【Side:リチア】
「なんの騒ぎですか? これは?」
「リチア様! それが……」
ようやく執務を終えて歓迎会の会場にやってきてみれば、一箇所に女生徒達が集まってちょっとした騒ぎになっていた。
そこで直ぐに脳裏に過ぎったのは太老さんの顔だ。昼間、ラピスに話した内容が鮮明に頭に思い浮かぶ。
会場に太老さんもやってきているはず。それならば、この騒ぎにも自然と説明が付く。
私が心配した通りの騒ぎに、予想通り太老さんが巻き込まれているのかと考えたが、ラピスは首を横に振ってそれを否定した。
「太老様は問題ないのですが……その出された料理の方に……」
「料理? 食材は生徒会が手配したはずでしょ? 何か不備でも?」
「いえ、生徒会の用意した食材に問題はありません。それよりも――」
生徒会とは別に、太老さんが食材を新入生達のために≠ニ持参してくれたと言う話をラピスから聞かされた。
その話を聞いて、太老さんらしい気遣いだと感心した。しかしそれだけであれば、このような騒ぎにはならないはずだ。
「その食材なのですが……」
太老さんが持参した食材は、何れも厳選された高価な食材ばかり。しかし、高価な食材と言うだけであれば、生徒会が用意した食材も一級の品々ばかりだ。普段、そうした物を食べ慣れている特権階級の子息女が、今更ただ高価なだけの料理に注目するはずもない。しかし太老さんが持ってきたという一つの食材に、この騒ぎの原因があった。
「白い……キノコ? それって、まさか……」
「はい。特にシュリフォンの方々は、無造作に鉄板の上で焼かれているそのキノコを見て驚かれたご様子で……」
「それはそうでしょうね……。無造作にって、まさかそんなに?」
「はい。人数分、十分に行き渡るくらいには……」
一つ売れば、五年は遊んで暮らせると言われている有名なキノコ。
私達にとっては香りが良くただの美味しいキノコに過ぎないが、ダークエルフ達にとっては『最高の御馳走』と言われている幻のキノコがそれだ。この騒ぎにも、納得が行くと言うものだった。
人数分と言う事は、新入生の分だけでも百個近く。それだけの数をどうやって見つけてきたと言うのか?
それにあのキノコは保存の利くような物では無いと話に聞いている。発芽から数時間で枯れてしまうという幻のキノコをどうやって保存していたのか、さっぱり分からない事ばかりだった。
恐らくは、私達の知らない保存方法を商会が知っているという事なのだろうが――
「そう言えば、アウラは?」
「あそこに……」
新入生達に混じって、涙を流しながらキノコを口にしているアウラの姿があった。
【Side out】
異世界の伝道師 第200話『不幸な少女』
作者 193
【Side:太老】
「太老様。あのキノコ、よかったのですか?」
「うん、まあ別にいいだろう? 沢山あるんだし」
マリエルが話すあのキノコ≠ニ言うのは、以前アウラが喜んで食べていたあの白いキノコの事だ。
ユキネやコノヱ、それに水穂が山籠もりの度に持って帰ってくるので、うちの倉庫にはあのキノコが山ほどあった。
どうせなら喜んでくれる物を食べて欲しいし、変に出し惜しみしても意味が無い。
そこそこ高価なキノコだって話だが、ようは松茸みたいな物だろう。
喜んで食べてくれる人がいるなら、そうした人達に食べて貰った方が良いに決まっている。
(正直、俺は食べ飽きてるしな……)
キノコが嫌いと言う訳ではないが、松茸も三日食べれば飽きるというように、どれだけ美味しい物でも程々が一番と言う事だ。
「ところで太老様。こっそりとパーティー会場を抜け出されて、本当によろしかったのですか?」
「シンシアとグレースも上手くやれてるようだしな。マリアも付いてるし大丈夫だろう?」
それに邪魔するつもりは無かった。これから否が応でも毎日顔を合わせ机を並べる事になる学友達だ。
