【Side:太老】
「太老様! 何事も無かったからよかったようなものを、今日という今日は確りと反省して頂きます!」
「いや、本当にすみません……全く持って返す言葉もありません」
屋敷に帰った俺はマリアと出掛けた事情を尋ねられ、コノヱ、ユキネ、そしてマリエルの順に怒られる事となった。
予想通りの結果とはいえ、彼女達の言っている事は至極尤もなので反論も出来ない。
今回は¢S面的に俺が悪かった。
「今回も≠ナす! もう少しご自身の立場を自覚してください!」
お願いですから、地文にツッコミを入れないでください。マリエルさん。
俺は身体を小さく縮めながら、マリエルの説教に大人しく耳を傾けていた。情けない話だが、マリエルが怖いからだ。
怒らせるとメイド隊の中で一番怖いと恐れられているマリエル。
あのフローラでさえ、マリエルだけは出来るだけ怒らせないように、と避けているくらいだ。
俺に対しては、侍従達からも『甘い』と言われているマリエルだが、今回ばかりは少し様子が違っていた。
やはり、俺だけならまだしもマリアを黙って連れ出したのが拙かったようだ。
心配と怒り、その両方が入り交じった複雑な表情を浮かべ、延々と説教を繰り返すマリエル。
目尻に涙を浮かべて叱りつけるマリエルを見て、さすがに俺も罪悪感から何も反論できなかった。
「お願いですから、無茶を為さらないでください……」
今回は、俺が全面的に悪かったと反省させられた。説教だけならまだしも、泣かれてしまったら俺の負けだ。
マリアのためとはいえ、マリエルを心配させた事に違いはなく、とてもではないが言い訳は出来ない。
今度からは、もう少し後の事を考えて行動しようと思う。罪悪感からか、非常に心が痛む。
「侵入者?」
「はい。太老様達が出掛けられて直ぐ後くらいに、工場に侵入者があったと報告がありました」
マリアを黙って連れ出した事だけでなく、先日から問題となっている侵入者騒ぎにマリエルが心配する理由があった。
そしてマリエルの口から聞かされた報告。それに俺は驚きを隠せず、聞き返した。
「タチコマが破壊された?」
「はい。十二機のタチコマが二人組の男女に破壊されました」
マリエルがそう説明しながら一緒に見せてくれた映像の中には、破壊されたタチコマと仮面を付けた二人組の姿が映し出されていた。
仮面をしている所為で顔までははっきりと分からないが、確かに男と女の二人組のようだ。
しかし、これは――
「……強いな。特に男の方はかなりの手練れだ」
襲撃されたのはタチコマの製造工場など、商会の中でも機密レベルが特に高い場所ばかりを狙った犯行だ。
水穂が構築した商会のセキュリティシステムに引っ掛からずに、こんな場所まで潜入できた手際も然る事ながら、腰に下げた剣一本でタチコマを一瞬にして破壊した戦闘力は脅威という他ない。
俺にも出来なくはないが、動きだけをみれば俺よりもずっと洗練された動きだ。
「あれ? でも、どっかで見た事あるような……」
その太刀筋、足運び、何処か見覚えのあるものだった。
女性の方はそうでもないが、仮面の男の方の動きには何処か懐かしさのような物を感じる。
「そうか! 樹雷皇家に伝わる古流剣術に似ているのか!」
俺が勝仁から習い、会得した剣術もそれだ。
免許皆伝とまで行かないが、俺がそれなりに剣を使えるのは幼い頃から続けてきた鍛錬の賜物だ。
俺だけでなく水穂や北斎も使えるし、北斎から教わったというコノヱが使っている剣術も樹雷のモノだ。
だとしたら、あの仮面の男は樹雷の関係者という事になる。でも、俺達以外に樹雷の関係者がこちらの世界に来ているなんて話は聞いた事がない。
「マリエル。この資料を水穂さんに送って確認を取って置いて」
「畏まりました」
事情はよく分からないが、かなり厄介な相手である事に変わりはない。
