【Side:太老】
ラシャラの戴冠式まで残すところ一日となった。
今日は朝からずっと明日のスケジュールや衣装の最終確認などに追われて、忙しい一日を過ごしていた。
夜には前夜祭が行われるという話で、日中の間に用事を全て済ませておく必要があったからだ。
ようやくそれも一段落し、休憩に入れたのは太陽が西に傾き始めた頃だった。
「ぬこ饅頭ですわね」
「ぬこ饅頭じゃな」
昨日は忙しそうにしていた事もあって、ラシャラのためにと買ってきて渡し忘れていたお土産を茶請けに、ラシャラとマリアと休憩を取っていた。
従者を始め、侍従達はまだ忙しそうに動き回っている。大きな式典ともなると、やるべき事が山のようにあるみたいだ。
ちなみに今、三人で食べている御菓子。その名も正木商会が独占販売をしているお土産の定番『銘菓ぬこ饅頭』だ。
これはシトレイユとハヴォニワの二国だけで売られている御菓子で、俺達が今食べているのは『白ぬこ饅頭』と言ってシトレイユだけで売られている真っ白なぬこをカタチどった白餡の饅頭。ハヴォニワで売られている饅頭は『黒ぬこ饅頭』と言って、こちらは中に粒あんを使った同じくぬこをカタチどった真っ黒な饅頭となっている。どちらも観光客に人気の商品だ。
「もう少し気の利いた土産はなかったのか?」
「でも、アンジェラさんがラシャラちゃんはこれが好きだって」
「確かに嫌いでは無いが……。正直食べ飽きて……いや、もう何も言うまい」
選択を間違えたか?
アンジェラの話だとお茶請けによく食べているという話だったので迷わずこれを選んだんだけど、よく食べているという事は考えてみると食べ飽きているって事だしな。余り寄り道しているような時間は無かったとはいえ、もう少し捻るべきだったかと考えさせられた。
(次はもうちょっと考えてから土産を渡そう)
聖地学院に着いたら、交互にマリアとラシャラの屋敷にお世話になる話で決まっていた。
そのお世話になる時にでも、土産に何か気の利いた物を持参すれば良いだろう。
(よし、次回はあっと驚く土産を買ってきてやろう。いや、買うのではなく現地調達という手もあるな)
あそこにはシュリフォンが管轄する森が隣接していたはずだ。
森は食材の宝庫というし、アウラに話を通せば狩りくらいは許可して貰えるかもしれない。食糧調達は殆ど剣士に任せきりだったとは言っても、これでも山籠もりの経験はコノヱやユキネよりも豊富だ。得意と自慢できるほどの物では無いが、狩りは苦手ではない。特に罠を張るのはマッド直伝。そこだけは剣士にも負けないくらい得意分野だった。
今からラシャラが驚く姿を想像すると楽しみだ。
「何やら、急に寒気が……」
「風邪か? 明日は大切な式典があるんだから、気をつけないとダメだぞ」
「う、うむ……。風邪ではないと思うのじゃが……」
腕を組んで首を傾げるラシャラ。
「また、誰かが妙な事を企てているのかもしれないな」
「それは十分にありえるの……」
先日、賊の襲撃にあった件もある。それにフローラ辺りが何かを企んでいても全く不思議では無い。
マリアと一緒にシトレイユに到着しているはずなのに、昨日から一度も姿を見ていないというのも怪しかった。
まあ、さすがに大切な式典で馬鹿な事はしないと思うけど……あのフローラだしな。
自尊心の高い目立ちたがり屋のシトレイユ貴族よりも、ある意味でずっと質の悪い人だ。
今でも思い出されるのは、フローラと初めて出会った頃の事。ユキネを国境の港まで迎えに行った時の事だ。
後で聞いた話だが、あの時にフローラが着ていた衣装は、聖地学院の修行時代に聖機師授与式で実際に着ていた式典用の正装らしい。
半被にレオタード、更にはキツネの尻尾と似合っているには似合っているのだが、少しは自分の歳を考えて欲しい衣装だった。
「うっ……」
「どうした? 御主まで風邪か?」
「いや、そんな事は無いと思うんだけど……」
