太老からの招待状を受け取った剣士は、トボトボと太老の独立寮――商会の聖地学院支部へと続く遊歩道を歩いていた。
 本来なら何か言い訳を考えて断りたい誘いではあったが、そんな事は一時凌ぎにしかならない事は剣士にも分かっていた。
 それに明日からの授業の準備で参加の出来ないカレンに代わって、参加しない訳にはいかなかった。
 神樹の酒の件もある。剣士が頂いた訳ではないとはいえ、ここで先方からの誘いを無碍に断るような真似が出来るはずも無い。
 損な性分である事は承知している剣士だったが、だからと言って無視できるような性格でもなかった。

「はあ……。太老兄主催のパーティーか」

 それを考えると気が重くなる剣士。太老主催のパーティーと言うだけで、剣士はこれまでの経験から嫌な予感しかしなかった。
 宴会、パーティー。どのような呼び方でも良いが、その手のイベントと言えば、バカ騒ぎしか剣士の中にイメージが無い。
 姉達に玩具にされ、マッドの実験台にされ、果てには太老と美星と言う理不尽に巻き込まれ続けた日々。
 大騒ぎした後の片付け――家の修繕作業は主に剣士の仕事だった。
 好きで修繕作業や家事全般が上手くなった訳ではない。剣士にとっては、それが日常的な作業だっただけの事だ。

「カレンさんも、こう言う時ばかり俺に押しつけてくるんだもんな……」

 そうして、重い足取りで商会支部に向かっていた途中の事だ。
 ベンチに座って俯きがちに塞ぎ込んでいる、制服姿の少年の姿が剣士の眼に入った。
 時刻も夕方とあって、夕焼けの中、一人ベンチで黄昏れる少年の姿は寂しげに見えた。

「大丈夫ですか?」
「え?」

 気付けば剣士は少年に近付き、声を掛けていた。一人で居る少年を見て、放って置けなかったからだ。
 剣士も一人この世界に放り出され、寂しい思い、辛い思いをしていた時に優しく声を掛けてもらった事を思い出す。
 カレンにも何か思惑や都合があったのは確かだが、それでも剣士が救われた事に変わりはない。
 剣士はあの暗い場所から連れ出してくれたカレンに恩を感じ、少なからず感謝を抱いていた。

「すみません、突然声を掛けたりして。でも、一人でこんなところに居るのが気になって……」
「ううん……。心配して声を掛けてくれたのに、僕の方こそ驚いたりしてごめん。えっと……」
「剣士です」
「僕はセレス」

 七三分けの髪型に、少し気が弱く大人しそうな印象を抱かせる剣士と同い年くらいの少年だった。
 学院に通う男子生徒は特殊だ。男性聖機師は言うまでも無く、大貴族もしくは従者以外に男の生徒は居ない。
 その事からもセレスと名乗るこの少年も学生服を身に纏って居る時点で、特別な立場にある男性と見て間違い無かった。

「見ない顔だけど、剣士くんも聖機師?」
「え? いや、俺は……」

 剣士くんも、と言う時点でセレスが男性聖機師なのは直ぐに察する事が出来た。
 セレスの何気ない質問に剣士は一瞬言葉を詰まらせる。聖機師と言う事は秘密になっていたからだ。
 直ぐにカレンと予め決めてあった『カレンの従者』という自分のここでの立場を剣士は思い出し、セレスにそう答えた。

「えっと、セレス様」
「君付けでいいよ。男子生徒同士はそう呼んでるし」
「じゃあ、セレスくんで」

 初めてこちらの世界で出来た、同世代の男友達。
 気が弱そうな感じの少年ではあるが、他の男性聖機師に比べると高圧的な態度を取る訳でもなく、気の良い優しげな少年だ。
 第一印象からして気になったのは確かだが、セレスとは仲良くやれそうだと剣士は思った。





