【Side:ダグマイア】

 クリフが大怪我を負ったという報が入ったのが昨日の事。
 森に魔獣が出ただの、遺跡に巣くう怨霊の仕業だの、様々な憶測が学院内で飛び交っていた。

「ダグマイア。クリフの話を聞いたか?」
「アランか……。ああ、学院中その噂で持ちきりだからな」

 クリフ・クリーズは自他共に認めるほど、武芸・学力あらゆる点に置いて、男子生徒の中でも上位の実力を持つ有能な男だ。
 聖武会の一件以来、信頼の失墜した俺よりは、上手く思想集団(グループ)の纏め役をやってくれると考えていた。
 事実、クリフはよくやってくれていた。昨日、シュリフォンの警備隊に保護されるまでは――

「アラン。一つだけ聞いてもいいか? クリフの怪我の原因は……」
「分からない。本人の意識がまだ戻ってないからな。ただ……」
「ただ?」
「粉々に破壊された聖機人の残骸が近くで発見されたそうだ。しかも発見された位置を考えると、マサキ卿が実験で作ったという大穴と無関係とは思えない」

 元々、その実験で出来た大穴の調査中に、森の中を彷徨っていたクリフが発見された、と言うアランの話だった。
 確かにそれならばクリフが聖機人に乗っていて、事故に巻き込まれたと言う憶測も立つ。

「また、あの男絡みと言う事か……」

 正木太老――あの男の力は異常だ。
 ただの聖機師と言う枠を遥かに超えた強大な力。聖武会の一件以来『黄金機師』や『最強の聖機師』などと呼ばれているそうだが、それを否定する要素は何一つ見つからない。一言で表すなら『圧倒的』だった。
 負けたと言うのに悔しさよりも恐怖の方が勝る相手など、これまでに出会った事すらない。だが、恐怖以上に強く感じたのは憎しみだ。
 他者を全く寄せ付けない高い聖機師の資質を持ち、平民でありながら己の才覚だけで今の地位を築いた稀代の天才。何よりも、あの(ババルン)に認められた唯一の男。
 俺がどれだけ望んでも得られなかった物、その全てを持っている男が憎いほどに妬ましかった。
 そう、俺は正木太老が羨ましかったのだ。聖武会の一件でようやくその事に気付く事が出来た。

「……クリフをやったのはあの男で間違いないのか?」
「そう決めつけるのは危険だ。それにそんな話をすればクリフが何故、あんなところで聖機人に乗っていたのかって話になる」

 各国が保有する事の出来る聖機人の数は教会によって定められている。それ故に、専用のコクーンを与えられている聖機師は少ない。
 当然、幾ら有能な聖機師とは言っても、前線に立つ事を許されない男性聖機師のクリフに、そんな権限が与えられているはずもない。

 ――何処でコクーンを手に入れたのか?
 ――聖機人に乗ってあんな場所で何をやっていたのか?

 正木太老を追及する前に、そこを逆に追及されるのは必至だった。
 大きな事件とならないのは、クリフが禁止区域で聖機人に乗っていた、と言う事実を公にしたくない者達が居るからだ。
 シュリフォン警備隊にも圧力が掛かっているはずだ。学院も事件の隠蔽に一役買っているに違いない。

「後、もう一つ、嫌なニュースがある」
「嫌なニュース?」
「男性聖機師が揃って、マサキ卿のところに挨拶に行ったそうだ」
「どう言う事だ? まさか……」
「そのまさかさ」

 アランが言い難そうな顔をしている理由が自ずと見えた。

「俺、クリフ、そして次はあの男≠ニ言う訳か……」

 所詮、手駒として集めた連中ではあったが、利がある方、強い方に尻尾を振ろうとするその習性は実に貴族らしい在り方だ。
 だが、俺に彼等を責める権利はない。こうなった一番の原因は俺自身にある。卑怯な手を使ってまで正木太老に挑んだ結果が、これ以上ないくらいの完璧な敗北だった。
 しかも従者に全ての罪を押しつけ、自らやった事の責任からも逃げ出した卑怯な男というのが、俺の学院内での評価だ。
 何の証拠も掴めていない以上、所詮は憶測だけの話に過ぎないが、それでもエメラが俺の代わりに学院を出て行ったと言う事実がある以上、俺はその噂を否定するつもりはなかった。
 聖機師として、いや男として誇りを大きく傷つけられた事は確かだ。ちっぽけなプライドだが、これ以上、恥を晒すのだけは嫌だった。

「逆にマサキ卿を怒らせなければいいんだがな……」
「アランが気にする事じゃないさ。俺も彼等も、自分で撒いた種だ」
「……なんか、少し変わったな。お前」
「そうか?」
「ああ、なんていうか、前よりもいい感じだ」
「……そうか。お前が言うのなら、そうなのだろうな」

 アランの言うように、自分で何かが変わったと言う実感はない。ただ、気付いただけだ。
 俺の敵。俺が超えなくてはならない相手が誰なのか、と言う事に――
 正木太老、俺はどんな事をしても、あの男を乗り越えなくてはならない。
 そうでなければ過去を引き摺ったまま一歩も前に進めない――そう、俺は考えていた。

