【Side:太老】

 キャイアの相談。
 それは、コノヱやタツミ達のように、自分も鍛えて欲しいというものだった。
 シトレイユの……しかもラシャラの護衛機師である彼女が、ハヴォニワの聖機師である俺にこんなことを頼んでくるとは思っていなかっただけに、正直どうしたものかと考えさせられた。
 だが意外にラシャラの反応はあっさりしたもので――

「構わぬ。太老さえよければ、キャイアに稽古をつけてやってくれぬか?」

 思ったよりも簡単に許可が下りた。
 彼女なりにキャイアのことは思うところがあったのかもしれない。それを裏付けるように、キャイアの方も少し思い詰めた様子が窺えた。
 当分の間、キャイアはこちらで預かることが決まり、コノヱと同じ正木卿メイド隊で働いてもらうことになった。
 警備部の侍従達と一緒に訓練をすれば、まだまだ鍛える余地は十分にある。ラシャラに委ねられ、鍛えてやると決めたからには中途半端なことはしない。
 それに今後の事を考えると、キャイアを鍛えて置くのは無駄ではないと考えた。

(キャイアが強化されれば、それだけラシャラちゃんの身も安全になるしな)

 最終的には『冥土の試練』Bランクは最低限クリアしてもらうつもりだ。
 王侯貴族の護衛機師を名乗るからには、そのくらいの実力は必要不可欠だろう。
 警備部の侍従で平均Cランク。コノヱやユキネで、もう直ぐAランクに届くかどうかと言ったところだ。Aランクをクリアしたのは今のところ水穂と俺を除けばミツキだけ。上にSランクというのがあるが、あれは完全に水穂を対象とした訓練シミュレーターだった。
 コノヱやユキネも通った道だ。見たところ訓練を受ける前の二人とそう変わらない実力を持っているようだし、後は本人のやる気次第と言ったところだろう。
 自分から言いだしたくらいだ。やる気もあるようだし、多少の事で音を上げることはないはず。半年後が楽しみだと思った。

「でも、その間ラシャラちゃんの護衛をどうしようか?」
「アンジェラとヴァネッサも()るし、聖機人が必要な事態でも起きない限り問題ない」
「んー。でもな」

 ラシャラは何度か命を狙われたことがあるだけに、そこが心配だった。
 聖地なら安全と言っておきながらシンシアが襲われた件もあるし、一応タチコマや侍従達が注意を払っているとはいえ、絶対に安全と言う事はない。
 やはり近くでラシャラを警護する護衛は必要だろう。あっ、それなら。

「決めた。それじゃあ、俺が護衛を作ってあげるよ」
「ちょっと待つのじゃ。護衛を付ける≠ナはなく作る≠カゃと?」

 怪訝な表情を浮かべるラシャラ。しかし俺は変なことは言っていない。
 シンシアとグレースに専用タチコマが居るように、ラシャラ専用のガーディアンを用意しようと考えただけだ。
 普段は光学迷彩(ステルスモード)で姿を隠しておけば邪魔にはならない。それなら一先ず護衛の問題は解決する。俺にしてはナイスアイデアだ。

「大船に乗ったつもりで安心してくれ!」

 丁度こちらで学んで試してみたい技術が、まだ幾つかあったことを思い出す。
 哲学科客員講師。いや、異世界文化研究会の初仕事。

「最高の護衛(ガーディアン)を作ってやる!」

【Side out】





異世界の伝道師 第239話『トリブル王宮機師』
作者 193





 太老の黄金船『カリバーン』や、フローラの万能戦艦『マーリン』の同型艦。黄金の装甲に身を包んだ一隻の船。ハヴォニワの軍工場で製造され、ほんの二週間前に進水式を終えたばかりの軍艦『ガラハッド』が聖地へと入港する。
 この船の主であり部隊を束ねる人物こそ、トリブル王宮機師のモルガ。
 ハヴォニワ王国とトリブル王国の取り引きにより、モルガ率いる王宮機師六名が乗船していた。

「やっと、太老様にお会い出来るのね」
「嬉しそうですね。モルガ様」
「当然よ。あの黄金機師に会えるんだもの。ああっ、出来れば一度戦ってみたいわ」

 太老との戦いを想像し、悦楽に満ちた笑みを浮かべるモルガ。
 そんなモルガを見て、彼女の部下であり同行した女性聖機師達は『またか』と言った様子でため息を吐く。
 モルガが『狂戦士』や『戦闘狂』と呼ばれる所以。それは彼女のこの性格が原因だった。
 力のある者を見ると男女問わず死合いをしたがる癖があり、一度武器を取れば悪鬼羅刹の如き活躍を見せ、敵味方問わず近付く者全てを薙ぎ払う戦場の死神。世界最強クラスの女性聖機師であり、対戦者に不吉と破壊をもたらす最凶最悪の厄災とも呼ばれているのが彼女だった。

