ユライトは聖地に戻って直ぐに教会上層部の質疑に出席。そこでシトレイユでの一件やスワン襲撃事件の詳細な説明を求められた。
 まさか、正木太老や一国の皇となったラシャラを呼び出す訳にもいかず、その役目が聖地で教職員として働くユライトに回ってくるのは極自然な流れだった。
 結局、その後も報告書の作成など色々と作業に追われて、気付けば数日が経過していた。
 これにはさすがのユライトも堪えた様子で、疲れた表情を浮かべながら大きなため息を漏らす。

「老人達の相手も疲れますね……」
『彼等からしてみれば、今は少しでも情報が欲しいところでしょうしね』
「確かにシトレイユ……いえ、彼を警戒しているのは間違いないでしょうね」

 老人達と彼が言うのは、教会の実権を握る教皇を除く十人の幹部の事だ。
 教会はトップにリチアの祖父である教皇を置き、その下に十賢者と呼ばれる幹部を抱えるこの世界で一番大きな力を持つ組織だ。
 世界中に支部を持ち、聖機人をはじめとする先史文明の技術供給を軸に、数千年と言う時に渡り各国に高い影響力を持ち続けていた。

 だが、そんな彼等の立場を危うくする人物が現れた。それが現在のシトレイユやハヴォニワであり、その背後に居る正木太老の存在だ。
 教会が世界中の国に高い影響力を持ち続けている背景には、やはり教会が独自に保有する技術力の高さに要因がある。
 しかし正木商会は、そんな教会の技術力を上回るかもしれない数々の技術を見せつけるように公表し、各国に供与し始めた。
 その一つがタチコマと呼ばれる白兵戦に特化した新型の機動兵器。聖機人と違い自律制御機能を搭載している他、蒸気動力炉と亜法結界炉のハイブリッドで動く亜法波の耐性が低い人間でも操作できる画期的な動力を開発し、それを汎用型ロボットに搭載する事でただの兵器としてだけではなく土木作業や農地開拓、屋内警備などと言った幅広い分野で使用されるようになった。
 
 タチコマ普及の大きな要因の一つとしては、聖機師でなくても操作できると言う点にある。
 しかもタイプを軍事用、民間用と幾つかのタイプに分け、ニーズに合わせたカタチで機能を限定する事で価格が抑えられている事も普及の要因の一つにあげられた。
 最近では、プチコマというペットサイズの小さなタチコマが商会より発表され、それに目を付けた聖機師や貴族の子女達から注文が殺到していると言う話もある。時代の風はまさに、正木商会を中心に吹いていると言って過言では無かった。

 更には先日、シトレイユで起こった亜法結界炉停止事件。一部で『青の悪夢』と呼ばれているこの事件は、教会だけでなく各国を震かんさせた。
 聖機神が発掘され数百年、絶対兵器と言われ続けてきた聖機人の有用性を脅かす事件。
 それを可能とする技術がハヴォニワにある。正木商会が保有していると言う疑惑が持ち上がったからだ。
 ハヴォニワとシトレイユ。更に正木商会は、教会をはじめとする各国からの説明要求に対し言葉を濁し、教会に至っては内政干渉にあたるとして彼等の要求を一切はね除けていた。

 事実、あれはシトレイユで起こった内乱が原因となって起こった騒動だ。
 教会は他国の問題や決め事に不介入が原則。連盟の件にせよ、ましてや商会に無償で技術開示を迫るなど一番やってはならない愚行だった。
 教会が各国に高い影響力を持ち続けている背景に、この中立という立場も深く関係している。『教える会』の名の通り、彼等は技術を供与する事はあっても、それを理由に他国のやり方や決定に干渉する事は無い。彼等は常に中立の立場、調停者としての役割を求められているからだ。
 当事者となった国からの要請があったならまだしも、そうでないのならハヴォニワやシトレイユの件に関しては、内政干渉にあたると言われても仕方の無い行為だった。

 だがそれ故に彼等は手詰まりとなってしまっていた。
 タチコマにせよ、亜法結界炉の一斉停止にせよ、現在の教会の技術力では再現の難しい技術ばかり。
 それは言ってみれば、正木商会の保有する技術の方が教会のそれよりも優れていると認めているようなものだ。
 しかもここに来て、ハヴォニワの女王フローラの提示した連盟の話もあり、益々教会は厳しい立場へと追い込まれていた。

