【Side:太老】
あっと言う間に領地視察も残すところ、後二日となってしまった。
今日は朝早くからマリアをパートナーに、護衛にユキネを従者にマリエルを引き連れ、領地再興計画の要として開発が進められている街の視察に訪れていた。
「太老様、マリア様。この後の予定ですが――」
正木商会傘下のレストランで軽く昼食を取りながら、マリエルから残りの予定を聞く。
取り止めになった工場見学の代わりに工場の責任者との顔合わせ。その後は貿易港の視察。商会支部で幹部との会合。
夜には、開発計画に携わっている有力者を招いての晩餐会。これは街の中心部にある正木商会の支部で行う予定となっているそうだ。
敷地内に大きな多目的ホールがあるらしく、そこで準備は進められているとか。さすがに用意周到だ。
「お兄様。ご存じ無かったのですか?」
「太老様? 領地入りする前に一通りご説明したと思うのですが?」
マリアとマリエルの二人に怒られてしまった。最近、色々とあった所為で少し物忘れしていただけだ。
そもそも貴族の晩餐会とか、余り好きでは無いので記憶の片隅に放置していた。
「お兄様がそういう席が好きでないのは存じていますが、確り為さってくださらないと困ります」
「すみません……」
マリアはそういうが、ああ言う肩肘の張った畏まった席はどうしても好きになれない。
次々に握手を求められてパーティーを楽しむ余裕も無いし、御馳走を前にお預けを食らうような状況に陥る事は目に見えている。
更にはダンスの相手も予め決められていて、最初はマリア、その次は侯爵の御令嬢、と言った具合に出来るだけ多くの女性と踊れるように分刻みでスケジュールが決められたような内容だ。
辺境伯領の侯爵、正木商会という看板を背負っている以上、それが俺の仕事だ。
机にかじりついて書類と睨めっこしていれば、それで終わりと言う訳にはいかない。
仕方が無い事とはいえ、精神的に疲れる仕事である事は言うまでもなかった。
「でも、慣れないんだよな……シトレイユでは散々な目に遭ったし、碌な思い出がない」
「あれは……確かにお兄様が貴族の社交界を好ましく思っておられないのは存じていますが……」
ダグマイアとチンピラ貴族に喧嘩まで売られたしな。喧嘩といえば、俺は『晩餐会』より『宴会』の方が馴染みが深く聞こえが良い。
郷に入っては郷に従え、というが貴族の社交界というのは何度参加しても慣れないものは慣れないのだから仕方が無い。
いっそ、マサキ辺境伯領では『晩餐会』ではなく『宴会』の方を正式にしてみるか?
あんな相手の顔色を窺って、お互いの腹の中を探り合うようなドロドロしたパーティーよりは、そっちの方がずっと気が楽だ。
社交の場とは本来、友好を確かめ築く場であるはずだ。美味い食事と酒を前に、外聞に拘って『美味しい』とさえ言えないパーティーが楽しいとは思えない。
そうだ、物は試しというではないか。事実、『樹雷』という前例もあるのだし、決して無茶な話では無いはずだ。
それに貴族だって人間だ。宴の席くらいパアッと騒いでも罰は当たるまい。
いや寧ろ、元公爵のようにしょうもない事ばかり考えている連中ほど馬鹿騒ぎをした方がいい。
発散すべき場で発散できていないから、あんな馬鹿な行動にでるのだと俺は考えた。やってみて損は無い。
「ちょっと相談があるんだけど」
「……相談ですか?」
「……お兄様。今度は何を企んでいらっしゃるのですか?」
訝しい表情を浮かべるマリエルに、人聞きが悪すぎる発言をするマリア。
まるで普段から俺が、悪巧みばかりをしているようじゃないか。全く、失礼な話だ。
「……ユキネさん?」
目があった瞬間、食事中のユキネの手が静止した。
口元まで持って行きかけていた魚の切り身を皿に戻し、小さくため息を漏らすユキネ。
「太老は……前科があるから諦めて」
そう言って、ユキネは再び食事を再開した。酷い話だった。まるで犯罪者、前科持ち扱いだ。
そりゃあ、貴族達と何度かいざこざがあった記憶はあるが、あれは向こうが悪いのであって俺から仕掛けた事は一度も無い。
取り敢えず、反論したい気持ちを必死に呑み込み、話が脱線しそうなので本題に戻す事にした。
「晩餐会なんだけど、宴会にしない?」
『……はい?』
何言ってるのコイツ、みたいな表情で俺の事を見るマリアとマリエル。
ユキネだけが黙々と手と口を休めず食事を取っていた。
(あれ? 何か、変な事いったか?)
