず引き籠もりがちだった性格も大分改善され、恥ずかしがり屋なところは変わらないが、研究所や王立学院でも上手くやっていけるようになった。
 私がずっと一緒に居なくても一人で行動できるようになったのは、シンシアが自立してきている証拠だ。

 私もシンシアの事は言えない。
 以前は家族を、シンシアを守ろうと精一杯で他の事を何も考えられず余裕の無かった私に、生きる楽しみを希望を与えてくれたのは他ならない太老だ。
 学院に通い、技師になる夢を叶えて、今の私があるのも太老のお陰だという事は誰よりも私自身が分かっていた。
 なかなか素直にはなれないけど、太老には感謝している。
 太老と出会わなかったら、私達家族はずっと悲惨な末路を辿っていた可能性だってあるんだから――

「ほら、終わったぞ」
「……ありがとう」
「ん? グレースが素直に礼を言うなんて珍しいな」
「一言多いんだよ!」

 素直に感謝したらこれだ。
 どうせ太老だって、本当は私の事をシンシアみたいに素直じゃなくて可愛くない、とでも思っているに決まっている。
 自分でも可愛げがない事くらい自覚していた。でも、自覚している事とそれを直せるかは別問題だ。
 特に太老相手だと、今一つ自分のペースに持ち込めないというか、どうしても素直になれない。

「どうせ、私はシンシアみたいに素直じゃなくて可愛くないよ! 二度と素直に感謝なんか――」
「いや、可愛いと思うぞ」
「……へ?」

 予想外の太老の一言で、ドキンと心臓が大きな音を立てて脈打つ。
 思い掛けず『可愛い』と言われた事で、身体が熱く火照ってくるのを感じていた。

(バカ! これじゃあ、まるで太老の事が好きみたいじゃないか!)

 好き? これが好きって事なのか?
 恥ずかしさと嬉しさが一緒にやってきたような複雑な感情が込み上げてくるのを感じる。

「シンシアみたいな純真さも貴重だと思うけど、ツンデレっていうか、グレースみたいなのも可愛くていいと思うぞ。俺は好きだな」

 ――好きだな、好きだな、好きだな
 頭の中で、何度も何度も、太老から言われた言葉を反芻していた。
 認めたくない。認めたくないけど、そう言われて嬉しいと感じている自分が居る。今までに感じた事のない気恥ずかしさに、私は大きな戸惑いを見せていた。

「な、何言ってんだよ! 私は別に太老の事なんて――」
「あ、バカ!」

 私はそう言って、太老から逃げるように湯船に向かう。しかし気が動転していて、思わぬドジを踏んでしまった。
 濡れた床に足を取られ、ツルンという音と共に仰向けに倒れ込む私。自分でも、何がどうなったのか分からないでいた。
 ――ドスンッ!
 次の瞬間、固い床に叩き付けられると思っていた私の身体を襲ったのは、痛みではなく僅かな衝撃だけ。

「大丈夫だったか? 足下には気をつけろよ」
「…………な、なっ!?」

 太老の言葉で、ようやく自分の置かれている状況を呑み込む。
 先程の転倒の衝撃で湯着は着崩れ、肌と肌が密着するような格好で私は太老に抱きしめられていた。
 太老が庇ってくれたのだと直ぐに分かった。でも、この格好は恥ずかしすぎる。
 触れ合う肌から伝わってくる太老の体温。そして、凄く近くに感じる太老の匂い。

「バカ! 直ぐに離れろ!」
「おいっ! そんなに暴れたら!」

 そう言って慌てて離れようとしたところで、また足を滑らせてしまう。
 さっきよりも酷く絡み合うように太老の上に倒れ込む私。

「――っ!」

 それを見たシンシアが何を思ったのか、自分も湯着を脱ぎ捨て私と太老に抱きついてきた。

「シンシア!? ちょっと離れて! ヒィッ! そこは――太老、どこ触ってるんだよ!」
「無茶言うな! グレースが上なんだから先にどいてくれないと、こっちだって上手く動けないんだよ!」

 私だって直ぐに離れたい。今にも恥ずかしさで心臓が破裂しそうなくらい激しく脈打っている。
 でも、シンシアが加わった所為で、変に絡み合って上手く動けなくなってしまっていた。
 しかも最悪な事に、さっきまで泡遊びをしていたと思われるシンシアの身体はヌルヌルと石鹸まみれになっていて、身体が滑って余計に立ち上がり難い。
 絡み合う身体と身体。ヌルヌルと滑る泡の中、どうやって離れようかと試行錯誤していた時だった。

「お兄様、お背中を流しに来ましたわ!」

 ――ガラッ!
 と開かれる引き戸。その向こうから風呂桶を片手にやってくるマリア。
 世界が凍り付いたかのように、時が止まる音を私は聞いた気がした。

【Side out】





【Side:ユキネ】

 脱衣所についた私は衣服を脱ぎ、脱衣所に備え付けられた湯着に着替える。
 表の暖簾(のれん)には『太老』と『女』の文字があり脱衣所は二つに分かれているが、男の使用人が居なくなった後、設備を広く使えるようにと温泉の仕切り板は取り外され、そのためにここの露天風呂は混浴になっていた。
 尤も、屋敷の男は太老だけなので、侍従達も気にしてはいないようだ。私も恥ずかしくないと言えば嘘になるが、太老が相手なら見られても構わない。

「シンシア、グレース! 抜け駆けですわよ! しかも全身を使ってお兄様の身体を洗うなんて、なんて羨まし……」
「違う! シンシア、お願いだから離れてくれ! って、マリエルも居るなら助けてくれよ!」
「二人とも、いつの間にそんな高等テクニックを……」

 風呂場の方からマリア様、グレース、それにマリエルの声が聞こえてくる。
 随分と騒がしいようだが、話の流れから察するに太老とシンシアも一緒に居るようだ。
 段々と騒がしさを増していく声に戸惑いを覚えながらも、私は思いきって風呂場へと続く引き戸を開いた。

「何で、皆こっちに入ってくるんだ!? こっちは男風呂だろ!」
「ご心配なく。間違っていませんわ、お兄様。脱衣所は確かに別々ですが今は仕切りは取り払われ、混浴になっていますのよ」
「はい!? そんなの聞いてないぞ! てか、全然ご心配なくじゃない!」

 泡まみれのシンシアとグレースと絡み合うように抱き合っている太老の姿。
 それに負けじと、全身を泡立てて太老に迫るマリア様。
 そんな三人を見て、オロオロと右往左往しているマリエル。
 混沌とした状況に陥っている風呂場の様子に、私は何がどうなっているのか、さっぱり状況を呑み込めずにいた。

「た、助け――」

 太老の助けを呼ぶ声も、三人の少女に泡まみれにされ全身で押さえ込まれ、無情にも最後まで続ける事無く抑え殺されてしまう。
 何らかの行き違いがあって、太老がトラブルに巻き込まれている事は想像が付くが、敢えてその場に飛び込もうとは思えなかった。
 護衛だけならともかく、さすがに私もこの状況を収める自信はない。

「えっと……太老、頑張ってね。マリエル、後の事はよろしく」
「え、ユキネ様!?」

 そう言い残し、私は静かに引き戸を閉めた。
 後の事はマリエルに委ねよう。彼女なら、きっと上手くやってくれると信じて。

 今日もハヴォニワは、平和そのものだった。

【Side out】





 ……TO BE CONTINUED



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