少なくとも許可も無しに私有地に立ち入るような輩だ。注意して置くに越した事はない。
【Side out】
異世界の伝道師 第158話『謎の二人組』
作者 193
【Side:水穂】
「うーん……」
マリエルから送られてきた映像資料。破壊された十二機のタチコマと、それを行ったという二人の侵入者。
実際に映像で見させてもらったが、二人ともかなりの手練れだ。
仮面を付けた男性の方は樹雷皇家の古流剣術と瓜二つの動きを見せ、女性の方はGPで広く使われている格闘技に類似した動きを見せていた。
どちらも動きを見る限り、生体強化を受けている事は確かだ。パワー、スピード、あらゆる点で人間の限界を超えている。
その上、使っている戦闘技術は間違い無くあちらの世界の物だった。
「異世界人。それも私達の側≠フ住人ね……」
私と太老くんがこの世界に飛ばされ、更に私達と同じ世界の出身と思われる二人の謎の人物が現れた。
とてもではないが偶然とは片付け難い。はっきり言って、この上なく怪しい二人組だ。
北斎小父様の件もあるので偶然ではないと言い切れないが、この場合は関連性を疑った方が自然だろう。
「一番怪しいのは鷲羽様と瀬戸様なんだけど……」
あの二人が関係していると考えれば色々と納得が行く。だが、確かめる術がない。
それこそ、この侵入者の二人を捕まえて事情を訊く以外に方法は無かった。
だが、女の方はともかく男の方は一筋縄ではいきそうにない手練れだ。
単純な剣の技量だけなら、兼光小父様に匹敵するほどかもしれない動きを見せていた。
真正面から正直に戦えば、太老くんでも分が悪い相手だ。私でさえ、このクラスの相手になると剣だけの戦いなら勝率は五割を切る。
勿論、命懸けの戦闘になれば負ける気はしないが、それでも無傷では済まない相手だ。
今のところ、この仮面の男に対抗できるのは、私、太老くん、それにミツキの三人だけ。
タチコマでは対抗できない事はこの映像からも一目瞭然だし、例え聖機人を持ち出したとしても上位に位置するような聖機師が乗っていない限り、一対一ではまず勝ち目はないと思っていい。
それに異世界人という事を考慮すると、聖機師としてもかなりの資質を有している可能性が高い。敵に回せば非常に厄介な相手と言わざるを得ない。
侵入者、その一点に置いては私達の敵と考えるべきだが、発見されて仕方なくタチコマを破壊してはいるものの、それ以外には一切余計な攻撃を仕掛けてはいない。
こちらが受けた被害は十二機のタチコマのみ。人的被害が皆無という点も、今までの侵入者とは違っていた。
「あくまで情報収集が目的。楽観視は出来ないけど、誘拐や暗殺が目的と言う訳ではなさそうね」
相手の目的さえ分かれば、いざという時に交渉の材料にもなる。
幸いにも襲われた工場にある資料はタチコマに関する物が殆どで、私達にとっては盗まれたからと言って大きく痛手を被る類の物では無い。
タチコマの再現には『MEMOL』が不可欠であり、その性能を余す事なく発揮するためにはあそこにある資料だけは不十分だ。
そもそも彼等は気付いていない様子だが、あの街自体がゴキブリホイホイならぬ『諜報員ホイホイ』の役目を担っていたりする。
あれだけ派手な街だ。太老くんのお膝元である事もあり、教会に始まり各国の諜報員の活動は日常茶飯事で行われている。
尤も、侵入している諜報員の数や背後関係は殆ど把握しているので、態と見逃している部分の方が大きかった。
実は、あの街を作った一番の理由はそこにあった。
タチコマの工場をあの街に作ったのも、商会主導の下で次々に新しい施設を建造しているのも、全ては国や組織の目をあの街に向けさせるためだ。
首都の屋敷への侵入者を減らす狙いもあるが、ある程度の情報を態と流出する事で各国の緊張や不信感を和らげる狙いもある。
それに一番の理由は、現在急ピッチで建造中の地下都市≠フ存在を隠すためだった。
