【Side:太老】

「聖機人の修理と開発を手掛ける技術者でありながら、ロボットの良さが分からないとは……嘆かわしい!」
「しかし、太老様。私達は聖機師ですし……」
「確かに聖機人は高い機動力と汎用性に富んだ優れた戦闘兵器だ。だが――」

 聖機人には幾つかの欠点が存在するのも確かだ。しかもそれらの欠点は、放って置くには致命的な物が目立つ。
 それに目を向けずに現状で満足するなど、仮にも開発を手掛ける技術者としてただの慢心でしかない。
 ワウが変わり者扱いされていると聞くが、この件に関してはここの生徒達の考えの方がおかしいと俺は思った。

「与えられた知識と技術で満足してしまえば、科学の進歩はそこで止まってしまう。必要なのは貪欲なまでの知識欲、独創的な発想力、そして飽くなきチャレンジ精神だ!」

 聖機人の修理と開発を手掛ける聖機工だから聖機人以外には目を向けなくていいと言う考え方では、いつまで経っても技術の向上など見込めない。
 開発に必要なのは広い視野を持つ事だ。そして何よりも大切なのはチャレンジ精神だった。

「ワウが変わり者なのは認めよう。確かに変人だ。マッドだ。頭の洗濯バサミもどうかと思う」
「太老様! 何気に酷い!?」
「しかしだ。ワウには常に新しい事にチャレンジしようと言う意欲がある。それがお前達はどうだ?」

 現状に満足してしまい、彼等は何かに挑戦するという大切な事を忘れてしまっている。
 与えられた知識と技術をひけらかすだけなら誰にだって出来る。だが、それでは技術の進歩はない。
 ここの生徒達は聖機工の卵でありながら、そこが分かっていない。俺に言わせれば、そんなものは開発者とは呼べなかった。

「大体、教会の教え方が悪いんだよな。なんでも教科書通りに教えれば良いってもんじゃないだろうに……」
「あの、太老くん……。一応、教師の前なのですが……」
「ユライト先生。ああなった太老様は誰にも止められないので、諦めた方がいいかと……」

 ユライトとワウが何かを言っているが無視だ。そもそもだ。ここの教え方にも問題がある。
 先史文明の技術に頼っているのは分かるが、だからと言ってなんでもかんでも先史文明の遺産に頼りすぎだ。亜法こそ絶対と言う考え方は視野狭窄でしかない。
 そんな事だからレールに縛られた使い方しか出来ずに、技術の無駄遣いをする事になる。
 聖機人の有用性は俺も認めているし、聖機師がこの世界のシステムに必要不可欠な物だというなら、そこは百歩譲って納得しよう。
 だからといって、他の技術まで否定してしまうのはどうか?
 真っ向から技術の進歩を否定したやり方には賛同できない。想像していた物と大きく違う哲学科の実態に、怒りを通り超して呆れすら覚えていた。
 哲学科なんて、名ばかりもいいところだ。これなら聖機工の名も返上した方がいい。

「さすがに、この現状には我慢ならない。ワウ!」
「は、はい!」

 前々から思っていた事だが、抜本的な改革が必要だと気付いた。
 聖機師の育成機関がこれでは、ハヴォニワやシトレイユで目にした男性聖機師のように向上心の無い、碌でもない奴ばかり生まれて当然。
 ここまで酷いゆとり教育は見た事がない。これならハヴォニワの軍工房で働いていた技術者達の方が遥かにマシだ。

「タチコマの設計資料と、俺が以前まとめたロボット開発のレポートをだしてくれ」
「えっと、いいんですか? あれって一応、商会の機密なんじゃ……」
「機密? あんなの子供が工作でやる内容だぞ? あのくらいのなら俺も子供の頃、学校の自由研究でやったレベルだしな」
「それは太老様だけですよ……」