 有用性が脅かされたとはいえ、聖機人が高い戦闘力を持った機動兵器である事に変わりはない。
 例え、亜法結界炉を停止させる技術があると知りつつも、各国は自国の防衛のためにこれを使い続けなければいけないのが現状だ。
 とはいえ、タチコマという前例がある以上、いつ聖機人に代わる兵器を商会が作ってしまわないとも限らない。教会が危惧しているのは、商会に現在の立場を取って代わられる事にあった。
 確かに小競り合いや争いの尽きない世界ではあるが、数千年もの歳月を掛けて安定した世界を造りあげたという自負が彼等にはある。
 先史文明の技術を全て教会が管理しているのも、文明を崩壊に追いやったような事件を二度と繰り返さないためだ。
 その志は悪く無い。ただ中には、教会によって管理される世界こそ絶対と疑わない者達も少なからず存在した。

 数千年と言う時は、忌まわしい記憶や伝承を人々から奪い去った。
 文献として伝えられている内容を知る者はいても、先史文明時代に何があったのか、その詳細を知る者は少なくなってしまった。
 その結果がこれだ。腐敗しないようにと潜在意識への刷り込みすら行ってきた教会だったが、結果的に歳月の流れには抗えず、その風化した記憶と歪んだ考え方が、教会こそがこの世界の管理者でなくてはならないと言う、間違った考えを抱く者達を生み出してしまった。
 新しい時代が近付いている事は少し考えれば分かる事だ。連盟に参加の意思を表明した国の殆どは、その新時代の波に乗り遅れまいと必死だ。
 だが、過去の妄執に取り付かれ、その波に乗れない者達の数は圧倒的に教会が多かった。
 これまで培ってきた誇りと、教会が掲げる主義と思想。この世界はこうあるべきだという固執が、頑なに新時代の訪れを彼等に拒ませていたのだ。

「どちらにせよ、今のままであれば、何れ教会は時代に取り残されて行くでしょうね」

 その時になって慌てふためく老人達の姿を想像しながら、ユライトは世界の行く末を案じていた。





異世界の伝道師 第211話『立会人』
作者 193






 裏で様々な思惑が絡み合ってはいても、ここ聖地学院は表向き平和そのものだった。
 各国で重要な立場にある聖機師の卵や貴族の子息女が通う、中立緩衝地帯。それがこの聖地の実態だ。
 原則として、国同士の問題はここには持ち込まないことになっている。何れは敵対する関係にある者達であっても、ここでは学院に通う生徒と言う立場は一緒だ。しかし、やはりそれは綺麗事に過ぎないという見方もある。
 国が違えば、文化や風習も異なる。そうした生徒達が同じ場所で学び、生活を共にするというのは実際のところ難しい問題も付き纏う。
 決闘なんて制度が非公式ながら認められているのも、こうした微妙な立場にある生徒達の心情を配慮して、ガス抜きになればと見逃されているからでもあった。

 四月――春の訪れを感じるこの季節。
 新入生の入学に、上級課程に進む生徒達が増えるこの時期は特にこの決闘騒ぎが多くなる。
 主には先程言った生徒同士のいざこざや、もう一つ大きな理由に就職活動≠ェあった。

「はあ……。なんで、こんな事になってるんだ?」

 とため息を吐く青年が一人。ハヴォニワの大貴族、正木商会の代表。お馴染みの正木太老だ。
 決闘には一人、立会人が必要となる。決闘に不正がないか、どちらが勝ったかの証人になるためだ。
 先程述べた就職活動とはそのままの意味で、正規の聖機師として認められるには国に雇い入れられる必要があると言う事だ。
 聖地学院に通う聖機師の卵達の中でも、凡そ半数の女生徒が所属の確定していない生徒ばかり。特に新入生の多いこの時期は当然の事ながら所属の決まっていない生徒も多く、更には上級生に至っては冬の聖武会と並び、この決闘は自分をアピールできる数少ない機会の一つと言えた。
 特に今年は王侯貴族が多く、彼女達にとってもチャンスの年と言える。各国の聖機師の枠に限りがあると言う事は、ある意味で早い者勝ちという側面もある。
 出来るだけ早い時期に、自分の力をアピールして置きたいという狙いが女生徒達にはあった。

「あー、二人ともいいか?」
「は、はい! ま、マサキ卿に立会人をして頂けるなんて光栄です!」
「うん……。まあ、怪我の無いように程々に頑張ってくれ」

 太老が何故、立会人などをやっているかと言うと話は三十分ほど前に遡る。

 いつものように仲違いをするラシャラとマリアを観察しながら、中庭で昼食を取っていた時の事だ。
 慌てて走ってきたワウに『決闘の立会人をして欲しい』と頼まれた太老は最初は渋っていたのだが、マリアとラシャラに言われて結局引き受ける事になった。
 太老と繋がりがあり、先日正式にラシャラの従者となる事が決まったワウに目を付けた上級生達が、彼女に決闘を申し込んできたのが事の発端だった。
 機械を扱う聖機工のワウなら、聖機師としての力は弱いと予想しての事だったのだろう。
 ワウに勝てば、ラシャラや太老の目に留まるかもしれない。少なくとも、既に相当の実力者として名が知られているキャイアや、太老の護衛機師のコノヱ、マリアの護衛のユキネに勝負を挑むよりは遥かにワウの方が戦いやすいと甘く見られた事は間違い無かった。