打ち解ける機会があるのなら、それに越した事は無い。シンシアやグレースにとっても悪い話では無いはずだ。
俺があそこに居れば、他の生徒達に余計な気を遣わせる事になってしまう。それは本意では無かった。
しかし、やはりキノコや野菜は正解だったみたいだ。今、思い起こせばアレが全ての切っ掛けだったと言って良い。
(男と女で好みって結構違うもんなんだな)
最初は体力をつけて貰おうと肉を中心に焼いていたのだが、それは男の感覚だったようで一向に女生徒達は近寄ってきてくれなかった。
しかし例のキノコと野菜を中心に焼き始めてから、ポツポツと女生徒達が興味を示して近寄ってくるようになり、気付けば鉄板の前に人集りが出来ていた。
何となくダークエルフの人達が多かったような気もするが、森の民と言うくらいだし野菜がきっと好きなのだろう。
生徒会の用意した食材は肉や果物が多かったので、キノコや木の実、後は野菜を中心に持参して正解だった。ハヴォニワは山の幸が豊富だからな。
「マリエルも、まだやる事があるだろう? いいよ、一人で帰れるし」
「ですが……」
「のんびり夜風にでも当たって帰るさ。心配ならいらないよ。さすがに、こんなところで襲ってはこないだろうし」
先日、山賊や男性聖機師に襲われた事を気にしてくれているのだろうが、マリエルにはマリエルの仕事がある。
俺が倉庫の食材をお土産として持っていく事を提案した立場なので、これ以上マリエルの手間を増やすような真似はしたくない。
コノヱも久し振りに聖地にやってきて、昔の後輩に囲まれているようだし邪魔をするのも悪いと思った。
それにユキネも居ると言っても、マリアだけでなくシンシアとグレースの護衛も必要だ。俺なんかよりも、寧ろそっちが心配だ。
のんびり歩いて帰っても寮まで三十分くらいの距離。マリエルが言うような心配はいらないだろう。
「……了解しました。どうか、お気を付けて」
何を言っても無駄と悟ったのか、少し躊躇いながらも観念したと言った様子でマリエルはそう言った。
◆
「良い月だな。ちょっと寄り道でもして帰るか」
去り際にマリエルが渡してくれた飲み物と料理を手に、近くの建物の屋根へと飛び上がる。
アンティーク調の古めかしい校舎。月明かりで青く照らし出されたその屋根の上に、俺はそっと腰を下ろした。
「さすがマリエル。俺の行動パターンを読んでるな」
お重に丁寧に詰められた肉や野菜、それに果物を見てそんな事を口にする。
俺が真っ直ぐ寮に戻らないであろう事を大方読んでいたのだろう。こんな物を準備してあった時点で、それは明白だった。
他の生徒に遠慮して余り料理を口にしていなかったので、丁度腹が空いていたところだ。この気遣いは素直に嬉しい。
「これが酒だったら完璧なんだが、まあ仕方ないか」
学院はアルコール禁止だ。まあ、学生の身分なのだから当然と言える。当然、綺麗にリボンがされた瓶に入っている飲み物も酒ではなく、ただの炭酸ジュースだ。俺達の世界で言うところの、ノンアルコールのシャンパンによく似た物と思って貰えればいい。
味は段違いでこちらの方が美味しいが、それもそのはず。これには皇家の樹『祭』から取れた果実を混ぜてあった。
天然百パーセントとまでは行かなくても、ほんの少し混ぜるだけでも味と香りがグンと増し、素材の持つ味を引き立ててくれる。余り数が作れないので基本的には非売品。こうした祝いの席だけでだすようにしている物だった。
新入生の歓迎会と言う事で、マリア達がお世話になると言う意味でも込めて、これもほんの二ケース分だが会場に置いてきた。一ケース十本入っているので、一人一杯ずつくらいは余裕で回るはずだ。
「聖地での新しい生活か。こっちの世界に飛ばされてきて二年。ハヴォニワの生活に慣れてきたところだったんだけどな」
今更言っても仕方の無い事と思いつつも、慣れ親しんだ場所を離れるのはやはり少し寂しかった。
そうして思い出すのは、あちらの世界の事だ。
