【Side:太老】
無断外泊は以前にもあったが、ドールが帰って来ない。
「何やってるんだ。あいつは……」
腹を空かせたら帰ってくるだろうと、俺も最近忙しかったので放置していたのだが、寮に戻らなくなって一週間が経とうとしていた。
家族と仲直りして家に帰ったと言うのなら良いことだが、それなら一言くらいはあって然るべきだ。
なんらかの事件に巻き込まれている可能性もあるだけに、さすがにこのままにしておくわけにはいかなかった。
「こっちか?」
俺の言葉に頷くように、コロたちが先導するように走って行く。
聖地は広い。闇雲にドールの姿を捜したところで見つかるはずもないので、コロたちに協力を求めたと言う訳だ。
剣士なら可能かもしれないが、さすがににおい≠ナ人捜しをするなんて真似は俺には無理だからな。
「ここか?」
そうして後を追っていると、コロたちが一軒の独立寮の前で足を止めた。
マリアやラシャラの独立寮と比べても見劣りしない立派な屋敷だ。
恐らく、かなり裕福な大貴族が住んでいると考えて間違いないだろう。
「インターフォンは……ないよな?」
勝手に敷地内に入るのも気が引けるが、門番もいないのでは仕方ない。先を行くコロたちの後を追って門を潜ると、そこには手入れの行き届いた見事な庭園が広がっていた。
フランスのヴェルサイユ宮殿を彷彿とさせる庭園は、前に見たシトレイユの様式に近い気がする。ハヴォニワはどちらかと言うと、なんちゃって日本庭園みたいなのが多いしな。ラシャラはそういうことに金を遣わないタイプなので、これほど庭園に金を掛けている独立寮と言うのは聖地にきてから初めて見た。
想像以上に大物の貴族が住んでいるようだと考えながら、庭園の丁度中心付近にある噴水に辿り着くと――
「ちょっ、アンタたち急に集まってきて何よ!」
無数のコロに纏わり付かれている制服姿の少女を発見した。ドールだ。
「た、太老!? どうしてここに!?」
俺に気付いたようで、逃げながらも驚いた様子で大きな声を上げるドール。
しかし、そうこうしている間もコロたちの猛追は止まらない。
あ、スカートのなかに一匹入っていった。
「あっ、そこダメ! い、いや……見てないで助けなさいよ!」
艶めかしい声を上げながら助けを求めるドールを見て、俺は溜め息を漏らしながら助けに入った。
異世界の伝道師 第261話『家庭の事情』
作者 193
「くっ、屈辱よ……。こんな辱めを受けるなんて」
乱れた衣服を直しながら、頬を紅く染めて涙目でそう話すドール。
うん。まあ、コロたちにも悪気はなかったのだと思う。
それに、あんなことになるとは思ってもいなかったが、ドールを捜してくれと頼んだのは俺だしな。
怒り心頭のドールを見て、そのことは言わない方が良いだろうなと思い、黙っていることにした。
「……それで? こんなところまで何しにきたのよ」
パンパンとスカートの埃を払いながら、ドールは不機嫌さを隠そうともせず、そう尋ねてきた。
一言もなしに出て行った家出娘とは思えない大きな態度に、俺は若干呆れた様子で答えた。
「お前を連れ戻しにきたに決まってるだろ」
「……はい?」
ドールをマリアの寮に住まわせることを決めたのは俺だ。となれば、俺には最後まで彼女の面倒を見る責任がある。
このまま実家で暮らすと言うのならそれでもいいが、世話になった人たちには別れの一言くらいあって然るべきだろう。
マリアやマリエル。それにドールによく懐いていたシンシアなど、きっと心配しているはずだ。
「本気なの? だって、私は……」
何か込み入った事情がありそうだと、ドールの反応を見て俺は察する。
余り他人の家庭に踏み込むのは野暮だと思い、俺はこれまで詳しく事情を聞こうとはしなかった。
だがドールのことを俺は、いまでは本当の家族のように思っている。
「ドール。いま、家には誰かいるか?」
「え……それは、いるにはいるけど……」
「じゃあ、案内してくれ。お前の保護者≠ニ話がしたい」
余計なお節介かもしれないが、こんな風に悲しい顔を浮かべる少女を放って帰るような真似が出来るはずもなかった。
◆
――と、意気込んでドールの家族との面会を申し出たは良いのだが、
「まさか、太老さんが尋ねてくるとは思ってもいませんでした」
俺もユライトがこの家の人間、ドールの保護者だとは思ってもいなかった。
まさか、ドールの仕えている家がメスト家だったとはな。世間の狭さを実感する。
ということは、前に言ってた喧嘩したお兄さんと言うのは、ダグマイアのことだったりするのか?
