【Side:ラシャラ】
「全く、フローラ伯母の所為で散々な目におうたわ」
「一週間遅れですからね。入学式も終わってますし、始業式にも間に合うかどうか……」
アンジェラの言うように、太老達が聖地に出発してから一週間も遅れて、我等は聖地へ向けて出発する事となった。
現在この船≠ヘ関所を抜け、聖地へ向けて真っ直ぐに巡礼路を進んでおるところじゃ。
この調子なら、明後日には聖地入り出来るはず。聖機神の事もある。以前のような襲撃は勘弁して欲しかった。
(このまま何事も無く、聖地に着ければ良いのじゃが……)
あの後もババルンがちょっかいを出してくる事は無く、拍子抜けするほどあっさりとした物じゃったが、それでも安心とは言い切れぬ。
今回の内乱に乗じてかなりの数の貴族を粛正する事に成功したが 連合や教会との事もある以上、国内に限らず国外にも我を邪魔者と思っている者達はまだ大勢居る。
まあ、狙われていると言う意味では太老の方が、我やマリアよりも色々な意味で危険に晒されておるのは間違い無いが、我とて油断は出来ぬ立場に置かれていた。
「それよりも問題はマリアじゃ! また抜け駆けなどしておらねばよいのじゃが……」
椅子の上に立ち、我は拳を握りしめてそう叫ぶ。
太老も太老じゃ。婚約者を置いて先に聖地に向かうなど、少しくらい気を利かせてくれてもよい物を――これではマリアに後れを取るばかりじゃ。
ただでさえ、フローラ伯母が余計な事をしてくれたばかりに、太老を狙うライバルが大勢増えてしまった。
国益のためと分かっていても、感情の部分では納得が行かぬ。聖地に着いたらなんとしても、この後れを挽回せねばと考える。
「ラシャラ様、聖機神の前ですよ。はしたない真似はお止めください」
マーヤに咎められ、小さくため息を漏らしながら、我は格納庫の中央へと視線を移す。
スワンの一角を占拠して居るその大きな置物は、戴冠式のために教会から借り受けた聖機神じゃった。
隣に居るユライトは、『荘厳な感じがしますね。この聖機神は』などと抜かしておるが、我から見ればそのように大層な物には見えぬ。
そもそも、以前に話していたユライトの目的も胡散臭い話じゃ。この聖機神が復活するなどと、今のこの姿を見る限り信じられぬ。
それに太老の黄金の聖機人と比べれば、それほど凄い物のようには到底思えぬ。あれこそまさに聖機神と呼ぶに相応しい力じゃと考えていた。
「フンッ、ただの置物ではないか」
「またそのような……。戴冠式の時だけとはいえ、教会から借り受けが許されているのはシトレイユだけなのですよ」
「重いわ、でかいわ、面倒なだけじゃ」
マーヤの言う事ににも一理あるが我は周りの認識と違い、この聖機神をそれほど重要な物とは考えていなかった。
聖機人の元となった先史文明の機動兵器。それ故に『力の象徴』とされている聖機神ではあるが、誰も動かせぬ以上、古いだけのただの置物と一緒じゃ。
元シトレイユ領から発掘されたからと言うだけの話で、何かある度にこうして余計な荷物を背負わされる方がずっと面倒じゃった。
それでなくても教会へ支払う貸出料に運搬費、それに掛かる護衛の手配など金の掛かる話ばかりじゃ。良い事など一つも無い。
教会にとっては大切な物でも、我にとっては金の掛かる面倒な置物と一緒じゃ。戴冠式でも無ければ、無理をして借り受けたいとは思わない代物じゃった。
「ラシャラ様を前にすると、聖機神も形無しですね」
「嫌味のつもりか?」
「いえ、正直な気持ちを述べたまでですよ」
「…………」
そっちの方が酷いのでは?
