「この辺りでいいかな? タチコマ」
『太老サマ、後デ天然オイル貰エルンデスヨネ?』
「ああ、ちゃんと仕事してくれたら最高級のをプレゼントしてやる」
『ガンバリマス!』

 フローラの登場により中断した式典。その時間の合間を利用して湖の底を確認するために、太老はタチコマを一機買収し、シンシアを連れて会場の外にこっそりと抜け出していた。
 別に聖機人でなくても、あらゆる状況を想定されて造られた警備部の汎用型タチコマを使えば、このくらいの水深であれば潜水させて確認する事が出来る。大体の位置の確認はシンシアがMEMOL(メモル)を介して行ってくれるので、後はその座標付近に何が沈んでいるのかを確認するだけだ。

「シンシア、座標情報は?」
「今、送った」
『確認シマシタ! デハ、行ッテキマス!』

 シンシアのプチコマから目標の位置情報を受け取り、滑らかな動きでビシッと敬礼をして湖に飛び込むタチコマ。以前に比べて、更に人間臭い動きを見せるようになっていた。
 最も全てのタチコマが滑舌に言葉を話したり、こんな風に人間臭い一面を持っている訳ではない。
 太老と接する機会の多い警備部や情報部のタチコマだけが、このように個性豊かな性格へと進化していた。

 MEMOL(メモル)で情報が共有されているとは言っても、それはあくまで参考情報に過ぎない。個性に差が出るのもそのためだ。
 MEMOL(メモル)で管理されている共有情報とは別に、タチコマはプライベート領域と言う非公開情報領域を持ち、それぞれが独自の判断でその情報を公開するかしないかを決定していた。
 タチコマ同士で意見交換や取引が行われる際は、大抵このプライベート領域の中から取り出したデータが取引の材料となる。
 ちなみに、太老がタチコマ達に頼んで撮影させている『お宝アルバム』も、このプライベート領域の中に保存されていた。

「後はタチコマが確認して戻ってくるのを待つだけだな」
「うん」

 後はタチコマが確認した情報が送られて来るのを待つだけ。『どっこいしょ』と年寄り臭い台詞を漏らし、その場に腰を下ろす太老。
 シンシアもその真似をして『どっこいしょ』と小さな見た目に似合わない台詞を吐いて、太老の横にちょこんと腰掛けた。
 こうしてみると、確かに仲の良い親子に見えなくもない。太老自身、シンシアに『パパ』と呼ばれて懐かれる事が嬉しかった。
 美少女が大好き、子供が好きというのもあるが、以前にミツキから聞かされたシンシアの過去も、太老がシンシアの事を気に掛ける事情に少なからず関係していた。

 マリエル、シンシア、グレースの三姉妹は今から三年前に父親を亡くしている。
 特にシンシアにとって目の前で父親を失う事になったその事件は、忘れたくても忘れられない心の傷として今も残っていた。
 シンシアの父親を奪った男の名は『レッド・クリーズ』。ハヴォニワの大粛正で粛正された貴族の一人で公爵家と深い関係を持ち、人身売買を含めた違法取引の主犯格の一人とされていた人物の一人だ。
 余罪も多く主犯格の一人とされたその男は公爵と共に処刑されてこの世にいないが、だからと言ってシンシアの父親が帰ってくる訳ではない。
 太老がシンシアを気に掛けているのも、少しでもシンシアの心の支えになれればと考えた末の行動でもあった。
 まあ、単にロリコンという可能性もある。実際、シンシアのような可愛い女の子に『パパ』と呼ばれて、嬉しくない男なんて居ないだろう。

『見つけたぞ! マサキ卿だ!』

 頭上から掛けられた声に、太老は慌てて声のした方を振り返る。

『おいっ! 狙いはラシャラだぞ! こいつに手を出せば、ハヴォニワが黙ってはいない!』
『バカか! こいつを捕まえればラシャラを誘き寄せる材料になる。それにハヴォニワだって手は出せないさ!』

 太陽は西に沈み掛け、夕暮れの太陽に赤く照らし出された灰色の聖機人が銃剣を構え、太老とシンシアに銃口を向けていた。
 もう一機の水色の聖機人と仲間割れしているようだが、普通に見てピンチである事に変わりはない。
 太老が幾ら人間離れした力を有しているとは言っても、相手はこの世界で『絶対兵器』とまで言われる機動兵器だ。
 しかも相手は二機。生身で、しかも武器も無しに聖機人と対峙するなど、本来であれば自殺行為に等しい。

