【Side:ドール】
「学院に通う? 何故、そんな事を急に……」
「アンタには関係ないでしょ。ババルンになら、連絡して許可を貰ってあるわ」
「そんな勝手な真似を!?」
「あら? アンタに私に指図する権限があると思ってるの? 父親に見限られた癖に」
「貴様っ!」
太老にやられて引き籠もっていたかと思えば、少しは立ち直ったようだが、器の小さいところは相変わらずだった。
太老にこてんぱんにやられたと言う割には全然懲りてない。ちょっとした事で直ぐにカッとする。
相手を見下す事でしか、自分を優位に保てない。少しはマシになったかと思えば、直ぐにこれだ。
「太老とは比べ物にならないくらい器の小さい男ね」
「なんだと!? 貴様、あの男に――」
「アンタよりは、ずっと頼りがいのある良い男よ。私、弱い男は嫌いなの」
「ド、ドール!?」
拳を振り上げるダグマイア。しかし、そんな怒りに任せた大振りの攻撃が私に当たるはずもない。
男としてはそれなりに有能な聖機師なのかもしれないが、所詮は男の中でそれなりにだ。
変なコンプレックスを抱えて、プライドを剥き出しにしているだけの二流の聖機師なんて、私の敵ではなかった。
「ぐはっ!」
「カッとして、女に手をあげるなんて最低ね」
「に、人形の分際で……」
腕を取られ、そのまま地面に投げつけられて背中から叩き付けられるダグマイア。
この私相手でさえ、これだ。そもそも『世界最強』とまで言われている聖機師を相手に、力で挑んだところで敵うはずもない。
「私に勝てないような男が太老に戦いを挑む? 笑わせないでくれる? 力で勝てない相手に力で挑むのはタダのバカよ」
ダグマイアの欠点は実力以前の話だった。
努力は確かにしているのかもしれないが、この性格を変えない限りは一生二流のままで終わる。人としても聖機師としても。
父親の背中ばかりを見て、幼馴染みに劣等感を抱いて素直にすらなれない、こんな小さな男がどうなろうと私の知った事では無い。
ただ、私の邪魔をされるのだけは納得が行かなかった。
「あのまま大人しく部屋で震えていた方が良かったんじゃない? もう、アンタの居場所なんて何処にもないのよ」
「くっ、言わせておけば……」
実の父親に見限られ、計画にすら全く関わらせて貰えない男に、私を止める権限などあるはずもない。
男性聖機師である以上、ある程度の将来は保証されているも同然だ。それにババルンが失敗したとしても、蚊帳の外に置かれているダグマイアが罪に問われる危険はそれだけ低くなる。あのババルンにそんな親心があるとは考えられないけど、ダグマイアにとっては悪い話ばかりでは無かった。
それをどう捉えるかはダグマイア次第。私が口を出すような問題ではない。
「一つだけ言って置くわ。私の邪魔はしないで。アンタは既に用済みなのよ」
顔を真っ青にし、唇を振るわせて何も答えないダグマイアを背に、私は寮を後にした。
【Side out】
異世界の伝道師 第202話『家出少女』
作者 193
【Side:太老】
「は? 家出してきた?」
突然、ドールが大きな荷物を持って押し掛けてきた。
いつものように飯を食いに来たのかと思えば、『今日からここに住む』というドール。
家の人と何かあったのだろうか?
「却下ですわ」
「あなたには聞いてないわ。私は太老に頼んでるのよ」
「ここは私の寮です!」
「太老の寮でもある訳でしょ? なんなら、太老と同じ部屋でも構わないわよ」
「それだけは絶対に却下ですわ!」
玄関でマリアとドールが揉めていた。
なんというか、マリアとラシャラのやり取りを普段から見ているだけに、それほど違和感が無かったりする訳だが……。
問題となっているのはドールの家出についてだ。
マリアの言い分も分かる。ようはドールの家族も心配してるだろうし、そんな事を認める訳にはいかないと言いたいのだろう。
取り敢えず、事情だけでも訊いてみないことには埒が明かないと考えた。
「なんで、そんな事になったんだ? 理由くらいは話してくれるだろう?」
「学院に通う事になったのよ。それで――」
保護者は素直に了承し、学費も全額だしてくれると言ってくれたそうなのだが、学院に通うお兄さんがそれに反対をして喧嘩になり、それで屋敷を飛び出してきたというドールの話だった。
しかし独立寮に住んでいたとは、なかなか良いところのお嬢様なのかもしれない。もしくはそれなりの身分の人に仕える従者ってところか?