今、凄い寒気がした。口に出していないのだから悟られていないはずだが……。
ううむ、やはりフローラに関する事で歳の話題だけは決してしないようにしよう。
好奇心は猫を殺す、という言葉もある。この手の話題の危険性は誰よりも熟知しているつもりだ。
「しかし、警戒は怠らぬ方がよいじゃろうな」
「ご心配には及びませんわ。シトレイユ軍はそれほどあてにはしていませんが、会場警備にはコノヱやユキネ、それにメイド隊の侍従達が張り込んでいますし、いざとなればお兄様がいらっしゃいますから」
「……それは我へのあてつけのつもりか?」
「いいえ、決してそのような事は……。でも、日頃の行いが悪いから、そのような目にばかり遭うのではなくて?」
「フンッ! 我は御主と違い、国皇となる身じゃからな。それだけ、敵も多いという事じゃ」
「それは自分で人望が無いと言っているようなものよ? 余りその事でお兄様に迷惑を掛けないで欲しいわね」
「なんじゃと!? 御主こそ、偉そうな事が言えるほど我と変わりはあるまい! お兄様、お兄様と。少し太老に依存しすぎではないのか!?」
子供っぽいと言うか、相変わらず仲がよいのか悪いのかよく分からない二人だ。ただ、息はピッタリと合っていた。
似た者同士と言ったところか。喧嘩するほど仲が良いとも言うしな。とはいえ、このまま放って置く訳にはいかない。
「そこまでだ。二人とも!」
「最初に仕掛けてきたのはマリアじゃ! 太老も少しマリアに甘いのではないか!?」
「少しはお兄様も仰ってください! 本来シトレイユの問題は、ハヴォニワの貴族であるお兄様には関係の無い事ですわ!」
「太老は我の婚約者となる身じゃ!」
「それは、私も同じですわ!」
最近は気をつけていたというのに、見事な藪蛇だった。
異世界の伝道師 第186話『男と女の関係』
作者 193
「マリアもなんで、ラシャラちゃんにあんな風に突っかかるかな?」
「ご心配なされているのかと」
「心配?」
「襲撃事件の事です。幸い何事もなく済みましたが、一歩間違えば大惨事でした」
マリエルにそれを言われると少し辛かった。
とはいえ、さすがに俺も勝てない勝負をするほ無謀ではない。あのくらいの敵戦力であれば、聖地学院での武術大会の時の方が正直きつかったくらいだ。今回はワウやコノヱも居たしカリバーンもある以上、それほど無茶な戦力差では無かった。
しかし、マリアを心配させてしまったと言う点に関しては弁明できない。
実際、襲撃された事は俺の意思ではないとはいえ、危険な事をしてしまったのは言い訳の出来ない事実だからだ。
「太老様。マリア様のためにも、もう少しご自愛ください」
「ああ、うん。俺が悪かったよ……」
ここは素直に反省するべき点だろう。ただ同じような目に遭ったら、また同じ事をしないとは確約できないが……。
黙ってやられるつもりも無ければ、ワウやコノヱだけに任せて置くのも不安だ。
何かとトラブルに巻き込まれる体質にあるようだしな。この先、まだ何度かこういう事がありそうだ。
「ところで屋敷の方はどうなった?」
「手配は滞りなく」
予定通り一ヶ月ほどで屋敷の改修工事は終わる、というマリエルの話だった。
ナウアはそれを見届けた後、その足で結界工房へ帰ったそうだ。俺に『ワウと娘達の事をよろしく』と伝えてくれという話だった。
戴冠式くらい出席していけばいいものを……。まあ、非公式の会談という事になってるしな。それに本人曰くシトレイユでナウア・フランといえば、変人の代名詞だという話だ。
夕食の席で冗談交じりに話をしていた時も、自分が重要な式典に参加したところで他の貴族達に煙たがられるだけだと言っていた。
