【Side:太老】

「え? あのキノコを譲って欲しい?」
「金ならちゃんとだす。どうか譲ってはもらえないだろうか?」

 そう言って、机に額が付くくらい深く頭を下げるアウラ。
 先日あった新入生歓迎会での出来事を、聖地で働くダークエルフの仲間に話してしまったそうだ。
 アウラに悪気は無かったのかもしれないが、それは言ってみれば『御馳走を腹一杯食べてきた』と自慢しているようなものだった。

(そりゃ、そうなるよな……)

 当然、話を聞いた人達も食べたくなるに決まっている。アウラだけ美味しい思いをして、と考えるのは自然な流れだ。
 自分でも軽率だったと話すアウラだったが、まさかキノコ一つで主従の信頼関係が危うくなるなどと考えてもいなかったようだ。
 食べ物の恨みは恐ろしい。時には愛情を、友情を壊しかねないほどに食べ物の恨みとは恐ろしい物だ。それ故に慎重な対応が求められる。
 食べ物くらいで、とバカにする事なかれ。食べ物を切っ掛けに生まれた不信感は、食べ物によってしか解決されない。アウラが思い悩むのも無理のない話だった。

「いいですよ。沢山ありますし」
「本当か!? しかし、沢山あるとは……アレは保存の利くような物では無いのだが、どうやって……」
「企業秘密です。うちの商会独自の保存技術とでも言っておきます」

 まさか、切り取った空間の時間を凍結して保存しているなどと、本当の事を言えるはずも無かった。
 この世界にも空間凍結技術は存在するようだが、それは先史文明の遺産を用いなければ不可能な技術だ。
 再現の利かない貴重な先史文明の遺産を使って、食品を保存しようなどと考える奴は普通はいない。
 その点、うちの商会には水穂や俺が居る上に、水穂があちらから持ってきた機材を使えば、倉庫一つ分くらいの時間を凍結するくらい難しい話ではなかった。
 今では商会の倉庫には必ずと言っていいほど、この技術が用いられている。
 凍結された空間は物理的に破壊する事は不可能。専用の鍵を持っていない限り立ち入る事すら出来ないため、泥棒対策にも効果的だった。

「それは残念だ……。うちの者達も、それを随分と気にしていたのだが……」

 残念そうに肩を落とすアウラ。とはいえ、例え同様の機材を揃えたところでアウラ達が実践するのは困難と言わざるを得ない。
 もう一つ、この手の技術を運用するのに現実的ではない理由の一つに、空間を固定するには宇宙船を飛ばせるほどの膨大なエネルギーを必要とする、と言うのがあった。
 そんな力は並の亜法結界炉では生み出せない。それこそ、『神器』と呼ばれる先史文明の遺産が必要となるはずだ。
 だが俺達であれば、そのエネルギーを確保するのも難しい話では無い。凍結に必要なエネルギーは祭から拝借すればいいからだ。

 頂神の力『光鷹翼』という究極のエネルギーを有する祭の力は、亜法結界炉なんて目じゃないくらい凄まじいものだ。
 第三世代以上になれば、亜空間に惑星すら固定する事が可能となる。食品倉庫の空間凍結にエネルギーを割いたところで微々たるものだった。
 事実、第四世代でありながら、今の祭は第三世代に匹敵するほどの力があると言う話だ。
 その気になれば、惑星その物を亜空間に固定する事も可能。皇家の樹とは、それほどに強大な力を有している。
 尤も、こんな話を真面目に説明する訳にもいかないので、そこは『企業秘密』と言う事で誤魔化す他なかった。

「その話、待った! 一つ条件がある!」

 俺とアウラの話に割って入る白衣姿のグレース。俺よりもアウラの方が驚いた様子で、ポカンとした表情を浮かべていた。
 早速、寮の敷地内に設置された工房を使って色々とやっているようで、この制服に白衣と言う姿も数日で定着しつつあった。
 ハヴォニワ王立学院でも似たような格好をずっとしていたと言う話だし、次第に気にする人もいなくなるだろう。

