【Side:水穂】
「クリフ・クリーズね」
聖地に居るランから気になる情報がもたらされ、問題の人物『クリフ・クリーズ』という人物の事を調べてみれば、ランが危惧した通り面倒な事が発覚した。
クリフ・クリーズ、今年十七才の誕生日を迎える男性聖機師。所属はハヴォニワ王国。
クリーズ家と言えばハヴォニワ王家に仕え、代々有能な聖機師を輩出している事で知られる由緒正しき貴族の家柄だ。
学院の在籍期間は四年。本年で下級課程を修了し、来月から晴れて上級生の仲間入りをする。
学内での成績は極めて優秀で、武術・学業どちらに置いても男性聖機師の間ではダグマイア・メストと並び、常に首席の座を競い合うほどの秀才。面倒見が良く、親しみやすい性格をしている事もあって、教師・生徒問わず学内での評判は上々。高い実力と人格を買われ、数少ない男性聖機師の中でも特に将来を有望視されている一人でもある。
そう、報告書には記されていた。
「正直、出来すぎなくらいね」
そう、欠点らしい欠点が見当たらない。将来性の高い、実に有能な聖機師と、この資料も物語っていた。
それだけなら、ランが私にこのような報告書を回してくるはずがない。この話にはもう一つ、別に報告書が添えられていた。
彼が信用の失墜したダグマイア・メストに取って代わり、あるグループで頭角を現し始めているという報告が上がっていたのだ。
そのグループとは、聖地学院に在籍している男性聖機師だけで構成された思想集団の事だ。
現行の聖機師制度に対して否定的な考えを持っている男性聖機師が集まり、男性寮の一角を占拠して意見交換をしているようで、クリフ・クリーズはその中心人物として名が挙がっていた。
しかしそれだけであれば、注意は必要だが大きな問題とは言えない。
例に挙げるなら、学生が自由恋愛を禁止と言われて、大人に反抗しているくらいの話だ。思想集団とは言っても、子供の反抗と大差はない。
各国の男性聖機師が置かれている立場は私も承知しているが、そのお陰で高い特権を与えられている事を考えれば、負の側面ばかりとは決して言えない。その特権があるからこそ、彼等と彼等の家族は贅沢な暮らしを許されているという側面もあった。
その暮らしに慣れきった彼等が、今更平民と同じような暮らしを送れるはずもなく、特権だけを享受したいなんて考えは甘えでしかない。
特権や生まれ育った土地を捨て、裸一貫で始めるくらいの気概があれば良いが、それも出来ないようなら何を言っても子供の我が儘と同じだ。
与えられた力や環境に勘違いをして、理想に酔うのは若い世代にはよくある事。放置していても特に問題の無いような内容だ。
瀬戸様辺りなら、『好きにやらせてみたら?』と言いそうな話だ。
特に何か目立った行動をしていると言う訳では無いようなのだけど、一つだけ気掛かりな点があった。
ダグマイア・メストに代わり、思想集団のリーダーをしているという男、クリフ・クリーズ。
彼がハヴォニワ出身の男性聖機師と言う点に、今回気にしている問題点が隠れていた。
――ハヴォニワの大粛正
高地の人間か、世情に疎い人でも無い限り、これを知らない者は恐らくはいないはずだ。それほどに有名な事件。
太老くんが深く関わる事になったこの事件は、首謀者となった公爵以下、多くの貴族がこの一件で粛正対象となった。
その中に、彼の実家のクリーズ家が含まれていたのだ。
爵位を剥奪の上、議員だった者達は職を追われ、これまでの罪が明るみになった者達の大半は収容所送りとなった。
クリーズ家も例外ではなく、ハヴォニワ政府で役職や議員に就いていた彼の家族や親戚は尽く粛正の対象となり、クリーズ家はクリフを残してその殆どが収容所送りとなった。
クリフが難を逃れたのは聖地学院で修行中だったため計画には加担していなかったと見なされた事と、彼が有能な男性聖機師だったという点が大きい。ハヴォニワは聖機師に対しての考え方、捉え方が他国に比べて随分と変わってきているとは言っても、聖機人が国家防衛の要として機能している現状がある以上、聖機師が優遇されている事実はそれほど他国と変わるものではない。クリフも、そんな男性聖機師と言う立場に護られた一人だった。
その事からも、彼はハヴォニワ王家と太老くんに恨みのある人間という事になる。
自業自得とは言っても、その結果、彼が奪われた物は大きい。家族のために復讐を考えていても、なんら不思議な話ではなかった。
そんな彼が、子供の火遊びとは言っても思想集団の中心に居る。この事実は私達に疑念を抱かせるには十分な内容だった。
「それで、私が呼ばれたのですね」