異世界の伝道師 第212話『お披露目』
作者 193






 その頃、打ち上げのパーティー会場では順調に準備が進み、徐々に招待客である学院の関係者が集まり始めていた。
 参加者は生徒会と、闘技場の再建に関わった聖地の職員達。それに聖地で働く正木商会の職員と、マリエルをはじめとする独立寮で働くメイド隊の侍従達だ。
 最も今回の主役はあくまで、生徒会や闘技場の再建に関わった職員達だ。
 マリエル達メイド隊の侍従達は、パーティーの設営や料理の手配など裏方に徹していた。

「あら? ラシャラさん。やっぱり、いらしたんですのね」
「何を白々しい! マリア! 御主、何を考えておる!」
「なんの事ですか?」
「参加者にこっそりと噂を流したのは御主じゃろう!」

 闘技場再建の打ち上げパーティーというのが表向きの理由。
 しかし参加者の注目は打ち上げパーティーその物ではなくこのパーティーに出席する太老と、とある重大発表の方にあった。
 本来、まだ誰も知らないはずの剣士の話が、それとなく参加者の間で噂となっていたのだ。

「あなたこそ、随分と気合いの入った格好をされているようですが?」
「これは……最低限の嗜みじゃ! 我は御主と違って国皇になった身じゃからな!」
「人望が無い所為で暗殺され掛かった国皇様ですけど」

 相も変わらず顔を合わせる度に言い争いを始める二人。気合いの入ったドレスを着ているのは、ラシャラだけでなくマリアも同様だった。
 事実、『聖地は修行の場』という言葉がバカのように思えるほど、派手な衣装で着飾った参加者の姿が目立つ。
 特に生徒会に所属する大貴族や、パーティーに出席している女性聖機師の面々の気合いの入れようと言ったら無い。
 マリアにラシャラ、それに参加者の面々が噂≠意識しているのは間違い無かった。

「あなたの事ですから、ここで点数を稼いでライバルに差をつけるつもりだったのでしょうけど」
「それは御主とて同じじゃろう?」
「私をあなたと一緒にしないでください。ただ、お兄様の弟といえば、私の弟も同じ。彼が学院に馴染めるように、そのお膳立てをしただけですわ」
「さらりと本音がでたな。待て、マリアよ。御主、まさか……」

 何かに気付いた様子で、ハッと声を上げるラシャラ。そんなラシャラを見て、口元をニヤリと緩めるマリア。
 そんなマリアの表情を見て、確信した様子でラシャラは唾を飲み込んだ。

「太老の弟を囮にするつもりじゃな。その隙に一緒に暮らして居るのを良い事に、優位に立とうと言う算段か」
「それは誤解ですわ。これも、お兄様のためを思えばこそ」
「……そのやり口、フローラ伯母に似てきたぞ」
「言って良い事と悪い事がありますわよ?」

 色物女王で有名な母親の名前を例にだされて、不機嫌さを顕わにするマリアだった。


   ◆


「何やってるんだ? 二人とも……」

 パーティー会場の一角で一際目立っているマリアとラシャラを見て、呆れた様子でため息を漏らす太老。
 ここは正木商会の聖地学院支部。本来は太老の独立寮として用意されていた土地だ。
 少し時間は早いがパーティー会場となっている裏庭には、既にかなりの人が集まっていた。

「太老、そろそろ始めようかと思うんだけど」

 手元の懐中時計で時間を確認しながら太老に声を掛ける……小麦色の肌に腰まで届く長い栗色の髪をしたスーツ姿の女性。
 彼女の名はラン。太老の従者にして、ここの責任者。『聖地学院支部支部長』――それが彼女の今の肩書きだった。

 闘技場の再建工事を指揮していたのも彼女だ。大食堂やコンビニを始め、聖地での事業は全て彼女が取り仕切っていた。
 同じ支部で働く仲間の信頼も厚く、聖地の職員からは若いのにやり手の美人支部長として名が通っていた。
 商会支部や聖地で働く職員の間で、密かにファンクラブが組織されているほどの有名人だ。