「ワウ、マッドなアイテムは使用禁止な」
「しませんよ! そんな事!」

 動甲冑の中から大きな声を上げて太老に抗議するワウ。
 聖機師の力量を見るための決闘なのだから、それ以外の条件は五分でないとルール違反となる。
 そもそもマッドの装備など、こんな場所で使ったら大騒ぎになること間違い無しだと太老は考えていた。

 彼女達が決闘に使っている『動甲冑』と呼ばれる人型兵器は、ここ聖地で聖機人の練習に使われているものだ。
 動力炉は搭載していないため有線か、亜法が施された特定のフィールド上のみで動作が可能な代物で、ダメージを受けた箇所の色が変わりダメージ量に応じて動きが制限されるといった特性がある。
 聖機人のように変形などはしないが、単純に技術や力量を見るだけであれば十分な性能を持っていた。

「それでは――はじめっ!」





【Side:太老】

 面倒な事になったものだ、と俺はため息を漏らした。
 決闘の話は聞いていたけど、早速その騒動に巻き込まれるとは思ってもいなかったからだ。

(やっぱり、根本的なところをなんとかしないとダメだよな)

 ワウなら、ユキネやコノヱよりは勝ち目があると思ったのだろうが、それは大きな間違いだ。
 確かにワウの聖機師としての実力は前の二人に比べると劣るが、それは他の二人が異常なだけでワウも決して弱い訳じゃ無い。
 ぶっちゃけな話、たまにメイド達の訓練にも付き合わされているみたいなので、今のキャイアより実力は上だ。

「審判はちゃんと見てなきゃダメよ?」
「へ?」

 ムニュと柔らかい感触が背中に押しつけられ、俺は思わず間抜けな声を上げながら声のした方を振り返った。
 ピッタリとおぶさるように俺の背中に抱きつく桜色の髪をした女性。
 動きやすく束ねられた髪に男性職員のようなスーツ姿と、少し男勝りな格好をした女の人だった。
 いや、行動派と言った方が正しいのかもしれない。女生徒受けしそうな、可愛いや美人より格好良い感じの女性だ。

「えっと、どちら様でしょうか?」
「姉さん!」

 と、疑問を声にだしたところで、後からキャイアの大きな怒鳴り声が聞こえてきた。
 凄い剣幕で、スーツ姿の女性に迫るキャイア。どうやら、顔見知りのようだが『姉さん』って……。

「キャイアのお姉さん?」
「ええ、妹がお世話になってます。あなたが正木太老くんね」

 キャイアのお姉さんと言われると、余り似てないが確かにそんな風に見えなくも無かった。
 少し男勝りなところや、行動的なところなんかは姉妹そっくりだ。
 ただキャイアの方がガサツな感じで、お姉さんの方が大人の女性と言った雰囲気を醸しだしてはいる。
 実際、年の頃は二十代前半。アンジェラやヴァネッサと、それほど変わりがないように見える。

「私はメザイア・フラン。ここで教師をしているから、これから顔を合わせる事も多くなると思うわ。よろしくね」
「あ、はい。ご丁寧にどうも……」

 握手を求められ、素直にそれに応じる。悪い人では無さそうだけど、なんとも食えない感じの女性だった。
 剣士辺りが一番苦手とするタイプかもしれないと、ここには居ない義弟の事を考える。
 明日から本格的に学院での授業がはじまるため、今日の夜は正木商会の聖地学院支部の方で闘技場完成の打ち上げ会を兼ねた、剣士のお披露目パーティーを開催する予定となっていた。
 マリアとラシャラも楽しみにしているようで、今朝からその話ばかりをしていたくらいだ。
 まあ、何故か喧嘩みたいになっていた訳だが、俺ではなく剣士に向けられている矛先のようだったので黙って放置していた。
 俺の事でないなら、敢えて藪をつついて蛇を出す事もない。相手が剣士なら、全然オッケーだ。

「あれ?」

 キャイアとメザイアが言い争いをしているのを背に、決闘の方を見ると思った以上にワウが苦戦を強いられていた。
 いや、勝負自体は以前としてワウが優勢ではあるが、どこが動きがぎこちない。
 二人の実力差から考えて、とっくにワウの勝利で勝敗が決していても不思議では無いというのに――

「待った!」

 ワウが右手を犠牲にして左手に持ち替えた武器で相手の聖機人の首を袈裟斬りにしようとしたところで、俺はストップを掛けた。
 このまま試合を続けさせてもワウの勝ちで終わっていただろうが、仮にも立会人を任された以上、目の前の不正≠見過ごす訳にはいかなかった。

