【Side:太老】
あれから三日が経った。
あの後、色々な事があった。そう、本当に色々な事があったとだけここに記して置く。
「お兄様。現実逃避をしてないで、こちらの書類の決裁もお願いします」
「あの、マリアさん……。幾らなんでもこの数は……」
「ご自身のされた事にくらい責任を持って下さい」
「はい、誠に申し訳ありません……」
ここはカリバーンにある俺の執務室だ。机に載りきらなかった書類の山が高々と詰まれ、足の踏み場も無いくらい部屋を圧迫していた。
具体的に言うと、この書類は全て今回の騒動に関する被害報告書や関係各署からの質問とクレームの数々。
後になって『連盟に自分達も参加させて欲しいだ』の言ってきた他国からのラブレターなり、そう言った書類の山だ。
「このままでは学院の入学式に間に合いませんし、一週間でこれを片付けてしまわないといけないのですよ?」
「分かっている。しかしだな……」
「それでなくても、教会から睨まれているのですから……」
当然、教会からもあの騒動の原因について説明を求める声が寄せられていた。
もっとストレートに言うと――
『亜法結界炉を停止させた技術は危険だから教会で管理する。速やかに保有する技術を教会に開示し、全ての権限を放棄しろ』
と言った半ば命令書に近いような内容だ。まあ、当然無視だが、こんな話呑めるはずもない。悪いが知らぬ存ぜぬで通させてもらった。
実際、俺はあの青い『ZZZ』に関しては何も知らない。俺自身がプログラムした訳では無いので、そもそもあれがMEMOLに搭載されていた事すら不思議でならないくらいだ。
現在、水穂達が調べてくれているそうなので近い内に何か分かるとは思うが、一体全体何がどうなっているのやら……。
それに教会は他国の決め事に不介入が原則。アレはただの内乱と言う事でシトレイユとハヴォニワ、そして連盟に参加した各国の間で話がついている。教会が口を出してくるのは筋違いだ。
「お兄様。そろそろ学院長との会談の時間ですわ」
「もう、そんな時間か。待たせたら悪いし直ぐに行くか」
「はい。あ、お兄様」
「ん?」
「後でこの続き、よろしくお願いしますね」
マリアの死刑宣告に肩を落とす俺。再び舞い降りた書類地獄。この地獄から解放されるのは、まだまだ先のようだった。
異世界の伝道師 第196話『謎の少女』
作者 193
「マサキ卿、申し訳ありませんでした」
「いや、学院長が悪い訳ではありませんし……頭を上げて下さい」
教会から寄せられたあの文書の事で、こちらが逆に申し訳なくなるくらい学院長から頭を下げられていた。
学院長の反応を見るに、教会も一枚岩では無いと言う事だ。
シトレイユや結界工房、ハヴォニワにだって派閥くらいはある。理想が同じであっても、過程が違えば反発が起きるのは当然の事だ。
教会も組織である以上、そうした膿が出るのは仕方の無い事だ。それに、この世界をずっと見守ってきた管理者としての誇りもあるのだろう。それを脅かしかねない存在に対し、危機感を抱いている彼等の気持ちも分からないではない。ただまあ、もう少しやり方を考えて欲しいものだが……。
(自分達が圧倒的に有利な状況でしか交渉をした事が無いって感じだもんな……)
事実、教会の保有する技術や組織力は一線を画している。大国と言われるシトレイユやシュリフォンでも、一国では教会に敵わないほどだ。
そして『教える会』というその名の通り技術供与≠ニいう餌がある内は、各国にしても教会に逆らうような真似は出来ない。
寄付金と言うカタチで各国から多額の資金を集めているとはいえ、常に教会は有利な立場で他国との交渉に望んできた。そのツケが今になって現れている格好だ。
学院長のような人もいる一方、未だにその感覚が抜けきらない愚か者達も大勢居るようで、その結果があの命令文と言う訳だ。
「先日の件ならこちらも調査中でして、詳しい事は何も分かってないんですよ」
「……そうですか。それでは仕方がありませんね」