『動くんじゃねーよ!』

 灰色の聖機人の銃口から放たれた攻撃亜法が、太老とシンシアの後方十数メートルほどの位置にある水面に直撃し、大きな水飛沫を上げた。
 当てるつもりでは無かったようだが、それでも着弾点の近くに居た二人には衝撃が伝わって来る。

「大丈夫か? シンシア?」
「……うん」

 水飛沫と衝撃から咄嗟にシンシアを庇って、太老の方は折角マリエルが用意してくれた衣装がずぶ濡れになっていた。
 シンシアが無事なのを確認してほっとしたのも束の間、自分の姿を見て『げっ』と思わず声を漏らす太老。

『バカ野郎! 殺してしまったらどうする気だ!』
『ちょっと脅かしただけだよ。こいつには以前にも恥を掻かされてるんだ』

 灰色の聖機人に乗っている男性聖機師は以前にシトレイユであった決闘騒ぎで、太老に素っ裸にされ大恥を掻いた貴族の一人だった。
 生身では確かに敵わなかったが、聖機人に乗ればこちらのもんだ、とばかりに威勢が良くなる男。
 相手は丸腰で子供連れ、こちらは聖機人が二体、と言う事もあって、男は自分の勝利を確信して疑いもしていなかった。
 遂には仲間の制止も無視して、『命乞いをしろ』だの『土下座をすれば許してやらない事もない』など、言いたい放題口にし始める始末。
 少しでも誇りのある聖機師であれば、丸腰の相手に聖機人に乗って浴びせる言葉ではない。しかも、その怒りすら単なる逆恨みだ。あれはリンチ紛いの決闘を仕掛けた男性聖機師の方が悪かったのであって、決闘自体に正当性はなく太老に非がない事は誰もが知っている事だ。仲間の恥知らずな物言いに、もう一人の男性聖機師もさすがに呆れ返っていた。
 だが、言いたい放題言われている太老の方は実はそれどころではなく、男の話すら耳に入っていなかった。

(絶対にマリエルに怒られるよな……)

 台無しにしてしまった衣装。自分では行かずにタチコマだけを行かせたのも、衣装を汚さないようにと気をつけていたからだ。
 だと言うのに、ずぶ濡れになった自分の姿を見て酷く落ち込む太老。この後の事を想像して頭を抱え始める。
 少なくとも太老の中では、男性聖機師の乗った聖機人よりもマリエルの方が遥かに恐ろしい存在だった。

「シンシアを護った訳だし、不可抗力だし、事故だしな。正直に話して、許してもらうしかないか……」

 相も変わらず、緊張感の欠片一つ無い男だった。
 尤も、それが太老らしさと言うべきかもしれないが、相手にしてみればこれだけ言って無視されれば頭にも来るのは至極当然だ。
 ましてや、相手は如何にもな感じの小者臭をぷんぷん臭わせている短慮な男だ。
 案の定、無視されたと思った男は額に青筋を立て、太老に向かって怒りをぶつけた。

『俺を無視してるんじゃね――ッ!』

 激昂した男の武器は威嚇射撃だった先程とは違い、太老を狙い撃ちするように向けられていた。
 その行動に驚いたもう一体の聖機人に乗った男も、仲間の暴走を止めようと慌てて前に出るが、その制止も虚しく灰色の聖機人の銃口から攻撃亜法が太老目掛けて放たれる。

「ダメ――ッ!」

 灰色の聖機人が攻撃亜法を放った瞬間、シンシアの悲鳴が風に乗って空を駆けた。





異世界の伝道師 第194話『赤は危険、青は止まれ』
作者 193






「ト、トトトトト……」
「と? トイレだったら、あっちですよ」

 ――バシン!
 と、親切に教えたのに思いっきり頭を叩かれる剣士。まあ、それはある意味で当然だ。
 ここぞと言う時に空気を読めないのは、やはり血筋のようだった。

「それ、どこから取り出したんですか?」
「メイドの嗜みよ」

 自分が叩かれた得物。どこから取り出したのか、ハリセンを持ったカレンに剣士は思わずツッコミを入れる。
 今時のメイドは、ハリセンを常備しているのが普通なのだろうか?
 もしそれが普通だとすれば、今時のメイドはツッコミのスキルを要求されると言う事だ。何か間違っていると真剣に悩む剣士だった。

