「俺とシンシアの歓迎会?」
「うむ。折角じゃから、どうかと思ってな」
「そんなに気を遣ってくれなくてもいいのに」
遠慮がちに話す太老。偶数の月はマリアの寮に、奇数の月はラシャラの寮に滞在することが決まっているのだから、何れにせよまた直ぐにお世話になる。歓迎会を開いて貰うほどのことではないと太老は考えていた。
とはいえ、ラシャラの厚意を無碍にするのもどうかと太老は考えた。
アンジェラに指示をだし、パーティーの準備も進めているという。身内だけの質素な催しだから是非参加して欲しい、と言われては太老も断る理由が見つからなかった。
(シンシアは人見知りが激しいしな。ラシャラちゃんなりに考えてくれてるってことか)
と一人納得する太老。
シンシアが寮での生活に馴染めるように、こうして歓迎会を企画してくれたのだと思い至ったからだ。
実際は別の思惑がラシャラにはあったのだが、そんなことを太老は知らなかった。
(これが上手く行けば、太老との距離がグッと縮まるはずじゃ)
心の中で邪な笑みを浮かべるラシャラ。シンシアによって尽く失敗に終わった作戦だが、そのくらいで諦める彼女ではない。シンシアという最大の障害を排除し、現状を打破するために考えた計画。それがこの歓迎会だった。
上手く行けば、太老との距離を縮めることが出来るとラシャラは考える。
そのための計略だ。恋は駆け引きこそが重要。計算に打ち勝ったものこそ勝者となる。彼女の母ゴールドがそうだったように、ラシャラ・アース彼女にも『グウィンデルの花』の血が確かに受け継がれていた。
異世界の伝道師 第238話『恋の駆け引き』
作者 193
【Side:太老】
歓迎会をすると言われてやってきたのは、何故かスワンにある大浴場。
自身を風呂好きと断言するラシャラ自慢の岩風呂が、目の前に広がっていた。
「……まさか、ここでやるのか?」
「当然じゃ! 異世界にも『裸の付き合い』という風習があるのじゃろう?」
胸元に『らしゃら』と平仮名で書かれた白いスクール水着を身に纏ったラシャラが、腰に手を当て薄い胸を張って堂々と答えた。
確かに裸の付き合いとはよく言うが、あれは隠し事のない付き合いをしようとか、そう言った意味だったと記憶している。決して裸で親睦を深めようとか、邪な意味では無い。恐らくは異世界人の仕業だろうが、ここでも偏った解釈がされているようだ。
「ちなみに、その水着は?」
「異世界より伝わる水着の一種なのじゃが……似合わぬか?」
「いや、よく似合ってるんだけどね……」
似合いすぎて恐いくらいだ。
色々とツッコミどころはあるが、恐らくラシャラにこれ以上似合う水着は他にないだろう。
「パパ!」
「シンシアも……スクール水着か」
「ん?」
不思議そうに首を傾げるシンシア。ラシャラの格好を見てわかっていたことではあるが、シンシアの方はオーソドックスに紺のスクール水着。胸元に『しんしあ』と平仮名のネームが縫ってあった。
まあ、確かに可愛かった。
だが、一つツッコミをいれなくてはいけないのは――
「……で、アンジェラさんまで何故にスクール水着?」
「え? これはラシャラ様の命令で……」
黒いピチピチのスクール水着を身に纏ったアンジェラ。口にはだせないが、年齢制限を超えている。ラシャラやシンシアのような幼児体型ならいざ知らず、成熟した大人のプロポーションを持つアンジェラがスクール水着を着るのは反則……いや、非常に危険だった。
本人は全く自覚していない様子だが、良い歳の大人が学院の制服を着るくらい問題だ。
「もしかして似合ってませんか?」
「似合ってないことはないけど、それよりも危険っていうか……」
「危険ですか?」
自分の姿を今一度確認して、バッと胸元を隠すアンジェラ。
やはり恥ずかしい物は恥ずかしいらしい。なら、こんなの着なければいいのに……。
ちなみに俺は、膝上までの少し丈の長い黒の水着を着用していた。
断っておくが、決してハイレグではない。
【Side out】
【Side:ラシャラ】
太老を風呂に誘い出す事に見事成功した。
本人の意思確認はちゃんと取ったし、これで例えマーヤにバレたとしても言い訳が立つ。
後はシンシアをどうするかじゃが、これも我に考えがあった。
「うみゅ……」
「シンシア大丈夫か?」
のぼせて目を回すシンシア。これも計算通り。
シンシアはまだ幼い。風呂に長く入っていられないことは、既に確認済みじゃ。
態々こんな場所をパーティーの会場に選んだのも、シンシアを自然に排除するため。
「これはいかんの。アンジェラ、シンシアを涼しいところに連れていってやるのじゃ」
「はい。ラシャラ様」
シンシアを排除すれば、後はこっちのものじゃ。
