【Side:ラシャラ】
「お母様……。一体何を企んでいるのかしら?」
「大方、自分も結婚権が欲しいのでは無いか?」
「十分に考えられますわね……」
シトレイユとハヴォニワの同盟調印式が、いつの間にか連盟の申し込み会場になっていた。
最初からハヴォニワと交渉するつもりだったのか、我先にと参加の意思を示す諸侯も居れば、他国に乗り遅れたら拙いと慌てて本国に連絡を入れる諸侯も大勢居た。
その結果、一時式典は中断して、こうして諸侯の意思が決まるのを待っておると言う訳じゃ。
ここには各国のトップばかりが集まっている。その気になればフローラ伯母が急かすように、即決する事も無茶な話ではない。
予め、こうなる事を予測した上でのあの発言だったのだと考えれば、これまでの行動に全て合点が行った。
「我と太老の婚約発表の席だと言うのに……」
「ラシャラさん。また、意図的に私を省きましたわね」
このタイミングでフローラ伯母がこのような強硬策に出た理由は、先に述べた理由からも分かる。
各国のトップが集まっても不自然ではない状況。反対する国や教会の邪魔も無く、安心してこのような策を提案できるタイミングと言えば、今を置いて他にない。即決を促すような真似をしたのも、教会を含めた反対勢力に時間を与えぬために違いなかった。
例え教会から圧力を掛けられようと、事が終わってしまった後であれば幾らでも言い訳は付く。
フローラ伯母の事じゃ、のらりくらりと相手の嫌味も涼しい顔で、笑って受け流すに決まっておる。
状況からも動機は十分じゃった。しかし、フローラ伯母のやり方にしては些かスマートでは無い気がする。
「お母様にしては行き当たりばったりな計画ですわね」
「それじゃ!」
「な、なんですの!? 突然、大きな声をだして……」
「この計画にはシトレイユとの同意が必要不可欠じゃった。そうじゃな、マリア」
「ええ、事前交渉はシトレイユとしていたものですし……まさか」
マリアも気付いた様子で、フローラ伯母の方を見て複雑な表情を浮かべた。
そう、今回の事はあの襲撃事件が無ければ、絶対に実現しなかった。
そもそもこのような話、素直にシトレイユの貴族達が聞くとは思えぬ。
「……ですが、お母様が黒幕とは思えません」
「我も山賊とフローラ伯母が繋がっておるとは思ってなどおらぬ」
「……では?」
「誰かの思惑に乗っかり、その状況を利用しようとしておるのじゃろう」
行き当たりばったりに見えるのは、その所為じゃと我は考えた。
だとすれば、フローラ伯母の狙いがこの連盟式典だけにあるとは思えぬ。他にも何か狙いが必ずあるはず。
それもリスクを承知の上でこのような強硬策に出た以上、何か途方も無い事を考えている可能性が高い。
「連合や私達を餌にして、その反対派の貴族達を刺激するつもりでは?」
「――! なるほど、確かに未だにシトレイユとハヴォニワの同盟や、我と太老の婚約に反対する者は少なく無い」
「ラシャラさん。またまた意図的に私を省きましたわね」
フローラ伯母の性格を考えれば、そのくらいの事は平然とやってのけると思われた。
だとすると、この結婚権には必ず裏がある。餌の先に、どんな仕掛けを隠しておるか分かった物では無い。
幾ら連盟の事があるとは言っても、あのフローラ伯母がそのような大盤振る舞いをするはずもない。
「お母様は、私達と同じ条件と言いましたわよね?」
「御主もそこに気付いておったか。あの色物女王め。何を考えておる……」
そもそもじゃ、結婚の順番はどう決める? 先着順と行ったが、それは結婚する順番の事を本当に指しておるのか?
太老の身体は一つ。各国から一人ずつと考えれば確かに無茶な話とは言えぬが、一体何を基準に相手を選ぶ気じゃ?