しかし、一度口にした事を引っ込められるはずもない。
ずっと考えていた事だ。駄目で元々、試して見る価値はあるはずだ。
「俺の故郷の宴会。試してみない?」
貴族達の度肝を抜く、そんなパーティーを開いてみたかった。
【Side out】
異世界の伝道師 第166話『マサキ家の持て成し方』
作者 193
【Side:マリエル】
太老様の考えられる事は、いつも唐突で驚かされる事ばかりだ。
晩餐会をやめて宴会をやろう、と仰った時はどうしたものかと考えさせられたが、今後の事を考えると確かに良い機会かも知れないと考えを改めさせられた。
貴族社会には貴族のルールがある。
それは彼等に言わせれば伝統と格式に則った由緒正しき文化の一つで、社交の場として開かれる晩餐会もその一つだ。
宴会もその一つと言えなくは無いが、太老様の仰っている『宴会』と貴族が考える『晩餐会』では趣も主旨も異なる。
貴族社会に置いての夜会とは、古い慣習から家格や格式を重んじる人々が見栄や優雅さを競うために用いる公の場だ。
――右手で握手を、左手でナイフを
そんな言葉が貴族の社交界では囁かれるほど、表向きは友好を囁きながら握手を求め、裏では権力者に取り入ろうとしたり利用しようと画策する者が大半。
その実情は少女が夢を見るように優しく無く、名ほどに優雅な場でも無い。
特権階級にある権力者達の陰謀と思惑が渦めく、もう一つの戦場と言っても過言では無い場所だ。
今回の晩餐会もそうだ。本来は予定に入れたくは無かったが、そうも行かなかった。
大規模な都市開発を行えば、金の匂いに誘われて亡者が集まってくるのは必然。この街は、まさに金のなる木だ。
それに目を付けた有力な商人を始めとした財界の人間や、各国を代表する貴族達と、欲に目が眩んだ者達が我先にと近付いてくる。
そうとは分かりつつも、やはり建て前と言うものがあった。
太老様が、そうした見栄や建て前といった言葉を嫌っておられるのは承知の上だ。
それでも大商会の代表、ハヴォニワの大貴族という事実は消せない。
領地視察だけを済ませ、『それではさようなら』と言う訳にはいかないのが現実だった。
「急な話だけど可能かな?」
「はい。その程度であれば大した変更もありませんし、お料理と酒を沢山用意すればよろしいのですね?」
「そそ、後は一発芸かな」
「い、一発芸ですか?」
「何でも良いんだけどね。即興で滑らない出し物をするのが難しいんだよ」
普段は貴族のルールに従ってパーティーに参加されている太老様だが、今回は逆にこちらのルールに則ってパーティーを楽しんで頂こうと言うのが太老様の趣向だった。
この領地は後に、大公国として独立する予定となっている。公にはされていないとはいえ、ハヴォニワ政府もシトレイユとの外交調整もあって特に隠すような真似はしていないため、その話は少し情報に長けている者であれば誰もが知る事だ。
独立した一つの国となる以上、ハヴォニワの文化や風習に縛られる必要は無い。
太老様の目指そうとしている国や商会の理念。そして理想の在り方を考えれば、これまでの古い慣習に沿うのではなく新しい秩序を生み出す、というやり方は決して間違った考え方ではない。
太老様の国となる以上、その国の在り方を決めるのは太老様だ。
考えて見れば、太老様が派手な事を好まれない事もあって、大勢のお客様を招いてのパーティーはこれまでに一度も無かった。
いつもは招かれてパーティーに参加されるばかりだった太老様だが、今回は主催者側に立たされる。
ご自身のやり方を、この機会にパーティーに参加した方々に知らしめるつもりでおられるのだと、私は受け取った。
貴族社会の常識を打ち破る『宴会』というカタチで――
【Side out】
【Side:マリア】
お兄様の考えられる事は、いつも私の常識の斜め上を行っている。
深い考えがお有りなのだとは思うが、まさか晩餐会ではなく宴会を行うと言われた時には正直驚かされた。
お兄様のお手を煩わせてはいけないと勝手に催しの準備を進めてしまったが、今回のパーティーの主催はお兄様だ。
ここはお兄様の領地。そしてパーティー会場となる場所も商会の所有地。お兄様が宴会をしたいと仰るのであれば、私にそれを反対する権利はない。
とはいえ――
「本当に、またこれをやるのですか?」
「でも、マリア様。太老がこれが一番ウケるって」
「……それは確かにウケるでしょうけど」
ユキネが手にしているのは、以前に何度か着た事のある『ぬこ衣装セット』だ。