 機工人開発の参考になればと、分かり易くまとめたロボット開発のレポートをワウに手渡していた。
 俺が小学生の頃に理解していたような内容だ。あのくらい、『機密』と言うほど大層な技術でもない。初心者用の教本には丁度良かった。
 今まで触れた事のない未知の技術に触れさせ、その必要性を理解すれば否が応でも納得せざるを得ないはずだ。
 とにかく、ここの生徒達の凝り固まった頭を柔らかくするには、根本的な意識改革が必要だと考えた。

【Side out】





異世界の伝道師 第217話『似た者同士』
作者 193






 昼休みの合図を告げるチャイムの音が鳴り響く。下級生のクラスは午前の講義を終え、一足早く昼休みの時間に入っていた。

「今日のメニューは何かしら?」
「急ぎましょう。早くしないと、お姉様方を待たせしてしまうわ」

 上級生より下級生の方が早く休み時間に入るのは、下級生達の昼の仕事に理由がある。
 学院で昼食を取るには幾つかの方法が挙げられるが、上級生は聖機師専用の食堂で食事を取る生徒が大半だ。
 男子生徒を除く下級生達は、学院の伝統で上級生の昼の給仕を義務付けられており、彼女達はそれを終えてからの食事となる。
 そのため一足早く休憩に入り、上級生が食堂に入る前に準備をして待機するのが、彼女達の学院での日課だった。

 聖機師の卵とは言っても、王侯貴族や男子生徒を除いて女生徒達の大半は聖機師の身分をもたない『準聖機師』と呼ばれる候補生だ。
 この学院では同じ生徒である前に、家柄や身分の方が重視される傾向が強い。意識的に国や権力の重要性を理解させる事で、将来に備えさせるという意味もそこにはあった。
 特に王侯貴族や男性聖機師との身分差は明確で、王侯貴族には従者が、男子生徒には寮の下働きなどが付くが、下級生の彼女達は身の回りの事は自分達でするしかない。
 それがこの学院での常識。例え聖機師候補といえど、彼女達は所詮見習い。正式に教会より聖機師として認められた上級生以外は、特別扱いされないのがこの学院のルールだ。その上、狭い門を潜り抜け、国に雇用された正規の聖機師となるためには更に険しい道のりが彼女達を待っていた。
 今の上級生達も同じように通ってきた道。この給仕の仕事も、その修行の一貫と言う訳だ。

「剣士さん、セレスさん。よろしかったら昼食を……あら?」
「マ、マリア様!?」
「そんなに大声をだして驚かなくても、あなたに何もしませんよ?」

 話し掛ける度に緊張した様子で大声を上げるセレスを見て、マリアは優しく微笑みを返した。
 太老と毎日を一緒に過ごしていると忘れそうになるが、マリアはハヴォニワの王女だ。例え相手が男性聖機師といえど、王侯貴族を前にすれば殆どの者は畏縮してしまうのが普通。セレスの反応は少し大袈裟なくらいではあるが、他の生徒であっても似たような反応を示すに違いない。寧ろ、太老のような態度がかなり特殊だと言えた。
 尤も、太老とマリアの場合は出会いからかなり特殊だった事もあるが、マリア自身も太老には身分など気にせず接して欲しいと考えている。それはラシャラにも言える事だ。
 現在は婚約者と成った身。それも自然な事と言えなくもないが、三人の関係はそれ以前から身分を感じさせない気安いものだった。
 マリアが太老の事を『お兄様』と呼ぶのも、家族と同じくらい、いやそれ以上に太老の事を信頼している証でもあった。

「卒業すれば私達にはそれぞれの立場があります。ですが、今は同じクラスで学ぶ身。せめて聖地に居る間はしがらみに囚われるのはやめましょう」
「は、はい。すみません……」

 しかし、それをセレスに急に求めたところで難しい事はマリアも理解していた。
 ただ、太老と付き合って行く以上、このくらいで驚いていてはセレスの身体は恐らく保たないだろう。
 これを機会に少しずつでも慣れていってくれれば、とマリアは考えていた。

