【Side:ラシャラ】
式典までの時間、会場の控え室でマリアと二人、御茶をして時間を潰していた。
随分と早く会場入りしたのも城に居て、太老と顔を合わすのが恥ずかしかったからと言うのも理由にあった。
「酷い目に遭いましたわ……。いえ、嬉しくなかったといえば嘘になりますけど」
「全くじゃ。よもや太老があのような事を……」
昨晩の前夜祭の事を思い出すと、今でも頬が熱くなる。よもや、太老があのような行動にでようとは……。
期待していたのは確かじゃが、あのような行動に太老がでるとは我とマリアも完全に予想外じゃった。
「おはようございます。マリア様、ラシャラ様」
「ワウアンリー。帰っておったのか?」
「ええ、今朝早くに。昨晩の前夜祭の話、聞きましたよ。フローラ様から」
背後から掛けられた声に反応し、そちらを振り向く。
いつも工房で着ている作業服に身を包んだワウアンリーが、控え室の入り口に立っていた。
「原因はこの果実ですよ。普通に食べても美味しいんですが問題もあって、これ胃の中で発酵するとアルコールになるんです」
ワウが取り出したのは、昨晩の前夜祭でデザートとしてだされていた果実じゃった。
そう言えば、太老が『美味い』と言ってモグモグと食べていた事を思い出す。でも、そんなに直ぐに発酵するはずが無いんですけどね、と首を傾げるワウ。
効果が出るまでに個人差はあるものの、通常であれば食べて直ぐに効果がでるような代物ではないらしい。
しかも本来は悪酔いするような代物ではなく微量のアルコールしか含んでいないはず、とのワウの話じゃった。
「そう言えば、以前に聞いた事がある……。確か、母上が……」
聖地学院に我の母上が在籍していた頃、この果物を使って生徒を相手にちょっとした商売をしていたと言う話を聞いた事があった。
我の母上はシトレイユ皇国が今のように豊かな国となる土台を築いたと言われるほど商才に恵まれた人物で、学院在籍時代にも『金の臭いのする場所にゴールドあり』と謳われるほど様々な隙間商売に手を出し、開拓したとさえ言われている伝説的な存在じゃ。フローラ伯母と合わせて『グウィンデルの花』などと大層な名前で呼ばれていた姉妹の話は、今の生徒達の間にも語り継がれているほど有名な話じゃった。
父皇との馴れ初めも、それが原因と聞く。最終学年の年に、聖地で年に一度行われる武術大会の運営に携わっていたところ、その才覚と手腕を父皇に認められてシトレイユに嫁入りをしたという経緯があった。
それほどまでに金銭に異常な執着を見せ、恐ろしいまでの商才を発揮した母上ではあるが、行き過ぎた金の執着が災いして幾つかの失敗をしている。
その内の一つが聖地奥の森を使って行われていた、今回問題となった果物の無断栽培じゃった。
聖地学院は修行の場。当然ではあるが生徒のアルコールの持ち込みや摂取は禁止されておる。
しかし着飾る事も許されない地味な制服に、毎日寮と学舎を行き来するだけの日々替わる事の無い退屈な毎日。聖機師とはいえ、まだ若い十代の子女達がそんな退屈な生活に嫌気がさし刺激を求めるのは自然な流れ。学院の規則で禁止されているアルコールなどは、その退屈な日常をほんの少し刺激で満たすのには最適な代物じゃった。
母上はそのアルコールの元となる果実を栽培し、それを生徒達に密かに売り捌いておったのじゃが、巧妙に偽装までして隠してあった森の畑が偶然通り掛かった聖地の職員に発見され、事が明るみになった事で大騒ぎとなり、聖地奥の森が立ち入り禁止になったという経緯があった。
「シトレイユや聖地では有名な話じゃ。迂闊じゃった。まさか、あの果実がそのような物じゃったとは……」
数ある母上の逸話の中でも有名な話の一つじゃ。
このような話が山ほどあり、それを子守歌代わりに聞かされて我は幼い時を過ごした。
と言うような話をマリアとワウの二人に聞かせてみたところ――
「だから、こんなに性格がねじ曲がってしまったのですわね」
「……ああ、なるほど。それで金に汚いんですね」
「余計なお世話じゃ!」
マリアとワウの話に顔を真っ赤にして抗議する我。あのような金に五月蠅い守銭奴と一緒にせんで欲しい。
思い出しただけでも、はらわたが煮えくり返る。母上、いやあの女が我にした仕打ちの数々。
我がコツコツと貯金していたブタさんの貯金箱を、『若い内に現実を知っておきなさい』と言ってあ奴はあ奴はあ奴は……。
「なんだか、悪い事を聞いてしまったようですわね……」
「マリア様で言うところのフローラ様みたいなものでしょうしね……」
金銭に関わる事では、身内にも容赦のない女じゃった。
相手を破滅するまでは追い込んだ事はない、などと言われておるがアレは鬼じゃ。人の皮を被った悪魔じゃ。
我が母親ながら、絶対に参考にはしたくない最悪の母親じゃった。我のしている事など、あの女に比べればまだまだ可愛いものじゃ。
いざと言う時、金が無ければ何も出来ん。逆を言えば、金があれば選択肢も広がるというもの。