一発芸でこれを着て、『にゃんにゃんダンス』を踊れば完璧だと話すユキネ。
そしてこれを勧めてくださったのが、お兄様だと聞かされて凄く納得が行った。
「ですが、このようなイレギュラーなパーティー。本当に貴族の方々が納得されるのでしょうか?」
「……納得せざるを得ないでしょう?」
参加者は全員、何かしらの一発芸をするのが宴会のルール≠セ。
異端といえば異端だが、主催者であるお兄様がそう決めた以上、それはパーティーに参加する上での最低条件となる。
参加条件に一発芸が設けられている以上、急な話とはいえ彼等はそれをやらざるを得ない。
主催は確かにお兄様だが、お兄様は彼等に用はない。お兄様に会いたがっているのは彼等の方だからだ。
ここで変にプライドを優先して参加しないなどといった選択を取れば、他の参加した政界・財界の有力者に遅れを取る可能性がある。
それに彼等にとっても、これはある意味でチャンスだ。一発芸で注目されれば、それを切っ掛けにお兄様に近付く口実が出来るかもしれない。
彼等からしてみれば、この宴会は自分達の商売や家の未来を左右する重要なイベントなのだ。
そのためにハヴォニワの貴族だけでなく、近隣諸国の諸侯達も今回の宴に参加すべく集まって来ていた。
ここまできて、みすみすとチャンスを棒に振るような真似をするはずもない。
それに水穂お姉様には、この領地視察とパーティーを大々的に行う事で、この領地の重要性を各国に認識させる狙いがあるようだ。
やはり、例の地下都市の存在を隠す事が一番の目的だと考えられた。
後は聖地入りする私達の事を考えてくださっているに違いない。
諸侯達の目を分散させる事で、聖地に入る私達に向けられる負担を減らす考えなのだ。
「ユキネは何をするつもりなんですの?」
「以前に水穂様から教えて頂いた芸を一つ」
参加者は全員なんらかの芸をしなくてはならない、という事は主催者であるお兄様や王女である私も例外ではない。そして私の従者であるユキネもだ。
支部で働く商会の皆や、屋敷の侍従達も思い思いの宴会芸を用意しているという話だった。
「お姉様から教えて頂いた芸? それは一体?」
「これで……斬ります」
「へ?」
そう言って手にした木の箒を、重厚な執務机に叩き付けるユキネ。
普通なら、木の箒の方が衝撃に耐えきれず折れるはずだ。
それなのに、聞こえてきた音は箒が折れるような鈍い音ではなく、ヒュンと剣が風を切るような鋭い音だけだった。
「何を……?」
「水穂様から教えて頂いた。メイドの嗜みです」
次の瞬間、ドカンという大きな音と共に時間差で左右に真っ二つに割れ、崩れ落ちる執務机。
これにはさすがに私も唖然とした。ただの木の箒でどうやったら、こんな芸当が出来るというのか?
そこで思い出したのは、以前にお兄様とお姉様が屋敷の庭で決闘された時の一部始終と、聖機人を箒で破壊したメイドの話だ。
――実はお兄様の発明品で、箒の方に細工があるのでは?
と考えたが、ユキネはそれを否定した。実際、手に取って見せてもらったが、仕掛けも何も無い極普通の箒だった。
だとすれば、これを成し遂げたのはユキネの実力という事だ。
その凄まじい技量に驚きを通り越して畏怖すら抱くほどだった
ただの木の箒が、名匠の剣にも代わる切れ味を見せたのだ。一発芸なんて次元の技術ではない。
「ユキネ……いつの間にこんな事が出来るように?」
「最近、ようやくです。本当は、軽く地面を真っ二つにするくらいの威力がだせるそうなのですが、私にはこれが限界で……」
私には大木を切り倒せるくらいです、言葉を続けるユキネ。地面を真っ二つにというのは、以前に木剣でお姉様がやったアレの事だ。
ユキネは謙遜しているが、木の箒でこの固い執務机を真っ二つに出来るだけでも、もはや人間業ではないと思う。
知らぬ間に、お兄様やお姉様のような真似が出来るまでに成長していたかと思うと、何だかユキネが一気に遠くに見えた。
とはいえ――
「ところでユキネ。故意の器物破損は経費で落ちませんわよ?」
「マリア様!?」
壊れた机を見て、ハヴォニワの王女ではなく商会の経理担当として注意を促す。
それは酷いとばかりに悲鳴を上げるユキネ。しかし、それとこれは話が別だった。
【Side out】
……TO BE CONTINUED
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