「それよりも、ZZZ(トリプルゼット)がなんでこんなところに!? 樹雷の鬼姫のアレ≠ェ!」

 テンパった様子で、慌てふためくカレン。こんな彼女を見るのは、剣士も初めての事だった。
 カレンの指差す先、遺跡の方を中心に数え切れないほどの空間モニターが広がり、街をすっぽりと覆っていた。
 そのモニターには青い文字で『ZZZ』と浮かび上がっているのが確認できる。だが剣士には、何故こんなにカレンが慌てているのか分からなかった。

(……あの文字がなんかあるのかな? 微妙に太老兄が関係してそうな感じはするけど)

 鷲羽の研究室に出入りしたり、何度か魎皇鬼に乗せてもらった事のある剣士ではあるが、太老のように宇宙に飛び出した経験は一度も無い。
 アカデミーの基礎知識からサバイバル技術に至るまで、剣術だけでなくあらゆる事を叩き込まれている剣士ではあるが、宇宙での常識を彼に説いたところで何一つ理解できないはずだ。柾木家の男子はある年齢になると『柾木の試練』と呼ばれる儀式を受ける事になるが、そこで初めて自分達が宇宙人である事を知らされ、宇宙の常識を学ぶために宇宙に飛び出す事になる。太老や天地のような例は、例外中の例外と言っても良い。剣士もそう言う意味では、柾木家の家訓に則った人生を送っていた。
 当然ではあるが『神木瀬戸樹雷』という親戚の事は知っていても、『鬼姫』や『ZZZ』なんて単語をだされても何の事か剣士にはさっぱり分からない。更に言えば地球の柾木家に、その名前を不用意に口にする者は誰一人としていなかった。鬼姫の地獄耳を彼等は全員、アストラルレベルで記憶しているからだ。

 それに剣士自身、自分の事を『地球人』だと錯覚するように、白眉鷲羽に暗示≠掛けられていたと言うのも理由にある。
 例えば宇宙船に乗せて貰っているにも関わらず、本来では地球の技術力ではありえないそれ≠鷲羽の掛けた暗示の所為で、おかしな事だとさえ思えずにいたのだ。
 自分の力が凄いと言う認識すら薄かったのは、遊び相手の魎皇鬼や周囲の大人達が異常なまで凄かったと言うのも、剣士がそっち方面に鈍い事情に関係していた。後は太老という色々な意味で規格外の人物を見て育った、と言うのも理由として大きいだろう。
 その結果、恐い姉達に『絶対に誰にも話しちゃダメよ』と釘を刺されていた事もあって、その事を学校の友達にも話せず、今の今まで鷲羽の掛けた暗示が解けないまま今日まできた。
 可哀想なような、間抜けなような、なんとも言い難い深い事情を抱えていた。
 だから、カレンが言っている事は理解出来ているようで出来ていない。話が噛み合わないのもそのためだ。

「知らないって事は無いでしょ? 『柾木』の姓を名乗ってるのに……」
「いや、本当に知らないんですって……。それに『樹雷の鬼姫』って……」
「瀬戸様よ! 神木瀬戸樹雷様!」
「ああ、バア……瀬戸様の事か」

 そう言えば、と瀬戸が『鬼姫』と呼ばれていたような事を、剣士は思い出した。
 ただ、あの手の人達は間違った呼び方をすると凄い迫力で迫ってくるので、普通に兄や父親を見習って同じように『さん』か『様』付けで剣士は呼んでいたのだ。これも一種の防衛本能と言っていい。
 それに瀬戸と言えば、剣士が特に苦手とする人物の一人だ。彼が苦手とする姉達が苦手としていたと言うのも、剣士が瀬戸を苦手とする理由にあった。
 そんな事を思い出しながら、剣士はよーくカレンを観察した。
 そしてある事に気付く。瀬戸の話が出た時の家族の反応に、今のカレンの様子が良く似ていたのだ。

「瀬戸様が苦手なんですか?」
「……あの方の相手が得意な人っているの?」
「まあ、何人かは……」

 阿重霞姉は苦手っぽかったけど、砂沙美姉とかは結構普通だったよな、と剣士は思い出す。
 大体は『瀬戸』の名前が出ただけで、その話題から逃げだそうとするのが普通だ。
 しかし剣士の知る限り、砂沙美や鷲羽と言った限られた何人かは普通に話をしていた。

「それはともかく……問題はZZZ(アレ)≠ェなんでここにあるかよね?」
「瀬戸様が来てるんですか?」
「恐いことを言わないで……。でも、万が一がありえるわね。逃げるわよ。出来るだけ遠くに離れるの!」
「ちょ、ちょっとカレンさん!?」

