【Side:アンジェラ】
「ラシャラ様。太老様に一言、ご連絡差し上げなくて本当によろしかったのですか?」
「何を言っておる。こうして突然来るからサプライズになるのじゃろ?」
何だか胸騒ぎがする、とラシャラ様が仰りシトレイユを出発して五日。今、私達はハヴォニワのマサキ辺境伯領の領地にやって来ていた。
今頃はヴァネッサがマーヤ様への事情説明と、その他諸々の対応に追われて孤軍奮闘しているはずだ。
ここ最近ラシャラ様も、戴冠式に向けての準備や聖地入りするに当たっての公務の引き継ぎなど政務が忙しかった事もあり、色々とストレスや疲れが溜まっていたご様子だった。
太老様に会えないだけならまだしも、休みも満足に取れない有様だったのだから、それも仕方の無い事と言える。
『太老が助けを求めておる気がするのじゃ!』
などと口では仰っていたが、単に息抜きをしたいのだと分かっていた。
それもあってラシャラ様のためにとヴァネッサと相談して二人で決めたのだが、今頃は席を外しておられたマーヤ様への説明でヴァネッサも苦戦を強いられているに違いない。
その事もあって、どちらが留守番するかで揉めたジャンケン一本勝負で、勝ちを収めて本当によかったと安堵していた。
(ヴァネッサ。あなたの犠牲は無駄にしないわ)
まあ、それに太老様からパーティーの招待状が届いていたのは事実。それを理由にすれば、別段ラシャラ様がここに居るのも不自然な話ではない。
戴冠式が間近という事もあって、政務を優先して出席を見送っていただけの話だ。
晩餐会と一言にいっても、それこそ国内外問わず年間に開かれているパーティーの数は百や二百では済まない。
招待状一つ一つに応じて全部に参加していたら、身体が幾つあっても足らないほどだ。
現実問題、そうした全てのパーティーに出席する事は不可能で、招待した側も建前上招待状を送ってきているだけの話で全員に参加してもらえるとは考えていない。
特に招待相手が大貴族や王侯貴族であれば尚更だ。
招待状だけで部屋が埋まるほどの数が年間寄せられるというのに、それに全て応えていられるほど王侯貴族は暇ではない。
特別親しい間柄の人物からの誘いか、重要な式典か、余程の事情がない限りは積極的に参加するはずも無かった。
太老様主催の晩餐会というのは確かに初めての試みではあるが、今回の晩餐会は都市開発に関わる関係者を中心に招いたセレモニーだ。
財界・政界に在籍する方々に向けたパフォーマンスのような物に過ぎない。
今のラシャラ様のお立場からすれば、特に参加する意味など無いイベントだった。
「それにマリアの奴が、何やら抜け駆けしておる気がしてならんのじゃ」
「そちらが本音ですか……」
「我にとっては重要な問題なのじゃぞ!? マリアにだけは後れを取る訳にはいかんのじゃ!」
そんなラシャラ様の態度を見て、私は眉間に指を当てて大きくため息を漏らす。まさに子供の喧嘩だ。
ラシャラ様の仰るようにマリア様は当然参加されているだろうし、そこにラシャラ様が加われば戴冠式を間近に控え、現在大陸全土で話題の中心人物達が勢揃いする訳だ。
当然、注目を浴びないはずもなく、参加されている諸侯も挙ってお三方に取り入ろうとしてくるはずだ。
結果、一番大変な目に遭われるのは騒動の中心に居る太老様だ。それを考えると、ほんの少し同情を禁じ得なかった。
(太老様も大変ね……)
尤も、ラシャラ様が参加されるされない以前に、太老様がそうした事態に見舞われる事は確実だった。
今やマサキ辺境伯といえば、大陸中で注目を集める時の人物だ。どうにかして接点を持とうと、貴族・商人を問わず多くの人達がそのチャンスを窺っている。
今回のパーティーなど、そうした方々からしてみれば絶好の機会と言えた。
まあ、態とそうした場を提供する事で、貴族達の暴走を抑えようという狙いが恐らく太老様にはあるのだろう。
あの方の政治的手腕はラシャラ様や、あのマーヤ様もお認めになるほどだ。そうでなければラシャラ様、それにマリア様お二人の相手が務まるはずもない。
「ここか、大きい建物じゃな」
一応はお忍びという事になっているので、同行している従者は私一人だけだ。
一見不用心に思えるが、さすがに聖機人には及ばないものの、少なくとも私一人で正規兵一小隊分の護衛に匹敵するという自負があるつもりだ。
私とヴァネッサは、ラシャラ様の従者となるべく幼い頃より教育を施されてきた。
侍従としてのスキルは勿論の事、これでもマーヤ様直伝の武術の嗜みがある。伊達にラシャラ様の世話係兼護衛を仰せつかってはいない。
剣や槍の扱いではヴァネッサに及ばないものの、銃器を始めとした武器やトラップ・毒の扱いなど戦術の幅広さは私の方が遥かに勝っていた。