 最もその手の噂で言えば、太老も負けてはいない。
 黄金機師の裏側では、究極の破壊神。黄昏の光。金色の魔王など物騒な呼び名は事欠かない。
 太老を恐れる者達からすれば史上最悪の革命家。絶対に戦ってはいけない聖機師ナンバーワンとして、その名が通っていた。
 ハヴォニワの革命にはじまり、貴族の大粛正。更には闘技場の破壊ではなく消滅だ。
 本人に全く自覚のない事とはいえ、これだけのことをすれば貴族達に恐れられるのは当然。既得権益にしがみつく保守的な貴族ほど臆病なものだ。いつ我が身にその災いが降りかかるかと思うと内心穏やかではない者が殆どだった。

「絶対にやめてください。太老様を護る立場にある私達が太老様と戦いたいなど、下手をすれば国際問題になりかねませんよ?」
「でも、訓練なら少しくらい」
「ダメです。モルガ様の場合は絶対に訓練で終わりませんから」

 この派遣部隊の副隊長でありモルガの副官でもある黒髪短髪の女性は、バッサリとモルガの願いを切り捨てた。
 この部隊は王宮機師の中でも、若手の聖機師ばかりで構成された新設の部隊だ。
 トリブル王の思惑もとい開き直りにより、どうせなら新人に経験を積ませよう。上手く行けば『ハヴォニワの三連星』のように、太老の下で化けて帰ってくるかもしれないと期待を込めて選ばれたメンバー。
 それに副官の彼女を含め、この隊のメンバーは何れも聖地で生徒会長をしていた頃のモルガをよく知る人物ばかり。貴族らしくなく集団戦に向かないモルガの部下が務まりそうなのは、王宮機師団の中では彼女達くらいしかいなかった。
 ただこれは国の都合であって、同期と言うだけで面倒事(モルガ)を押しつけられた彼女達からすれば堪った話ではない。卒業と同時にモルガとセットで引き抜かれ、王宮機師の中でも一際浮いた存在として注目を浴び、それは大変な苦労を彼女達は強いられていた。

彼女(モルガ)の所為でチャンスを棒に振って堪るもんですか!)

 モルガ以外の王宮機師は全員同じ事を考え、心の中で決意を口にする。
 不運続きだった彼女達だが、ようやくモルガと同じ隊でよかったと思える転機が訪れた。
 それが今回の王宮機師派遣の件だ。

 太老の名声はトリブル王国にも知れ渡っている。大商会の主にして、大国の大貴族。更には誰もが認める世界最強の聖機師であり……しかも有能な男だ。民衆の受けもよく人格的にも申し分無い優良物件。(あるじ)にするにしても、結婚相手にするにしても、これほど優れた相手はどこを探しても他にいない。
 聖機師の義務である結婚。どうせ子を儲けるのであれば、太老の子を――と考えるのは自然な流れ。それに一聖機師として憧れる部分も少なくなかった。

 他国の聖機師とはいえ、彼女達も例外ではない。口にはださないが、今回の話を喜んだ。
 世界最強の聖機師の下で働けるチャンス。結婚は無理としても、学べることは多い。
 太老と接点を持つということは、それだけでも他の聖機師に勝る大きなアドバンテージになると彼女達は考えていた。
 そのまたとないチャンスをモルガの所為で棒に振るわけにはいかない。
 彼女達が必死になるのもそのためだ。

「ちょっとだけ……ダメ?」
「ダメです。少しは私達の立場も考えてください」

 可愛く強請(ねだ)ってもダメなものはダメ。それで何度騙されたことかと彼女達はこれまでのことを思い出す。学生時代もモルガの自由気ままな行いに、散々振り回されたものだ。今度ばかりは、それを容認することは出来ない。
 試合ならまだしも、モルガの死合い≠認める訳にはいかなかった。


   ◆


 マリアは一人執務室で考え事をしていた。
 太老の指揮下に入ることになった部隊。若者によって構成された経験の浅い部隊とはいえ、聖機人三体に聖機師六人と言う数はかなりの戦力だ。半ば脅しに近いハヴォニワとの取り引きの結果とはいえ、トリブル王がどれだけ太老に期待を寄せているか、それだけでも十分に窺えるほどだった。
 過程はどうあれ、トリブル王国がハヴォニワや太老との関係を重視している証拠だ。