「それよりも、御一緒に昼食は如何ですか? 剣士さんもお誘いしようと思ったのですが……」
「あっ、剣士くんはその……」
「はい?」

 セレスの要領を得ない言葉に首を傾げるマリア。ふと、今朝の事を思い出す。
 太老だけではない。もう一人同じ血を引く、風変わりな少年の姿が頭を過ぎった。


   ◆


「あ、あの……そのような事をなさらなくても……」
「え? なんで?」

 困惑した表情で、剣士に話し掛ける一人の少女が居た。
 剣士のクラスメイトの一人であり、この学院の生徒会長リチア・ポ・チーナの従者を務める『ラピス・ラーズ』と言う少女だ。
 小柄で可愛らしく、見た目通り大人しく少し気の弱い一面があるが、リチアの従者を務めているだけあって芯が強い。
 聖機師としても有能な資質を持ち、生徒会の仕事に教会の公務と何かと忙しいリチアのサポートを適確にこなす、優秀な生徒だった。

「お昼の準備だよね?」

 周りを見渡して、ラピスに尋ねる剣士。
 チャイムが鳴って直ぐに女生徒達と一緒に教室をでた剣士。給食のような物という感覚で、彼女達の仕事を手伝っていた。
 家でも砂沙美やノイケの手伝いを当たり前のようにしていた剣士からすると、いつもやっていた家事手伝いの延長に過ぎない。
 自分の事を自分でするのは当たり前。だらしない他の姉達に変わって働いていた剣士からすると、極当たり前の作業だった。

「男子生徒は、そんな事をしなくてもいいのですよ?」
「え? そうなの? でも、普段からやっている仕事だし……」

 実のところこちらの世界にきてからも、剣士のやっている仕事は余り変わっていなかったりする。
 カレンはあれでだらしないところが多く、料理も剣士が作った方が美味いからと言う理由で、寮の家事は剣士が殆ど担当していた。
 だが、そこはさすが剣士と言ったところか。特に文句を言う事もなく、そういうモノだという感覚でカレンの面倒も当たり前のように見ていた。
 それにやらないと言うだけで、家を破壊したり料理一つ出来ない姉に比べると、まだ仕事を増やされないだけマシではある。
 もっと手の掛かる姉達を知っているので、カレンの我が儘くらい剣士にとっては高が知れていた。
 ただ、もう少し酒の量を減らして、絡んでくるのだけはやめて欲しいと思っているくらいだ。
 寧ろ、何もしないでジッとしているよりは、こうして身体を動かしている方が剣士にとっては気分的に楽だった。

「手伝うよ。皆でやった方が早いだろうしね」

 そう言って、はじめてとは思えないほど慣れた様子でテキパキと、学年とクラス事に分けられた食事のケースをカートに積みこんでいく剣士。
 ビデオテープを早送り再生するかのように凄い速さで、あっと言う間に全てのカートに順に積まれていくケース。
 女生徒達はポカンとした表情を浮かべ、呆然とその作業の様子を眺めていた。

「えっと、後は教室まで運ぶだけかな?」
「そのくらいは私達にさせてください!」
「それじゃあ、他のクラスのはお願いするね」
「ああ、剣士さん! 待ってください!」

 なんでもない様子でカートを押していく剣士を見て、慌ててその後を追い掛けるラピス。
 取り残された他の女生徒達は言葉を失い、その背中を見送る事しか出来なかった。


   ◆


「……確かに、お兄様の弟ですわね」
「やはり、血筋でしょうか?」
「マリア様とユキネさん、何気に酷くないですか?」

 マリアとユキネの酷評に不満を口にする剣士。だがこちらの常識に則った場合、今回はマリアとユキネの感想の方が正しい。
 男子生徒が、昼の給仕の仕事を手伝うなど前代未聞。そんな話はマリアとユキネも聞いた事が無い。
 しかも女生徒達の仕事を取り上げ、殆ど一人で済ませてしまったとラピスに話を聞かされたマリアとユキネは、呆れた様子でため息を漏らしていた。
 それは女生徒達も驚いた事だろう、と二人は思う。男子生徒は普通そんな事をしないのが、ここでの常識だからだ。