同じ聖機工を輩出する家系でも、片や多大な成功を収め一国の宰相にまで上り詰めたババルン・メストと、シトレイユでの研究に見切りを付け、変人の巣窟とまで言われている結界工房へ自分の意思で向かった研究馬鹿のナウア・フラン。恵まれた暮らしを捨てて研究に没頭するナウアは、貴族達の間でもかなり浮いた存在だったようだ。
まあ、なんとなくだが分かるような気がする。あちらの世界でも、銀河アカデミーの哲学士達は尊敬はされても理解はされない変人ばかりだったしな。哲学士でなくとも、銀河アカデミーの学生と言うだけで変人扱いだ。まあ、実際に変人の集まりな訳だが……。
こちらの結界工房も似たような扱いを受けているという事なのだろう。いつの時代も、どんな世界でも天才とは理解され難いものだ。
マッドサイエンティストは理解されなくて当然だとは思うがな。主に俺に迷惑を掛けないで欲しい。
「パパ!」
「おっ、シンシア。久し振りだな」
マリエルと話をしながら城の中にあてがわれた自室に戻ると、扉を開けたところで待ち構えていたシンシアに抱きつかれた。
そう言えば、マリアやフローラと一緒に行動してたんだっけ、と思い出す。
一応、聖地学院ではシンシアとグレースはマリアの従者という扱いだからな。
「あれ? シンシア一人か? グレースは?」
部屋の中を見渡すが、グレースの姿が見えない。それにミツキの姿も見えない事に気付いた。
そういえば、フローラの護衛には昨日もユキネが付いていたという話だし、一体ミツキはどうしたんだ?
理由も無く職務放棄するような女性でもないし――
「――――で」
「なるほど。それで?」
「――――なの」
「フローラの指示で二人とも別行動を取ってる?」
「うん」
コクリと頷くシンシア。シンシアの話から大体の事情を察する事は出来たが、フローラの指示と言うところが気に掛かる。
そう言えば、マリアも昨日からフローラの行動が怪しいとか言ってたっけ。
式典の関係者と会議をしているというのに、あのマリアが蚊帳の外に置かれているくらいだしな。
「太老様……。よくシンシアの言っている事が分かりますね?」
「え? 何となくだけど分かるだろう?」
「いえ、まあ……」
歯切れの悪いマリエル。そんなに分からないモノだろうか?
確かにシンシアはまだ片言のぎこちない話し方しか出来ないが、全く話せない訳ではない。
それに以心伝心という言葉もあるように、目と目を合わせて話をしすれば、なんとなく言いたい事というのは伝わってくるものだ。
「シンシア。ぬこ饅頭食べるか? 沢山買ってきたから、まだ余ってるし」
「……うん。食べる」
「太老様。そのような事は私が――」
「たまにはやらせてくれてもいいじゃないか……。御茶を用意するくらい」
「……私の仕事を取らないでください。それに御主人様に御茶の用意をさせる侍従はいません」
そう言って俺とシンシアを席に座らせ、テキパキと御茶の準備を始めるマリエル。
コノヱといい、キャイアといい、俺の周りには融通の利かない女性が随分と多いようだった。
◆
「それは、マリエルさんの言い分の方が正しいかと」
「ええ……。でも、マリアもよく自分で御茶を入れてるじゃないか?」
アンジェラに先程のマリエルとの一件を全否定される。いつの間にか増えた大所帯でお茶会の続きを行っていた。
あの後、まずはアンジェラが部屋に顔を出し、その次にヴァネッサが、最後にユキネが部屋を尋ねてきた。
で、コノヱとキャイアの衣装の話から融通の利かない女性が多いという話になって先程のマリエルの話がでたのだが、全員一致で俺が悪いと結論に達していた。
当事者のマリエルを抜いても三対一では分が悪い。従者・侍従の結束は強かった。
「マリア様は相手が太老だから」
「俺だから?」
「普通は侍従が居るのに御茶を自分で淹れる主人はいない。それも使用人のために」
「そんなものかな……」
御茶くらいでそんな大袈裟な、と俺は思うが、彼女達にとってそれは俺が考えている以上に重要な事のようだった。
三人に言わせれば、俺には主人としての自覚と心構えが足りていないと言う話だ。