これは俺が思っていた以上に、複雑な家庭の事情がありそうだ。
「それで今日はどのような御用件でしょうか?」
「わかっているでしょう? ドールの件ですよ」
だが相手が顔見知りだからと言って、俺は甘い対応をするつもりはなかった。
込み入った事情があるのは察することが出来るが、だからと言ってドールを悲しませていい理由にはならない。
ドールにも問題はあるのかもしれない。なら尚更のこと彼女とちゃんと向き合い、家族で話し合うべきだろう。
ダグマイアの件といい、どうもその辺りが不器用というか、傍から見ていて放って置けないと言うのが俺の抱いた印象だった。
「……具体的にどうしろと?」
「彼女とちゃんと向き合って、話を聞いてやって欲しい。それが出来ないなら、強引にでも俺は彼女を連れて帰ります」
最終的にどうするかを決めるのはドールだが、このまま彼女を見捨てるという選択肢は俺にはない。
ユライトには悪いが問題を解決する意思が感じられない場合は、強引にでもドールを連れて帰るつもりで俺はいた。
本当なら親しい人たちと引き離すような真似はしたくない。だが場合によっては距離を置くことも必要だ。
それにドールの問題は彼女一人の力では解決は難しいように感じた。恐らくそれは――
「立ち入った話を聞くつもりはありません。恐らく彼女の出生に理由があるのだと察しは付きますから……」
「――ッ!?」
ユライトの驚く顔を見て、俺は確信する。やはりドールはババルンの隠し子か何かなのだろう、と――
それならダグマイアのことを兄≠ニ呼ぶ理由にも説明が付くからだ。
恐らくは正妻の子ではなく、妾や愛人の子供。ダグマイアとは腹違いの兄妹か何かなのだろう。
そう考えると、ドールがメスト家で使用人として働いている経緯も想像が付く。
特権階級の家には後継者問題など、いろいろと厄介な問題が付き纏うと言うしな。
「ダグマイアは?」
「……彼なら帰ってきてません」
なるほど……。
ドールが何も言わずに実家に戻ったのは、そういうことか。
ババルンも近々、聖地へやってくると言う話だし、考えようによっては良い機会かもしれないと俺は考えた。
「では、ドールのことで話がしたいと、ババルンに伝言をお願い出来ますか?」
「……兄上に? 本気なのですね」
「ええ。出来れば、その前にダグマイアとも話をしておきたいのですが……」
「ダグマイアと? そういうことですか。あなたと言う人は……」
どうやらユライトは、俺の考えを察してくれたようだ。彼も恐らくダグマイアとドールのことは憂慮していたのだろう。
ババルンが急に聖地に来ると言いだしたのも、二人のことを心配してのことだとしたら納得が行く。顔は怖いが、ああ見えて家族想いなところがあるのは知っているからな。
ダグマイアがあんなにバカを繰り返しても生活の援助をして、こうして学院に通わせてやっているのが良い証拠だ。
だが、そうして甘やかした結果が、いまのダグマイアの姿だと俺は思っていた。
(がらじゃないけど放っても置けないしな)
多少はマシになったようだが、少し辛いことがあると逃げ出すあたりは性根が変わっていないように思える。
寮に帰っていないと言うのも、恐らくは先日の競武大会でセレスに負けたことが要因の一つにあるのだろう。
家族に心配を掛けて、ドールにもこんな悲しい顔をさせて、本当に仕方のない奴だ。
だが、ここまで拗れてしまっては、恐らく家族だけでは問題の解決は難しいと俺は考える。家族が相手では、どうしても甘えがでてしまうからだ。
ユライトも可愛い甥に厳しく接することは出来ないだろうし、ドールも話を聞いてると兄には逆らえない感じだ。
ババルンが厳しく言い聞かせれば良い話だが、これまで甘やかして育ててきたツケは大きい。
素直に言って聞くようなら、ここまで問題は拗れていないだろう。
「太老……」
「大丈夫だ」
不安そうな表情を浮かべるドールの頭を、俺はマリアにするように優しく撫でる。
家庭の事情が絡むだけに絶対とは言えないが、彼女がまた笑えるように精一杯のことをしてやろう。
そんな風に、俺は心に固く誓うのだった。
【Side out】
【Side:ドール】
「彼にはやはり、すべて見透かされていたようですね……」
太老が寮を去った後、そう言って肩を落とすユライトを見て、当然だと私は鼻で笑う。
たぶん最初から太老は全部察していたに違いない。その上で、私を受け入れてくれたのだ。
楽しかった。嬉しかった。あんな風に笑って過ごせる日が自分に来るなんて思ってもいなかった。
でも、そんな幸せな日々も、いつかは終わりが来ることがわかっていた。
ババルンが聖地にやって来る。それがどういうことを意味するか、私は理解している。
私はババルンに逆らえない。そうなったら太老とも戦うことになるだろう。だから太老の傍には、もう居られないと思った。
なのに――
(ほんとに……バカなんだから)
太老は私を逃がしてくれなかった。
どうしようもないくらいバカで、お人好しで、でも……私はそんな太老の手を拒めなかった。
「ドール。あなたはどうするつもりですか?」
ユライトの質問に対し、私は答えに迷う。
前の私なら迷うようなことはなかった。ババルンに逆らえるはずもない。運命は決まっているのだからと諦めていた。
でも、不可能だと思っていても、太老に『大丈夫』と言われるだけで期待を抱かずにはいられない。
いまなら、はっきりとわかる。私はいつの間にか、太老を好きになっていたのだと――
「……わからない」
だから、そう答えるしかなかった。
私も、こいつも同じだ。過去に縛られ、引き返すことも立ち止まることも許されない。そんな運命に翻弄されて生きている。
説得されたからと言って、簡単に変われるものじゃないことはわかっていた。
敢えて、太老があんなことを言いにきたのは、ババルンに対する宣戦布告の意味もあるのだろう。
「アンタはどうするの?」
「そうですね。私には余り時間が残されていませんから……」
そう言って、空を見上げるユライト。
本当はわかっているのだろう。太老が最後のチャンスをくれたと言うことに気付いていないはずがない。
でも、今更生き方を変えることは出来ない。
不器用なのはお互い様かと私は苦笑する。だけど――
(太老なら……)
もしかしたら、そんな運命ごと私たちを救ってくれるかもしれない。そんな予感が私にはあった。
【Side out】
……TO BE CONTINUED
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