【Side:太老】

 対戦の組み合わせ表を確認して、俺は絶望した。
 何? この作為的な組み合わせは……壮絶的に俺の運がないと見るべきか?
 一回戦でモルガとなんて、どんな罰ゲームだ。よりにもよって一番戦いたくなった相手が一回戦の相手とは……。
 事実上の決勝戦とか言って周囲は盛り上がっているが、俺からすると罰ゲームにしか思えない。最悪だ。このピンチをどうやって乗り切るべきか?
 いや、まあ『本当に勝てないのか?』と問われれば、モルガの戦いを見たことがまだないので何とも言えないが、コノヱやユキネくらいの実力ならなんとかなるとは思う。
 でも『狂戦士』と名前の付く相手と、好きこのんで戦いたいと普通は思うか? 否、思わないだろう!

「太老様、応援してます! 私達の積年の恨みをここで晴らしてください!」
「モルガなんてコテンパンにのしちゃってください! ええ、そのためなら一肌でも二肌でも脱ぎますよ!」
「ううん、勝ったら勝ったで目を付けられてまずいかも……あ、でも大丈夫ですよね。もう、とっくにロックオンされちゃってますから!」

 そんなにモルガに恨みがあるのなら自分でやってくれ。俺だって嫌だ。
 気持ちはわからなくないが本当に脱ぐな。誰かに見られたらどうする気だ。
 最後の一言は余計だった。余程ストレスが溜まってるんだな。トリブル王宮機師団も……。

「そう言えば、セレスの一回戦の相手って……」

 ダグマイアとだったか? ううん、正直どっちか勝つかわからん。
 過去に俺は二度ダグマイアと戦っているが、はっきり言って親の威光を笠に着たダメ息子というイメージが強かった。
 剣術の腕はそこそこだと思うが男性聖機師にしてはマシという程度で、コノヱやユキネに比べればずっと下だ。
 はっきり言って、俺でもアイツ程度なら体術や剣術だけで圧倒できる。技術はそこそこでも圧倒的に経験と覚悟が足りてないからな。

「セレスって、そういやどのくらいの腕なんだ?」

 何度か剣士と稽古をしているところを見たことはあるが、あくまでそれは訓練での評価だ。実戦のセレスが、どの程度やれるのか俺は知らなかった。
 低ランクのものだが、冥土の試練も攻略しているという話だし、そこそこやるとは思うんだが……さすがにユキネやコノヱほどじゃないだろうしな。
 技術的にはダグマイアより下かもしれないが、遥か格上の剣士と毎日鍛錬をしていて低ランクとはいえ冥土の試練を攻略しているのなら経験値ではダグマイアを上回っているかもしれない。
 あれ? 意外と良い勝負をする? 楽勝とまでは言わないが勝てるんじゃないか?

「やっぱり問題は俺の方か?」

 セレスの心配は必要なさそうだと悟ると、自分のことが心配になってきた。
 モルガに睨まれると、なんか身体が反応しちゃうんだよな。猛禽類にロックオンされたみたいに……。
 試合そのものよりも、食われないか我が身が心配になってきた。
 うむ、手加減とか考えてたらヤラれる。最初から全力を出そうと俺は固く心に誓うのだった。

【Side out】





異世界の伝道師 第251話『裏方の苦労』
作者 193






 メスト家の独立寮。その地下に設けられた薄暗い大きな部屋に、十数人からなる男達の姿があった。
 ここはユライト・メストの秘密工房だ。
 そして男達はメスト家に仕える使用人にして、ババルンが聖地へ送り込んだ軍の工作員でもあった。

「まさか、こんな結果になるとは予想外でしたが……」

 部屋の中央には聖地を模した地図があり、赤く輝く光点が怪しく地図の上で存在感を主張していた。
 午前の部の目玉として障害物競走を競技にねじ込んだのは、ユライトの発案だった。そうしたのは太老を障害物競走に出場させたかったからだ。
 しかし、彼なら間違いなく出て来ると予想していたのだが、その当ては外れてしまった。

(一時は、こちらの狙いを読まれたのかと焦りましたが……)

 そんな時、ユライトにとって予想外の出来事が起こった。それが柾木剣士だ。
 太老を障害物競走に出場させたかったのは、聖地に隠されている探し物の在処を確かめたかったからだ。
 聖機神が反応を示した白い聖機人の件もある。ならばドールをも上回る高い亜法耐性を持つ太老にも反応するのではないかと予想してのことだったのだが、それが剣士に反応したとなると――ある憶測がユライトの脳裏に過ぎる。

(やはり彼はあの白い聖機人のパイロット……)

