【Side:太老】

 実に堪能させてもらった。
 今やハヴォニワの名物ともなっている『にゃんにゃんダンス』をマリアとシンシア、それにグレースの三人が踊るのだ。素晴らしくないはずがない。まさに芸術の域に達した『萌えの境地』を堪能させてもらった。その証拠に会場には『アンコール』の声が響き、拍手の嵐が巻き起こった。
 マリア教の信者は着実に、ここ聖地でも数を増やしている。シンシアとグレースのファンも大勢いるって話だしな。
 やはり可愛いものを愛でる精神は、世界共通なのだと再確認させられた。

「お兄様、異世界文化研究会は何もなさらないのですか?」
「いや、準備は終わってるよ?」
「ですが……」

 マリアは午前の発表会に参加しなかったことを気にしているのだろう。
 ただ、俺達の発表は施設内では行えない。そこそこ大掛かりなものなので、異世界文化研究会の発表は後夜祭ですることになっていた。
 そのことをマリアに説明すると、なんだか微妙な顔をされる。

「大掛かりですか。それ、大丈夫なのですか? いえ、お兄様を疑うわけではないのですが……」
「マリアは心配性だな。大丈夫だって。シンシアだけでなくワウやグレースも今回は張り切ってたからね」
「ワウアンリーが……。寧ろ、余計に不安なのですが……」

 確かにちょっとマッドなところはあるが、ワウはあれで腕は確かだからな。俺的には大丈夫だと信用している。
 それに今回はシンシアやグレースも付いているからな。シンシアがグレースの抑え役に回ってくれるはずだ。
 ちなみに俺は生徒会の仕事があるので、今回は余り手伝えなかった。ラシャラの専用ガーディアンの製作もあるしな。
 一応、図面を引いたりアドバイスはしたのだが、実質準備をしたのはあの三人だ。まあ、きっと大丈夫だろう。

「ところで、ラシャラちゃんはどうしたんだ?」
「なんでも午前の障害物競走で皆が剣士さんに賭けていたらしく、それで大損したそうですわ」

 昼休み。半ば放心状態で膝を抱え蹲っているラシャラを見つけ不審に思いマリアに尋ねてみると、そんな答えが返ってきた。
 そう言えば、大会のブックメーカーを認める代わりに、生徒会の方に違法者の摘発と治安維持はラシャラに任せるみたいな報告が上がってたな。
 もしかして、それか?

「ということは、マリアも剣士に?」
「はい。私も勿論、剣士さんに賭けましたわ。侍従達も全員そうかと」

 なるほど……それでラシャラが塞ぎ込んでいるわけか。自業自得とはいえ、哀れな。
 まあ、俺でも剣士に賭けただろうしな。剣士のことを知る人間としては、前提として賭けになってないような気がする。
 アルバイトを導入してから剣士と接する人達は増えているし、その人間離れした体力と働きぶりは職員や生徒の間で有名だ。
 それを知っていれば、単純な体力勝負なら剣士に票が集まるのも当然と言えた。
 でも、他にも賭けの対象となる競技はあるだろうに。午後からは、この大会一番の目玉の武術大会もあるしな。

「でも、別に障害物競走だけってことはないだろう? 午後からは武術大会もあるわけだし」
「それこそ、結果が分かりきっているではありませんか?」
「へ? なんで?」
「私は当然、お兄様に賭けましたわ。マリエルや侍従達もそうかと」

 マリアや侍従達が応援してくれる気持ちは嬉しいが、だからって俺が優勝するとは限らないだろう?
 モルガも『狂戦士』の名を持つ凄腕の聖機師だって話だし、セレスも気合いを入れて試合に臨んでくるだろうしな。
 教師であるミツキは参加できないがキャイアやユキネも参加しているというし、今朝少し話したがコノヱもエントリーしているらしく随分と気合いの入っている様子だった。
 今更だけど、一般参加ありってのは無茶なルールだと思う。どこの天下一武道会ですか?

「もしかして、お兄様。手を抜かれるおつもりなのですか?」
「いや、精一杯頑張るつもりだけど、俺が優勝するとは限らないだろう?」
「それは一体……」
「まあ、セレスとの約束もあるしな。頑張って、そこまでは勝ち上がってみるさ」

 俺だって参加する以上は優勝したいが、勝負は何があるかわからない。
 そもそも生身や聖機人ではなく動甲冑の試合である以上、条件の上では全員同じだ。それだけに確実に勝てるとは言い切れない。
 ただまあ、セレスとの約束もあるしな。俺に出来る範囲で頑張るつもりではいた。