この計画。実は母上が、過去に実践した作戦を参考に考えたものじゃった。
公には父皇が母上を見初めてシトレイユに嫁入りさせたと言う話になっておるが、実際のところは少し違う。あの女狐の策略に嵌り、捕まったのは父皇の方。最初からあの女はシトレイユ皇妃の座を射止めることが目的じゃった。
それだけの能力。それだけの実力を持っておるのは確かじゃから始末が悪い。実際、父皇は有能な皇じゃったが、それでも母上には全く頭が上がらなかった。
有能な皇ではあるが、保守的な考えを持つ父皇。片や上昇志向が強く、一般的な皇族や貴族では思いも付かない型破りなことを平然とやってのける母上。三国の中でも突出した軍事力・経済力を持つ大国にシトレイユを押し上げたのは紛れもなく母上の功績じゃ。
母上がシトレイユを去った本当の理由は我も聞かされておらぬ。しかし貴族達に疎まれていたことは事実。暗殺されかかったことも、両手両足の指だけでは数え切れぬ。今の我と同じで考え方が貴族らしくないために危険視される存在じゃった。
我には太老がおるが、母上には父皇以外味方となるものがいなかった。シトレイユを去ることになったのも、それが原因ではないかと今では思う。
だが、それだけわかっていても、我はあの女が好かぬ。忌避しておると言ってもよい。幼少の頃より立派な皇≠ノなるためと受けた様々な仕打ち……今でも忘れられぬ。母上は我にとってトラウマそのものじゃった。
そんなトラウマの原因が考えた策を参考にするというのは、正直かなり嫌じゃ。
このスクール水着というのも肌にピッタリと張り付き、身体のラインが強調されて普通に湯着や裸でいるよりも恥ずかしいくらいじゃった。
コスプレ……と言うのじゃったか?
以前にキャイアやコノヱがこのような格好をさせられているのを見て、太老がこう言うのが好きなことはリサーチ済み。相手が太老でなければ、絶対にこのような格好はしない。
「シンシア大丈夫かな?」
「アンジェラがついておるから大丈夫じゃ。心配など要らぬ。それよりも太老」
「ん?」
未婚の女子が男と二人で風呂に入るなど、普通であれば破廉恥極まり無い。
純潔でないと噂されれば国の威信に関わる重大な問題じゃ。しかし我と太老は婚約者。将来を誓い合った仲じゃ。寧ろ、このくらいあって当然。今望まれるのは、周囲に噂されるほどの既成事実じゃった。
じゃが、これだけではまだ生温い。実際、シンシアは太老と一緒に風呂に入っておるし、一緒に寝てもおる。それに一緒に風呂に入るくらいのことは、マリアやマリエルすらやっておることじゃ。もっと突っ込んだ関係が欲しい。周りに自慢出来るくらい強力なイベントが欲しかった。
「おおっ、このジュース美味いな」
「そうじゃろ。太老のために用意したのじゃから当然じゃ」
太老の飲んでいるジュースは、宮廷の晩餐会でも滅多にお目に掛かれない最高級の果物をふんだんに使ったミックスジュース。さすがに酒はだせぬが、このくらいであれば問題ない。それに、このジュースには秘密があった。
我がこの作戦を出来る限り実行に移したくなかった一番の理由……それが、これじゃ。
「あれ? なんか、急に眠気が……」
効果が出て来たようじゃ。
フラフラと頭を揺らす太老。そう、このミックスジュースには、以前太老を暴走させたあの果物≠ェ含まれていた。最悪、諸刃の剣になりかねない一手。しかしこのくらいせねば、太老から我に迫ってくることなどありえぬ。大事に想ってくれることは嬉しいが、我が望んでいるのはそのようなことではなかった。
確かに胸は無いし、まだ未成熟な身体で……女としての魅力は足りぬかもしれぬ。
しかし我とて女じゃ。好きな男に触れられたい、抱きしめて欲しいという想いはある。
婚約者なのじゃから、せ、せめてキ……キスくらいあって然るべきだと考えていた。
(た、太老が悪いのじゃ。我を散々焦らすから……)
太老の顔を覗き込むように、グッと身を乗り出す。次の瞬間、太老の動きがピタリと止まった。
目が虚ろで焦点があっていない。あの時と同じじゃ。意識の暴走。今がチャンス!
我は胸元で両手をギュッと握り、目を瞑って唇を突き出した。
「……うん?」
一分……いや、五分は経ったじゃろうか?
じっと太老の口づけを待つが、どれだけ待っても反応が無い。
気になって、そーっと目を開けてみると、太老の姿が消えていた。
「なっ! 一体どこに!?」
周囲を見渡すが太老の姿はどこにもない。一体どこに消えたのか?
目の前に覚悟を決めた美少女が居るというのに、それを放って逃げるなど考えられぬ。
このような展開は全く予想していなかったことじゃ。
幾ら意識が無いからといって男として、それはどうなのじゃ!?