と内心では思いながらも、いつもと変わらぬユライトの調子にツッコミを入れる気力すら削がれていた。
この男も、本当のところ何を考えておるのか、よく分からぬ。聖地で働く身でいて、ババルンの弟でもあり、かと思えば我の敵とも味方とも分からぬ発言ばかりをする。普通であれば、教会かババルンのスパイと疑うところじゃが、それを太老が分かっていて泳がせておるのじゃとしたら、我が余計な真似をする事は無いかと考えていた。
まあ、放って置いてもその内、答えが出るじゃろう。その時にユライトが敵か味方かはっきりするはずじゃ。敵だった場合、太老が容赦をするとは思えぬ。あ奴は身内には甘いが敵には全く容赦が無い。今回のシトレイユの粛正騒動も、大元を辿れば太老が仕組んだ事と言えなくもない。我が将来の夫ながら、本当に恐ろしい男じゃった。
「――何事じゃ!?」
その時じゃった。コロの鳴き声がスワン中に響き渡る。
コロは警戒心が強く、聖機人や他の船が近付くと亜法波に反応して接近を知らせてくれるので、門番代わりにこのスワンでも飼っていた。
そのコロが警戒を知らせる鳴き声を発した、という事は何かがスワンに近付いている証拠。
「敵襲です! 聖機人が一体!」
直ぐ様、ヴァネッサが早足で知らせにやってきた。
何者かの襲撃がある事は予想していたが、まさか聖機人が一体だけとは……。
先日の襲撃の規模と比較すると明らかに少ない。相手が太老ではなく我だけと考えて、相手も甘く見ていると言う事か。もしくは――
「キャイアはどうした?」
「既に聖機人で迎撃に向かわれました」
「ふむ、なかなかに対応が早いではないか。良い傾向じゃな。しかし――」
我の言葉に他の者達もようやく気付いた様子で、ハッと同じ方向を振り返る。
「敵が一人ならばな……」
聖機神の後方、格納庫の入り口に見た事も無い形状の聖機人が立っていた。
異世界の伝道師 第203話『黒と白の聖機人』
作者 193
「何者じゃ! 誰の指図で我を狙うか!?」
目の前の聖機人に向かって我は叫ぶが、その質問に答えは返って来なかった。
(外の聖機人は、やはり囮じゃったか……)
新たに現れた緑の聖機人。登録されている聖機人の形状を全て把握している訳では無いが、ここに居る者が誰一人として見た事の無いカタチの聖機人じゃった。
狙いは、我と考えて間違い無い。ババルンか……いや、教会や連合に与しない他国という線も考えられる。
何れにせよ、ここで殺されるつもりも無ければ、大人しく捕まってやるつもりは無かった。
直ぐ様、別棟へと続く通路を確認しアンジェラとヴァネッサ、それにマーヤとユライトに護衛されながら通路へ逃げようとするが、敵も易々と逃がしてはくれない。
「くっ! 逃げ道を塞がれたか!」
聖機人の放った凍結弾が氷の壁を作り、別棟へと続く道を閉ざしてしまった。
そのチャンスを逃すまいと迫る聖機人の腕。直ぐにアンジェラとヴァネッサが、我を庇おうと前に出る。
しかし生身の人間と聖機人では勝負になるはずもない。無駄な抵抗かと思われた、その時じゃった。
『――何!?』
緑の聖機人が突然機体を襲った衝撃に耐えきれず、仰け反るように地面に倒れ込む。
聖機人を蹴り飛ばしたのは同じ聖機人ではない。メイド服を身に纏った一人の女性じゃった。
『女だと! そんなバカな――バケモノか!?』
「……レディに向かって、失礼な方ですね」
「ちと遅いぞ! ミツキ!」
スカートの裾を持って、『お待たせしました』と言って優雅にお辞儀するミツキ。
そう、マリエルの母であり、正木卿メイド隊情報部に所属する水穂の副官。その実力は知る人ぞ知る、太老や水穂に次ぐとさえ言われる手練れじゃった。
確かに聖機人を生身で蹴り飛ばすなど、『バケモノ』と呼ばれても仕方の無い力じゃ。