「それに被害に遭われた方々にはシトレイユとハヴォニワ、それにうちの商会から十分な補償を用意しています。他国ともその線で交渉を進めている最中ですし」
「分かりました。では、その件に関しては私からは何も言う事はありません」
餌で釣る格好だが、それで丸く収まるのであればそれに越した事は無い。他国と揉めて戦争になっても一銭の得にもならない。
学院長もその事が分かっているのか、俺の話を鵜呑みにはしていない様子だが納得した素振りで頷いてくれた。
ここはやはり年の功と言ったところか、少なくとも他の教会員よりは遥かに交渉がやり易い。
一番話にならないのは、感情論でこちらの話を全く聞かないバカだしな。男性聖機師然り、これが結構居るもんだから困った物だ。
「では、契約の話に入りましょうか」
学院長も納得してくれたところで、脱線した話を本題に戻し、俺は交渉に入った。
◆
学院長と職員派遣の正式な契約書を結び、取り敢えずの話し合いは一区切りがついた。
問題が完全に解消された言う訳では無いが、学院長の方からも教会本部に口添えをしてくれると言う話なので暫くは静観するつもりだ。
まあ、間接的な嫌がらせはあったとしても、直接手を出してくるような事は今のところしないだろう。
相手もそこまでバカじゃないと思いたい。今回のような事は二度とごめんだ。
「太老! タチコマから聞いたぞ!」
「グレース? どうしたんだ、血相を変えて」
「どうしたじゃねえ! こ、こんな物で私のタチコマを誘惑しやがって……」
こんな物と言ってグレースが右手に握りしめているのは、この間の報酬としてタチコマにやった天然オイルだった。
「それがどうかしたのか?」
「どうしたじゃねぇよ! これの所為で私は……」
涙ながらに先日あった事を俺に話して聞かせるグレース。しかしグレースの話を聞く限り、どう考えてもタチコマが悪い。そもそも俺は天然オイルを報酬でやるとは言ったが、グレースを見捨てて良いとは命令していない。
「アイツ等も成長したな。臨機応変っていうか……」
「そういうレベルの問題じゃないだろ!?」
グレースの言いたい事は分からないでもないが、とはいえ確かにアイツ等は俺の命令をちゃんと遂行した。
湖の底に沈んだ船を発見し、報告するまでがタチコマに与えられた役目だ。
その報告が無かったら船が動作不能に陥っている事に気付かず、グレース達を助けにも行けなかった。
結果論だけで言えば、よかったと言える。まあ、グレースのタチコマまで天然オイルで釣れたのは予想外だったが……。
「ううぅ……なんであんな性格になっちまったんだ? 個性がでるにしても限度があるだろう……。食い物に釣られるなんて」
「いや、あれはどちらかと言うと飲み物なんじゃ?」
「ツッコミどころはそこじゃねえ!」
グレースの跳び蹴りをヒョイッとかわし襟首を掴むと、『うげっ』と蛙が潰れたような声が上がった。声の主は勿論グレースだ。
まあ、なんというか今回の件は不幸な事故、間が悪かったとしか答えようが無い。
フローラの暴走に『ZZZ』の発現。そして、タチコマの――あれ?
「グレース。そう言えば、ミツキさんは一緒じゃなかったのか?」
「はあ? フローラと一緒だったんじゃないのか? それよりも離せ!」
フローラの傍にミツキの姿は無かった。それどころか、会場でミツキの姿を見た侍従は一人も居ない。
そしてグレース達と一緒じゃ無かったとすると、一体彼女はどこに居たのか?
「はな……きゅう」
「はな? グレース!?」
顔を真っ赤にして気を失うグレース。襟首を掴んだまま持ち上げていた事に気付いたのは、グレースが気を失った後だった。
【Side out】
【Side:水穂】
『――以上が今回の報告になります』
「ご苦労様、ミツキ。あなたもゆっくり休んで頂戴。暫くは目立った動きも無いでしょうから」
『はい、水穂様』
ミツキからの定時報告を受け、私はフウッと大きく息を吐いた後、椅子の背もたれに体重を預けた。
太老くんの『ZZZ』の発現。いつの間にあんな物を仕込んだのか?