「……裏は大体読めたが納得がいかぬ」
「……その点に関しては同感ですわ」
事情は分かった。我等の予想が正しければ、確かにこれほど状況に適した策はない。
しかし何の相談もなく自分達が餌にされたと言う事に、愚痴を溢さずにはいられなかった。
【Side out】
異世界の伝道師 第193話『女王の罠』
作者 193
【Side:剣士】
「無茶するな。あの人……」
「ゴールド様の姉君だしね」
そう言われると納得の行く話だった。
「それよりも、この人達どうするんですか?」
「縛り付けて証拠になりそうな物と一緒に大通りにでも放り出しておけば、ここの警備兵が連行していくでしょ?」
「ううん……。まあ、それでいいなら」
俺とカレンさんの周囲には、大勢の男達が気を失って倒れていた。やったのは勿論、俺とカレンさんだ。
少し可哀想な気もしたけど先に仕掛けてきたのは彼等の方だ。確かにカレンさんの言う事にも一理ある。
あのフローラって女王様がおかしな事を始めたのとほぼ同時に、警備の目が緩くなった隙をついて会場周辺に潜んでいた彼等が動きを見せた。
正体は周辺の警備を担当していたはずの男性聖機師や、後は偉い人達と一緒についてきた従者の人達だ。
「でも、男性聖機師って貴重なんじゃ……。それを、こんな風に使いますか?」
「それほど、彼等も追い詰められているって事でしょうね。男性聖機師ならどうしてもチェックは緩くなるし、会場に忍ばせて置くならこれほど適した配役はないでしょう? それに捕まったとしても命まで奪われる可能性は低い」
「ううん……」
「もう、剣士くんが優しいのは分かったけど、変な同情はやめなさい。優しさも時と場合を考えないと、ただのバカよ?」
暗殺に男性聖機師を使うと言うのはカレンさんの説明通り、理に適っているようで無茶苦茶な話だ。
でも、確かにそうでもしないと、この警備の裏を掻くのは難しそうだった。
俺達だって一切の武器を持たずに、シトレイユの国民に成りすまして潜入するのがやっとだった。
「それに今回はたまたま彼等だったと言うだけの事で、あなただってあのままシトレイユに残っていれば、彼等のように捨て駒にされたかもしれない。そこのところ、ちゃんと分かってるの?」
「うっ……その事には深く感謝しています」
それを言われると何一つ言えなかった。その可能性は俺も十分にあると考えていたからだ。
俺とカレンさんが、ゴールドさんに依頼されて密かに護衛をしているラシャラ皇。この人達も、あの女の子を狙って隠れていた人達だ。
諸侯を襲ったり、太老兄を傷つけると外交問題になるが、ラシャラ皇だけであればただの内乱という事で言い訳が付く。
このまま聖地に入られると益々手を出し難い状況になるため、そうなる前にと考えている人達が居ると言う話だった。
「以前のままであれば、ラシャラ様も命を狙われるような事は無かったのでしょうけど……」
「以前のまま?」
「二年ほど前は、宰相のババルン卿が先代のシトレイユ皇に次ぐ実権を握っていたの。ラシャラ様は皇位後継者とは言っても、まだ幼い。あのままいけば例え皇位を継いだとしても、宰相派の貴族達には大きな脅威にはならなかった」
「それって、お飾りの皇様って事ですか?」
「そうよ。でも、今は違う。正木商会と繋がりを持つ事で、シトレイユ国内での存在感を彼女は大きくアピールするカタチとなった。ハヴォニワと正木商会の後押しもあって勢いを増す皇族派。一方、それまで権勢を振るっていた宰相派の貴族達は、予期せぬ不運に見舞われて勢力を衰退させていく事となった」
カレンさんの話を聞いて、俺は凄く嫌な予感がした。
「……あの、それって太老兄が関わってたって言う」
「そうよ。剣士くんには前にも話したわよね?」
カレンさんから太老兄がこの世界でどんな事をしてたかを大体は聞いて知っていた。
自分でも気になって調べられるだけの事は調べたし、一般的に噂になっているような事は理解しているつもりだ。
(太老兄が相手じゃ、多分どうしようも無かったんだろうな……)
それを考えると、ここで倒れている人達にほんの少し同情を感じずにはいられなかった。
俺も、その被害者の一人だから余計にそう感じるのだろう。