金とはそれほどに重要且つ大切な物だと、我は母親を見て学んだ。あのような思いをするのは二度とごめんじゃ。
「ですがその果物の話でしたら、私もお母様から伺った事がありますわ。ゴールド叔母様の話は有名でしたから」
「この果物って、お城で用意した物なんですよね?」
「そのはずじゃが……。いや、しかし……」
ワウの言葉に、マリアもハッとした様子で件の果実へと視線を移す。
フローラ伯母ならやりかねない、とそこにいる全員が思った。
「……屈辱ですわ。最初から、これを狙っていたのでしょうか?」
「可能性としては考えられるが、誰も知らなかった太老の弱点をフローラ伯母が知っておったとも思えんしの……」
「だとすると偶然? それにしては手回しが良すぎるような……」
「いや、あのフローラ伯母の事じゃ。そのくらいの事はその場の勢いで造作もなくやってのけよう。問題は……」
「……これからの事ですわね」
マリアと二人、これからの事を相談するも良い答えは出ない。
昨日の事は嬉しくないと言えば嘘になるが、どちらかと言うと恥ずかしさの方が勝る出来事じゃった。
期待していたとは言っても、正直な話やり過ぎなくらいじゃ。何事も無ければよいのじゃが……。
『はあ……』
二人してため息が漏れる。そんな我等の姿を見て、ワウは渇いた笑顔を浮かべていた。
【Side out】
異世界の伝道師 第188話『色物女王と未来の旦那様』
作者 193
【Side:太老】
「頭がガンガンする……」
「太老様、お水をどうぞ。それと水穂様が調合された二日酔いのお薬です」
「ありがとう、マリエル。というか、なんで都合良く二日酔いの薬が?」
「フローラ様に頼まれて以前に沢山お作りになったとかで、こんな事もあるかと思いまして少し分けて頂いていたんですよ」
「さすがはマリエル。用意が良いな……」
水穂の薬なら、そりゃ効果も高いだろう。フローラの用途に関しては、敢えて何もツッコミはしないが……。
マリエルから薬を受け取り、一気に口に放り込み水で流し込んだ。取り敢えず、ようやく人心地ついたと言った感じだ。しかし、困った事が一つだけあった。
昨日からの記憶が無い。正確には前夜祭の後からの記憶がすっぽりと記憶から抜け落ちていた。
チュンチュンと小鳥のさえずる声で目が覚めたら、いつの間にかベッドで寝ているし、一体全体何があったのかさっぱり分からず終いだ。
「マリエル、昨日何があったんだ?」
「…………酔い潰れられたようで、侍従達とベッドまでお運びしました」
「いや、最初の間が凄く気になるんだけど……というか俺、酒なんて飲んだか?」
酔いつぶれるほど酒を飲んだ記憶が全く無かった。昨日は一滴もアルコールを摂取していないはずなんだが……。
そもそも、今の今まで酔いつぶれるほど酒を飲んだ事など一回も無い。あの柾木家や鬼姫主催の宴会でさえ、素面で乗り切った俺だ。これでもアルコールには強い方だと自負していたのだが……。
「一体、何があったんだ?」
俺の疑問の声に答えてくれる人物は誰一人いなかった。
◆
『太老くん……あの果実を食べたのね』
「その様子からして、水穂さん何か知ってるんですか?」
ハヴォニワに居る水穂から緊急の通信が入り、折角なので昨日の話をしてみるとそんな答えが返ってきた。
昨夜何を食べたかと訊かれたから順に答えただけなのだが、水穂はやっぱりと言った顔で額に手を当てる。
『あれは私達≠ノとっては、ちょっと特殊な代物なのよ』
水穂の説明によると、俺がパーティー会場で口にした果実は発酵すると微量のアルコール成分を発する代物らしく、普通の人が食べればそれなりにほろ酔い出来る程度の物らしいのだが、ナノマシンによる生体強化を受けている俺達には特別な効果がでるとの話だった。
生体強化とはかなり便利な物で、体内に摂取されたアルコールは通常であれば、身体に害のでないようにナノマシンが成分解析を行いそれを分解、二日酔いや泥酔といった状態を引き起こさないように自動的にコントロールされるそうだ。
そもそもは毒や病原菌に対する副次効果のようなものらしいのだが、魎呼がベロンベロンに酔っていても一瞬で素面に戻る事が出来るのは、この分解処理を早回ししているからみたいだ。
俺がこれまでの宴会で、一度も悪酔いをしなかった一番の理由は、その特殊な身体にあると言う水穂の話だった。
まあ、そうでなければ一週間もぶっ続けで酒を飲んだり、大騒ぎは出来ないだろうしな。
あの人達の異常さは、身体の構造からして普通の人間とは違うところから来ている。
そう、通常どおりナノマシンが働いていれば、今回のような事にはならなかったのだ。
ところがここで、一つ例外とも言える問題が起こった。それが昨日、俺が口にした果実と言う訳だ。
「ナノマシン酔い……ですか?」
『そう、あの果実に含まれる成分には、ナノマシンを興奮状態にする作用があるみたいなの。本来はそれでも、太老くんのように過剰な反応を示すような事は無いのだけど……』