「ええ。あなたの知っているクリフ・クリーズという人物を、出来るだけ詳しく教えてくれるかしら?」
地下都市の建造計画に拘わっているエメラを本部へと呼び戻したのには、そのクリフの一件が深く関係していた。
実のところ、ハヴォニワ国内で現体制に対する反抗勢力動いているという話もあったからだ。
国民から絶大な支持を得ている太老くんではあるが、同時に同じくらい敵の数も多い。
先程例に挙げた粛正された貴族やその犠牲となった家族など、太老くんに恨みを抱いている者は大勢いた。
そうした者達とクリフが繋がっていないとは言い切れない。証拠は無いが動機は十分にあるこの状況。放置しておくには危険と判断したランの洞察力も軽視できなかった。
「特に悪い噂を聞くような方ではありません。調査結果の通り、教師・生徒を問わず評判も良い方です。ただ……」
「ただ?」
「何の証拠も無い、ただの噂に過ぎない話ですが、クリフ様には一つだけ良くない噂も……」
聖地では身分の違い、風習の違いなど理由は様々ではあるが、生徒同士の間でイジメが問題となる事も珍しくはない。
それだけであれば特に珍しい話ではないが、以前にそのイジメを裏で糸を引いていたのがクリフ・クリーズだという話が、学院内で囁かれた事があるそうだ。
クリフに嫉妬した第三者が流したデマだろうという事で、誰もその話を信じなかったそうなのだが、そうした話が生徒の間で流れたのは事実だった。
「……調べてみる価値はありそうね。エメラ、あなたの知っている情報を出来るだけ詳しく報告書に纏めて置いてくれる?」
「それは構いませんが……。どうされるおつもりですか?」
「今は、特に何もしないわ。ただの保険よ」
そう、今はあくまで様子見。クリフ・クリーズの調査と監視は継続するが、それ以上の事は何もするつもりは無かった。
しかし、もし本当に彼が反抗勢力である旧体制の貴族と通じているとすれば、その限りではない。
家族を奪われた彼にも言い分はあるだろうが、私の優先順位はあくまで太老くんだ。
彼が太老くんの障害となるようなら、その時は――
「ごめんなさい。彼の件もあるのに、あなたには嫌な仕事を押しつけちゃって」
「いえ、既に覚悟は出来ています。太老様の理想は、私の理想でもあるのですから――」
「……そう言ってくれると助かるわ」
エメラが理想とする世界。そして彼女が全てを犠牲にしても護りたかったモノ。全ては、愛する人のために――
その気持ちだけは、同じ女性として共感する部分があった。
【Side out】
異世界の伝道師 第187話『嵐の前夜』
作者 193
【Side:ラシャラ】
「全く主が主なら、従者も従者ですわね。ミイラ取りがミイラになるなんて」
「御主の従者、ユキネも他人の事はとやかく言えぬじゃろう。呼びに行って、帰って来ぬではないか」
最初はアンジェラが太老を部屋に呼びに行き、いつまで経っても帰って来ぬのでヴァネッサを使いにやったところ、二人とも一向に戻ってくる気配が無い。次にマリアが『仕方が無いですわね』と言ってユキネを使いに出し、そのユキネまで帰って来ないまま一刻が経過しようとしていた。
さすがに痺れを切らした我とマリアはパーティードレスに着替え、二人揃って太老の部屋へと向かっていた。
何があったのかはしらぬが、幾ら何でも時間が掛かりすぎじゃ。前夜祭は、もう始まっておると言うのに――
「ラシャラさんは、先に会場の方へ行かれては如何ですか? 主賓が居ないのでは格好がつきませんわよ?」
「婚約者にエスコートをお願いするのは当然じゃろう? 御主こそ、先に会場に向かってはどうじゃ? フローラ伯母が先に行って待っておるのではないか?」
「私も婚約者です。それにお兄様はハヴォニワの機師。当然、ハヴォニワの姫である私の<Gスコート役を引き受けてくださいますわ」
「お守りの間違いじゃろう」
「なんですって!」
「本当の事を言って何が悪い!」
戴冠式を前日に控え、今日は城の中庭を使って盛大な前夜祭が行われていた。
そのため、お披露目を兼ねて太老には会場までのエスコート役を引き受けてもらおうと考えておった。
ハヴォニワとシトレイユの同盟のためとはいえ、大国の姫が揃って婚約というのは異例な事じゃ。
しかも嫁ぎ先は二人とも一緒。聖機師が優遇されるこの世界では決して無い話とは言わぬが、今回のようなケースは珍しい。
この世界で最も大きな勢力を持つ大国として知られる三国。シトレイユ皇国、ハヴォニワ王国、シュリフォン王国。
将来的には、その内の二国を統合するも同然の話をしておるのじゃから、諸侯の注目が否応にも集まるのは当然の話じゃった。