何の事か分からず首を傾げているカレンさんに、俺は『太老兄なら納得です』とだけ答えた。
「それじゃあ、後はのんびりとお祭りでも楽しみましょう」
「良いんですか? まだ敵が襲ってくるかも……」
「会場の警備に任せておけば大丈夫よ。それとも剣士くんは、お姉さんとデートするのが嫌なの?」
「デ、デート!?」
「フフッ、照れちゃって可愛い」
そう言って、妖艶に微笑むカレンさん。その笑顔は、俺のよく知る女の人達に良く似ていた。
しかし大丈夫と言われても、不安と心配は尽きない。これは、俺が培ってきた経験から来るものだ。
「……大丈夫かな?」
「心配性ね。大丈夫よ。フローラ様はああ見えて優秀な方だから」
実は、そのフローラ様の方が俺は心配だった。あの太老兄が関わっていて、このまま何事も無く終わるとは思えない。
太老兄が関わった時点でどんな計画も、計画通りに上手く行くはずもないからだ。
それは、太老兄をよく知る人達の間で伝わっている暗黙のルールだった。
【Side out】
【Side:フローラ】
急遽、シトレイユとハヴォニワの同盟から他の国々を交えての連盟の調印式に変わった。
予定より随分と式の進行が遅れた事もあって、始まった頃にはちょうど真上にあった太陽も西に沈みかけていた。
結果は上々。参加者の内、凡そ半数の諸侯は心を決めたようで、この連盟に参加の意思を示してくれていた。
想像していたよりも、ずっと多い数だ。とはいえ、まだ半分は様子見と言った感じで、どっちつかずの姿勢を見せていた。
しかし、この場で即決できない国は、どちらにせよ先が見えている。『決定権が無い』『国に戻って協議してみない事には決められない』などと言っている時点で、こうした事態を全く想定していなかったと危機意識の薄さを自ら露呈しているようなものだ。
(これも、平和惚けって言うのかしらね?)
そう、殆どの国は教会に知識や技術を供与される事で、与えられた生活に満足するようになってしまった。その結果がこれだ。
先史文明や、過去の大戦の教訓を何も活かせていない。時の流れは、既に新しい時代に向けて動き始めている。
その結果、自分達の国がいつ無くなっても不思議では無いと言う状況にすら、彼等は気がついていなかった。
今回のはそうした見極めもあったのだが、ただ思ったよりも話に乗ってきた国が多かった事に驚かされた。
連盟に賛成するのは、多くても精々三分の一と行ったところだと予想をつけていたからだ。
半数にも上る国がこの段階で参加の意思を示した事で、太老の影響力の高さが窺える。
予想通りシュリフォンと教会はこの話に乗っては来なかったが、それでも十分な結果を得られた事に私は満足していた。
「太老殿がいない?」
「お母様では無かったのですか?」
「我もフローラ伯母が太老をどこかに隠したと思っておったのだが?」
訝しげな視線を向けてくるマリアとラシャラちゃん。そうは言われても、私にも何の事かさっぱり分からなかった。
何でもかんでも私を疑うのは止めて欲しい。そう、愚痴を溢して見たら――
「日頃の行いの所為だと思います」
「うむ。その通りじゃ」
「……こんな時だけ、息がピッタリ合うのね」
自分達が利用された事に腹を立てているのだろう。二人の態度からも、それは感じ取れた。
それよりも問題は太老の方だ。今回の計画の要はなんと言っても彼だ。彼がいなければ、式典を再開する事が出来ない。
マリエルや侍従達も捜してくれたそうだが、それでも見つからないとの事で、私に疑いが掛けられたようだ。
全く実の母親と伯母を疑うなんて、酷い子供達だ。とはいえ、二人の話を聞かされて、私はもしやと思った。
人が消えるはずがない。ましてや、会場の外にでれば必ず人目に付く。それなのに忽然と消息が途絶えた。考えられる事は――
「お母様……。やはり、何か心当たりがあるのですね?」
「え、えっと……」
「フローラ伯母、誤魔化しても無駄じゃぞ。後、この包囲から逃げられると思ったら大間違いじゃ」
「……あら?」
光学迷彩を解き、姿を現すタチコマ達。良く見れば、侍従達も逃げ道を塞ぐように私達を囲っていた。
「さあ、話してもらいますわよ」
「全部、包み隠さずとな」