あれがここにあると言う事は、原因は間違い無く太老くんだ。それに――
「MEMOLに、私でも分からないブラックボックスがあるなんて……」
MEMOLの内部に独立した設計当初には無かったデータ領域が存在していた。
しかも解析結果は何れも『UNKNOWN』。簡易とはいえ、あちらから持ち込んだ解析装置を使っても全く分からないと言う結論しか出なかった。
普通であれば考えられないような事だ。原因として考えられるのは――
「……あの時のサンプルね」
ミツキを生体強化する時に太老くんから採取したナノマシン。現状では、それが一番怪しいと考えていた。
勿論、細心の注意を払って一切のネットワークから遮断した状態でミツキの処置は施したし、データは全てあの時に破棄したはずだ。
「それでも残っていた。でも、MEMOLに感染した経緯が分からない……」
そして一番の問題はあの『ZZZ』の能力だ。
こちらの技術に適応するように自己進化したと考えるのが妥当。太老くんを元としたデータなら、それも十分にありえると私は考えた。
とはいえ、今後の計画の事を考えると、今ここでMEMOLを失う訳にはいかない。
当面の間、太老くんには使用を控えるようにと釘を刺しておくしかない。
「太老くんらしいと言えばらしいけど……」
内容が変わっても、あれはやはりあの『青いZZZ』だ。
最強の切り札ともなるが、こちらが負うリスクも高くなる。まさに『諸刃の剣』と言って良い絶大な効果だった。
「今頃になって、瀬戸様や鷲羽様の苦悩の原因が分かった気がするわ……」
太老くんの扱いの難しさを噛み締めながら、私はため息を漏らす。
念のため、監視にミツキを同行させたとはいえ、この先の事を思うと不安は募るばかりだった。
【Side out】
【Side:フローラ】
「マリエル……桁を二つほど間違えて無い?」
「いえ、それであっていますよ。フローラ様」
マリエルから手渡された請求書を見て、私は目を丸くして驚いた。
シトレイユとハヴォニワ、正木商会の三つで今回の被害の補償を分担する事になったのだが、しかし私が予想していた額よりも請求書に記されていた金額は遥かに大きな物だったからだ。
「フローラ様が極秘裏に持ち込んでいたあの船の引き上げに掛かった費用と修理費もそこに含まれています。予算請求で通らない分は個人負担をお願いしますね」
「あの……もうちょっと負けてもらえない? 幾らなんでもこれは……」
「無理です。それでも、こちらの手数料を一切省いた額なんですよ?」
「うっ……」
「ワウさんから聞きましたよ。MEMOLとのリンクを敢えて遮断していたと」
太老のカリバーンやMEMOL制御下のタチコマが影響を受けなかった事からも、MEMOLとのリンクが繋がっていれば、マリエルの言うように船が動かなくなるといった事にはならなかったのは確かだ。
それにしても個人負担だけでこれだけの額……。コツコツと貯めてきた私のへそくりが殆ど消えてしまうような金額だった。
とはいえ、ハヴォニワ議会にも内緒で作らせた特別製の個人船だけに、これを国の予算でというのは無理がある。
「はあ……。高い買い物になっちゃったわね」
「でしたら、二度とこのような真似をなさらないでください」
「もしかして、怒ってる?」
「当然です。私のご主人様は太老様ただお一人ですから」
マリア辺りが聞いたら『自業自得ですわね』と言いそうな迫力で、マリエルは静かにその怒りを私にぶつけてきていた。
ご主人様至上主義のマリエルからしてみれば、その大切なご主人様を利用されて良い気がするはずがない。
しかも、問題の中心は太老の結婚権にある。彼女の気持ちを考えると、怒りを買って当然と言える。
それならば、と話を持ち掛けてみるが――
「太老殿との結婚権、マリエルちゃんも欲しいでしょ?」
「必要ありません。私は太老様のメイドです」
「そんな事を言わずに……」
「必要ありません」
取り付く島も無かった。
【Side out】
少女は夢を見ていた。大好きな、とても大切な人の夢を――
「……うみゅ」
何かに反応したかのように目を覚ます少女。まだ眠そうな顔を浮かべ、ゴシゴシと目を擦って大きなあくびをする。
膝下まで伸びた海のように青い長髪に、空のように透き通った蒼穹の瞳。
肉体年齢は十歳前後と言ったところか? 全身素っ裸の自分を見て――
「再構築は完了。お父様の好みに合わせた理想の身体ね!」
無い胸を張って自信満々にそう言った。
「服は……お父様、やっぱり着てない方がいいのかな?」
腕を組んでウウンと唸る少女。そのまま裸でいるか、服を着るかで真剣に悩んでいるようだ。
「裸はやっぱりダメよね。見えないから良いって言うのもあるし、確かチラリズムの理論よね」
少女が『服』と口にすると瞬時に少女の要望に応え、周囲に浮かび上がる無数の空間モニター。
そこには沢山の衣装データが映し出されていた。
「裸エプロンも捨てがたい……」
と全く的外れな事をブツブツと口にし始める少女。
挙げ句の果てには『パンツはやっぱり縞パンよね』と一人納得していたりもする、かなり面白い少女だ。
横縞で無いと許せないのは、彼女の拘りらしい。『お父様の好み』と言うのが、彼女の口癖であり行動原理だった。
「セットアップ!」
ノリノリで一度言ってみたかったとばかりに、その言葉を口にする少女。
光の粒子が少女の身体を覆ったかと思うと、一瞬にして衣服を身に纏った少女の姿が現れる。
結局、少女が選択したのは白と黒のフリフリのゴスロリ衣装だった。
「んー」
一回クルッと回って自分の姿を確認すると、『完璧ね』と自信満々にまた無い胸を張る少女。
フワリとめくれあがったスカートの中には、水色の縞パンが存在感を放ち輝いていた。
チラリズムと言っていた割には、そこが一番のポイントとばかりに主張する少女。恥じらいも何もあったものじゃない。
「……私を呼んでる。待っていてくださいね。最愛のお父様」
そう言って金色の光を纏ったかと思った次の瞬間。少女の姿は、その場から消えていた。
この日、とある天才哲学士の研究所から一隻の船が姿を消した。
……TO BE CONTINUED
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