「ドンと構えて命令してれば良いんですよ。ラシャラ様のように」
「いや、それは……」
自分の主を例えにだして、何気にきつい事をいうヴァネッサ。
言いたい事は分かるけど、本当にそれで良いのか? 仮にも主君だろう。
とはいえ、俺はあんな風に高笑いは出来ないしな。ラシャラを思い浮かべがら、そんな事を思った。
「よろしければ、アンジェラを貸し出しましょうか? なんでも好きに命令してくださって結構ですので。彼女、あっちの方も凄いんですよ?」
「ちょ、ちょっとヴァネッサ!? 何を勝手に!」
「チャンスじゃない。マーヤ様とラシャラ様には上手く言っておいてあげるから。私は応援するわよ」
「そ、そういう気の利かせ方はしなくていいの!」
コノヱや侍従達を会場警備の方に取られている事で気を遣ってくれてるのだろうが、身の回りの世話はマリエルがやってくれるし、それほど不自由してないしな。折角の申し出だけど、アンジェラの手を借りなくてはならないほどの事は無い。
しかし、あっちの方も凄いってなんだ?
アンジェラがうちの侍従達と甲乙つけがたいほど万能な事は知っているけど……もしかしてそういう事なのか?
「確かにアンジェラは凄いな」
「た、太老様!?」
予想もしなかったと言った様子で、大声を上げるアンジェラ。
何を驚く事があるのか? 俺だって、ちゃんとアンジェラが凄い事を知っているぞ。
「……もしかして、ご覧になった事があるのですか?」
「うん。じっくり見せてもらったよ。確かにアレは凄いモノ≠セった」
ヴァネッサの言うように確かにアレは凄かった。
テクニックはまだまだと言ったところだけど、その直向きな姿に光るモノを感じたのは確かだ。
「アンジェラ、いつの間に太老様とそんな関係を……。水臭いじゃない。それならそうと言ってくれても」
「え、え、ええっ!? そんな覚えは――」
「え、忘れたのか? 俺の前であんなに可愛らしい姿を見せてくれたのに」
次の瞬間、背後でガシャンと甲高い音が鳴り響いた。マリエルが珍しく御茶を載せたトレーを床に落としたようだ。
「マリエル、怪我はないか?」
「申し訳ありません。直ぐに片付けます!」
そう言って、ぎこちない様子で落としたカップの破片を拾い始めるマリエル。
「痛っ!」
「ああ、言わんこっちゃない」
今日のマリエルはどこか変だった。
いつもならしないミスをしたばかりか、ミスの連発で破片で指を切るなんて普段ではまずしない事だ。
「た、太老様!?」
「早く怪我の手当をしないとダメだろう? えっと、ユキ……いやヴァネッサさん、そこの救急箱を取って貰えますか?」
「違う! 違うのよ! ちょっとヴァネッサ、ちゃんと話を聞いて!」
「ほら、白状しなさい。その方が楽になれるわよ」
「……ダメだな。これは」
何故か、ユキネの様子もおかしかった。先程から一言も反応が無いと思ったら、無表情で固まっていた。
あの一件を掘り返されて余程恥ずかしかったのか、顔を真っ赤にして狼狽えるアンジェラ。
そして、そんなアンジェラを見て、なんだか楽しそうなヴァネッサ。はてには普段しないようなドジばかり連発するマリエル。
「パパ。お薬」
「おっ、シンシアありがとうな」
シンシアを除いて全員がおかしい。謎は深まるばかりだった。
◆
「よし、これでいいよ。しばらく水仕事は禁止な。出来る事なら何もしないで安静にしてる事」
「ありがとうございます……。それで、太老様。不躾な質問で申し訳無いのですが、先程の事を……」
「ああ、あれね。よし、それじゃあ、全員でやるか」
『…………え?』
俺の一言に驚いた様子で、従者・侍従全員の声が揃った。
【Side out】
……TO BE CONTINUED
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