「抑止力としては十分過ぎる戦力ですわね」

 だが実際には、これらの戦力を動かすつもりはマリアもなかった。
 太老に不満を持っている国や教会に対する抑止力になればと考えての派兵だ。
 タチコマや侍従が幾ら優れた力を持っているとは言え、聖機人を絶対兵器とするこの世界では彼女達は抑止力となりえない。実際には数機の聖機人くらいであれば、タチコマとメイド隊だけでも対抗が可能だろうが、それを信じる国や聖機師は少ないのが現状だ。

 その点トリブル王宮機師の実力の高さは、どの国も認めるところ。
 目には目を歯には歯を聖機人には聖機人を――
 これ以上分かり易い抑止力は他に無い。ハヴォニワや太老に反発する者達にバカな考えを起こさせないためにも、王宮機師は居てくれるだけで重要な役割を担ってくれる。教皇や学院長が王宮機師の聖地駐留を許可したのも、それを見越してのことだとマリアは考えた。

「ここまではお母様の計画通り。後は他がどう動くかですが……」

 今気を付けなくていけないのは、シトレイユと教会の二つだ。
 ラシャラが皇位を継いだとはいえ、シトレイユは未だに二つの勢力にわかれている。
 ババルンを頂点とする宰相派と、ラシャラを支持する皇族派だ。
 特に宰相のババルンは油断のならない危険人物だとマリアは考えていた。

 自身の才覚と実力だけで、聖機工から大国の宰相にまで上り詰めたその政治力と手腕は、賢王として知られるシュリフォンの王や、ハヴォニワ統一を成し遂げたフローラと比べても見劣りする物では無い。事実、太老の活躍で皇族派に押されながらも、絶対的なカリスマで支持者を纏め上げ、未だに政治に置いて強い影響力を誇示していた。
 特に外交や軍事方面については、ババルンに一日の長がある。ラシャラの基盤は父と母から受け継いだ皇族派の支持貴族と、正木商会の後ろ盾があってこそだ。
 長い歳月を掛けて政治基盤を築き、外交ルートを開拓してきたババルンに半年や一年で対抗できるはずもなかった。
 太老の協力があるとはいえ、経験で劣るラシャラがババルンに拮抗できているだけでもかなり凄い事だと言える。
 太老と出会わなければ国の実権は全てババルンに握られ、ラシャラはお飾りの皇として権力者達の傀儡にされていても不思議ではなかった。
 ラシャラ自身そのことは一番よく理解しており、だからこそ太老に対する感謝を忘れた事は無い。国益を考えた結果というのもあるが、太老との婚約を決意した理由はそこにあった。

 そして教会。教皇やその孫であるリチア。それに学院長とは比較的友好な関係を築けているとはいえ、教会も一枚岩ではない。平和的な話し合いを主張する穏健派と、遺跡に関する危険な技術は全て教会で管理すべきとする強硬派。彼等は正木商会の保有する技術が全て、先史文明に関わる技術だと決めつけ、その技術を譲渡し教会に管理を委ねるべきだと主張を繰り返していた。
 勿論実際のところは自分達の知らない技術を保有する正木商会とハヴォニワを危険と考え、将来教会に取って代わられることを恐れての行動なのだが、そんなことはハヴォニワと商会も承知している。だからこそ、危険な技術ではないことをアピールしつつ、公開できる情報は公開して他国を味方につけながら教会の主張を牽制していた。

 だが、表向き国は豊かになり民の暮らしは向上してきているとはいえ、一つでも均衡が崩れれば、いつ大きな戦争に発展してもおかしくない、危ういバランスの上に成り立つ平和が続いている。
 急激な変化は大きな軋轢を生む。その歪みが限界に達した時、大陸中の国を巻き込んだ大きな戦争が起こるのではないかと、マリアはそのことを危惧していた。
 フローラも水穂も、そうなることを予想した上で準備を進めている傾向が見受けられる。連合の設立をはじめとした教会に依存しない国々の囲い込みがその最たる例だ。
 一年か二年か。もしくはもっと早くか。その嫌な予感が現実となる日は近い。
 そう考えると、トリブル王宮機師の派遣。この事実が未来を啓示しているかのように、マリアには思えた。

「何も起こらないに越した事はありませんが、やはり準備は念入りにしておく必要がありますわね」

 この世界の問題は、本来この世界の住人である自分達が解決すべき問題。
 太老や水穂に頼ってばかりはいられないと、マリアは今の自分に出来ることを考えていた。





 ……TO BE CONTINUED



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