【Side out】





異世界の伝道師 第250話『聖機師の矜持』
作者 193






【Side:マリア】

 お兄様はもしかして武術大会の参加に乗り気ではないのだろうか?
 でも、だとすれば障害物競走に参加せず、体力を温存した理由が腑に落ちない。

「どう思います? ラシャラさん」
「我にそれを訊くか……?」

 うんざりと言った様子で、ため息を漏らすラシャラさん。
 まあ、確かにラシャラさんとしては、お兄様に負けて頂いた方が今回に限って言えば助かる。
 でも、それを言い出せないのは、ラシャラさんの立場がそれを許さないからだ。

「障害物競走ではなんでもブックメーカー自ら不正があったと報告が上がっていますが?」
「ぐっ! それはじゃな……」
「剣士さんに見破られて、上手くいかなかったみたいですね」
「なんなのじゃ、あ奴はっ! 我の折角用意した罠を尽く回避しおって!」
「まあ、剣士さんですし……」

 お兄様が認めるほどの実力者なのだ。ラシャラさんの姑息な手が通用するはずもない。逆に言えば、同じ手はお兄様にも通用しないということだ。
 ラシャラさんが黙って試合の結果を待つしかないのは、その辺りの事情も関係していた。無駄とわかっていてリスクは冒せないと言う訳だ。
 問題はお兄様の狙いだ。あの様子では、本気で優勝を狙われているようには思えない。
 でも、万全の状態に体調を整えていることからも、やる気は感じ取れる。特にセレスさんとの戦いを楽しみにしておられるような……。

「お兄様は何を……」
「簡単ではないか。セレスとの決闘を太老は受けたのであろう? ならば、セレスとの決闘に最高のコンディションで挑むつもりなのじゃろう。太老にとって大会の優勝とは、ついでに過ぎないのであろうな」
「それではセレスさんが……」
「当然、勝てぬじゃろうな。実力も経験も違い過ぎる。赤子と大人の喧嘩じゃ」

 それがわかっていて、お兄様は全力でセレスさんを潰そうとしている?
 ハヅキさんのことを本気でセレスさんから奪い取るつもりなのだろうか?
 いえ、お兄様に限ってそんなことは――

「本当にわからぬのか? 太老は聖機師なのじゃ、本物のな」
「本物の聖機師……」
「セレスの想いを受け、それに全力で応えようとしている。だから、太老は決して手など抜かぬよ」

 少しだけ、わかる気がした。お兄様は戦士なのだ。それも世界最強と言われる聖機師。
 いつも他者のことを気にかけ、身分に隔てなく優しいお兄様だが、そんなお兄様にも絶対に譲れない聖機師としての誇り――武人としての矜持がある。
 最強の聖機師に決闘を挑む。それは、どれほどの勇気がいる行動なのだろう?
 無謀と笑う人がいるかもしれない。身の程を弁えない奴と嘲笑う人がいるかもしれない。
 それでもセレスさんは衆目の前で、お兄様に決闘を申し出た。そして、そんなセレスさんの想いをお兄様は受け取った。
 だからこそ、全力でセレスさんの想いに応えようとされているのだ。でも、そのことをラシャラさんに教えられたのが少し悔しかった。

「男には勝てぬとわかっていても、やらねばならぬ勝負があるのじゃ。今のセレスがまさにそうじゃの」
「随分と男心に詳しいのですね?」
「御主は太老しか見ておらぬからの。もう少し見識を広めた方が良いぞ」

 勝ち誇った顔をするラシャラさん。でも、確かにラシャラさんの言うことにも一理あった。
 思い当たる節が幾つかある。ライバルを蹴落とすこと、お兄様に気に入られることばかりを考えていて周りが見えていなかった。私はまだ視野が狭いのだろう。実力も経験も、何一つ足りていない。
 だから、もっと努力しよう。いつの日か、お兄様の横に並び立てる立派な淑女になれるように――

「負けませんわ。ラシャラさんには絶対に」
「それはこっちの台詞じゃ」

 お互いに意思を確かめ合う。
 お兄様の寵愛を最初に受けるのは私だ。ラシャラさんでも水穂お姉様でもない。
 例え他のことで負けていても、これだけは絶対に譲ることは出来なかった。

「でも、そうすると益々お兄様の優勝は揺るぎないのでは?」
「ぬああああっ! セレスめっ! 余計なことをしおって!」

 優勝に興味がなくとも、お兄様が本気になったということは、セレスさんに限らず誰もお兄様に勝てないだろう。
 さっきまでのいい話が一転、やはりラシャラさんはラシャラさんだと再確認した。