「そんなに変な事かな? 皆でやった方が早いと思うんだけど……」

 しかし剣士にとって、それは当たり前の事だった。逆に、何が悪かったのかよく分からない剣士は首を傾げる。
 皆でやった方が早いから、ただ手伝っただけの事。何故それがそこまで問題になるのか、彼にはよく分からなかった。
 第一、働かざる者食うべからず、というのが柾木家の家訓だ。
 何もせずに席に座っていれば食事が出て来る、と言う感覚が剣士に理解出来ない。

「フフッ、剣士さん。やっぱりあなた、お兄様の弟ですわね。言っている事が、お兄様とそっくりですもの」
「ええ!?」

 太老なら、きっと剣士と同じような事を言っていただろうとマリアは確信していた。
 太老と同じと言われた事で、深いショックを受ける剣士。
 それは剣士にとって、マリアが『フローラと似ている』、ラシャラが『ゴールドと似ている』と言われるのと同じ効果を持っていた。

「剣士さんって……太老様の弟だったんですか?」
「あっ……」

 ここにもう一人、マリア達の話を聞いて驚いている人物が居た。ラピスだ。
 剣士の行動がおかしくて、うっかりと口にだしてしまった事を反省するマリア。
 しかもタイミングの悪い事に、剣士の事が気になって後を追い掛けてきた女生徒達の耳にも入ってしまっていた。

「えっと……皆さん、一緒に食事をしませんか?」

 幸いにも教室には、剣士とセレス以外の男子生徒の姿は見えない。
 知られたのがクラスの女生徒だけであれば、口止めすれば良いだけの事――
 マリアはそう考えて、女生徒達を食事へと誘うのだった。


   ◆


「なんで、教室に誰もいないんだ!?」
「そんなの知るか。どうするんだ? 俺達の昼飯……」

 セレスの件でイライラしていた男子生徒達は午前の授業をさぼり、昼休みの今頃になって教室に戻ってきていた。
 しかし、いつもならこの時間は教室で食事を取っているはずの女生徒達の姿が見えず、困惑した表情を浮かべる四人。
 自分達で昼食の準備をした事の無い彼等は、時間になれば料理が出て来るのは当たり前の事だった。
 しかしその普段、食事を用意してくれている女生徒達の姿が見えない。

「……腹減ったな」
「寮に戻るか? それか、食堂に行けば何か食べられるんじゃ?」
「ああ、無理。これ以上、歩き回る気力なんてねーよ。それより、誰かここに運ばせろよ」
「お前が行ってこいよ。俺はそんな面倒な事は嫌だね」

 いつも我が儘を聞いてくれる女生徒や、パシリとして使っていたセレスは居ない。
 更に言えば教室に、男子寮と同じように使用人が常駐しているはずもなかった。

「くそっ! これと言うのも全部、あの剣士とかいう奴とセレスの所為だ!」

 何もかも思うようにいかず、腹が減って苛立っていたのだろう。
 リーダー格の長髪の少年が、校舎裏からずっと手にしていた訓練用の木剣を振り下ろし、大理石の床に力一杯叩き付けた。
 すると木剣がその衝撃に耐えきれずに半ばから真っ二つに折れ、破片がクルクルと回転して教室のガラス窓を突き破った。

「やべっ!」
「何してるんだよ! こんなところを誰かに見られたら――」

 ガシャンと言う音と共に粉々に砕け散り、教室に散乱するガラスの破片。
 こんなところを誰かに見られて教師に報告されれば、男子生徒といえどなんらかのペナルティを負う事は避けられない。
 立場を考えると大事にはならないが、面倒な事になるのは間違い無い。そう考えて、慌てて逃げようとしたところだった。

「誰かに見られたら、どうなるのかな? 先生に教えてくれる?」
『――カレン先生!?』

 教室の扉の前に立つ笑顔のカレンに呼び止められ、顔を真っ青にして足を止める男子生徒達。因果応報とは良く言ったものだ。
 この後、ガラスを割った木剣が物証となり、器物破損と校舎裏で授業をさぼっていた件で更にカレンから追及を受ける四人だった。





 ……TO BE CONTINUED



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