「ワウ、まさかとは思うけどハンデのつもりか?」
「ち、違います! 私にも知らない間に設定が変えられてて……」
「ふむ。それじゃあ……」
「うっ!? 私は別に……」

 これでも技術者の端くれだ。
 ワウの動きがぎこちなく感じた理由――それは動甲冑の設定を弄っていたからと考えれば自然と説明が付く。
 そして有利になるならまだしも、自分から不利になる設定をするような奴は普通いない。
 考えられるのは相手が小細工をしたと言う事だが、この反応を見る限り、どうやらアタリのようだった。

「メザイア先生」
「えっと……何かしら?」
「この場合、どうしたらいいですか? 学院の教師として率直な意見を聞かせて欲しいんですが」
「……決闘の采配は立会人に一任されているわ」

 俺の自由に決めて良い。そう言われて、俺の考えは決まった。


   ◆


「お兄様らしいというか……」
「やっぱり太老じゃな……」

 あの決闘騒ぎから一時間。不正を働いた女生徒とそれに加担した計三名は、メイド服に身を包んでパーティーの設営準備を手伝っていた。
 不正を働いたことを責めるのは簡単だが、それでまた同じ事をされても敵わない。
 第二、第三と同じような決闘騒ぎに巻き込まれるのが一番嫌だった。

 この時期、決闘が多いのは就職活動に原因が由来するところが大きい。聖機師になるべく教育を受けてきた彼女達は、当然聖機師になるために修行に励んでいる訳だが、各国の保有する聖機人に限りがあるため全員が正規の聖機師になれる訳ではない。
 そうして聖機師になれなかった者達が、浪人と呼ばれる無役の聖機師となる訳だ。
 結果、浪人となった聖機師は山賊に落ちるケースが多発しており、それが犯罪の温床となっていた。
 だが本を正せば、彼女達を資質があるというだけで学院に押し込めた国の責任や、学院の怠慢にも問題がある。ようはアフターケアが確りとしていないから、そうした問題が多発する訳だ。

 それを少しでも減らすため、手っ取り早く就職先を面倒見てやっただけの事。聖機師にはなれなくても、他に遣り甲斐をみつける事は出来る。
 学生のためアルバイトと言うカタチではあるが、不正を働いた罰として彼女達には商会で働いてもらう事にした。これを切っ掛けに、聖機師以外の仕事に興味を持ってくれる生徒が増えてくれれば万々歳だ。
 商会も人手不足を解消できて、彼女達も聖機師に選ばれなかった時の就職先という保険が出来て言う事は無いはずだ。
 確かに聖機師の特権は魅力的ではあるが義務が付き纏う事を考えると、働いた分だけそれに見合った報酬が支払われる仕事も決して悪いものではない。
 商会の仕事は簡単な設営作業から、専門的な知識を要する仕事まで多岐に渡る。自分の適性にあった仕事を見つけるのに、ここでの経験は役に立つはずだ。
 そもそも聖機人に乗れるからといって、パイロットとして優れているかどうかは全くの別問題だ。
 偶々、亜法波への耐性があったというだけの話で、本人の実力とは別の問題だと俺は考えていた。
 他に優れた才能があるかもしれないのに、それを聖機師としての実力は劣るからといって切り捨てられてしまうのは残念な話だ。

「普通、学院の生徒を働かせようなんて考えませんわよ?」
「全くじゃ……」
「あれ? アルバイト禁止って校則あったっけ?」

 うちの商会で働いている人達の中には、この学院を卒業した『浪人』と呼ばれる無役の聖機師が大勢いる。
 一流の教育を受けているとあって、彼女達はそこらの一般人を雇うよりも遥かに優秀だ。
 上手く適性に応じた仕事を割り振ってやれば、一から教え込まなくて良い分、即戦力として役立ってくれる。それを活用しない手は無い。
 事実、メイド隊に所属する者達の中にも、この学院の出身者は少なからず居た。ミツキなども良い例だ。

「いえ、なんでもありませんわ……」
「太老じゃしな……」

 酷い言われ方だった。
 学院長と後で話をしないといけないだろうが、校則にそうした規定が無い以上、十分に交渉の余地はあるはずだ。
 実戦と同じで、勉強だけでは学べない事がアルバイトには沢山ある。社会活動の一環として説得力は十分にあった。

(まあ、なんとかなるだろう)

 騙し騙しでやってはいるが、現在の聖地の人手不足は深刻な問題だ。
 楽観的な考えではあるが、これで俺の仕事が少しでも楽になる事を密かに祈っていた。

【Side out】





 ……TO BE CONTINUED



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