「いや、キノコくらい意地悪しないでやれよ……」
「バカ言うな! あれがどれだけ貴重な物か分かって言ってるのか?」
「わかってるよ。キノコだろ?」
「わかってねぇ!」

 ようは松茸だろ? というか、食材なんて大事に取って置いても意味が無いと思うのだが……。
 どれだけ高価であろうと、後生大事に使わないで取って置いても意味は無い。
 物は人の手で使われてこそ価値がある。食べ物も同じだ。美味しいと喜んでくれる人の口に入るのが一番。
 昔からずっと不思議に思っていた事だが、皇家の樹の実にせよ、皆なんで大事に取って置きたがるのか、俺にはそこがよく分からなかった。

「とにかく、あのキノコを譲るからには、こっちの条件を呑んで貰う!」
「……仕方ない。確かにグレースの言うとおりだ。今回の件は私の失態。太老殿に甘えてばかりもいられない」
「えっと……本当にいいんですか?」
「うむ。機師に二言はない!」

 グレースの事だから、きっととんでもない物を吹っ掛けるに違いないと思って忠告したのだが、アウラの決意が変わる事は無かった。





異世界の伝道師 第205話『晴れ時々金の玉』
作者 193






 俺は今、学院裏の森で黄金の聖機人に搭乗していた。

「グレース。これってアレだよな?」
「ちょうど実験できる広い場所が欲しかったんだよ! ここなら人気もないし安全だろ?」
「まあ、そりゃそうだけど……」

 で、結局グレースが例のキノコの代わりにアウラに要求したのがこれだった。

 ――好きな時に、自由に学院の森を使わせて欲しい

 森はシュリフォンの管轄地となっていて、立ち入るには学院側だけではなくシュリフォンの許可が必要となる。
 まあ、確かに森の使用許可は欲しいと考えていた矢先の事だったので、この提案自体は悪い話ではなかった。
 しかし俺が考えていたのは森での食材確保や鍛錬のためにだ。別に悪用しようと考えていた訳ではない。
 グレースのように新兵器の実験場に使おうなんて考えは……ほんの少ししか持っていなかった。

「じゃあ、早速試してみてくれ!」
「これ、嫌な思い出しかないんだが……」

 例の大惨事を引き起こしたガン●ムハンマーだ。正確には丈夫な鎖に付け替えたゴールドハンマー改。
 何故、ゴールドかって? それは金色だからだ。
 以前に見た時はただの鉄球だったのに、ご丁寧に金色に塗装されていた。

「……なんで、金色なんだ?」
「カリバーンに使ってる亜法を弾く特殊装甲と同じ加工がしてあるんだよ。鎖を強化するだけじゃ芸がないだろ?」

 私はワウと違うんだ、と無い胸を張って自慢するグレース。
 確かにワウとは違うが、俺からすると余計なお世話だった。
 どこの世の中に、金の玉をブンブン振り回したい奴が居るって言うんだ……。

「じゃあ、取り敢えず振り回してくれ。耐久テストをして、鎖に掛かる負荷の計測をしたいんだ。ストップって言ったら止めるんだぞ」
「……了解」

 グレースの言うとおり、ブンブンとハンマーを振り回す。確かに以前と比べると丈夫になっているような気がしなくもない。
 しかし金の玉が嫌というほど目立っていた。遠くから見ても、かなり目立つレベルだ。
 多分、校舎から見ても確認できるほどに目立っているのでは無いかと思う。
 キラキラと輝く金の玉を見て、早く終わって欲しいとそんな事ばかりを考えていた。

(……そいや、ドールの奴、無断外泊してるんだよな)

 ふと、家出娘の事を思い出した。
 何も言わずに無断外泊して三日も帰って来ないなんて、とんでもない不良娘だ。
 ちゃんとドールの家がどこか聞いて置けばよかったのだが、それも後回しの状態だったので、どこに住んでいたかすら分からない。
 一応、侍従達に頼んで捜索して貰っているが、ここ三日ほど消息が掴めない状態が続いていた。

(皆、心配してるっていうのに……帰ってきたらお仕置きだな)

