【Side:マリア】
私マリア・ナナダンは、これまでのことを振り返りながら考える。
アルバイトに始まり倶楽部の設立。生徒のことを考えた学院行事の大幅な見直しと、学院に来てから僅か一ヶ月で今まで誰にも思いつかなかったことをお兄様は次々に行って見せた。
しかも、その何れもが目に見える成果を生み出している。早ければ夏にでも、ちゃんとした結果が出る見通しとなっていた。
ハヴォニワでもそうだったが、お兄様のされることはいつも私達の想像を大きく超えている。
異世界の住人という部分を差し引いても、幅広い知識に柔軟な発想。ただの一般人では到底不可能なことばかり。剣士さんも凄いが、お兄様はもっと凄い。ただ実力があると言うだけでなく発想の着眼点が普通の人とは大きく違っていた。
あの水穂お姉様がお兄様のことを褒め称える理由も、これらの成果を見ればわかる。
「マリア様。トリブル王から書簡が届いています」
「トリブル王から? 思ったより早かったわね」
侍従から手渡された書簡には、確かにトリブル王国の印章で封がされていた。
お母様から先日もたらされた情報と手紙の内容を照らし合わせ、私は一つの確信を得た。
そこには、あの『狂戦士』が聖地にやってくることが記されていたからだ。
しかも王宮機師団の中でも、選りすぐりの精鋭を率いて――
「……やはり思った通りですわね」
前生徒会長にして、『グウィンデルの花』に次ぐ数々の逸話を残すトリブル王宮随一の使い手。彼女はお兄様を除けば、大陸最強クラスの実力を持った聖機師だ。
単純に聖機師としての能力だけで言えば、キャイアやユキネすら凌駕する達人。本来であれば、トリブル王国が手放すはずもない戦力。しかし彼女は今、借金の代わりにハヴォニワに出向してきていた。
その彼女が部下を率いて聖地にやってくる。表向きはお兄様の護衛として。
「モルガ様とトリブル王宮機師の皆様がですか?」
「ええ。来週には、こちらに到着する予定みたいね」
「ですが、よく教会が許可をしましたね」
「ハヴォニワやシトレイユ。トリブル王国や連合加盟国の署名もある。それに先日の男性聖機師の件もある以上、教会も譲歩せざるを得なかったというのが本音でしょうね」
侍従の言うように、普通であればこのような話を教会が通すはずもない。しかし、今回に限って言えば話を受けざるを得なかった事情があった。
ラシャラさんの戴冠式でお母様が連合の話を持ち出したことも、いざと言う時に動かせる独自戦力を聖地に常駐させておくための布石だったと考えれば全てに納得が行く。
ハヴォニワの正規軍ではなくトリブル王宮機師団にそれを依頼したのは、教会との軋轢を考えた結果。ハヴォニワの正規軍を聖地に常駐させることは難しいが、トリブル王宮機師団は話が別。彼の国は教会に次ぐ古い歴史を持つ国の一つであり、現在のシュリフォンと教会の関係よりも歴史は古く、格式と伝統だけならシトレイユ皇国すら上回るほどだ。
辺境の小国に過ぎないトリブル王国が、教会から大国に次ぐ優遇措置を受けている背景には、そうした歴史的背景があった。
教会と言えど、トリブルが相手では憂慮せざるを得ない外交的事情があるということだ。
「トリブル王も可哀想に……。お母様に目を付けられたばっかりに散々ですわね」
トリブル王が頭を抱えるのも無理はない。教会との関係を考えればハヴォニワに協力すべきではないが、多額の借款を抱えている今、国のためを考えるとハヴォニワの提案を受けざるを得ない。ハヴォニワ、正木商会との関係悪化は自国の崩壊を招く危険があるからだ。
それにトリブル王国は教会側に傾いているとはいえ、大国に属さない中立国として名が通っている。他の国がお兄様に肩入れして派兵するよりは、不平等もなく不満も出難いだろうと考えての措置だ。この手口。やはりお母様が黒幕と考えて間違いない。
私に前もって情報を漏らしたのも、私がお兄様のためであれば断れないと知っていて、学院や生徒会の間を取り持てと言っているも同じだった。お母様と言えどハヴォニワにいて、学院にまで干渉することは難しい。その役目を娘の私に押しつけようという魂胆だ。
「仕方がありませんわね。お兄様は敵も多いですから……」
今後の事を考えると動かせる駒、味方は出来るだけ多い方がいい。
お母様の案に乗るのは正直凄く嫌だ。でも、お兄様のためと私は自分を言い聞かせた。
【Side out】
異世界の伝道師 第237話『太老親衛隊』
作者 193
【Side:アンジェラ】