「そうですね。街の様子も想像以上のものでしたし」
港で船を降り、都市部に車を走らせ一時間。指定会場となっている都市中央の多目的ホールにようやく到着した。
街の姿を最初見た時には正直驚かされた。建ち並ぶ大きな石造りの建物。活気のある街並み。見た事もない店や物が街には溢れ、ここがハヴォニワの一都市である事を忘れるほど圧倒的な光景がそこには広がっていた。
大国の首都にすら見劣りしないほどの街並みだ。この街を見て、ハヴォニワの片田舎と馬鹿に出来る者は一人として居ないだろう。
「それよりも、ラシャラ様。幾ら太老様に内緒にしていても受付でばれますよ?」
「フフン、それなら抜かりはないわ」
そう言って受付の女性に招待状を手渡すラシャラ様。
ラシャラ様に気付き、受付の女性は『お待ちしていました』と軽く会釈すると、直ぐに別の案内人を手配してくれた。
「あの……ラシャラ様。これは?」
「マリエルやマリアには内緒で協力を頼んだのじゃ。我はシトレイユ支部の支部長も兼任しておるからの」
「それって越権行為では……」
「権力とは使うためにあるんじゃ!」
そう言って自慢気に胸を張るラシャラ様。
侍従長のマーヤ様がこの姿を見たら、『嘆かわしい』と呆れられるのは確実だった。
【Side out】
異世界の伝道師 第167話『夜会とぬこの集い』
作者 193
【Side:太老】
「どうかされましたか? 太老様」
「いや、なんかラシャラちゃんの声が聞こえたような?」
「気の所為では? 政務でお忙しいはずですし、ここに居られるはずがありません」
戴冠式の準備やら、色々とやる事があって忙しいという話を又聞きしていたし、こんな貴族向けのパーティーにラシャラが態々参加するとは思えない。
多分、マリエルの言うように気の所為だろうと、首を傾げながらも納得する事にした。
「屋敷の留守は、母さんにお願いしています。会場の警備はコノヱさんと警備部が担当を」
「ユライトさんは?」
「少し体調が優れないとのお話でしたので、屋敷でお休みに――」
ミツキからもユライトが病弱だという話は聞いていたが、身体が弱いというのは本当の話だったようだ。
マリエルの話では、今は侍従達が交代でついて看病しているという話だし心配は要らないだろう。
しかし本人の希望次第ではあるが、首都に戻ったら一度精密検査を受けさせた方がいいかもしれないと考えた。
首都の屋敷に詰めている医療部と水穂の診察であれば、余程難しい病気でもない限り対処方法が見つかるはずだ。
「マリア達は催しの準備か」
「はい。侍従達も有志を募って舞台に立つと張り切っていましたから」
ユキネがちゃんと伝えてくれたようだ。マリアの事だから、きっと素晴らしいダンスを披露してくれるはずだ。
マリエルの話によれば、侍従達も仕事があるため全員参加は出来ないが、色々と余興を考えてくれているようだった。
うちの侍従達はとにかくノリが良い娘達が多い。中には積極的にテレビに出演している侍従達も居て、『正木卿メイド隊』が有名なのもそうした事情が背景にあるからだ。
言ってみれば一流のエンターテインメント。侍従の顔とは別に、彼女達は芸能人としての側面も持つ。
元々、芸能や娯楽に密接した仕事をこなしている彼女達が、宴会芸の一つや二つこなせないはずがない。
「おっ、シンシアとグレースも来てたのか」
「母さんの代理だよ。商会の仕事で仕方なくだからな」
俺の姿を見つけて、直ぐに駆け寄ってくるシンシア。グレースは相変わらずだ。
まあ、仕事という言葉に嘘は無いのだろうが、色々と素直じゃない。
「太老様。そろそろお時間です」
「ああ、分かった」
シンシアを抱き上げ、グレースを連れてマリエルの案内で舞台の裏手へと回る。
日が沈み月が出て、夜会に相応しい様相を見せ始めた頃、会場となっている多目的ホールには招待を受けた数多くの貴族・商人達が集まって来ていた。
「おおっ、盛況だな」
「皆さん。まだ戸惑っておられるご様子ですけどね」
そう言って苦笑を漏らすマリエル。彼女の言うように、確かに彼等の表情には戸惑いの色が見える。
普段、彼等が参加しているようなパーティーとは違い、今日は正木家主催のパーティーだ。
気品や優雅さを競う華やかな貴族の晩餐会とは違い、一発芸大会を始めとした催しものは勿論、食べて飲んで騒ぐといった楽しさを重視した宴会が正木家のやり方だ。
ここに居るという事は、その条件を呑んだという事に他ならないが、まだ困惑している者達も少なくないようだった。
「それじゃあ、シンシア、グレース行ってくるよ。マリエル、二人の事よろしくね」
「はい。いってらっしゃいませ。太老様」
マリエル達に見送られながら、俺は舞台へと足を踏み出す。