 お仕置きは何がいいだろうか、とそんな事を考える。
 キャイアやコノヱにやったみたいにコスプレをさせるのもいいかも知れない。後はメイド服を着せて、屋敷の仕事に従事させるとか?
 食事抜きが一番堪えそうではあるが、ただでさえ血色が悪いのにそれで体調を悪くされても困る。
 やっぱり、もっと運動させるべきだな。屋内に引き籠もってばかりでは健康に良くないし、食べた分は運動で消費するべきだ。

「――ロウ! 太老! 聞こえてるのか!」
「へ?」
「へ? じゃないよ! ストップだ! ストップ! そんな勢い付けたら――」

 バチン、とまた以前と同じ嫌な音が頭の上で響いた。
 いつの間にか、鎖を回す勢いが増していたようで、その衝撃に耐えきれず根本から無残にも鎖が引き千切れる。

「全然、改善されてないじゃんか!」
「だから、耐久テストだって言っただろう!」

 凄まじい速度で空に吸い込まれていく金色の玉。
 内心、このまま戻ってこなくていいと思ったのは、ここだけの話だった。

【Side out】





「まさか、あんなとんでもない護衛がラシャラについていたなんて……」

 ギリギリのところで難を逃れたクリフ・クリーズは、聖地をでる時にも利用した学院に続く裏ルートを聖機人で密かに移動していた。

「くそっ!」

 クリフは悪態を吐きながら、激しい怒りをぶつけるように仮面を投げ捨てる。
 その仮面は変声機の役割も果たす特殊な亜法が掛けられた代物で、万が一の事を考え、正体を隠すために用意した物だった。

「あそこで邪魔さえ入らなければ……。正体を悟られなかっただけマシか」

 自分が首謀者である事はバレてはいないはず、とクリフは考えるが、それでも折角のチャンスを棒に振った事に変わりはない。
 正木太老さえいなければ、聖機人五体で襲撃すれば簡単な作戦だとクリフは考えていた。
 その簡単なはずの作戦が、聖機人を生身で蹴り飛ばしたバケモノのような侍従と、一体の白い聖機人によって返り討ちに遭うという最悪の結果に終わってしまった。
 正木太老だけでなく他にもバケモノのような存在が居た事は、クリフにとって計算外の出来事、完全な誤算だった。

「あのドールと言う女も、偉そうな事を言っていた割に全然役に立たなかったじゃないか! くそっ! どいつもこいつも使えない奴ばかりだ!」

 自分の事を棚に上げて叫ぶクリフ。任務に失敗したのは、ドールの責任ではない。寧ろ、あの状況で彼女はよくやった方と言えるだろう。
 圧倒的な力を持った白い聖機人。未知の敵を前に怯まず互角に近い戦いが出来たのは、ドールの蓄積された戦闘経験と高い聖機師の資質があったからだ。
 しかし、クリフは自分の失敗を認める訳にはいかなかった。
 ここで認めてしまえば、ハヴォニワや正木太老に敗北を認めたようで我慢がならなかったからだ。

 子供のようなちっぽけなプライドと言ってしまえばそれまでではあるが、クリフにとっては重要な事だった。
 有能な男性聖機師であるが故の見栄。そして幼い頃から英才教育を受け、上流貴族の嫡男として育ってきたクリフ・クリーズの意地でもあった。
 だからこそ、平民出身の聖機師の分際で侯爵などと言う爵位を授かり、貴族を蔑ろにして家族を奪った男を許す訳にはいかない。
 正木太老を重用した王族や、力に屈服し隷属した貴族達、ハヴォニワの国民もまた同罪とクリフは歪んだ考えを抱いていた。

「計画を練り直す必要があるな……。予想以上に厄介な相手みたいだ」

 あんな目に遭った後だというのに、諦めた様子は微塵も無いクリフ。
 次はマリア姫を拐かすかなど、太老が聞いていたら確実にタダでは済みそうに無い危険な発言まで飛び出す。