 剣士の制止も聞かず、遺跡とは逆方向に走り去るカレン。
 何がなんだか分からないまま、剣士はその後を追った。


   ◆


 一方、『ZZZ(トリプルゼット)』の登場に驚いたのはカレンだけではない。
 山賊ギルドの旗艦ダイ・ダルマーでは、式典の様子を通信亜法で窺っていたダ・ルマーが部屋に一人籠もり、シーツを頭から被って小刻みに身体を震わせていた。

「や、やっぱりだ。奴に手をだして無事に済むはずがない……」

 その恐ろしさを身を持って体験しているダ・ルマーからしてみれば、『ZZZ(トリプルゼット)』は不吉の象徴だ。
 太老が実は『鬼姫の後継者』や『鬼の寵児』などと呼ばれていたなどと知れば、泡をふいて倒れかねないほど戦々恐々としていた。
 少なくとも、鬼姫と正木太老が無関係ではないことをダ・ルマーは今回の事で思い知った。
 そう考えればあの非常識な力や、これまでの事全てに合点が行くと気付き、更にダ・ルマーは顔を青ざめる。

「わ、儂はどうすれば……」

 再び、あの恐怖に立ち向かえるほどの気概は今のダ・ルマーには無かった。


   ◆


『何故だ! 何故、動かない!』

 突如、亜法結界炉が停止し身動きが取れなくなった聖機人。
 地面に落下し、コクーンとなって動かなくなった聖機人のコクピットの中で、聖機師の男は鼻水と涙を流しながら無駄に足掻いていた。
 無理もない。一歩ずつ距離を詰め、着実に聖機人に近付いてくる人影。それは先程、この男が殺そうとしていた相手、正木太老だ。
 黄金機師と呼ばれる世界最強の聖機師。生身で勝てない事は、以前の決闘から男は学び取っている。この状況で勝てると自信を持って言えるほど男は自信家では無かった。
 寧ろ、臆病だからこそ、あのように強気な姿勢を振る舞っていたとも言える。思わず引き金を引いたのも、無視された事で腹を立てたと言うのもあるが恐かったのだ。
 自分が有利な状況ならいざ知らず、聖機人が動かないこの状況では男性聖機師に勝ち目などあるはずもなかった。

「ひぃ! た、助けて!」

 助けを乞いながらコクピットから転げ落ち、逃げ出すように太老とは逆の方向に向かって走りだす男。
 だが、そのくらいで太老から逃げられるはずもない。
 ドゴン、という轟音と共に頭上から振ってきた目の前の大岩に驚き、男は腰を抜かしてその場に座り込んだ。

「悪い、悪い。手元が狂った」
「ああッ……」
「本当は一発で当てるつもりだったんだけどな。コントロールが悪くってさ」

 全く悪気の無い様子で、再び大岩を投げつける太老。
 ドゴン、ドゴン、と連続で轟音が鳴り響き、投げつけられた大岩が男の逃げ道を塞いでいく。
 更には余りの恐怖から涙や鼻水だけでなく、だらしなく失禁する男性聖機師。
 遂には土下座をして、情けなく命乞いを始める男。先程までの威勢の良さは見る影も無くしていた。

「俺がなんで怒ってるか分かるか?」
「お、俺が悪かった! も、もう許してくれ! さっき言った事は全部訂正するから! 謝る! だから――」

 自分の言った言葉が原因だと感じた男は涙を流しながら土下座をして謝るが、太老は呆れた様子でため息を漏らし、『ハズレだ』と言って首を横に振った。

「俺だけならともかく、本気でシンシアに当てようとしやがったな」

 あのくらいであれば、シンシアを脇に抱えた状態でも太老は敵の攻撃をかわして逃げきれる自信があった。
 実際、遺跡までの距離もそれほどなく、岩や崩れた遺跡の破片など遮蔽物も多いこの場所なら、太老の身体能力であれば逃げるくらいは造作も無かったはずだ。
 それに、あのくらいの言葉で腹を立てるような太老ではない。
 あの程度の嫌味は経験済みと言うのもあるが、そもそも服の件で耳にすら入ってなかったと言った方が正しかった。

 太老が怒っているのは、シンシアを巻き込んだからだ。
 しかも迷いもなく、シンシアが巻き込まれる事が分かっていて、相手は攻撃を仕掛けてきた。
 太老にとって、一番許せない事。それは――

幼女(シンシア)を傷つける奴は絶対に許さん!」





 ……TO BE CONTINUED



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