(これ以上の嫁は正直いらぬが、太老はアウラとも親交があるという話じゃしの……)
ここにシュリフォンが加われれば、事実上の世界統一国家が誕生しても不思議では無い。
そうならずとも、シトレイユとハヴォニワの同盟はそれだけで他国への大きな抑止力となる。ハヴォニワの技術力と経済力、そしてシトレイユの軍事力が一つになれば、教会とて迂闊に手はだせなくなるじゃろう。謂わばこれは、各国や教会への牽制の意味もあった。
より住みよい世界に――太老の目指す理想の布石とする訳じゃ。計画の根幹はフローラ伯母の企みと、水穂の提案によるものじゃ。
あの二人が関わる話となると冗談で済むとは思えぬ。恐らくは大真面目に『世界統一』と大それた事を考えてるに決まっておる。
そこに太老が関わっているとなると、益々冗談とは言えない。現実味のある未来として、我も考えておかねばならぬ。そのための婚約、そのための同盟でもあった。
勿論、我もシトレイユ皇国での立場をより盤石な物とするために利用させてもらっておるのじゃから、それはお互い様と言える。
重要なのは民が安心して暮らせる国を作る事。そのためには、国同士の諍いを少しでも無くす努力が必用じゃった。
長い間、大きな戦には見舞われていないとはいえ、根本的な部分を改善するためには、多少強引な手段も必要となる。
分散統治されていた国を統一し、ハヴォニワがシュリフォンやシトレイユに並ぶ大国へと生まれ変わったように、この国は、いやこの大陸は大きな転換の時期を迎えていた。
諸侯が見届けたいのは、我の戴冠式などではない。
この国が、自分達の住むこの大陸が何処に向かおうとしておるのか、それを見極めたいのじゃろう。
太老がその中核を担っておる事は、ここに集まっておる者であれば誰もが知るところじゃ。
だからこそ、戴冠式と同盟式典を明日に控えた前夜祭には、太老に必ず出席してもらう必用があった。
(マリアだけには負けられぬ)
正式な結婚を前に、既に我とマリアの戦いは始まっていた。
まずは集まった諸侯に、太老と我の関係を少しでも印象付ける事が重要じゃ。それだけで半分は勝ったも同然。そうして少しでも有利な状況を作り出し、後は出来る事なら太老の口からプロポーズの言葉を聞きたい。そうすれば、胸を張って『太老の正妻は我じゃ』と宣言できると言うもの。
側室の件は仕方が無いと思っておる。以前にマリア達と交わした同盟の話――淑女協定もあるが、太老ほどの男になれば側室の十人や二十人居たところで不思議な話ではない。今や名実共に誰もが認める世界一の男性聖機師と言う事もあるし、学院を卒業すれば聖機師としての結婚の申し込みも後を絶たぬはずじゃ。『黄金機師』の二つ名は伊達ではない。
「御主には負けぬぞ。マリア!」
「それはこちらの台詞ですわ。ラシャラさん!」
国の威信を懸けた戦い。いや、乙女の誇りと意地を懸けた戦いの火蓋が切って落とされようとしていた。
その時じゃ――
「……太老様、恥ずかしいので余り見ないでください」
「恥ずかしがらなくても、とても綺麗だよ。マリエル」
太老の部屋の前。マリアと二人、部屋の中から聞こえてきた声に唖然とした。
よく見ればほんの少し扉が開き、そこから部屋の中の明かりが漏れていた。
「太老……。初めてだから、その……出来る事なら……」
「ううぅ……。まさか、またこんな……」
「アンジェラと一緒になんて、ちょっと恥ずかしいけど……」
ユキネ、アンジェラ、ヴァネッサの声が今度は順に聞こえてきた。
何やら羞恥心の入り混じった艶やかな声を上げておる三人。太老と一緒に部屋の中におるようじゃが、一体何をしておるのか。
どう考えても、この様子はアレ以外に考えられない。尋常成らざる事態じゃった。
「な、何をしておるのじゃ! 御主の従者は!?」
「それを言うなら、あなたの従者だって!」
これは俗に言う、大人の関係という奴じゃろうか? 我等には、まだ早いと言われておるアレに違いない。
我等とて、まだそんな関係には至っておらぬというのに、よもや自分達の従者が太老とそのような関係に及んでおるとは考えもしなかった。
太老も男じゃ。そうした事に興味が無いよりは、確かにある方が自然と言える。いや寧ろ、そのくらいの甲斐性はあってもらわねば困る。
だがしかし、それも時と場合による。確かに我やマリアのような身体では太老を満足させられぬやもしれぬが、何も婚約式の前日にそのような行為に及ばずとも良いはずじゃ。しかも我等の許しも無く我等の従者と事に及ぶなど、胸の薄い我等に対するあてつけのつもりか!?