良い思い出ばかりと言う訳では無いが、あちらの世界で過ごした十数年という歳月は俺にとって忘れられない記憶と言って良い。
こちらの世界に飛ばされて僅か二年の事ではあるが、それでも皆どうしているかな、くらいには気になっていた。
まあ、十年や二十年留守にしたくらいで何かが変わるような人達でもないし、戻ったところで『久し振り』の一言で済まされるような気がする。
俺達の世界では生体強化が普及し、延命調整が当たり前になってからは数百年・数千年という時を生きられる人達も少なく無くなった。
特別な調整を施された人達などは、数千年どころか数万年の時を生きようと思えば生きられるくらいだ。
実際、俺の周りの人達もそんな人ばかりだし、あの水穂だって七百年以上生きている。多分だが、俺もそんな中の一人になるのだろう。
時間の感覚や年齢に対するアバウトな考え方は、多分こっちの人達とはずっと感覚の違う物だと実感していた。
鬼姫の下で色々と学んだ事の一つがそれだ。この星の人達が見上げている星空と、俺や水穂が見ている世界とでは全く違う。
普通なら百年生きられれば良い方だが、俺達には数百年どころか数千・数万年という気の遠くなるような時間がある。
これほどはっきりとした文化と風習、考え方の違いは無いはずだ。ただ、同じ人である以上、変わらない物もあった。
あちらの世界に残してきた大切な人達。こちらの世界で出来た大切な人達。人と人の繋がりは、どれだけ科学技術が発達しても基本的には変わらないものだ。
「まあ、帰れないって決まった訳じゃ無いしな」
我ながら、少しホームシックに掛かったかと思うくらい弱気な発言だった。
鬼姫や鷲羽に会いたいとは思わないが、それなりに気になっている人達が居るのは確かだ。
向こうが心配しているかどうかまでは分からないが、何も言わずにこっちに来てしまった手前、出来る事なら無事な事くらい知らせて置きたいと考えていた。
正直、俺や水穂がこっちの世界にきたのは鬼姫や鷲羽が関わっていると考えているので、最悪の場合でも帰れないなんて事は考えていない。
あの二人は面白可笑しく事態を引っ掻き回す事はあっても、無駄な事をしない主義だ。
俺達をこちらの世界に送ったからには、何か目的があってしたと考えるのが自然だった。その点に関しては水穂も同じ考えのようだ。
結論だけをいうと、焦っても無駄と言う事。
こっちはこっちで帰る方法を探すが、何かあるのなら向こうから接触してくるだろうし、ちょっとした休暇と思ってのんびりするのが賢明だ。
水穂なんか、まともに有給休暇すら申請していなかったというので、数百年分の休暇を消化していると考えれば丁度良い機会と言える。
幾ら商会の仕事が忙しいとは言っても、鬼姫の相手をさせられるよりは遥かにマシなはずだ。
散々引っ掻き回されて人生を歩んできた俺が学んだ処世術がこれだ。
マイナス思考よりプラス思考。環境が変えられないのであれば、その環境を楽しめるように思考を切り替えるのが一番。
人生は結果より過程を楽しんだ方が良い。
「あっ……」
瓶の栓を外そうとしたところで、勢いよくポンッと言う音を立ててコルクが空を舞った。
「きゃっ!」
と背後で女性の悲鳴が聞こえる。
屋根の上にまさか人がいると思ってなかった俺は、手元の瓶を見て冷や汗を流した。
「もう、なんなのよ……」
コルクが直撃したようで、少し赤くなった額を抑えながら膝をついて愚痴を溢す少女。
右眼を前髪で隠した緑髪。髪は腰元に届くくらい、年の頃はマリアと同じと言った感じの美少女だった。
「ごめん。おでこ大丈夫か?」
「……うっ、まさか気付かれてたなんて!?」
「いや、本当に悪かった。よかったら、一緒にこれ食べないか?」
「…………は?」
さすがに悪いと思って、お詫びのつもりで少女を月見に誘った。
料理の方は沢山マリエルが持たせてくれたので、二人で食べても十分過ぎる量がある。