マリアとラシャラちゃんの二人に詰め寄られ、さすがの私も万事休すかと思われたその時――
「なんじゃ!?」
「これは何事ですか!?」
遺跡が『ドオオォン』と言う大きな音と共に激しく縦に揺れた。
式典会場の方からも悲鳴が聞こえてくる。まるで敵襲でも受けているような騒ぎだ。
「あらあら、これは大変ね」
「お母様! また何かされたのですか!?」
「フローラ伯母! 一体何を考えておるのじゃ!」
何をしたかと聞かれれば、何もしていないとも言えるし、全く関わっていないとも言えない。
ただ、まさかこのタイミングで襲ってくるとは少し予想外だった。それだけの話だ。
「ラシャラちゃん。余程、嫌われているようね」
「何の事じゃ?」
「ここを襲ってきている連中の事よ」
これだけ警備が厳重な式典会場を襲える勢力と言うと限られている。しかも、このような奇襲紛いの作戦でだ。
案の定、タチコマによって映し出された会場の外の様子では、警備にあたっていたはずの聖機人が仲間割れを始めている様子が映し出されていた。
それを見てラシャラちゃんは絶句し、マリアも納得の行った様子でため息を漏らす。状況から見ても、内乱と考えるのが自然だった。
予め、警備の聖機師の中にも、息の掛かった聖機師を潜ませて置いたのだろう。
「人望のない国皇様ですこと」
「うぐっ……御主とて、我の国の立場を知っておろう!」
「開き直りでは、言い訳にもなりませんわよ? でも、いよいよ見境が無くなってきましたわね」
最悪のカードを相手は切ってきた。各国のトップが集まっている式典会場を襲うなど、一番取ってはならない愚策だ。
それだけラシャラちゃんに国皇に就任され、そしてハヴォニワやその他の国々と協力関係を結ばれては困る者達が居るという証明でもあった。
首謀者は間違い無く、現在一番の粛正対象として名が挙がっているシトレイユの貴族達だ。いや、他の国もこれに協力している可能性は高かった。
特に連盟の話に参加の意思を示して来なかった国々の諸侯が怪しい。
会場に忍びこんでいる諸侯の従者の中にも協力者と思しき者達が大勢居た事からも、それはほぼ確実だ。
「このような事をすれば、シトレイユの立場がどうなるか、分かっておらぬのか!」
「分かっててやってるんでしょうね。多分、自国に見切りをつけて、ラシャラさんの首を手土産に亡命でもされるつもりなのでは無いですか?」
「うぐぐ……なんと恥知らずな連中じゃ!」
「狙いは恐らく、この同盟の不成立でしょうから。騒ぎを起こすと言うのは悪い作戦ではありませんわね」
自分達がそう遠くない内に粛正されると分かっていて、黙ってそれを待つほど往生際の良い貴族は少ない。
事実、国の乱れを正すため、綱紀粛正するだけの理由と証拠はシトレイユの大商会倒産の一件や、これまでのやり取りで十分過ぎるほど抑えられていた。
ラシャラちゃんが皇になれば、真っ先に粛正の対象に名が挙げられても不思議では無い人達は、この国には大勢居る。自分の命が懸かっていれば、それだけ必死にもなると言うものだ。
欲を言えばババルン卿が関与してくれていると助かるのだけど、まずそれはないだろう。事実、こうして発起したのはそのババルン卿に切り捨てられた者達が大半のはずだ。
「フフッ、でも面白くなってきたわね」
「お母様。まさか……」
「フローラ伯母。まさかとは思うが……」
「さてと、後顧の憂いを残さないためにも、ささっと大掃除を済ませちゃいましょうか?」
ようやくこれを仕組んだのが誰なのか分かった様子で、頭を抱えてその場に座り込む二人。
そんな二人を放って置いて、私は少し早まった予定を繰り上げ、準備して置いた次の手札を切る事にした。
「タチコマちゃん。グレースちゃんに連絡を……これは!?」
「なんじゃ?」
「どうかされたのですか?」
次の瞬間、私だけでなく、その場に居合わせた全員の表情が驚きに変わった。
会場全体を覆うかのように、無数に広がっていく空間モニター。
そのタチコマが映し出す空間モニター全てに、青い『ZZZ』の文字が浮かび上がっていた。
【Side out】
……TO BE CONTINUED
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