ただ我は、以前に水穂が聖機人を斬り倒した姿を見ているので、それほど驚きは無かった。
水穂に次ぐ実力というミツキが、この程度の相手に負けるはずもない。例え、生身というハンデを背負っていてもじゃ。
『お待たせ! 加勢に来たわよ!』
「ワウさん……完全にタイミングを逃してます」
『これでも急いできたんだって! ミツキさんが早すぎるの!』
遅れてやってきたのはワウの聖機人じゃった。『助けにきたのにそれはない』と言った様子で弁明するワウ。
まあ、確かに聖機人に乗っていないとはいえ、ミツキと比べるのは酷かと我も考えた。
本人の前で、そのような事は口が裂けても言えぬが……。我とて命は惜しい。
『ワウアンリーか! くそっ! あの女は何をやっている!?』
『あっ! 逃げた!』
「ラシャラ様の護衛は任せて追ってください。逃げられたら……わかっていますね?」
『は、はい! 必ず、捕まえてきます!』
ミツキの迫力に気圧されて、慌てて緑の聖機人を追い掛けるワウ。
先程『バケモノ』と言われた事を気にしておるのか、顔はともかく心まで笑っていなかった。
これは取り逃がしでもすれば、どんな仕置きが待っているか分かった物では無い。ワウもそれを本能で察しておるに違いない。
追い掛けて行ったワウもそうじゃが、こちらの命を狙ってきた相手じゃというのに、相手の方が可哀想に思えて仕方なかった。
「ラシャラ様、お怪我は?」
「うむ。なんともない。助かったぞ、ミツキ」
「いえ、これが私の仕事ですから」
我の護衛のためにと、太老が気を利かせてミツキとワウを置いて行ってくれなければ、少し危なかったやもしれぬ。
シトレイユの軍部は未だにババルンに抑えられておるし、護衛を付けるにしてもキャイア以外は今一つ信用が置けぬ。
新たに護衛を選出するような時間も無かった事じゃし、ミツキとワウがその役目を申し出てくれた事には感謝していた。
「囲まれてますね」
「そこまでわかるのか?」
「タチコマを念のため、外に配備してあるので。ご覧になられますか?」
そう言って、胸元から小さな端末を取り出すミツキ。外のタチコマと通信が取れる代物のようじゃ。
端末から外の様子を映した立体映像が浮かび上がる。確かに囲まれていた。
キャイアが迎撃している聖機人と、先程逃げた緑の聖機人を合わせると全部で五体。
以前の襲撃と比べれば小規模じゃが、それでもなかなかの数じゃ。しかし問題は――
「何者じゃ、この黒い聖機人は……」
あのキャイアが、黒い聖機人を相手に防戦一方を強いられていた。いや寧ろ、相手にすらなっていない。完全に遊ばれていた。
明らかに他の聖機人とは違う、一線を画す実力。並の聖機師とは比較にならぬ力じゃ。
(太老以外に、まさかこのような聖機師がおるとは……)
しかし黒い聖機人など、話にも聞いた事が無かった。
これほどの実力者であれば、噂の一つや二つ聞こえてきても不思議では無い。
正規の聖機師とも思えぬし、だとすれば考えられるのは浪人と言う線じゃが、それも――
「……かなり強いですね」
「ワウとキャイアだけでなんとかなりそうか?」
「難しいと思います。相手は五体。そのうち一体は、どうやら規格外の力を持っているようですし」
まだ力を隠しているように思えます、と珍しく険しい表情を浮かべるミツキ。
ミツキの見立てに間違いは無いじゃろう。確かに相手の数もそうじゃが、黒い聖機人が一番厄介じゃった。
「ミツキ。御主でも、どうにもならんか?」
「生身では難しいかと……。それに私は聖機師としての資質は、それほど高くありませんし……」
更に、ここにはあの二体以外に聖機人はありませんから、と付け加えるミツキ。
幾らミツキでも並の聖機師が相手ならともかく、あれほどの実力を持った聖機師が相手となると生身で相手する事は不可能。