水穂が試しに食してみた時には、確かに普通にアルコールを摂取するよりも早く酔いが回るのを感じたそうだが、俺のように意識を失うと言ったほどの効果は無かったそうだ。
しかし俺の生体強化は、伝説の哲学士『白眉鷲羽』のお手製。改造された本人は勿論、水穂でも解析が不可能な特別製の代物だ。
「ようは、あの果実を食べると俺は意識を失って暴走してしまうと……。酔っ払った魎呼みたいなもんか……」
結論から言うと、何も分からない。
とにかくあの果実だけは絶対に俺が食べてはいけない代物だという事だけが分かった。
俺だって意識を失うような物を、幾ら味が良いからと言って食べたくはない。
『とにかく今後は気をつける事。私も失念していたわ。まさか太老くんが口にすると、そこまでの効果があるなんて考えもしなかったから……ごめんなさい』
「いえ、水穂さんが気にする事じゃないですよ。俺の方こそ、ご心配をお掛けしました」
そしてマリエルのあの様子から察するに、話し難い拙い事をやってしまったのではないか、と考えていた。
知らなかった事とはいえ、本当に申し訳無い事をしてしまったと思う。
今度からは気をつけよう。さすがに記憶が無くなるほど泥酔するのは困るしな。
「それで、何か用があって連絡してきたんじゃ?」
『ああ、その事なんだけど――』
水穂の話は、先日の襲撃事件でのハヴォニワの対応についてや、俺が居ない間の商会の業務報告、後はクリフ・クリーズに気をつけろという注意だった。
聞いた事の無い名前だが、聖地学院に在籍するハヴォニワ出身の男性聖機師の事らしい。恐らくは聖地学院で、俺に接触を図ってくるだろうという水穂の話だった。
「ただの思い過ごしじゃないですか? ダグマイアみたいな件もあるし、心配してくれるのは分かりますけど」
『それなら、そうでいいのよ。ただ、頭の片隅にでも入れて置いてもらえる?』
「そういう事なら……。しかし、男性聖機師か。正直、良い思い出もないしな」
『ハヴォニワの一件といい、シトレイユでの決闘騒ぎといい、そして武術大会。話題が尽きないわね』
「それを言わないでください……」
結構これでも気にしているのだ。その結果、『黄金機師』なんて恥ずかしい名前で呼ばれるようになったのだから勘弁して欲しい話だ。
記憶を辿り、これまでにあった事を思い起こせば起こすほど、男性聖機師との因縁が深い事が分かる。どうにも一般的な男性聖機師とは相性が悪い気がする。
クリフ・クリーズか。今までに会ったような男性聖機師と同じタイプで無ければ良いのだが……。
ハヴォニワ出身の男性聖機師と言うと、マリアの従者をやっていた頃に対峙したあの連中をどうしても思い出してしまう。
最近は随分と変わってきたという話だけど、以前は本当に酷かったからな。
『後、今日が例の式典でしょう? 頑張ってね。太老くん』
「……はい」
実のところ忘れたかった事の一つなのだが、そうも行かず、俺は静かに首を縦に振った。
【Side out】
【Side:フローラ】
「まさか、あの果実にここまでの効果があるなんてね……」
正直、予想外だった。少し酔わせて反応を見るくらいでいたのだけど、結果はあの通り。
太老を酔わせるのは、諸刃の剣だと言う事が今回の件でよく分かった。
ただ、結果はあんなだったが――
「予想外に楽しめたし、これはこれでありよね」
と自分を納得させる事にした。お陰でよい映像も沢山撮れた。
マリアやラシャラちゃんのあんな姿やこんな姿を映像に残せただけでも、十分にやった価値はあると言うものだ。
来月号の『黒ぬこ通信』と『白ぬこ通信』の目玉はこれで決まった。
「それに、これでお膳立ても整った」
彼に足りないのは積極性だ。女癖が悪すぎるのも問題だが、そうした話を一つも聞かないというのはそれはそれで問題だ。
男性聖機師に必要なのは資質や実力だけでなく、有能な種馬としての価値。それが聖機師の名を高める秘訣となる。
そして私の目論見通り、各国の諸侯が集う席で『黄金機師』とまで呼ばれる話題の聖機師の意外な一面を見せる事に成功した。
ハヴォニワの未来。彼の掲げる理想を現実の物とするには、より多くの味方が必要だ。
そのためのお膳立てはここに整った。後は、私が用意した話に諸侯が乗ってくるかどうかだ。
いや、必ず彼等ならこの話に乗ってくると私は確信していた。自国の安全と利益を考えれば、乗らざるを得ないと――
「面白くなりそうね」
聖地には文字通り、これから訪れる新しい世界のひな形となってもらう。
(ババルン卿や、教会がこの事態にどう動くか、ゆっくりと座して見せてもらうとしましょう)
全ては新しき時代、新しき世界、そして未来の旦那様≠フために――
【Side out】
……TO BE CONTINUED
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