目立つ御馳走を分かり易く提示してあげる事で、人や物の流れを誤魔化し地下都市の存在を巧妙に隠す。
あの街が貿易都市として機能しているのも、裏を返せばそのためだ。
「取り敢えず、この二人に関しては何らかの対策と注意が必要ね」
狙いが単に情報収集だけとは思えない。
その情報を集めて何をしようとしているのか、そこが一番気になるところだ。
敵か味方か分からない以上、警戒しておくに越した事はない。そう、私は結論付けた。
【Side out】
【Side:マリア】
昨日はユキネやコノヱ、それにマリエルに酷く叱られてしまったが、反省しつつも後悔はしていなかった。
少しでもお兄様との距離が縮められた気がして、その事が凄く嬉しかったからだ。
あの店の娘達には感謝しなくてはならない。後日、何か御礼の品を送っておこうと心に決めた。
「工場への視察は取り止めですか?」
「ああ、日程をずらす事にしたんだ。昨日、侵入者騒ぎがあったらしくてね」
今日、予定していた工場視察が取り止めになった事を、朝食の席でお兄様の口から聞かされた。
何でも昨日、工場へ進入し警備用のタチコマを十二機も破壊した侵入者が居たらしい。
タチコマの性能を知っている私からしてみれば、とてもではないが信じられないような話だった。
しかし、お兄様が『手練れ』と称するほどの相手だ。その話からも、かなりの実力者と見て間違い無い。
今日は各工場のセキュリティシステムの見直し作業や、閲覧されたデータや壊されたタチコマの検分など、工場には情報部と警備部の調査が入り大忙しで、ゆっくり見学しているどころの話ではないという説明だった。
「では、今日はどうされるのですか? 予定を繰り上げて農地視察ですか?」
「いや、それも行き成りいくと仕事の邪魔になりそうだしな。色々と歓迎の準備をしてくれてるって言うし……」
確かにそれはそうだ。お兄様が彼等の仕事の邪魔をする事を、心配される気持ちはよく分かる。
抜き打ち視察は確かに意義のあるものだが、その必要が無いくらい真面目に仕事に取り組んでくれている事は、メイド隊の侍従達の報告からも分かっている。
そうした話をすると、こうした視察自体、本来の意味が無かったりするのだが、そこはお兄様の人気もあって労働者達の士気向上に繋がるとして慰安訪問のような意味も兼ねていた。
定期的にこうして視察と称して領地を訪問する事も、労働者達の士気を向上させ気を引き締め治させるという意味では、必要な公務の一つとして大切な役割を担っているからだ。
私が同行している主な理由の一つもそこにある。将来、私がお兄様と一緒に治めるかもしれない土地だ。
少し気が早いかもしれないが、お兄様の婚約者として、そうした公務に同行するのも未来の妻として%桝Rの責務だと考えていた。
「それでは、今日はお休みですか?」
「いや、ミツキさんの村でも覗いて来ようかな、と思ってる。丁度、迎えの船を出す予定になっていたらしくてね。その船に一緒に乗せていってもらうつもり」
「あの村にですか?」
「こうでもしないと、マリエルは屋敷から離れないだろう?」
「ああ、なるほど」
実に、お兄様らしいやり方だと思った。
マリエルは責任感が強く職務に忠実なので、職務を放棄して里帰りするような真似は出来ないに決まっている。
表向きにはお兄様の視察に同行した事になっているので、それであれば尚更だ。
なら逆に返せば、お兄様が『村に行く』と言えば、マリエルは否応でも付いていくしかない。
「朝食を食べたら直ぐにでも出掛けるから、マリアは――」
「勿論、御一緒させて頂きますわ」
急遽決まったマリエルの村への訪問。
そこで思い掛けない人物と顔を合わせる事になるとは、この時の私達は知る由もなかった。
【Side out】
……TO BE CONTINUED
押して頂けると作者の励みになりますm(__)m