スワンにはタチコマが配備されているとは言っても、残りの聖機人四体だけならともかくあの黒い聖機人も含めると戦力的には心許ない。
「その割りには焦っておらぬようじゃの?」
「確かに勝ち目はありませんが、負ける要素もありませんから」
不敵に微笑むミツキを見て、背筋に冷たい汗が流れるのを感じ取っていた。
【Side out】
【Sode:ドール】
「はあ……なんか気が乗らないわね」
ババルンの命令で、私はラシャラを襲撃するグループに協力していた。
ダグマイアの後を引き継ぎ、思想集団のリーダーをやっているクリフとかいう男の手伝いをだ。
正直な話、全く気が乗らない。発行されたばかりの生徒証を持って、大食堂のメニューを制覇するつもりでいたところにこれだ。
その上、クリフと言う男はダグマイア以上にいけ好かない男だし、こうして言いように使われるのも嫌だった。
とはいえ、私はババルンの命令には逆らえない。例えそれが、自分の意思にそぐわない事でもだ。
『隙あり!』
「バーカ、態と隙を作ってやってるのよ」
『何!?』
赤い聖機人が剣を構え向かってきたところを尻尾で足を取り、そのまま地面へと投げ飛ばす。
剣の腕は立つが実践慣れしていないのか経験が浅く、基本に忠実なために動きが読みやすい。教科書通りの剣術だ。
尻尾付きの聖機人を見る限り、それなりに力のある聖機師なのは間違い無いが、私の敵では無かった。
私と対等以上に戦える聖機師といえば、私の知る限り『大陸最強の聖機師』や『黄金機師』などと呼ばれている太老くらいのものだ。
他のどんな聖機師が来ようと、聖機人戦で負ける気はしなかった。
「ちっ! あのバカ、いつまで時間掛かってるのよ」
手柄を立てたいのかしらないが、私を囮に使って自分で乗り込む辺り、あのクリフと言うのも甘ちゃんだ。
奇襲を仕掛けたのなら、さっさと船を落として目標を攫ってくればいいものを、所詮はダグマイアと同じ男性聖機師の浅知恵に過ぎなかった。
目標の相手が太老の関係者と考えれば、太老が何も用意していないとは考え難い。どうせ、この作戦も上手くはいかないだろう。
とっとと自分の仕事を終わらせて、学院に早く帰りたい。正直、かなり無駄な時間を遣わされていると思っていた。
ダグマイアにも言ったが、私は邪魔をされるのが一番嫌いだ。無能な男の浅知恵で、無駄な事をさせられていると思うと苛立ちばかりが募る。
『くっ!?』
「結構もった方だけど、これまでね」
まだ、この赤い聖機人の方がマシだった。経験は足りないが、実力はダグマイアよりもずっと上だ。私が本気じゃ無かったとはいえ、これだけの時間、攻撃を凌いだ事は褒めてやってもいい。しかし、これまでだ。
地面に叩き付けられた衝撃で武器を手放し、しかも無茶な動きを続けた所為で右腕と右足の関節をやられ、満足に動けなくなった聖機人では次の攻撃をかわす事もままならないだろう。気乗りはしないけど、これが私に与えられた仕事だ。
両手で持った大きな黒い鎌を、赤い聖機人に向かって私は勢いよく振り落とした。
「――終わりよ!」
これで終わり、そう思った時だった。
ガキン、という金属音が鳴り響き、私はその衝撃で後へと弾き飛ばされる。
(この私が攻撃を弾かれた!?)
それは初めての経験だった。これまで、敵として立ち塞がった聖機人は全て一撃で倒してきた。
私の攻撃を見切り、ましてや弾き返した聖機師など、これまでに一人としていなかった。
「白い……聖機人」
闇夜の中、月明かりに照らし出され、浮かび上がる白い影。
黒い聖機人と表裏を為す白い聖機人が、赤い聖機人を護るように私の目の前に立っていた。
【Side out】
……TO BE CONTINUED
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