 正木太老の関係者であるという点、そしてユライトの手元にある資料がその可能性を示唆していた。半年前にシトレイユの森で保護されたという少年の調査報告書だ。
 その後、少年を保護して手駒とするため軍で訓練を課していたが、その最中に邪魔が入り、少年は何者かの手引きによってシトレイユを脱出したと調査報告書には書かれていた。
 これが剣士ではないかとユライトは当たりを付ける。太老やドールクラスの高い亜法耐性を持つ聖機師が何人も現れるとは考え難いし、カレンと剣士が聖地へ現れたタイミングから考えても白い聖機人のパイロットが剣士と考えた方がしっくりと来る。そして今回の件だ。

「これは、アタリですかね」

 駒は揃ったとばかりにユライトは笑みを浮かべる。
 既に疑われている以上、余り時間をかけるのは得策ではない。そろそろ行動に出るべきだろうとユライトは考えていた。
 そして、それは彼の兄――ババルン・メストも理解している。チャンスは一度きりだ。
 例えそれが地獄への片道切符でも、彼は後に引き返すわけにはいかなかった。


   ◆


 学院行事の運営は、すべて生徒に委ねられている。それは勿論、生徒に経験を積ませるためだ。
 生徒会の役員と言えば、世界中の王侯貴族が集う学院の華だ。彼等は将来それぞれの国の重要なポストに就くことが決まっている特権階級の子息女。謂わば生徒会とは、学院を国家に見立て運営と自治を生徒に委ねることで、将来のために知識と経験を積ませる場所でもあった。
 競武大会実行委員。生徒会と生徒会役員によって選出された生徒のみで構成された大会の運営委員だ。
 黄金の闘技場に隣接された管制室。リチアはそこで競技を円滑に進めるため各部署に指示を送っていた。

「まさか、よりにもよって一回戦からこの二人がぶつかるなんて……」
「事実上の決勝戦だって凄く盛り上がっていますよ」

 リチアは公表された武術大会の組み合わせ表を見て頭を痛めていた。
 一回戦からよりによって太老とモルガが当たるなんて、二人のことをよく知るリチアからすれば悪夢としか思えない。
 特に問題はモルガだ。出来ることなら太老と当たる前に、彼女には途中で試合を敗退してくれないかとリチアは考えていた。
 ラピスの言うように確かに大会は盛り上がっているが、素直に喜べない点がそこにある。

「ラピス。あなたは随分と落ち着いているようですが……」
「他の方ならともかく相手は太老様ですから。恐らく大丈夫ではないかと」

 寧ろ、太老以外にモルガを確実に止められる選手は他にいないとラピスは考えていた。
 ユキネやコノヱも凄いが、どれだけ凄くてもモルガとの実力は僅差と言ったところだろう。
 次点でキャイアなどが名乗りを挙げるが、彼女ではモルガに勝てる見込みは薄い。
 試合で怪我を負う可能性が高いという点では、寧ろ実力が伯仲している彼女達の方が危険だ。

「戦いに夢中になって、お互い暴走しないか心配なのよ。結果、聖武会の時のようになれば大惨事だわ」

 勿論ラピスの言うように、太老なら実力の程は心配ないとリチアも信頼している。幾らモルガが凄腕の聖機師でも、世界最強と謳われる『黄金機師』に勝てる程とは考えていない。あの闘技場を消滅させた太老の力を目の当たりにしていれば尚更だ。
 問題はあの二人が試合に夢中になって、戦いがエスカレートしないかと言ったことの方がリチアは心配だった。
 モルガは『狂戦士』の名で知られる戦闘狂だ。特に戦闘に意識を集中した時の彼女は苛烈さを極め、敵味方区別なく目に映る敵すべてを破壊するまで止まらないことから、その二つ名がついたという恐ろしい逸話まである。
 対して太老も普段は温厚で優しい性格をしているが、ハヴォニワの大粛正や男性聖機師への対応からも敵意を持つ者に対しては容赦のない性格をしていることがわかっている。試合であれば手加減はしてくれるものと期待はするが、相手があのモルガではどういう方向に転ぶかわからないとリチアは危惧していた。

「あの……その心配はいらないかと」

 そーっと手を挙げてリチアに声をかけたのは、生徒会の実行委員でもあるイエリスだった。
 ここ最近は太老の下で、競武大会の準備を補佐していたグループのリーダーだ。今ここにはいないが普段はレダにブール、それにグリノという三人の少女と行動を共にしている。特にイエリスはリーダーシップに優れ、実行委員のなかでもリチアが一目を置く生徒だった。

「心配がないというのは?」
「大会の前に何度か太老様の訓練にご一緒させて頂いたことがあるのですが、動甲冑では全力を出せないようで……」
「全力が出せない?」
「太老様の反応速度に動甲冑の方がついていけないみたいなんです。報告が上がっていたと思いますが、前に何体か動甲冑の修理が依頼されたことを覚えておられますか?」
「ええ……まさか」
「はい。太老様が全力で動甲冑を動かされてああなったんです」