 成り行きで太老の従者になったのが、遂昨日の事のように思い出されるラン。気付けばこの仕事を任され、支部長に大抜擢されるまでに至っていた。
 実力主義の社会。貴族でなくても能力のある者であれば、適性に見合った仕事と報酬、地位が与えられる正木商会のシステム。
 その中で若くして成功を収めたランは、同じように働く職員達の憧れでもあった。それに、その役職の名に恥じないだけの実力を、ランは周囲に示していた。
 この闘技場再建の仕事も、彼女の実績の一つだ。
 予定よりも大幅に工期を短縮できたのも、計画の立案から人員や物資の手配、学院との交渉までを全て適確にこなした彼女の手腕によるところが大きい。
 伊達に水穂やマリエルの教育を受けている訳では無かった。

 それに元々ランにはそうした才能もあったのだろう。
 昔は山賊稼業と言った悪事を働いていたランだが、彼女には山賊団の財布を一人で担っていた経験がある。
 生活能力のない無計画な仲間達に、聖機師だった頃の癖が抜けずに金遣いの粗い母親を抱えながら、ランは遣り繰りをして団の家計を支えてきた。
 太老と出会った頃のランの服装がツギハギだらけだったのも、小まめに修繕をして使っていたからだ。
 山賊という人の生死が身近な環境の中で、幼い頃から金に苦労してきた経験のある彼女だからこそ、ここにきて眠っていた才能が一気に開花したとも言える。
 ラン自身もその事を誰よりも理解しているからこそ、リスクを承知の上で自分を拾い、選択肢を与えてくれた太老に感謝をしていた。
 今の地位と立場は、ランが生まれて初めて自分の意思で選択し、ようやく得る事が出来た自分だけの居場所だった。

「でも、まだ剣士が来てないんだよな」
「太老の弟……剣士だっけ?」

 仕事が忙しく余りここを離れられないランではあるが、逐一情報だけは耳に入ってくる。剣士の事も、話だけはランの耳にも届いていた。
 少なくともここ聖地の事でランが知らないような話は、殆ど無いと言っても過言では無かった。
 情報源は商会の職員や、太老の侍従達だけではない。聖地の職員や、学院の生徒達。それに生徒会なども含まれる。
 それらの情報網を利用して、学院新聞を発行する事を立案したのもランだ。この新聞、娯楽の少ない聖地では職員だけでなく生徒にも好評を博していた。
 水穂が情報部の貴重な情報源の一つとして、ランをここに配置したのもそうした狙いがあったからと言える。

「太老様。剣士様がご到着されました」
「おっ、やっときたか。じゃあ、剣士はそのままステージの方に案内してくれる? ランもよろしく頼むよ」
「了解。任せときな」

 報告にきた侍従に指示を出し、予定通りランに司会を頼むと自分も持ち場につく太老。
 こうして打ち上げ会ならぬ、剣士のお披露目パーティーの幕が開けた。


   ◆


「剣士様。こちらでお待ち頂けますか?」
「あ、はい」

 剣士が侍従に案内されたのは、ステージの真下にある通称『奈落』と呼ばれる舞台の床下だった。
 舞台装置と思しき機械のひしめき合ったその薄暗い場所で、裏方の職員達が忙しそうに動き回っている姿が確認できる。
 パーティー会場の舞台へ続く通路として使われているが、元々は商会の地下施設として作られた場所で、港から送られて来る物資の保管所になっているだけでなく、支部で使われている設備のコントロールや動力をはじめとするライフラインが収められていた。
 勿論、関係者以外は立ち入り禁止の最重要エリアの一つだ。例え学院の関係者であっても、商会の許可無く立ち入る事の出来ない場所だった。

「会場じゃなく、こんなところに案内されるなんて……。嫌な予感しかしない」

 こう言う時の自分の勘がよく当たる事を剣士は知っていた。
 やはり来るべきでは無かったかと後悔する剣士だったが、ここまで来てしまった以上、既に手遅れだった。

「剣士くん……」
「ごめん、セレスくん。変な事に巻き込んじゃって」
「それは別に構わないけど、それよりもここって……」

 セレスは困惑した表情を浮かべ、周囲の様子を不安げに窺っていた。
 ここが正木商会の支部だと言う事は、学院に在籍する者であれば誰でも知っている事だ。
 それに今日ここで、商会と闘技場の建設に関わった学院の関係者だけを集めて、打ち上げの催しが行われる事はセレスも知っていた。
 昨日から生徒の間でも、それが噂になっていたからだ。