どちらにせよ、ドールは家を飛び出した以上、住むところを失ったと言う事だ。喧嘩して直ぐは帰り難いだろうし……。
学院に通うように誘ったのは俺だ。だとすれば、それが原因で家に居辛くなった以上、俺にも責任の一端がある。
「マリア。少しの間、置いてやれないかな?」
「お兄様まで!?」
「いや、こうなったのには俺にも責任の一端があるからさ」
「責任!?」
うん。やっぱり、自分の発言には最後まで責任を持たないとな。
野宿なんてさせる訳にはいかないし、それでドールに何かあったらあちらのご家族にも顔向けが出来ない。
せめて、お兄さんと仲直り出来るようになるまでは、ドールの面倒を見るべきだと考えた。
「泊まるのは自由だ。その代わり、ここに居る事を家には必ず連絡しておくように」
「……いいの?」
「当然だろ?」
家に連絡を入れるのは当然だ。幾ら喧嘩しているとは言っても、最低限の常識は守ってもらわないと困る。
こうした互いの主張が反発しあう繊細な問題は、頭に血が上っている状態で顔を合わせても、なかなか上手くはいかないものだ。
お互いに冷静に話が出来るようになるまではうちに居ても構わないが、ちゃんとルールには従ってもらうつもりでいた。
【Side out】
【Side:ドール】
「……いいの?」
「当然だろ?」
正直驚いた。私の方が、余りに堂々とした太老の態度に冷や汗が流れたくらいだ。
私の正体を知りながら家に招き入れたばかりか、ここに来ている事をダグマイアやババルンに知らせても構わないと話す太老。
私がスパイと言う可能性があるにも拘わらず、それでも構わないといった余裕さえ見せていた。
(探れるものなら探ってみろ……って事?)
正木商会や太老の屋敷に放たれたスパイが一人も帰って来ない、と言った話は私も聞いている。
この独立寮もそうだ。表向きはただの寮に見えるが、実際には平和惚けした教会よりも遥かに厳重な警備が敷かれている。
例のタチコマと呼ばれる機動兵器に、統率の取れた隙のない動きをする侍従達。
寮で働く末端の使用人まで、その全てがエキスパートと呼ばれる本物の実力者だった。
(確かに、これじゃあ無理ね……。それにこの余裕な態度を見る限り、ここに知られて困るような重要な物は無いのかもしれない……)
聖機人に乗っているならまだしも、ここの侍従達にすら生身では私に勝ち目は無い。
一対一ならどうにかなるかもしれないけど、確りと統率の取れた侍従達やタチコマから逃げ果せる侵入者が居るとは思えなかった。
太老の余裕も、それを考えれば納得の行くものだ。敵とすら思われていないのだと私は悟った。
問題はダグマイアだけど、さすがに聖武会の一件もある。太老にちょっかいを掛けてくるような事は無い……と思いたい。
正直、今のダグマイアが何を考えいるのか、私にはよく分からなかった。また余計な真似をしなければいいのだけど……。
「よし! ドールの歓迎会をするか!」
「お兄様!? 私はまだ納得していませんわよ!?」
「あっ、シンシア良いところに。ドールお姉ちゃんが今日から一緒にここで暮らす事になったぞ」
「ほんと?」
そう言って、私の方をじっと見てくるシンシア。実のところ、この子は少し苦手だった。
「……ええ。しばらく厄介になるわ」
パアッと花開いたように笑顔を浮かべ、私に抱きつくシンシア。何故だか分からないけど、初めて会った時からこれだ。
私は子供に懐かれるような人間じゃ無いと思っていたのに、どう言う訳かこの子だけは違っていた。
これだけ真っ直ぐで純真な想いを向けられると『やめて』とは、はっきり言い難い。
私が苦手とする。いや、戸惑っている一番の理由はそれだ。
「マリア……」
「マリアお姉ちゃん……」
「うっ……わ、わかりましたわ! 認めます! それでいいんでしょ!?」
太老とシンシアにジッと見詰められ、遂には観念した様子で首を縦に振るお姫様。
「ただし! お兄様の部屋には立ち入り禁止です! これだけは守って頂きますからね!」
「なんで、アンタに指図されないといけないのよ。太老の部屋でしょ?」
「男女七歳にして同衾せずですわ!」
「歳幾つよ? そんな古臭い言葉を持ち出しちゃってさ」