 イエリスの話に言葉が出ないと言った感じで、唖然とした顔を浮かべるリチア。これにはラピスも驚いた様子で両手で口を押さえていた。
 そう言えば――と教会に以前、ハヴォニワから聖機人の修理の依頼があったことをリチアは思い出す。
 その報告によれば組織の劣化が酷く、破壊されたというよりは何か大きな力に耐えきれず自壊したと表現した方がいい壊れ方だったそうだ。
 これには教会の技術者達も大変驚いていたのでリチアもよく覚えていた。

(太老さんは全力を出せない? 確かに聖機人で耐えられないのなら、その可能性は高いですわね)

 それに聖武会の件も闘技場の消滅に目が行きがちだが、聖機人のダメージも酷かった。
 修復すら困難なほど組織が劣化しており、亜法動力も再利用が不可能なほどオーバーロードを起こし壊れていたのだ。
 ただの一回。太老の一度の全力にも聖機人が耐えられなかったことを、それは示していた。
 考えてみれば、イエリスの言うとおりだとリチアは考える。聖機人が耐えられないのであれば、動甲冑が太老の動きについていけないのも道理だ。ならば、以前のように闘技場が破壊される心配もない。寧ろ、太老は全力を出せないというハンデを背負って試合に臨まなければいけないのだとリチアは理解した。

「確かに、それなら……でも、そんな状態で太老さんは大丈夫なのかしら?」
「大丈夫だと思います。レダにブール、それに私とグリノの四人がかりでも、太老様に一撃も入れることが出来ませんでしたし……」

 イエリス達はキャイアやアウラのような尻尾付きの聖機師を除けば、女生徒のなかでも非常に優秀な成績を収める聖機師だ。その彼女達を四人相手にして一撃も食らわずに勝利を収めるなんて真似はリチアにも出来ない。いや、そんな真似が可能な聖機師が果たしてどれだけいることか。
 それは動甲冑でも、マスタークラスの実力を発揮できるという証明に他ならなかった。

「以前、ヴォルデ様に稽古をつけて頂いた時のような感覚を味わいました」

 ヴォルデ・ポ・チーナ――教会最強の聖機師と名高いリチアの母親だ。
 その実力は聖武会で優勝経験のあるフローラに匹敵するとまで言われ、世界トップクラスに名乗りを挙げる凄腕の聖機師にして武芸の達人だった。
 イエリスも教会側に所属している関係から、過去ヴォルデに武術の指導をしてもらったことがある。それでも実際に太老との実力差を目の当たりにした時の絶望感は大きかった。
 そのイエリスから見て、モルガは間違いなく若手のなかでは最強に入る使い手だが、世界に名を馳せる経験豊富な聖機師に比べればまだまだ荒削りだ。その点で言えば太老は亜法耐性の高さも然ることながら、その実力も若手のなかでは逸脱していた。
 あの規格外の亜法耐久値と『黄金の聖機人』にばかり目が行きがちだが、太老自身の実力も世界最強クラスであるとイエリスは考えていた。

「確かにそれなら先輩でも敵わないでしょうね。でも、だとすると由々しき問題が一つあるわ」
「リチア様、それって……」

 リチアの心配事に気付いた様子で、ラピスは不安げな表情を浮かべる。

「ええ、先輩にとって太老さんはまさに最高の獲物。理想的な男性聖機師ということになるでしょうね。しかも太老さんは全力を出せないとなると、もしかしたら……もしかするかもしれないわ」

 生身や聖機人での戦いなら太老に軍配が上がるのは間違いない。しかし動きを制限され全力を出せない動甲冑は、太老にとって足枷にしかならない。動きの上限が自ずと決められるということだ。
 そしてモルガは動甲冑のポテンシャルを限界以上に引き出す実力の持ち主だ。そこから白熱した試合が予想される。
 イエリスも自分で口にしておいてなんだが、その可能性に行き着き顔を青ざめた。
 前回の闘技場消滅などの被害ばかりに目が行き、そのことを失念していたのだ。

「試合がエスカレートして、本気の戦闘に発展しなければいいのだけど……」
「まさか、動甲冑でそんなことは……」

 イエリスはそこまで言いかけて、ミツキが武舞台を破壊したことを思い出し言葉を詰まらせた。
 その時、イエリスはその場にいたのだ。

(ミツキ先生は、太老様の方が自分より遥かに強いと仰っていたような………)

 聖機人でなかったら大丈夫だと予想した考えを、イエリスは甘かったのではないかと改める。
 ただの噂話と切り捨てていたが、聖機人を生身で倒したメイドの話もあるのだ。
 太老様ならありえる――とイエリスの額に嫌な汗が流れた。

「リチア様。お二人の試合の審判ですが、どうなさいますか?」
「そうね、イエリス。あなたにやってもらいましょうか」
「わ、私がですか!?」
「危険で誰もやりたがらないでしょうし、ここはあの二人のことをよく知るあなたが適任だと思うわ」

 それならリチア様だって――と口にしたい言葉をイエリスはグッと我慢する。
 あそこで余計なことを言わなければと、今になって後悔するイエリスだった。





 ……TO BE CONTINUED



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