「正木商会の支部だよね? それもこんな場所に顔パスで案内されるなんて……剣士くんって一体?」

 正木商会――いや、正木太老と少しでも良好な関係を築きたいと考えている者は大勢居た。
 そのためには、まず名前と顔を覚えてもらわなければ話にならない。しかし相手は今や『時の人』と呼ばれる有名人。気安く声を掛ける訳にもいかず、話し掛ける口実を得るだけでも難しい。幾ら同じ学院に通う生徒といえど、相手はハヴォニワの大貴族にして大商会の主。そして最強の聖機師などと呼ばれている男性聖機師だ。
 大貴族と言うだけでも声を掛けにくいところに加え、男子生徒は特別というイメージがこの学院では外の世界よりも強い傾向にある。
 それほどの人物に気安く声を掛けられる者など、そうは居るものでは無かった。

 そう言う意味でも、この機会をチャンスと考えている参加者は多い。目立つ格好をした参加者が多いのも、そのためだ。
 そんな中、本来であれば商会の関係者しか入れないような場所に案内される剣士を、何者かとセレスが疑問を持つのも無理のない話だった。

「えっと……」

 セレスの質問に少し困った表情を浮かべる剣士。関係者には違いないのだが、なんと答えて良いか迷っていた。
 剣士がここにセレスを連れてきたのは、あんな場所で一人寂しそうにしているセレスを見て、少しでも気晴らしになればと考えたからだ。
 それに太老絡みの誘いで足取りが重かったところに、セレスという話の合う同い年の友達が出来て嬉しかったと言うのもあった。

「セレスくん……。その驚かないで聞いて欲しいんだけど、実は俺――」

 意を決してセレスに自分の事を話そうとした剣士だったが、そこでようやく足場の異変に気が付く。
 ウイーンという音と共に、エレベーターのように上昇を始める床。
 それに驚いたのは剣士だけではない。彼と一緒に居たセレスも同様だった。

「はっ!? 太老兄の仕業か!」

 咄嗟に太老の仕業と悟った剣士は、条件反射で装置から飛び降りた。
 考えるよりも先に身体を動かす。これまで数々の理不尽に巻き込まれてきた剣士が身に付けた自己防衛の手段がこれだ。
 しかし剣士はそこで、セレスが装置の上に取り残されている事にようやく気付く。
 いつもの癖でセレスが一緒なのも忘れて、身体が反射的に動いてしまったのだ。

「セレスくん! 飛び降りて!」
「む、無理だよ! こんなに高いのに……」

 剣士は軽く飛び降りてみせたが、既にセレスの居る場所はビル三階分ほど上昇をした後だった。
 普通の人間が飛び降りれば、骨折をしても不思議では無い高さだ。
 蜘蛛のように這い、壁伝いにその後を追い掛ける剣士だったが、セレスの乗った床の上昇速度の方が早い。
 そうこうしている間にも天井が左右に開き、セレスを乗せた装置が参加者の待つステージに姿を現す。

「本日のゲスト! 正木太老様の弟! マサ――」

 舞台上で司会を演じるランの声が会場に響く。拍手と大きな歓声に迎えられ、舞台上に姿を見せる少年。
 しかし名前を途中まで口にしたところで、ランはステージに姿を現した人物を見て、ピタリと動きを止めた。
 会場に姿を見せたのは、予定していた人物ではなく――

「え、えっと? は、はじめまして。セレス・タイトです」

 よく分からないまま、観客席に向かって礼儀正しく丁寧にお辞儀をする……セレス・タイトの姿があった。





 ……TO BE CONTINUED



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