俺が足を進めると会場を照らし出していた照明がフッと消え、会場の人達からどよめきの声が上がった。
天窓から薄らと差し込む月明かり。その僅かな光を頼りに、俺は舞台の中央へと足を進める。
『――ッ!』
次の瞬間、スポットライトが俺を照らし出す。
光に包まれ舞台の中央に俺が姿を見せると、先程まで騒がしかった会場が瞬く間に静寂に包まれた。
ここに集まっているのは国内外で名の知れた貴族と商人ばかり。さすがに人の上に立つ人物ばかりとあって、その辺りの分別は弁えているようだ。
「ようこそ、皆さん。正木太老です」
宴会の始まりを告げる挨拶。そして、俺主催の初めてのパーティーが幕を開けようとしていた。
【Side out】
【Side:マリエル】
太老様が舞台に姿を見せられた瞬間、場の空気が一瞬で変わった。
この静寂は太老様が作りだしたものだ。その場に居合わせた全員が、太老様の放つ雰囲気に呑み込まれ言葉を失っていた。
凄いカリスマだ。そこにいるだけで注目を集めてしまう圧倒的な存在感。この場は完全に、太老様お一人に支配されていた。
「さすがはお兄様ですわね。あの一瞬で格の違いを見せつけ、主導権を握ってしまわれた」
「……マリア様。その格好で言われても、余り説得力が無いというか……」
「うっ……文句ならお兄様に言って欲しいですわ!」
商会のマスコット分野の一番人気を誇る『ぬこ衣装セット』を身に纏ったマリア様。
若干息を切らした様子からも、太老様の事が気になって急いで来られたのだろう事は見て取れた。
この国で『黒ぬこ』と言えば、それはマリア様の事を指す。対象的に『白ぬこ』と言えば、シトレイユのラシャラ様が有名だ。
シトレイユでは今、猫の妖精ケット・シーの影響もあって一大ぬこブームが巻き起こっているという話だ。
シトレイユ支部のマスコット部門の売り上げでも、白ぬこラシャラ様のグッズの売り上げが一番を記録しているほどだった。
そのラシャラ様と同じかそれ以上に、ぬこ衣装のマリア様はここハヴォニワで圧倒的な人気を誇る。確かに宴会の余興としては、これ以上の物は無いように思えた。
実際、メイド隊の侍従達の間でも、ぬこマリア様の評判は良い。お持ち帰りしたい、と若干危ない事を口走っている侍従が居るくらいだ。
「他人事じゃありませんわよ! マリエルにも当然、参加して頂きます!」
「え? あのマリア様? 私には仕事があるのですが?」
「それを言ったら、ユキネにだって私の護衛という仕事がありますわよ? 丁度いいですわね。シンシア、グレース。あなた達もマリエルと一緒に参加なさい」
「ええ!?」
「……?」
マリア様に参加を強制され、悲鳴を上げるグレース。
シンシアは事情がよく分かっていないのか、唇に指を当てて首を傾げていた。
「とにかく、マリエルの参加は決定事項です。反論は認めませんわ」
駄目元で侍従長としての立場と役目を説明するが、結局マリア様の迫力に押されて参加する事が決まってしまった。
なし崩しでシンシアとグレースの参加も決定し、随分とグレースは嫌がっていたが、それが聞き入られる事は無かった。
とはいえ、宴会の出し物なんて直ぐに思いつくはずもない。時間も余りないし、即興で出来る物となると内容が限られてくる。
そんな事を考えていると――
「マリエル。それにシンシアとグレースも、『にゃんにゃんダンス』の振り付けは覚えていますわよね?」
「はい、有名な踊りですし……マリア様。まさかとは思いますが……」
「そりゃ、毎日あれだけテレビで流れてれば覚えてない訳……って、まさか!?」
直ぐにマリア様が何を仰りたいのか分かった。そして私達に何をさせるつもりでおられるのかも。
危険を察知して、慌ててこの場から逃げだそうとするグレース。
しかし、スッと音もなく現れたユキネ様に為す術もなく捕まってしまった。
「は、離せ――っ!」
「ごめんなさい。マリア様の命令なの」
羽交い締めにされ、暴れるグレース。しかしユキネ様が相手では、小さなグレースの力で逃げだせるはずもない。
ユキネ様は水穂様の弟子で、ハヴォニワでも五指に入る使い手の一人だ。その実力は文字通り世界でもトップクラスに入る。
ジタバタと暴れて疲れたのか、息を切らし逃げられないと判断して、ようやく大人しくなるグレース。
そんなグレースにトドメとばかりに、マリア様の一言が投げ掛けられた。
「衣装の事なら心配はいりませんわ。こんな時のために用意しておきましたの」
「それ、どんな時のためだ!?」
グレースのツッコミは、その場に居る全員の声を代弁した物だった。
【Side out】
……TO BE CONTINUED
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