「今回は準備に時間が足りなかっただけだ。次こそは必ず――」

 すると、その時だった。
 頭上に差した影に気付き、クリフはハッと空を見上げる。

「なっ――」

 驚く暇も、声を発する暇すら与えてもらえないまま、難の前触れもなく空から降ってきた金の玉が、クリフの乗った聖機人を襲った。





【Side:太老】

「太老の所為でマリアに無茶苦茶怒られたじゃないか……」
「お互い様だろ……俺だってマリエルに朝まで絞られたんだぞ?」

 聖地から南西二十キロの地点に突如できたクレーターに、学院やシュリフォンから説明を求める声が来るのは当然だった。
 正直に話すしか無かったので、実験の失敗で大穴を開けてしまったと説明したが、森の使用許可をだしたアウラは唖然。鉄球の飛んでいった方角が森だったから良かったものの学院長からも注意を受け、森での実験は禁止されてしまった。
 森の使用許可を取り下げられなかっただけ良かったと思うしかない。そこは学院長の前で擁護してくれたアウラに感謝だ。
 それだけキノコが欲しかっただけかもしれないが、何れにせよ散々な一日だった。

「太老……これって?」
「メイド服だ」
「それは分かるわよ。なんで、私がこんな事……」
「当然だろ? 無断外泊したんだから。それともメシ抜きがいいか? 好きな方を選ばせてやるけど?」
「うっ……」

 今朝、何事も無かったかのように帰ってきたドールを捕まえ、説教をして無断外泊の罰を与えた。
 この寮で暮らす以上、ここのルールは守ってもらうというのが最初の約束だ。
 それを破った以上、ドールには相応の罰を受けて貰わなければならない。それが、このメイド服と言う訳だった。
 働かざる者食うべからず、という言葉もある。食費分くらいは、侍従の仕事で働いて返して貰おうと言う考えだ。
 幾ら血色が悪いと言っても、食べて寝てばかりも健康に良くない。侍従の仕事なら程々に運動が出来て、丁度良いだろう。

「くっ! これと言うのも全部、あの男の所為よ!」
「何か言ったか?」
「何も……」
「ドール。御茶入れてきてくれ。ああ、茶菓子も忘れずにな。摘み食いするんじゃないぞ」
「言われなくても、そこまで食い意地張ってないわよ!」

 普段、食い意地の張っている姿を見ているだけに、そう言われても信用は出来なかった。

「何、見てるんだ? グレース」
「学院新聞だよ。知らないのか?」
「学院新聞? ああ、商会と生徒会が発行してるっていう例の新聞か」

 ランが商会の認知度を広めるために生徒会を抱き込んで始めたとかいう、学院内のニュースを取り扱っている新聞の事だ。
 他にもちゃっかり商会の新商品の案内や流行特集なんかをやって、女生徒達からの支持を得ていると言う話だった。
 グレースが読んでいるのは、今朝発行されたばかりの新刊のようだ。

「うわ……」
「どうかしたのか?」
「昨日、男子生徒が血塗れで森を歩いているところを、シュリフォンの警備隊が保護したらしい」
「猛獣にでも襲われたとか? クマでも出るのかな?」
「さあ? でも、あの森には一人で近付かない方がいいな。シンシアにも言っといてやらないと」
「まあ、あれだけ深い森だと野生の危険な動物が居ても不思議じゃないしな……」

 時計を確認して『シンシアを呼んでくる』と言って席を立ち上がるグレース。丁度、三時のオヤツの時間だった。
 まあ、そのつもりでドールに御茶の用意をするように言ったのだが、上手くやれているか少し心配だ。

「ううん……。思ってたよりも、随分と危険な森だったみたいだな」

 血塗れで発見されたという男子生徒は可哀想だが、立ち入り禁止の森に入ったのだから自業自得とも言える。
 それだけを聞けば、確かに立ち入り禁止にされている理由にも頷けるというものだ。
 俺も気をつけないとな、と考えながらグレースの置いていった新聞を手に取った。

「……クリフ・クリーズ?」

 新聞に載っている保護されたという男子生徒の名前を見て驚く。
 以前、水穂に注意された――ハヴォニワの男性聖機師の名前が、そこには載っていた。

【Side out】





 ……TO BE CONTINUED



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