「きゃあああああっ!」
脱衣所の方からアンジェラの悲鳴が聞こえた。まさか、我を無視してアンジェラの元に!?
女のプライドがズタズタじゃ。我は怒りを抑えきれず、脱衣所へと走る。
するとそこには、ぐったりと床に倒れ込んだアンジェラの姿があった。
「ここで一体何が……?」
ここに来るまでの一瞬の間に、アンジェラの身に何があったのか?
それを考えるよりも先に、また一つ、もう一つとスワンの中に悲鳴が響き渡った。
◆
「アンジェラを含む、屋敷の侍従三十八名が足腰が立たず再起不能。寮の仕事に支障をきたす大きな被害です。聞いておられますか? ラシャラ様」
「う、うむ……しかしじゃな、マーヤ」
「しかしも何もありません。事の発端がラシャラ様の計画によるものだということは、既に調べがついています。言い逃れは出来ませんよ?」
「誰がそのようなことを……」
「ある筋からの情報で、ヴァネッサに監視をさせていたのです。よもや、このような行動にでるとは思ってもいませんでしたが……」
「お、おのれ。まさか身内に裏切り者がいるとは……」
マーヤの言うようにスワンに居た侍従は全員、太老の暴走モードの被害に遭い、足腰が立たないくらいのダメージを負っていた。妙に艶っぽい者達が多かったが、何があったのか非常に気になるところじゃ。しかし我を子供と思ってか、誰も教えてくれなかった。
それよりも問題は被害を免れたのが、我とシンシアの二人だけと言う点じゃ。全く持って腑に落ちぬ。
何故、我とシンシアだけが無事じゃったのか? やはり、胸か!? 胸なのか!?
しかしそのようなこと、本人に問い質すことも出来ぬ。ましてや一服持ったなどと説明できるはずもなかった。
「これを先代がお知りになったら、どう思われることか……」
「父皇なら、面白がって話のネタにしそうじゃがな」
「何か? 仰いましたか?」
「い、いや……すまぬ」
身体を小さくして、黙ってマーヤの話に耳を傾ける。
今のマーヤに逆らうのは危険じゃ。怒りが静まるのを待つしかないと覚悟を決めた。
その後マーヤの説教は日が沈み、外が明るくなるまで続いた。
【Side out】
【Side:太老】
「はあ……また、やってしまうなんて」
翌日、またも意識を失うほど酔い潰れ、周囲に迷惑を掛けたことを知り、俺は自己嫌悪に陥っていた。
幸い、ラシャラやシンシアに何もなかったというが、事情を聞いても何があったか誰も教えてくれない。事件の詳細は闇の中。何も教えてくれないということは、余程酷い酔い方をしたに違いない。穴があったら入りたいほどに恥ずかしかった。
(やっぱり、原因はあのジュースだよな……)
恐らく原因はあの飲み物だと思うが、詳細は不明だ。ジュースのように見えて、果実酒か何かだったのかもしれない。風呂で身体が温まっているところにアルコールを摂取すれば、酔いが回って当然。ひょっとすると例の果実≠煌ワまれていたのかもしれない。もっと注意しておくべきだった。
折角ラシャラが歓迎会を催してくれたというのに、全く持って情けない話だ。
「た、太老様! よかったら、これを使ってください!」
「え? ああ、うん。ありがとう」
気晴らしに庭で剣の素振りをしていると、侍従からタオルを差し出された。
昨日の一件以来、侍従達の俺を見る目が変わったような気がする。
以前にも増して優しいというか、誠心誠意尽くしてくれるのはわかるのだが――
「聞いた話だと凄かったらしいわよ」
「うん。太くてとても逞しかったって」
「物凄いテクニシャンだって聞いたわ」
雑談しながら洗濯物を干していた侍従達が、一斉に俺の方へ振り返った。
反応して手を振ると、「きゃあ」と黄色い声を上げて屋敷の中に消えていく。
一体何が起こっているのか? さっぱりわからん。
記憶がないところで、そんなに拙い事をやってしまったのだろうか?
非常に気になるが、こうなってくると恐くて逆に聞き辛かった。
「相変わらずの人気ですね」
「人気……なのかな?」
嫌われていないとは思うのだが、キャイアの言うのとは違うような気がする。
侍従達の視線に晒される度、俺は何故か身の危険を感じていた。
取り返しの付かない何かをやってしまった後のような……そんな心境だ。
「太老様。よろしければ相談に乗って頂きたいことがあるのですが……」
「相談? 俺に?」
「はい」
キャイアから俺に相談を持ち掛けてくるなんて珍しいことがあるものだ。
とはいえ、断る理由がない。気晴らしにもなるかと思い、その相談を受けることにした。
「俺でよければ相談くらい幾らでも乗るよ」
「ありがとうございます。早速ですが……」
畏まった様子で話をはじめるキャイア。
その話の内容は、俺にとって全く予想のしなかったものだった。
【Side out】
……TO BE CONTINUED
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