【Side out】





 本選の組み合わせが発表された。
 セレスは電光掲示板に表示された組み合わせ表を確認して目を見開いて驚く。

「ダグマイア・メスト……」

 メスト家の嫡子。あのシトレイユの宰相ババルン・メストの息子ダグマイア・メストが、セレスの一回戦の対戦相手だった。
 ダグマイアは太老に比べれば余り目立った存在ではないが、尻尾付きの有能な聖機師で若手の男性聖機師のなかでは太老を除けば一番の実力者と評価されている人物だ。実際、学院のなかでも上から数えた方が早い剣術の使い手だ。実力では太老に劣るとはいえ、確実に今のセレスより強い。
 でも、ダグマイアとの試合に勝てば、二回戦で太老と当たる。それだけに負けられないとセレスは気合いを入れる。

「ダグマイアさん、頑張ってください!」

 思い掛けない名前を耳にして、セレスの身体が震えた。
 後からした声の主を確かめるようにセレスは振り返る。そこにはダグマイアと、その取り巻きの姿があった。
 一時、ダグマイアから距離を取っていた彼等だが、クリフ・クリーズが怪我を負いグループのリーダーの座から失脚し、セレスの件もあって太老に取り入れないと知るや、手の平を返したかのように再びダグマイアの周りに集まるようになった。
 元々、長いものには巻かれろといった感じで処世術には長けた連中だ。聖機師の誇りもなければ志もない。ただ、欲しいのは権力と金だ。
 今は太老とのいざこざが原因で求心力を失っているとはいえ、ダグマイアがメスト家の跡継ぎであることに変わりはない。有能な男性聖機師として将来を有望され、シトレイユの重臣になるかもしれない逸材だ。彼等がダグマイアに再び取り入ろうと考えるのも無理からぬことだった。

「ん……」

 セレスに気付いた様子で、視線をセレスに向けるダグマイア。
 取り巻きの男子生徒も気付いたようで、セレスに対し厳しい視線を向けてくる。

「セレスじゃないか。お前、正木卿に喧嘩を売ったんだってな」
「身の程しらずなんじゃねーの? これだから一般出の聖機師は無知で困るよ」
「そういや、こいつ平民の女と出来てたらしいぜ」
「ああ、それで正木卿に決闘を申し込んだんだろ? 女を寝取られた腹いせに」
「でも、その平民の女も上手く取り入ったよな」

 セレスを小馬鹿にするようにゲラゲラと大声で笑う男子生徒達。セレスは何を言われても構わなかった。
 実際、太老に決闘を申し込むということは、恩を仇で返すようなことだ。自分のしていることが彼等の言うように、無謀な行為だということは理解している。
 それでも、ハヅキのことをバカにされるのだけは許せなかった。

「――やめろっ!」
「ダグマイアさん……」

 セレスが彼等に一言いおうとした、その時。先に声を上げたのはダグマイアだった。
 まさか、ダグマイアが男子生徒を止めてくれるとは思っていなかっただけに、セレスは戸惑いを見せる。

「正木太老に決闘を申し込んだそうだな」
「……はい」
「だが、奴と二回戦で戦うのは俺だ。俺には奴と戦う理由がある」

 射貫くような視線。ダグマイアの放つ威圧感に気圧されながらも、セレスはグッと堪えた。
 昔のセレスなら、ここで目を背け逃げ出していたはずだ。でも、ダグマイアの本気を感じ取り、セレスは尚更負けられないという衝動に駆られる。

「僕にもあります。戦う理由が……だから負けられません」

 僅かに体を震わせながらも、セレスはダグマイアを鋭い視線で睨み返す。
 ダグマイアに太老と戦う理由があるように、セレスにも譲れない理由があった。
 それだけに一歩も引けない。実力の差がはっきりしていても、セレスには負けられない理由がある。

「そうか。ならば、試合で決着をつけるだけだ」
「望むところです」

 取り巻きの男子生徒達はまだ何かを言いたそうだったが、ダグマイアが去るとその後を追うように立ち去っていった。
 セレスは緊張の糸が切れるように「はあ……」とため息を漏らす。

「ダメだな、僕……」

 へろへろと床に座り込むセレス。本音を言えば恐かった。逃げ出したいくらいに――
 でも、ハヅキの顔を思い浮かべると出来なかった。
 ハヅキに今の自分を見てもらうと決めた。だから、恥ずかしいところは見せられない。
 セレスにとって、この試合は遊びなんかじゃない。人生を左右する一番勝負だ。
 そのためにセレスは試合に臨む。ダグマイアに勝って、太老と戦うのだと覚悟を確かめるように反芻する。

「でも、やらないと……勝って、ちゃんとハヅキに自分の口から言うんだ」

 セレスにとって絶対に譲れない戦いが幕を開けようとしていた。





 ……TO BE CONTINUED



押して頂けると作者の励みになりますm(__)m


<<前話 目次 次話>>

作品を投稿する感想掲示板トップページに戻る

Copyright(c)2004 SILUFENIA All rights reserved.