【Side out】





異世界の伝道師 第206話『それぞれの始まり』
作者 193






【Side:太老】

 今朝、無事に始業式が終わり、その帰りの事だ。

「バカにしていますわ! こんなに虚仮にされたのは初めてです!」

 マリアが怒っているのは今朝、学院で俺に声を掛けてきた男性聖機師達の事だった。
 ただの挨拶であれば、マリアもこんなに怒ったりはしない。問題はその話の内容だ。
 掻い摘んで話すと、彼等は俺にクリフ・クリーズが纏め役を務めていた集団のリーダーになって自分達を導いて欲しい、と頼みにきたのだ。
 そのグループ、水穂から聞いている話の感じだと、ちょっと危ない思想集団と言った感じだ。
 あのくらいの年齢であればよくある話ではあるが、そんな怪しげなグループに入るつもりは俺には全く無い。
 俺のためを思ってマリアは怒ってくれているのだろうが、この歳になってまで非行に走るつもりは毛頭ないので、全く要らぬ心配だった。

「ユキネ! あの者達を全員捕らえてきなさい! 私が直々に説教をしてあげます!」
「それはまずいだろう……。他国の特権階級者相手に……」

 そんな事をすれば、こちらが逆に訴えられて外交問題になりかねない。
 マリアの気持ちも分からないではないが、それだけは拙い。迷惑するのがフローラだけならいいが、また水穂の説教は勘弁して欲しい。
 ユキネも困った様子で苦笑いを浮かべていた。

「マリア、心配してくれてありがとうな」
「お兄様……」
「でも、俺なら大丈夫だから。アイツ等と俺は違う」

 肉体年齢はともかく精神年齢は立派な大人……というか、おっさんだ。
 いい歳の大人が、不良グループのリーダーとか恥ずかしすぎる。それだけは絶対に嫌だった。
 第一、連中の言っている事は俺には今一つ理解に苦しむ。親のスネをかじって、ましてや人並み以上の特権を享受している身でありながら、『改革』なんて言葉を口にしているのだからおかしな話だ。子供の我が儘に耳を貸してやるほど俺も暇じゃない。怒りも全く湧かなかった。寧ろ、呆れているくらいだ。

「でも、ここの男子生徒ってあんなのばっかなのか?」
「全てとは言わないけど、概ねあんな感じだと思う……」
「ユキネさんが言うと説得力あるな……」

 実際にこの学院を卒業しているユキネが言うと、実に説得力のある言葉だった。
 そして同時に、これからの学院生活の事を思うと少し憂鬱になる。学院に通うにあたって一番不安だったのがそこだ。
 やはり、なんらかの対策を考えておく必要があるかもしれない。前例があるだけに安心は出来ないしな。

「それより、マリア。そろそろ出掛けないと」
「はい? 何処かにお出掛けになるのですか?」
「ラシャラちゃんを迎えに行かないと」
「ああ、そう言えば、そんな方も居ましたわね」
「何気に酷いな……。従姉妹なのに……」

 仮にも親友だろう?
 という言葉は控えた。今のマリアは機嫌が悪そうだし、藪をつついて蛇を出したくはなかった。


   ◆


「で? なんで貴方まで、さり気なくついてきてるのですか?」
「太老のメイド≠ネんだから当然でしょ?」
「メイドなら、寮の掃除でもしてなさい!」
「お姫様に命令される筋合いはないわね! 私は太老のメイド≠ネんだから!」
「私は、お兄様の婚約者ですわ!」

 結局、結果は同じだった。何もしてないのに、藪から二匹も蛇が飛び出てきたようだ。
 ドールとマリアの相性がこれほどに悪いとは……。やっぱり似た者同士って事か?
 マリアはラシャラともそんな感じだし、所謂、同族嫌悪と言う奴だと俺は考えていた。

(喧嘩するほど仲が良いって言葉もあるくらいだしな。まあ、放って置いても害はないだろう)

 この場合、子供の喧嘩に大人が介入するのも良し悪しだ。
 下手に介入して巻き込まれるも嫌だしな。経験上、碌な事にならないと分かっている。

(しかし、ドールもメイド服が板に付いてきたな)

 最初に着せた時にはあんなに嫌がってたのに、意外と順応の早い奴だ。
 しかし目立っていた。メイド服の少女とハヴォニワのお姫様が公衆の面前で言い争いをしているのだから、目立たないはずがない。
 天気も良いし、外には大勢生徒達も居ると言うのに……。全く仕様のない奴等だ。
 そんな時、丁度、停船所から続く長い階段を上がってきたラシャラとキャイアの姿が眼に入った。

「おーい! ラシャラちゃーん!」

 ラシャラに向かって、大声で手を振る。こっちに気がついた様子で、あたふたと狼狽えるラシャラ。
 すると、そんなに慌てて走って来なくてもいいのに、護衛のキャイアを残して全速力でこっちに向かって来た。