少女は訝しい表情を浮かべながらも、俺の隣に座って勧められるまま料理を手にとって食べた。
「美味しい……」
「そりゃ、食材が良いからな」
ただタレをつけて焼いただけの物だが、良い食材を適切な調理をすれば美味くて当たり前だ。
続いて、さっき栓を開けたばかりのジュースを口にして、また感動した様子で目を輝かす少女。
(機嫌が直ってくれたようで一安心だ。まさか、こんな屋根の上に人が居るなんて思ってなかったからな)
大抵の貴族なら、『はしたない』とか言ってこんなところには上って来ない。
特権階級ばかりが通うこの聖地に、俺みたいな真似をする人間が他にも居るとは思ってもいなかった。
「なんで、屋根の上なんかにいたんだ? その格好からすると、誰かの従者とか?」
「…………」
「まあ、話したくないならいいけど。女の子が余り遅くまで一人でウロウロするなよ」
話したくない事を根掘り葉掘り訊くつもりは全く無かった。一人、月見をしたくなる時なんて誰にだってある。
気になったのは、怪しい行動をしていると聖地の警備に不審者と間違えられて捕らえられても不思議では無いと考えたからだ。
それに、この年頃の女の子がこんな遅い時間に一人で人気の無い場所を散歩しているのは、やはり感心できない。
これがマリアやラシャラでも同じ事を言っていたはずだ。幾ら聖地が安全だからと言っても、深夜の女の子の一人歩きは心配だった。
「名前くらいは教えてくれてもいいだろ? 俺は正木太老」
「……ドールよ」
「ドール?」
随分と変わった名前だな、と首を傾げた。
子供に『人形』なんて名前を付ける非常識な親が、まさか本当に居るとは……。
そう言えば、子供に変わった名前を付ける親が最近多いって聞くしな。世界が違っても非常識な親は居るようだ。
そんな名前を付けられる子供が可哀想だ。一生の事なのだから、子供の事を考えて真剣に名前を付けてやって欲しい。
「苦労してるんだな……」
「え?」
「まあ、いつでも相談くらいには乗るから」
肌も白いし顔色も余り良いとはいえない。食事もちゃんと取っているのか心配になった。
「そんなに腹が減ってるなら全部食べてもいいぞ」
「いいの!?」
余程美味しかったのか、料理と飲み物を嬉しそうに口にする少女。
このくらいしかしてやれないが、この幸薄そうな少女に少しでも幸せが訪れて欲しいと俺は切に願った。
【Side out】
【Side:ドール】
「本当に送らなくて大丈夫か?」
「……大丈夫よ。子供扱いしないで」
「それじゃあ、気をつけて帰れよ。また飯が食いたくなったら、いつでも寮を訪ねてきな」
そう言って手を振って立ち去る不思議な男。
私の気配に気付いていたに関わらずそれを咎める様子も無く、逆に私の方が困惑するような馴れ馴れしい態度。
空気のように全く掴めない、噂通りの変な男だった。
「ダグマイアが勝てない訳ね」
噂の聖機師がどんな人物か見てみたくて、興味本位で様子を窺いにきただけだが思わぬ収穫があった。
聖機師としてだけではない。人としての器の大きさを感じさせられる、ほんの少し接しただけでも分かるほどの侮れない人物だった。
これで噂にならないはずがない。確かに凄い男だ。
「それに、あの男……。もしかして、私の正体に気がついている?」
初対面にも拘わらず、この私に『苦労してるんだな』と気遣うような素振りを見せた事から、もしかしてという考えが頭を過ぎる。
「そんな訳ないわよね。そう、知っているはずが無いんだから……」
そう、そんな事は有り得ないと首を横に振り、私は元来た道を歩き出す。
「正木太老か……」
これまでに出会った事の無いタイプの人間に戸惑いを覚えつつも、その名が頭の片隅から消える事は無かった。
【Side out】
……TO BE CONTINUED
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