「無知よりは、ずっとマシだと思いますわ。あなたのようなガサツな方は、教養なんてとても無さそうですが」
「フンッ、お生憎様。これでも私、頭はよい方なのよね。無能なお姫様よりずっと役に立つと思うわよ」
このハヴォニワのお姫様とだけは相容れない。何故だか分からないけど、そう確信していた。
【Side out】
昼間だというのにカーテンは閉ざされ、明かりすらない薄暗い部屋の中に学生服を身に纏った一人の男性が居た。
ハヴォニワの男性聖機師クリフ・クリーズ。水穂が太老に注意するようにと促した人物だ。
机の上に置かれた小さな亜法通信機を使い、遠く離れた場所に居る誰かと通話をしていた。
『お前がダグマイアの代わりをするだと?』
「ええ、正木太老と言う一点に置いては、僕達の利害は一致している。悪い話ではないと思いますが?」
『復讐か。しかし貴様程度の力で、どうにかなる相手ではないぞ』
「力に力で挑もうとすればね。でも、彼も人だ。大切なものを奪われて、冷静でいられますかね?」
『なるほど……。確かにダグマイアよりは使えそうだな』
通話相手はババルン・メスト。シトレイユの宰相とハヴォニワの聖機師。一見接点のない二人が、人目を避けるように密談を交わしていた。
二人の接点といえば一つしか無い、ダグマイアだ。
ダグマイアの友人であり、思想集団のサブリーダー的存在だったクリフ・クリーズ。
ダグマイアの父親であり、そのダグマイアを使ってある計画を企てていたババルン・メスト。
聖武会の一件で信用の失墜したダグマイアに代わって思想集団のリーダーにおさまったクリフは、自らの目的を達成するためにババルンに接近を試みた。
「力を貸して頂ければ、必ずご期待に応えてみせます」
元々、クリフがダグマイアに協力する事を決めたのも、太老と言う共通の敵を前に利害が一致していたからに過ぎない。
そしてダグマイアが居ない今、クリフが次に目を付けたのがダグマイアがやろうとしていた計画を引き継ぎ、ババルンに自分を売り込む事だった。
そのためにこうしてダグマイアの見舞いを偽って手に入れた亜法通信機を使い、ババルンと接触する機会を得たのだ。
『いいだろう、チャンスをやる。だが、ラシャラが聖地に入るまでだ。失敗は許されんぞ』
「……心得ています」
ババルンの迫力に多少気圧されながらもグッと堪え、クリフは頭を下げてそう言った。
交渉が終わり、ババルンとの通信が切れた事で、フウッと息を吐き緊張を解くクリフ。
「危なかったな……。さすがはババルン卿だ。一筋縄でいく相手じゃない」
相手は一国の宰相を務める人物だ。しかも他の貴族と違い、実力でのし上がった本物の政治家。
クリフがそれなりの家系に生まれた男性聖機師とは言っても、常に政治の表舞台で活躍してきたババルンとでは経験が違い過ぎる。
冷静に交渉を進めていたつもりでも、実際には緊張と隣り合わせのギリギリの交渉だった。
「でも、これで……チャンスは掴んだ。後はこの機会を物にするだけだ」
ギュッと右拳を握りしめ、クリフは決意を顕わにする。
「無能な女王と貴族達、そして成り上がりの男に虚仮にされたまま黙っている僕じゃない」
爵位を奪われ、家族を奪われ、財産を奪われ、青年に残された物は『聖機師』という生まれ持っての才能だけ。
「こんなところで終わって堪るか……。僕はダグマイアとは違う」
◆
「クリフ・クリーズか。所詮はダグマイアと同じ小者か」
だが囮くらいにはなる、と口にするババルン。
計画のための駒として使えるのであれば、ただ利用するだけ――と言った様子で一切の迷いを見せないババルン。
彼にとってクリフは、いや実の息子ですら捨て駒に過ぎなかった。
「ババルン様。ラシャラ様が先程シトレイユを出立されました」
「フンッ、小娘が……。準備を急がせろ。だが決して皇族派の犬どもに気取られんようにな」
「はっ!」
ババルンの指示を受け、敬礼をして部屋を後にする兵士。
「見ているがいい。このまま終わる儂ではない」
必ずガイアを手に入れて見せる、そう言ってババルンの口元は邪悪に歪むのだった。
……TO BE CONTINUED
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