「何かの嫌がらせのつもりか!?」
「え? 別にそんなつもりじゃ……」

 名前を呼んだくらいで人聞きの悪い。これでも心配して出迎えにきたというのに酷い言われ方だった。

「もしや、出迎えにきてくれたのか?」
「心配になってね。道中、大丈夫だった?」
「うむ。まあ、ちょっとしたトラブルはあったがな。それは後ほど報告させる」

 ワウだけでなくミツキも護衛に残してきたが、シトレイユでの一件もあるので実はそこを少し心配していた。
 ちょっとしたトラブルと言うのが気に掛かったが、怪我も無かったようで何よりだ。

「ラシャラ様! 勝手に先を行かれては困ります」
「心配はいらん。学院で襲ってくるようなバカもおらんじゃろ。それに太老もおるしな」
「それはそうですが……」
「気持ちは分からんでもないがな。気負い過ぎも良くないぞ」
「……はい」

 何だかよく分からないがラシャラとキャイア、二人の間では会話が成立しているようだった。
 そして二人を見ていて不思議に思い、周囲をキョロキョロと見渡す。
 一緒のはずのミツキとワウの姿が見えなかったからだ。

「そう言えば、ワウとミツキは?」
「ワウなら工房に向かったぞ。ミツキはマーヤ達と一緒に先に寮の方に行っておるはずじゃ」
「早速か……。ワウも仕方無いな。少しはゆっくりすればいいのに……」

 ミツキはともかくワウは相変わらずのようだった。
 学院に着いたばかりなのだから、もう少しゆっくりすれば良いと思うのだが、そこがマッドたる所以だろう。
 一に研究、二に研究。ワウの工房はラシャラの寮の敷地内にあるので、後でそちらを覗いてみるかと考えた。

「…………」
「キャイア、どうかした?」
「い、いえ! 別になんでも……」

 キョロキョロと落ち着きが無かったので訊いてみただけなのだが、酷く動揺した姿のキャイアを見て、俺は思わず首を傾げる。

「大方、ダグマイアがきておらぬか、気になっておるのじゃろう」
「ラシャラ様!? 私は別に――」
「あ奴はメスト家の嫡子じゃからな。我の出迎えに来ていても、不思議ではなかろう?」
「ああ、なるほど」

 そう言われてみると確かに、ラシャラの案内役に宰相の息子であるダグマイアは適役と言える。
 そう言えば、聖地にきてから一度も見ていない。まだ、例の武術大会の事を引き摺っているのだろうか?

(まあ、学院が始まれば顔を合わせる事もあるだろう……)

 自分でもダグマイアとの相性は最悪だと確信していた。

「……思い起こしてみると、出会いからして最悪だったからな」

 そこから先日の武術大会の一件で、益々溝は深まるばかり。
 ここにダグマイアが来ないのも考えてみると、俺が原因かもしれない。

「太老が気に病む事は無いぞ。アレはあ奴自身の問題じゃ」

 ラシャラの言うように気にしていないと言えば嘘になるが、男の心配をしてやるほど優しい性格をしている訳でも無かった。
 そもそもダグマイアとの事は全く後悔していないし、悪い事をしたとも思っていない。
 仕掛けられたのは、どちらかというと俺の方、降りかかる火の粉を払っただけの事だ。
 文句があるなら、また俺に何か言ってくるだろう。その時に考えれば良い事だと、問題を保留にした。

「ところで太老」
「ん?」
「さっきから……マリアと後で喧嘩しているあの女≠ヘなんじゃ?」
「女? ドールの事か?」

 ラシャラに言われて後ろを振り返ると、まだ二人の喧嘩は続いていた。本当に仕様のない奴等だ。
 とはいえ、いい加減止めた方が良さそうだ。また変な噂でも立ったら堪らない。

「二人ともいい加減に……」
「お兄様は私とこの腹ペコ娘! どちらが魅力的だと思いますか!?」
「そんなの勝負になるはずがないじゃない。当然、私よね?」

 いつの間に胸の話になったのか?
 未成熟な胸を張って競い合う二人。俺からみれば、正直どっちもどっちだった。
 とはいえ、ちゃんと答えないと許してもらえそうにないので――

「……キャイアかな?」
『キャイア!?』
「わ、私ですか!?」

 我ながら、実に無難な答えだったと思う。キャイアに悪いとは思いつつも、他に話を振れそうな相手も居なかったので利用させてもらった。
 まあ、あながち間違ってはいないだろう。この中で一番胸が大きいのは間違い無くキャイアだ。
 というか、これと同じような事を以前にも経験したような気がするのだが……確か、あの時はユキネだったか?

「キャイア、御主いつの間に!?」
「ご、誤解です!」

 ――家出娘が居候として転がりこんできたり
 ――注意しろと言われていた男性聖機師が突然謎の怪我を負って発見されたり
 初っ端から波乱続きの幕開けではあったが、これから俺達の学院生活(スクールライフ)が始まる訳だ。

「って、やっぱり平穏はないのか!?」

 その問いに答えてくれる者は、誰一人として居なかった。

【Side out】





 ……TO BE CONTINUED



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