そう考えると、何とも言えない怒りのようなものが沸々と込み上げてきた。そういえば太老には、以前にも我等ではなくユキネを選んだ前科があった。
「マリア……」
「ええ、ラシャラさん」
このような裏切り許せるはずもない。太老を含め関係者には全員、事情を確りと説明してもらわねばならぬ。
行き成り全員でなどと、幾ら愛し合っているとは言っても破廉恥極まり無い所業じゃ。
目と目で互いの意思を確認し合い、部屋の中に踏み込む覚悟を決める。マリアと二人でタイミングを合わせ、いざ扉に手をかけようとした瞬間――
バンッ!
『――ふぎゃっ!』
扉が勢いよく開かれ、思いっきりドアに顔をぶつけ、強打した。
反射的に漏れたマリアと我の悲鳴は、十代前半のピチピチの乙女のモノとは思えぬ、潰れたヒキガエルのような無残な音を奏でていた。
「あら? マリア様? それにラシャラ様も? こんなところで、どうされたのですか?」
ドアで強打した額を手で押さえ、その場に蹲った我等に掛けられたヴァネッサの声。
涙目で声のした扉の方を振り向くと――
「……なんじゃ、その格好は?」
「……ユキネも、その格好はなんですの?」
涙で滲んだ視界に、仮装した従者達の姿が映った。
全員が頭にぬこ耳、腰に尻尾を付け、色やカタチの違うパーティードレスを身に纏っていた。
【Side out】
【Side:太老】
「二人とも機嫌を直してくれないかな?」
「我は怒ってなどおらん」
「私も怒ってなどいませんわ」
そう言いながら、どこか機嫌の悪いラシャラとマリア。話は、ほんの三十分ほど前に遡る。
前夜祭のための準備をしなくてはいけない。それならと、アンジェラの凄いところを見せてもらうついでに全員で衣装合わせをしていたのだが、仲間外れにされたと勘違いした二人が拗ねてしまったのだ。
ヴァネッサの話からアンジェラのぬこダンスを思い出して、あの場の成り行きで始めてしまった事だが、決して二人を仲間外れにするつもりなど無かった。
そこを分かって欲しくてずっと説明しているのだが、先程から二人には許して貰えず、ほとほと困り果てていた。
「はあ……もういい。太老じゃしな」
「そうですわね。お兄様ですものね」
何やら二人だけで納得した様子のラシャラとマリア。いつものように仲違いする様子は無く、息もピッタリと合っていた。
「当然、私達のエスコートをしてくださいますわよね?」
「当然じゃな。美少女二人に挟まれて、これ以上の役得はあるまい」
「よ、喜んで……」
そう言って、返事を待たず腕を組んでくる二人。有無を言わせぬ二人の迫力に気圧されながら、俺は素直に頷いた。
向かって左にラシャラ、右にマリアを伴って、会場となっている城の中庭へと向かう。
「本当に、もう怒ってない?」
「しつこい殿方は嫌われますわよ? それとも、私達のエスコート役がお嫌ですか?」
「いや、そんな事は……喜んでやらせて頂きます」
「挽回なら、これからのパーティーでするがいい。期待して待っておるぞ」
「……お手柔らかに頼むよ」
これからの事を考えると気が重い。一体、何をやらされるのやら……。
華やかなパーティードレスを着込み、いつものぬこ耳と尻尾を身に付けた二人に挟まれながら、諸侯の待つ会場へと足を踏み出した。
【Side out】
……TO BE CONTINUED
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