今朝からラシャラ様の機嫌が良い。それもそのはず、今日から一ヶ月。太老様がこちらの寮にお泊まりになるからだ。マリア様とラシャラ様の間で取り決めになったことで、太老様は月替わりでお二人いずれかの寮で生活することが決まっていた。
結婚はまだ随分と先のこととはいえ、やはりラシャラ様も年相応の恋する乙女なのだと、
「フフフッ、さすがは太老じゃ。この状況を上手く利用すれば、また一儲け出来るの」
……思いたかった。
生徒会の予算計画書。金のなる木を見つけて、またよからぬ企みをされているようだ。
血は争えないと言うが、こうしたところは本当によく母君に似ておられた。
「ところでアンジェラ。太老を迎える準備は出来ておるか?」
「はい、ラシャラ様。お部屋の準備も整っています」
「フフフ、マリアの悔しがる顔が目に浮かぶようじゃ」
邪な笑みを浮かべるラシャラ様。とても大国の皇には見えない。まさに悪役そのものだ。
今回の計画も発端は、マリア様が剣士様とセレス様を護るために流された噂にあった。
どういう経緯があるにせよ、剣士様とセレス様の一件はマリア様に一歩リードされたことに変わりは無く、そのことでラシャラ様は珍しく焦っておいでだった。
太老様が卒業後、ハヴォニワから独立して国を興される話は諸侯の間でも噂となっている。
そんななか周囲に太老様とマリア様の仲が認知されるほど、ラシャラ様にとって状況は不利になる。形式だけとはいえ、マリア様の次という立場にラシャラ様が納得されるはずもなかった。第一皇妃の座を狙っておられることは明白だ。そしてそれはマリア様も同様だろう。
しかも戴冠式でフローラ様が宣言されたこともある。在学期間中に太老様の心を射止めた人物には、漏れなく太老様との結婚権が与えられるという例のアレだ。
連合への加盟が最低条件になっているとはいえ、上手く行けばハヴォニワと正木商会に一歩抜き出た大きなコネクションを作る事が出来るチャンス。これを狙っている国は少なく無い。当然のことながら女生徒達にとってもこれはまたとないチャンスだ。太老様を狙っている生徒は少なくなかった。婚約しているからと言って安心は出来ない。ライバルは大勢いるということだ。
「名付けて――既成事実を作ってしまえばこっちのもんじゃ大作戦!」
「身も蓋もないタイトルですね……」
「何を言う。これほど分かり易い作戦名はあるまい。折角、太老と一つ屋根の下で暮らすのじゃ。このチャンスを利用せずしてなんとする」
「はあ……ですが、本当によろしいのですか?」
「何がじゃ?」
「この事がマーヤ様と水穂様にバレたら……」
「……まずいかの?」
「はい。それにマリエルさんとメイド隊が黙っているとは思えません」
さすがに拙いと思ったのか、うっと言葉を詰まらせ、先程の勢いを失うラシャラ様。
既成事実を作れれば確かにそれが一番効果的ではあるが、後の事を考えるとこれほど恐ろしいことはない。最悪、世界一敵に回してはいけない人達を敵に回す危険があるのだ。ラシャラ様が及び腰になるのも無理はなかった。
「少なくとも太老様の意思を無視して強引に事を進めるのは、やめられた方がいいかと」
「……そ、そうじゃな。本人の意思が一番大切じゃからな」
まだ諦めていない様子ではあるが、これで無茶は出来ないはず。
主の無謀な行動を諫めるのも、従者の務めだった。
【Side out】
「今日から一ヶ月、お世話になります。ほら、シンシアも」
「……お世話になります」
「うむ、よくきたの。では早速部屋に案内を――ってちょっと待てい! 何故御主がここにおるのじゃ!? シンシア!」
太老と一緒に現れたシンシアに、ラシャラは素早くツッコミを入れる。ラシャラの寮に来るのは太老だけのはずだった。それが二人で手を繋いで寮を訪れたのだから、驚くのは当たり前。こんな展開はラシャラも予想してないかったことだ。
「なんじゃ、これは? 手紙?」
シンシアから手紙を手渡され、怪訝な表情で手紙に目を通すラシャラ。
ハヴォニワの印章が入った手紙。それはマリアからの手紙だった。
「あ、あ奴……」
プルプルと肩を震わせるラシャラ。そこにはシンシアを太老の従者として同行させることが記されていた。
表向きは仕事の補佐をさせるということだが、実際の狙いは明らかに別のところにあることくらい察しが付く。シンシアを太老に付ける事で、ラシャラの企みを邪魔することがマリアの狙いなのは明白だった。
一番追い返し難く、抗議し難い相手を送ってくる辺り、マリアの狡猾さが窺える。
「ごめん。シンシアがどうしても一緒にってきかなくて。ダメかな? 俺と同じ部屋で構わないから」
「そ、それはダメじゃ!」
「うっ……」
ラシャラの大声に太老と引き離されると考えたのか、涙目を浮かべるシンシア。
まさか泣かれるとは思っていなかっただけに、ラシャラは激しく動揺する。
「違うのじゃ。太老と一緒の部屋がダメというだけで、別にシンシアがダメと言う訳では――」
「よかった。ラシャラちゃんなら、きっとそう言ってくれると思ってたよ」
「あっ……うう……当然じゃ。我は寛大じゃからな」
シンシアを追い返すのは無理と諦め、ラシャラは肩を落とした。
◆
「してやられましたね。さすがはマリア様です」
「敵を褒めてどうする!? これでは我の計画が……」
マリアを褒めるアンジェラ。激昂するラシャラ。
太老とシンシアが、ラシャラの寮で暮らし始めて三日。
当初ラシャラが予定していた計画は全て、シンシアの所為で破綻を余儀なくされていた。
――太老に夜這いをかけようにも、シンシアが先に太老の寝所に忍び込んでいたり
――お風呂に乱入しようにも、シンシアが先に太老と風呂に入っていたり
食事の時も、寝る時も、風呂の時も、常にシンシアがべったりと太老に張り付いているため、ラシャラは思いきった行動に出れない。相手がシンシアでは抗議することも引き離すことも難しく、これほど厄介な話はなかった。
別の意味で変な噂は立ちそうだが、太老の貞操を守るには、これほど打って付けの人材はいない。マリアもそこを読み、シンシアを太老と一緒に寄越したに違いなかった。
マリア自身、シンシアの厄介さは普段の生活で実感していた。しかも太老はシンシアを本当の娘のように溺愛しているから、シンシアを泣かせたり邪険にすることはそのまま太老の好感度を下げることに繋がる。邪魔だからといって下手な行動には出られない。本人の鈍感さも然る事ながら、この障害を乗り越えないことには、太老と距離を縮めることすら難しかった。
「諦めますか?」
「バカを申すな! この程度の障害で諦めるつもりなど毛頭無い!」
「何か、お考えが?」
「チャンスがないなら作るまでじゃ」
「まさか……例のアレを?」
「うむ。こうなったら手段を選んではおれん」
それは出来れば取りたくなかった手段。ラシャラは苦渋の決断をした。
◆
「上手くいっているようですわね。やはりシンシアをつけたのは正解でしたわ」
「ですが……ラシャラ様がこの程度で諦めるとは思えません」
「大丈夫よ、ユキネ。既に保険は整えてあるわ」
ラシャラの計画が上手く言ってないと聞き、喜びの笑みを浮かべるマリア。ラシャラが太老を自分の寮に招いて企むことなどマリアにはお見通し。伊達に『色物女王』などと呼ばれているあの母親を見て育ってはいない。同じ血を引くラシャラの考えなど、マリアにとっては赤子の考えを読むより簡単なことだった。
だがそれだけにラシャラの厄介さは、マリアが誰よりも一番理解していた。
この程度で諦めてくれる人物なら苦労はしない。なんだかんだ言っても、似た者同士の二人だ。太老を悲しませること、困らせることは二人も望んではいない。だからこそ一夫多妻を許容し同盟を結んでいるとはいえ、恋する乙女としては譲れない事情がある。ライバルとして認め合っているからこそ、互いに一歩も引けなかった。
「それよりもユキネ。例の件はどうなっているの?」
「はい、特に問題はありません。根回しの方も順調に進んでいます」
「そう、お兄様に悟られないよう慎重にね」
太老に気付かれないようにとユキネに念を押すマリア。
内容が内容だけに秘密裏に進めているマリアの計画は、太老にだけは知られるわけにはいかなかった。
「ですが、よろしいのですか? 太老に内緒でこのような物を本当に作って……」
「お兄様のためよ。それに生徒同士交流を深めるのは大切なことでしょう?」
「それはそうですが……」
太老のためになることと理解はしつつも、余り乗り気になれないユキネ。
隠し事をしているというのもあるが、太老に関係することだ。
それだけに本人に内緒のまま事を進めて、本当に良いのものかとユキネは悩んでいた。
「今は一人でも多くの味方を増やすことが先決。お母様の案に乗るのは嫌だけど、お兄様のためを思えば我慢できなくないわ。それに余りお兄様の負担を増やしたくないの。それでなくても、お兄様は一人で多くの物を抱え込み過ぎるから……」
「……わかりました。そういうことでしたら、ご協力します」
「ありがとう。ユキネ」
正木太老親衛隊。別名――太老様ファンクラブ。
学院を足掛かりに太老の信奉者を増やすこと。それがマリアの考えた計画だった。
……TO BE CONTINUED
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